一昨日(6/19)、近くの医院で2回目の新型コロナワクチン接種を受けた。1回目は5/29に地元の保健相談所で接種したので、(ファイザー社製ワクチンだから)丁度3週間のインターバルを空けたことになる。2回目は1回目よりも頭痛や発熱等の副反応が起きる事が多いとの事で気をつけていたが、幸い現時点では何も無い。

 

【予防接種済証】

 

最新時点(6/19)でワクチン接種を2回受けた人は国内人口(1.27億人)の7%にあたる886万人、私が属する65歳以上に限っても12%だ以前の記事でざっくり試算したが、全国民に2回のワクチン接種が完了するのはいつか?現在のペースで9ヶ月、政府目標ペース(100万人/日)でも7ヵ月半だから年内完了は難しそうだ。

 

「ほう。じゃ貴方はもう無敵でマスク無しでどこでも行けますね」と言う人もいるが、それは違う。結論から言えば「ワクチンを2回接種しても外出時にマスクは外せないし常にソーシャル・ディスタンスも取る必要がある」。何故ならワクチンが効果を発揮しても「他人に感染させるリスク」は変わらないからである。

 

変異株対応も含めて、ワクチンに95%の効果が認められているのは2回目の接種から一定期間経過後のこと。しかもその効果とは「発症抑止効果」であって「感染抑止効果」ではない。それに(95%ではあっても)100%ではないから数%程度は「発症」する可能性もあるので、やはり「感染」のリスクは避けねばならない。

 

ウィルスには、①「感染(ウィルスが体内の細胞に入ること)」、②「発症(咳等の症状が出ること)」、③「重症化(入院し人工呼吸器等が必要になるなど)」という段階があり、今回のワクチンの期待効果は②③の抑止による医療崩壊の回避であって、①の抑止効果は(実際あるかも知れないが)明らかではない。

 

「ワクチンを2回接種したのに、随分と慎重(要するに臆病)ですね」と思うかも知れないが、そうではない。私自身はワクチン効果によって「感染」しても「発症」や「重症化」はしないとして「感染」することで他人に「感染」させるリスクは残るから、他人を「感染」させないために、マスクもソーシャル・ディスタンスも必須なのである。

 

欧米の一部の大都市などでは「住民の7割以上がワクチン接種をしたのでマスク無しで外出OK、飲食店も酒類含めて夜間営業解禁」にしていると聞くが、これはあくまでも欧米人がマスクへの忌避感が強いために仕方なく取っている政治的な措置であろうから、感染症対策の見地からは大いに問題があるはずだ。

 

そもそも今回のウィルスに百年前のスペイン風邪のような「集団免疫」が機能するかどうかも分かってないし、ワクチンで「発症」が抑止できたとしても、その効果がどのくらい続くかも分かっていないもし集団免疫が機能せず、ワクチンの持続効果が1年程度なら今後もマスクと対人距離は必須で毎年接種が必要だ。

 

つまり、最悪のシナリオでは「もう、コロナ禍以前の生活には戻れない」という事である。これはあくまで最悪のシナリオだから、実際には「いつか必ずマスク無しの元の生活に戻れる」という可能性もあるし、そう願っている。でもそう「願う」と同時に「元に戻らなくても致し方ない」という「覚悟」もしなければならないと思う

 

鉄道や航空などの旅客運送業、観光業や飲食業、オフィス賃貸業、イベントや興行関連の事業者・従事者は、生業に関わる重大なリスクヘッジとして業態変更や多角化、職種転換等の準備を粛々と進めるべきだろうし、私の様な趣味のステージパフォーマーでもリモート化や他分野へ転換する等の「覚悟」は必要だ。

 

私はワクチンを2回接種した事で、ライブステージにオーディエンス(聴衆)として参加する道は開けた。でもヴォーカリストとしてマスク無しでステージに立つことは依然として他人を感染させるリスクが高いからまだ控えたいいつか復帰出来る事は「願い」ながらも、それが叶わなくなるという「覚悟」もしておくつもりだ。

 

Saigottimo

「マイ・スペシャル・エンジェル(My Special Angel)」は「ジングルベル・ロック」で知られるカントリー&ロカビリー歌手ボビー・ヘルムズの1957年のヒット曲だが、その後も1959年のコニー・フランシス盤1963年のボビー・ヴィントン盤1968年のヴォーグス盤、そして私イチオシのビリー・ヴォーン・シンガーズ盤等多くのカバーあり。

 

 

原詞は例によって歌詞専門サイトをご覧いただくとして、ナンチャッテ和訳をすると、こんな感じだろうか。

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マイ・スペシャル・エンジェル(by Jimmy Duncan)

 

貴方は、空から舞い降りた、私の特別な天使!
主は私に微笑み、愛するために天使を遣わされた
貴方は、楽園から来た、私の特別な天使!

