2025年9月22日(月)、築地から魚河岸が移設された東京・豊洲に昨年2月にオープンした「豊洲万葉の湯」に初めて入って来た。立地は築地の場外を引継ぐ食の市場豊洲千客万来」の中に建つタワービル。屋上には「横浜みなとみらい万葉の湯」と同様に展望足湯庭園があって景観が素晴らしい!

   【左:7階ロビーから、右:屋上足湯庭園から】
中学生から“半世紀以上のキャリアを持つサウナー(*1)”?である私としては、いずれ入湯せねばならないとは思っていた。私と同時期にカミさんから貰った割引クーポン券で一足先に行って来た長男から「親父も行くべきだ」と言われたのでクーポン券の期限が迫るこの日、ようやく行く事にした。

長男も私も様々な温浴施設を体験した(*2)が「万葉の湯」は湯河原や箱根湯本から毎日タンクローリーで温泉を運んでおり泉質は確かだ。またタオル等のアメニティや休憩室も充実しているのだが、ややお高いのと我が家からは横浜(みなとみらい)まで足を運ばなければならないのが玉に瑕だった。

今回クーポンで3850円の日帰り入館料が770円引きになるのに加えLineで新規会員登録したらさらに200円引きの2880円になった。また自家用車がない場合、立地が厳しいが新橋(汐留)と門前仲町から無料シャトルバスがあるのは助かる。今回私は大江戸線汐留駅から無料シャトルバスを利用した。

屋内には通常の温泉とナノバブル炭酸泉、露天風呂は眺望が抜群。「ドライサウナ」は5段25人超の大きさでTVが観れるし「塩サウナ」と称するウエットサウナは塩に加えクレイパックとして白い泥を顔に塗れる、水風呂も大きい。特にこの日は露天の寝椅子での外気浴が最高に気持ち良かった

食事も豊洲市場だけに充実している。私はランチにサンマの塩焼き(880円)に一汁一飯、夕食はカツカレー(1200円)にクリームあんみつ(690円)にした。結局、10時に入って塩サウナ(15分)&水風呂、ドライサウナ(6分)&水風呂を各7セット浴びて21時まで存分に楽しませてもらった。

3か月間有効の半額券(1925円で入れる)をもらったのでまた来ようかなあ…とにかくビル10Fに相当する屋上の360度展望足湯庭園と6階の露天風呂からのレインボーブリッジ等を臨む眺望が素晴らしいので、気候の良い日があったら是非、また11月末迄には行きたいと思っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:サウナーとはサウナ愛好家のこと。
*2:本件については下記ブログご参照。
タイ古式マッサージは痛くない | Saigottimoのブログ
東中野・松本湯は凄い銭湯サウナ | Saigottimoのブログ
サウナハット&マットは必需品 | Saigottimoのブログ
サ道の聖地「かるまる」に遊ぶ | Saigottimoのブログ
茶道ならぬ“サ道”の守破離とは | Saigottimoのブログ

Saigottimo
2025年9月21日(日)、神宮球場で「ヤクルト×阪神」第23回戦を観戦した。しかし既に阪神は今月7日に地元甲子園球場で広島カープ相手に史上最短でリーグ優勝を決めているので、これは所謂消化試合だ。しかも私はドラゴンズファンであり、タイガースにもスワローズにも全く思い入れはない。

我家では私がドラゴンズファンで長男がスワローズファン、次男とカミさんが寅年のタイガースファンなのである。カミさんと次男は阪神のマジックが出た辺りから優勝試合を観ようと当時プラチナ化していた関東での阪神戦を押さえたが思いの外早くしかも甲子園で優勝が決まってしまったのだ。

なので実は翌日もカミさん含むトラ党仲間と観戦予定だった次男は、体調不良で今日の観戦をパス、代わりに誘われた長男も高津采配に愛想を尽かしていて辞退したため私にお鉢が回ってきた次第。私も昨年秋にMLBは観戦した(*1)が今年はナマ観戦してなかったのでカミさんのお供をする事にした。

思えば私がNPB(日本のプロ野球)を観戦するのは何時ぶりだろうか。2017年9月に大谷翔平の関東での最後の打席(三振)を千葉マリンスタジアムで観た試合(井口の引退試合)以来なら8年ぶり?スマホの写真を検索するとその翌々年2019年8月2日の神宮での中日戦の写真が出てきた。結果6年ぶりだった!