私は貴方が天使であることも、貴方の眼の中に

天国があることも知っている

貴方の唇からは夏の陽差しのような笑顔、

貴方の眼からは慈雨のような涙がこぼれる

貴方に触れ、貴方の暖かい抱擁によって

私はいつでも天国にいられる

貴方は、永遠に変わらない、私の特別な天使!

私の特別な天使がいつもここで私を見守っている

(Translated by Saigottimo)

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【Photo by ナンバーさん from photoAC

 

洋楽を和訳するたびに思うことだが、よくもまあ、こんなこっ恥ずかしい文言をズラズラと臆面もなく並べ立てられるものだ。でもそうやって言葉にしないと伝わらないのだろう。だから「そこはかとない」というか「言わぬが花」というか、はっきりと言葉にしない日本文化の方が、逆に世界的にはガラパゴスなのかも知れない。

 

だが、意外にも作詞・作曲者のジミー・ダンカンは、当時4歳の娘への愛情をこめたというから、この曲も「この世の果てまで」と同様に男女の色恋ではなく父と娘の歌だった。私には娘がいないが、確かに幼い女の子は他人の子供でも天使のように見えるから、この舞い上がった歌詞も、ま、分からなくはない気がする。

 

 

♪My Special Angel…2020年3月22日、渋谷「SEABIRD」第四日曜セッションにて♪

※jazzスタンダードではないのでヨンニチバンドは恐らく初めて伴奏したと思うが、沢田さん(ts.)のソロの泣きっぷりが、イイネ!

 

Saigottimo

このコラムでは私の趣味としてのヴォーカルや朗読を中心に綴ってきたが、自らの創造性を発揮する手段として退職を機に絵も描き始めることとし、「図画がアリなら工作も」と先日は折紙も折ってみた。そこで思い出したのが子供の頃に夢中になった「プラモデル」、これこそ「口先小手先男」の面目躍如でもある。

 

プラモデルというと説明書通りに組み立てるのでクリエイティブじゃないと思われるかも知れないか、いやいやどうして、プラカラーでどんな色をどう塗るか、ラッカーや艶消しなどでテクスチュア(材質感)をどう出すか、また貼るシールや周囲のディスプレイをどうアレンジするか等、けっこう創造性が発揮できる遊びでもあるのだ。

 

私より少し上の世代はベーゴマやメンコが主だが、我々昭和30年代の小学生のお小遣いの殆どは駄菓子屋とプラモデル屋に消えた。通常買うのは150円~500円くらいの1/36~1/24スケールのクルマ、これをマブチモーターと乾電池で走らせて遊ぶ。だから千円以上する大型のプラモは眺めるだけの憧れの存在だった。

その最たるものが今井科学の「サンダーバード秘密基地」!TVで観る国際救助隊「サンダーバード」自体がまだCGではなく人形と模型だった頃なので、本当に作ってみたかったが、これはもう“夢のまた夢”だった。今はもう跡形も無い近所のプラモデル屋のショーケースの最上部にいつも飾ってあった記憶しかない

ところがオトナになると、当たり前だが自分の小遣いでも買える。長男の3歳の誕生プレゼントを口実に購入して本気で作ったのが、えーと、彼は今年30歳だからもう27年前か…。当時もTVで何度目かの再放送をしていたので長男も喜んだが子供はすぐ飽きる。そこで私が引き取って補修してケースに入れて今も飾ってある

 

【アクリルは高価なのでビニルケースをユザワヤで買って収納】

この作品についても、山を土の茶色や草の緑ではなく岩山っぽく鉄鉱色にした事、4号(潜水艇)のウィンドシールド(フロントガラス)を青ではなくブロンズ色にした事等は説明書にない私独自のアイデアだし、プールサイドにタイル地のプラ板を、また鉄道模型用の人形や樹々や砂を用いてリアリティが増したと思っている。

 
【箱側面に描かれた完成イメージ】

【箱絵よりもリアルでしょ?】

【会心作は一番好きな4号↑】

【タイル地のプラ板に鉄道模型用の小道具↑】

【↑22年前にデジカメで作ったポストカード】

特別サイトで配布している画像↑】

 

あ、そういえばこの秘密基地を作ってあげた長男から数年前、「親父はプラモ好きだったよな」と私の誕生プレゼントに映画「スター・ウォーズ」のミレニアム・ファルコン号のプラモデルを贈ってもらったままだった。よし、これから時間をかけてサンダーバードにも負けないスターウォーズの世界観を表現してみるか!

 

 

Saigottimo

私はジャズスポットで歌う事が多いが自らをジャズ・ヴォーカリストではなくスタンダード・ヴォーカリストと称しているのは「ジャズ好き」な訳ではなく「ジャズ好き」だからだ。だが、ミュージシャンとの雑談で「どんなヴォーカリストが好き?」と聞かれ「ピアフとプレスリーかな?」などと答えると、そこで会話が終わってしまう

 

 

いわゆる“ジャズ屋”さんの多くはジャズの巨人達を崇めているから、男性ヴォーカルならきっとシナトラとかサッチモとかナット・コールという答えを期待しているのだろう。従って、シャンソンのエディット・ピアフ等は論外で知らない可能性もあるし、プレスリーは知っててもジャズから遠すぎて話題が嚙み合わないのだ。

 

プレスリーが開祖とされるロックンロールは1950年代に白人のカントリーと黒人のR&Bが融合して生まれ、一方のジャズも1900年初頭に当時フランス領だったニューオリンズで白人教育を受けた仏系黒人(クレオール)らによって創られたとされている。素性が似ている両者が何故こんなに距離があるのか不思議だが。

 

そのプレスリーの曲の中でジャズスポットでも演奏されるのは「ラブミーテンダー」くらいだろう。でも、この曲は南北戦争時代のアメリカ民謡「オーラ・リー(Aura Lee)」なのだ。そして「Love Me Tender」とは、プレスリーの初主演映画のタイトルで、彼は劇中でもこの曲を歌って1956年に全米No.1の大ヒットにしている。

 

 

プレスリーはカントリー分野で人気が沸騰してメジャーレーベルのRCAに移籍後、マネージャーのトム・パーカー大佐(「大佐」は階級ではなく愛称)の戦略によって、ライブコンサートは一切やらず映画出演に専念し始めた頃だったから、この曲の大ヒットは彼にとってもRCAにとっても大佐にとっても大きな起爆剤となった。

 

上記の様な事情もあってか、プレスリーも作詞者としてクレジットされている原詞は歌詞専門サイトをご参照戴くとして、このプレスリー盤は、石原さとみ主演の2019年のNTVドラマ「高嶺の花」の主題歌にも採用された。まだ2年前のことだから、もしかしたらこのドラマを通して若い人達にも耳馴染みがあるかも知れない。

 

ただ私自身のイチオシはカナダの歌姫、リンダ・ロンシュタット盤だ。カントリー/フォーク系からロックンロールに舵を切った1978年のリンダのアルバム「Living in The U.S.A」の最後の曲として収録されており、ワディ・ワクテルがギター伴奏とバック・ヴォーカルを担当し、Duet風の静かなバラードに仕上がっている。

 

 

 

このリンダ盤をイメージしたDuetをNostal♪sicとして2019年秋の雑居祭りで披露したのだが、下記の音源はその前年のスタジオでのリハーサル。一般的にはプレスリーの歌というイメージがあるので女声は遠慮がちになるところを私が「前面に出て!」とお願いしたのでマッキーの存在感あるヴォーカルがイイ感じでしょ。

 

♪ラブミーテンダー Duet withマッキー(牧かおる)…2018年11月30日、都内スタジオでのリハ(pf:Joejii)♪

 

Saigottimo

石貫さんの新作オーディオブック「コケノコの旅立ち」に出演させて戴いた。今回の作品はこれまでの石貫作品とは一線を画していて、児童文学作品の趣がある。子供が成長への一歩を自らどうやって踏み出すか、という「小さくて大きなテーマ」の物語であり、主人公は「コケノコ」という名の小さな“苔の妖精”だ。

 

まるでヒーリング・ビデオを観ているように、ボーっと眺めているだけで癒されるくらい画像が美しく、SE(効果音)も音楽も素敵だ!最後のエンドロール画面で演奏者の動画が流れるが、贅沢なことに「Au Bonheur(オーボヌール)」という、バイオリンとピアノのDuoが、石貫さんが創った曲を実際に演奏してくれている。

 

●「コケノコの旅立ち」【21分間】 ←クリック!

 

■スタッフ
原作・作曲・編集:石貫慎太郎

演奏:Au Bonheur(オーボヌール)

■キャスト

ナレーション:中田真由美

コケノコ、小魚:南春奈

北風、お月さん:能登洋宇

春風、雨粒さん:​山木梨花

大岩さん:Saigottimo

 

そしてキャストも素晴らしい。いつも安定したナレーションの中田さん、南さん演じるコケノコの声は可愛くて思わずキュンとしてしまうし、幼気な雨粒と妖艶な春風の全く異なるキャラを演じる山木さん、江戸っ子な北風と優しいお月さんの能登さんも。そうそう、私以外の配役陣はみな二役を見事に語り分け、さすがプロは凄い。

 

「自分も出演していながら何をいまさら感動してるの?」と思うかもしれないが、リモート共演なので私は台本の自分(大岩さん)の台詞を録音して石貫さんにお送りしただけで、他の共演者の声や映像やBGMは完成時に初めて知る。原作者で編集者の石貫さんの頭の中には最初から完成イメージがあるのかも知れないが…。
 

石貫さんとは一面識もないまま、これまで「キューピッドは雪女」「海沿いの夜行列車」「桃太郎達の焚火を囲む会」に参加させて戴いたので、これが石貫作品4作目の出演となった。中田さん以外の共演者とも面識ないままこうしてコラボレーション出来てしまうのは今風だが、コロナ禍が収束したら是非、皆さんと会いたい。

 

Saigottimo

「月光値千金」(1928年)の原題は“Get Out And Get Under The Moon”。ナット・キング・コール盤が有名だがスタンダードとして多くの歌手が歌っている。原詞は歌詞専門サイトをご覧いただけばお分かりのように、“give me a night in june”という歌詞があるので、「ムーンライト・セレナーデ」と同様に、これも6月の歌である。

 

邦題が漢詩のようで特徴的だが、これは日本でも戦前に流行歌として大ヒットした証でもある。この曲には様々な日本語詞(訳詞、意訳詞、作詞など)が存在しているので、ここではそれらをご紹介することにして、敢えて私のナンチャッテ和訳は控えたい。

 

「♪ただ一人さみしく 悲しい夜は~」で始まるのが一番有名で、邦題(「月光値千金」)の命名者とされている伊庭(いば)孝の訳詞。ディック・ミネ盤がこの歌詞を基本にしており、波島貞の訳詞も、ロック仕立ての山下久美子盤もこの詞がベースだ。

 

「♪月しろく輝き 青空高く~」で始まるのは三根徳一(ディック・ミネ)の詞。昭和10年(1935年)にレコーディングされた川畑文子盤、そしてこの時代の上海を舞台に1974年からロングランとなった「上海バンスキング」の吉田日出子もこの詞で歌っている。

 

「♪美しい女(ひと)に 出会った時は~」で始まる波島貞の詞は、往時、浅草オペラで一世を風靡したエノケンこと榎本健一に宛て書きしたような一種独特な詞で「エノケンの月光値千金」として知られる。面白いことにジュリーこと沢田研二が、この詞で歌っている動画があった。

 

「♪青い月あかるく 差し込む窓辺~」で始まる詞は作者不詳だが、美空ひばりが歌っており、Wikipediaの「月光値千金」のページでも紹介されているので一般にもかなり知られている。

 

しかし結論を言えば、私はフランキー堺盤が一番好きなのだ。フランキー堺といえば相当年配の方以外は映画「駅前シリーズ」等で活躍した存在感抜群の喜劇役者としてしかご存じないだろうが、元々彼はジョージ川口、白木秀雄と並んで“栄光のドラマー”と称されたジャズ・ミュージシャンである。

 

 

残念ながらネットで音源が見当たらないが、キングレコードの「フランキー堺/この素晴らしき世界」(1976年)に収録されている。そして彼は上記のどれでもない雨宮雄児の訳詞で歌っている。この詞は明るいフランキー堺のイメージにも、原曲の曲調にもピッタリだが、この詞に関してはネットで見つからないので敢えて記す。

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「月光値千金」(雨宮雄児・訳詞)

月影に誘われ 楽しい夜は 二人で手を取り そぞろ歩こう

頬寄せて 貴方の笑顔を見れば この世はバラ色 心は弾む

いま 夢のような いま 愛に燃えて いま 恋の小径

オー 音もなく輝く 月の光が 優しくいつまでも 二人を包む

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私自身も1コーラス目は原詞の英語で、3コーラス目はこの雨宮版の日本語で歌うことにしている。ただ下記の録音を聴くと、ところどころ違っている(「二人で手を取り」⇒「手と手を繋いで」、「二人を包む」⇒「二人を照らす」)のは意識的にアレンジしたのではなく、単純な覚え間違いである。雨宮さん大変失礼しました。

 

♪月光値千金…2016年9月2日、渋谷「SEABIRD」第一金曜ライブにて♪

 

折しも今日、6月10日は、今から25年前の1996年に67歳で他界した稀代のマルチタレント、フランキー堺の命日でもある。合掌。

 

Saigottimo

このブログでは「デザインとアート」について持論を展開し、デザイナー(設計者)とアーティスト(芸術家)の役割の違いを述べた。また、岡本太郎の著書から「芸術と芸能の違い」も紹介した。彼は歌舞伎や能などは「芸能」、日本刀などの工芸は「技術」で、どちらも「芸術」と言葉は似ているが本質は全く違うと述べている。

では、そもそも日本語の「芸術」と英語の“art”は同じ概念なのだろうか?「美術」も「芸術作品」も英訳すれば確かに“art”になるが、「工芸」を英訳しても“artwork”となり同じart(芸術)の範疇になってしまう。岡本太郎が指摘する「芸術」への人々の誤解は、英語の“art”を以てしても解決しないようである。

 

逆に“art”を和訳すると「芸術」以外に「技術、技芸」という意味もある(*2)から、“Art”にはどうも「人工の」という意味があるようだ。日本人は景色でさえ「自然が織りなす芸術」と思ってしまうが、「nature(自然)」と「art(人工的)」が対立的概念なら英語圏の人達は「自然が織りなすアート」には違和感を覚えるかも知れない。

 

“Artificial flower”は「芸術的な花」ではなく「造花」、“Artificial tooth”は「入れ歯」、“Artificial Satellite”は「人工衛星」だ。いま流行りの「AI(Artificial Intelligence)」も「人工知能」であって決して「芸術的知能」ではない。因みに、何故、あんなに賢いのに「人工頭脳」ではなく「人工知能」と呼んでいるのかご存じだろうか?

 

実は1950年代のSFの世界、例えば1951年に創作されたあの「鉄腕アトム」の頭の中には(「人工知能」ではなく)「電子頭脳」が入っていた。そしてアトムは21世紀初頭の2003年4月7日(今から18年前)に誕生することになっていた。つまり、コンピュータもロボットも、半世紀前に期待したほどには進展しなかったのである。

 

【鉄腕アトムには電子頭脳が搭載】

手塚治虫オフィシャルサイトより】

 

私は草創期のIT業界に入った元SE(System Engineer)なので、この分野の昔話だけはよく知っている。詳細は下記のコラム(*1)を読んで戴くとして、結論だけ申せば「“頭脳”はとてもムリ!」とギブアップし「作れても“知能”まで」と構想を縮退させたのだ。コンピュータは「計算」では人間を遥かに凌いだが、以降は苦戦したのだ。

*1:AIやIOT,DXは,どこから来てどこへ行くのか -③

 

だから「AIは賢くて私よりお利口」というのは、あくまでも限られた機能においてであり、総合的には我々人間の頭脳には遠く及ばないのである。とはいえ、いつか凌駕しないとも限らないが、その時は、もう「AI(Artificial Intelligence:人口知能)」ではなくて「AB(Artificial Brain:人工頭脳)」などと呼ばれているだろう。

 

*2:「研究社新英和中辞典」第3版

 

Saigottimo

昨日(6/2)から朝ドラで清原果耶演じる主人公達が学生時代に吹奏楽で演奏している曲はグレン・ミラーの「アメリカン・パトロール」。彼の曲は「イン・ザ・ムード」「真珠の首飾り」「ペンシルバニア6-5000」など軽快なナンバーが多いが、グレン・ミラー楽団のテーマ曲はスロウでムーディーな「ムーンライト・セレナーデだ。

 

 

さて、タイトルにあるように「ムーンライト•セレナーデ」が何故6月なのかお分かりだろうか?スイングジャズのスタンダードとしてビッグバンドなどで演奏されることが多いこの曲だが、恐らく楽器奏者の方々は余りご存じないだろう。ということは、そう、単純に歌詞に「june night(6月の夜)」というくだりがあるからである。

 

 

といってもミラーが作曲したのはメロディーであって、歌詞はミッチェル・パリッシュによって後から付けられたものだ。でも、タイトルからして、やはりこの曲は6月が相応しい。何故かといえば、そもそも「セレナーデ(serenade):小夜曲」とは、お屋敷の二階にある(であろう)深窓のご令嬢の窓下で歌うための曲だからである。

 

「あら、こんな夜に誰かしら…?」と、歌声を耳にしたご令嬢が窓の鎧戸を開け放って下を見ると、自分に気がありそうだと思っていた男性が自分を見上げて求愛の詩を吟じているという状況である。「まあ、やあねえ、困った人だわ」なんて呟きながら妙齢の女性が月の光を浴びながら窓辺で聴いている姿は絵になる。

 

とはいえ、男性側もアカペラやギターの弾き語りなど独りで実行するのはシンドイ。そこでバンドを仕立てて馬車(serenade wagonと呼ぶらしい)の荷台で伴奏させる。これは、事態に気づいた執事やご令嬢の父親が血相変えて猟銃を手に出てきたら、一目散に馬車で逃走できるという危機管理も兼ねてのことだったろう。

 

まあ、いかにも中世のヨーロッパを彷彿とさせる背景ではあるが、こんな事が可能なのは寒くも暑くもない季節で、かつ月の光(ムーンライト)だけが灯りだったろうから、歌詞にあろうがなかろうが、どうしたって「セレナーデの決行は、6月の月光輝く夜!」という事になると思いませんか(日本なら梅雨があるから5月か?)。

 

例によって原詞は歌詞専門サイトを見て戴くとして、ナンチャッテ和訳を試みると…こんな感じ。

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ムーンライト・セレナーデ (月光小夜曲)

 

僕は貴女の家の前に立つ
そして僕は月の光について歌う

6月の夜、僕は貴女の手が触れることを

心待ちにしてここに立っているんだ
庭のバラは月光のセレナーデにため息をつく

今宵、星は輝き、その光は私を夢にいざなう
貴女の眼差しは星のように輝き、僕の愛を照らす

貴女はそんな僕の心を知っているだろうか
僕は貴女を連れ出し、月光のセレナーデを歌う

夏の空は、貴女と僕の二人だけ
夢の中にある愛の谷で陽が高くなるまで共に過ごそう
ほら、天国のそよ風が梢にキスをしているよ

6月の今宵、どうか待たせないで

やさしく僕のそばに来て欲しい

僕は貴女の家の前に立つ
そして僕は月の光について歌う
愛しい人へのラブソング、月光のセレナーデ

 

(tlansrated by Saigottimo)

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私がナンチャッテ和訳をする際は、歌う主体が男性でも女性でも通じるように、「僕」ではなく「私」、「貴女」ではなく「貴方」、としているが、さすがにこの曲は男性目線で和訳した。いくら時代が変わったとはいっても、女性が男性の自宅の窓越しにセレナーデを歌うとは状況的に考えにくい(てか怖くて引く)からである。

 

と言いながらも、私のイチオシは女性ヴォーカルの小野リサ盤。彼女は様々なスタンダードをボサノヴァにアレンジしてポルトガル語で歌っているのだが、何故かこの曲はアルバム「DREAM」の中でも、原詞の英語のまま歌っている(下記のライブ録音はボサノヴァではなく4beat、というかスロウバラッドだが)。

 

さて、グレン・ミラーの活躍は戦前から戦中にかけてであり(終戦間際に搭乗した軍用機が消息不明)、戦後生まれの私がよく知っているのは、何度観たか分からない大ヒット映画「グレン・ミラー物語」の影響だ。ジェームス・スチュアートとジューン・アリソンの仲睦まじい夫婦役の名演は名曲の数々と共に鮮烈な印象を残した。

 

従ってグレン・ミラーといえば、ジェームス・スチュアート演じる好人物のイメージしかないのだが、死去についても「実はパリの娼館で腹上死した事を隠蔽した」との噂が消えないくらい、実際は結構クセのある人物だったらしい。「テニスでも毎球エースを狙って球を打つ奴」と誰かの評伝で読み、「なあるほど」と思ったものだ。

 

♪Monnlight Serenade・・・2003年8月21日・四谷三丁目「Bobby's」での根市タカオさんセッションにて♪

 

Saigottimo

小学校では図工だけ「5(最高評価)」で他は全部「3(普通)」だった私は「老後は絵でも描こう」と思っていたが、65歳の退職を機に歌や朗読のように誰にも習わずに始めようと思い立ったことは先日の記事で書いた通り。その後は、思い立つと下記のようにクレパスなどでグジグジと自由に絵を描き続けている。

 

【Saigottimo画伯の最新作】

 

しかし「図工」は「図画工作」だから、図画だけじゃなくて工作もあると気付いた。私はカミさんに「口先小手先男」と呼ばれるだけあって昔から手先が器用。ならば金がかからない工作として先ず折紙を折ってみた。レパートリーとしてすぐに折れるのはカンガルーで、これは脚の角度を調整すると、ちゃんと両足だけで立つ。

【折り方は鶴とほぼ同じで簡単!】

このカンガルーには思い出がある。45年前の成人記念に欧州を貧乏旅行で巡った際、別の記事に書いたスイスでの逸話の数日後、当時は東ドイツ内の飛び地だったベルリンにフランクフルトから列車で入る途中、コンパートメントで一緒になった東ドイツの親子連れの幼い男の子に、このカンガルーを折ってあげた

 

子供はビックリして喜び、母親は笑顔でグラッチェと言ったが、父親は眉一つ動かさず怖い顔で「君が降りるのは次の(西ベルリンの)ズールガーデン(動物公園)駅だよ」と私に告げた。当時東ドイツ側の軍事設備等を写真に撮ると連行されるらしく、私が降り際に監視塔を撮ろうとしたら親切な老婆が慌てて止めてくれた。

 

私は列車を降り、チャーリー検問所経由で数時間だけ東ベルリンに入った後、西側に戻ってハノーヴァーに向かった。検問所でパスポートと私の顔を交互に睨んだ東ドイツの検問官の眼は、あの列車の父親と同じく鷹のように鋭かった。その後ドイツは統一されたので、あの時、数時間だけでも東ドイツに入れて良かった。

 

私が子供の頃から家にあった立派な折紙の本(昭和45年マコー社刊「暮らしをかざるおりがみ」高濱利恵・著)を出してきて、そこからシャム猫を折ってみた。これは完成写真が英字新聞紙で折ってるせいもあり、なかなかオシャレでインテリアにもなりそうだが、結構ムズい。でも折る過程自体が「知恵の輪」的な面白さもある。

【このシャム猫は結構、難易度が高い】

これらの折り方を創案する折紙作家の創造力と表現力は凄いと思うが、その手本通りに折る事に絵を描くような創造性を発揮する楽しさはない。但し、正方形の紙を折っていき最終的にこれだけの立体造形物を作っていく過程はワクワクするし、幾何学的な脳トレと指先の神経&筋トレになるので高齢者にも向いている。

 

私がダイニングテーブルで折紙をしていると30歳になる長男が夕飯を食べに来たついでに「親父、この水牛を折ってくれよ。オレ、難しくて折れなかったんだ」と昔の子供向け絵本を指して言う。成程、この図じゃ子供には難しかったろうなと思いながら折ってやると「お、すげーじゃん!」と珍しく父親をリスペクトした様子だった。

 

Saigottimo

先週(5/21)、メディア界驚愕のニュースが流れた。英・BBCが故ダイアナ妃を欺いて取材したことを認めて英王室に謝罪し、1995年の衝撃のインタビュー番組が獲得した賞を全て返上する意向を示したのだ。BBC(英国放送協会)といえば英国の公共放送であり、日本ならNHKが皇室を欺いて取材するような大不祥事だ。

 

ジャーナリズムは民主主義の根幹かつ必須機能だ。国民に選出された代議員が政治を行う“間接民主主義”では「国家を取り巻く情勢はどうか」「自らの意に沿った政治が行われているか」といった情報を国民はメディアを通して知るしかないからだ。そのメディアが国家の中枢にある王室と国民を欺くとは・・・。

 

とはいえ資本主義社会ではメディアといえどもコマーシャリズム(商業主義)は無視できず、さりとて非資本主義(社会主義や共産主義)社会では政府を監視することが難しい。父親が新聞社勤務だったからかジャーナリズムに対する関心が高い私にとって、メディアの在り方を改めて考えさせられるニュースだった。

 

【右端は瞳さんのブログから】

 

「ダイアナ」と聞くと私は3人の女性を思い浮かべる。ダイアナ妃、そしてポール・アンカの大ヒット曲「ダイアナ」で歌われた彼の憧れの女性、もう1人は1976年の米映画「ネットワーク」フェイ・ダナウェイ演じる主人公の凄腕TVウーマンだ。メディアの本質を鋭く抉ったシドニー・ポラックのこの映画には個人的な思い出もある。

 

今でもこの映画のラストシーンの衝撃は忘れられない。私は口を半開きのまま呆然自失、エンドロールが終わって場内が明るくなっても金縛り状態で動けなかった。「いかん、立たなきゃ」と思い隣の連れを見ると、なんと全く同じくフリーズ状態だった。因みにこの時の連れは「うる星やつら」でラムちゃん役の声優、平野文さん。


文さんと私は同じ大学の同級生で共通の友人を介して知った。まだラムちゃんになる前だったが、既にラジオDJ等メディアの仕事をしていた彼女は身につまされたのだろう。この時は私の従弟が鹿児島から上京していて文さんのファンだというので彼女に声をかけ、お互い気になっていたこの映画を3人で観たのだった。

 

終演後も固まったままの我々二人を見て従弟が戸惑っていたので私が「フミさん!」と声を掛けると「いやぁ...業界の人が『観終わって動けなかった』と言ってたけど本当だぁ…」と呟きながらヨロヨロと立ち上がった彼女の姿をまだ覚えている。観終わったまま動けなくなるなんて経験は、私は後にも先にもこの映画だけだ。

 

今ではネットワーク≒インターネットなのでタイトルを見てもTVの話だと思わないかも知れないが、この映画が制作された当時まだインターネットは存在せずネットワークと言えばTV局の全国ネットの事だった。ただし、時代が変わっても、この映画と筒井康隆の短編「マス・コミュニケーション」はメディアの本質だろう。

 

そして1957年に全米No.1の大ヒットとなったポール・アンカの「ダイアナ」。例によって原詞は専門サイトを見て戴くとして、ナンチャッテ和訳するとこんな感じ。まあ、とてもじゃないが、この直訳の日本語では私を含めて日本人は恥ずかしくて歌えない内容だ。

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ダイアナ (words&music by Paul Anka)

僕はまだ幼くて、君は年上のひと
でも誰がなんて言おうと気にしない
僕は永遠に祈るからね、愛しい人
君と僕は自由になるんだ
木々の鳥たちが空に舞うように
ああ、僕のそばにいて欲しいよ、ダイアナ

君が僕を抱きよせる度に感じるスリル
ああ、愛しい人、君が一番さ
僕は君を愛してる、君は僕を愛してる?
ああ、ダイアナ、分からないよ
僕は君を心から愛してるよ
そして僕達は決して別れないよね
ああ、僕と一緒にいて欲しいよ、ダイアナ

愛しい人、ああ、僕の恋人
誰にも言わないことを僕だけに言って
心から君を愛してるから
ああ、君だけが僕の心をつかむ
君だけが僕の心を引き裂く
君がその愛しい腕に僕を抱くとき
僕は君の魅力の全てを感じとるのさ

僕をしっかり抱きしめて、愛しい人

力の限りに僕をすくい取って!

ああ、僕のそばにいて欲しいよ、ダイアナ
ああ、どうかお願い、ダイアナ
(Tlansrated by Saigottimo)

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ポール・アンカの心をここまで悩ませたダイアナという人は一体どんな女性だったのだろうと調べたら、どうやら3歳年上で弟のベビーシッターだったらしい。10代の男は年上の女性に憧れるもの。当時15歳で思春期の彼にとって、甘えられるベビー・シッターが18歳の女性なら、それこそ光輝く女神のような存在だったろう。

 

「ダイアナ」は、往時のロックンロールというか昭和30年代の日本のロカビリーブームの頂点に立つ曲。ジャズではないので歌う機会は余り多くないが被災地や高齢者施設等で歌うと間違いなく女性(お姉さま方)に大ウケして驚いたが、なるほど、こうした背景がお姉さま方の母性本能をキュンキュンさせるのかも知れない

 

最後に、故ダイアナ妃の名言を紹介したい。この一言は、私がこれまでこのブログを通じて模索してきた「自由に振る舞うにはどうしたらよいか」という問いの一つの答えではないかとも思われる。

"Only Do What Your Heart Tells You." by Princess Diana

「あなたの心があなたに語ることだけをしなさい」(ダイアナ妃)

 

♪Diana…2019年6月7日、渋谷・SEABIRD第一金曜ライブにて♪

※ テナーサックスの御子柴さんが、ママさん命名の“鶯谷サウンド(サム・テイラーばりのコテコテのキャバレー風サウンド)”をイントロから炸裂させてくれて(ロカビリーファンの私は)ゴキゲンでした!

 

Saigottimo