  【試合は全く記憶にないが選手名を見ると懐かしい】

先週くらいから猛暑も収まってきて秋の気配も漂い、今日は雨の予報だったが降らず屋外球場でのナイター観戦には恰好の気候である。カミさんは推しの森下目当てだが私はどちらも応援しないで済むので純粋に野球の試合が楽しめるし、消化試合とはいえ公式戦だから個人記録はかかっている。

個人タイトルでは本塁打と打点の2部門で独走中の佐藤輝明は安泰としても打率3位の中野は必死だろう。また投手陣でも現在2冠の才木や石井など含めて阪神勢ばかりが目立つが、辞任を表明したヤクルトの高津監督やMLB挑戦の村上なども目に焼き付けておきたい(残念ながら村上は欠場だった)。

試合はヤクルトの山田がホームランを含む3安打猛打賞の大活躍、逆に阪神先発の伊藤将は5回もたず8失点の大炎上。そして6回表に突如雷鳴と共に豪雨が襲ってきて試合が中断したところで我々は帰途についた。その後再開した試合は8対1でヤクルトの勝利で今期の対戦成績を8勝14敗1分とした。

この球場では私がアンチ巨人から中日ファンになった1974年、巨人V10の野望を援護すべく、松岡、浅野の両エースを注ぎ込む荒川ヤクルトに対し、中日が9回に高木守道の同点打で遂に追いつき、最後は星野仙一が武上を見逃し三振に討ち取ってマジック2とした伝説の引分試合もナマで観た

あの頃は外野席がまだ芝生(てか原っぱ)で500円で入れたし、外野席は大抵ガラガラで子供達がオモチャのバットとボールで野球をしていて、たまにフィールドにボールが入って外野手に怒られているという牧歌的な光景もあった。そういえばこの球場もいずれ建て直されるので良い機会になった
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:本件については下記ブログご参照。
ナマの大谷翔平を観に来ました | Saigottimoのブログ
今永と山本の投合いナマで観た | Saigottimoのブログ

Saigottimo
2025年9月20日(土)、八王子市にあるスペースで、来月25日に本番を迎える多摩市立中央図書館のイベント「音と楽しむ おはなし会」のリハーサル兼打合せがあった。このイベントは前半が2冊の絵本の朗読、そして後半はこの絵本をモチーフにしたギターとアコーディオンの生演奏が楽しめる。

ヒーリング(癒し)ブームの一環なのか海の波やせせらぎ動画などASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)と同様に最近は“大人向け絵本ブーム”なのだそうだ。今回の絵本「Life」と「Love Letter」は2冊とも、くすのきしげのり・作/松本春野・絵の“癒される大人向け絵本”である。

この2冊とも、物語もさることながら絵が柔らかいタッチで目に優しい。聞けば松本春野さんは、あのいわさきちひろさんのお孫さんだという。私は子供の頃に浜田廣介・文/いわさきちひろ・絵の絵本で育った世代であり、練馬にある「いわさきちひろ美術館」に原画を観に行ったこともある。

絵本の朗読では、koto☆hanaオーディオドラマの声優仲間で絵本セラピストとしても活躍されている中田真由美さんと一緒に私も読ませて戴くことになっている。そんな凄い方と並んでナンチャッテの私が「朗読家」としてポスターに記載されているのは全くおこがましく面映ゆい限りではあるが…。

また今回は音楽も素晴らしいkoto☆hana(言葉の花束)の主催者でありオーディオドラマの脚本家でもある石貫慎太郎さんはishinuki soundというサイトも運営されている音楽家だ絵本「Life」をテーマに彼が作曲したメロディ、そして彼が演奏するアコースティック・ギターの響きは美しい。

そしてその石貫さんとKuLu-KuLuというユニットを組むacoさんのアコーディオンの音色がまた素晴らしい。私は以前に大塚で絵本のイベントに参加し石貫さんが作曲した曲をお二人の生演奏で聴いたことがあったが、今日は至近距離でお二人の生演奏を聴くことが出来、とても感動したし癒された

ま、私のナンチャッテ朗読はともかくとして、こんな素敵なイベントが、地元の図書館で「入場無料」で視聴できるなんて、本当に近隣にお住まいの方々は恵まれているとしか言いようがない。もしご興味あってお近くであれば(いや、電車に乗ってでも)、是非とも参加されることをお勧めしたい

Saigottimo

2025年9月12日(金)、渋谷・SEABIRD第2金曜(2金)ライブは遂に通算360回目を迎えた。第二金曜日は月に1回しかないから通算360回ということは30年間続いたことになる。オギャーと生まれたばかりの乳飲み子が三十路になってしまうのだから“継続は力なり”とはいうが、これは凄いことだ。


今日はお祝いとあって2金ライブ所縁のお客様も沢山いらして下さっている。お祝いのお酒やお菓子などの差入れも既に山のように届いている。これを見越してバンマスは事前に開始時間を1時間早め18時半スタートとし、早々にお客様とのセッションに突入して終演後の打上げに雪崩れ込む計画だ...。

PROGRAM(各曲名⇒けいちゃん限定公開動画にリンク)

【中川さとし(pf)、小島幸三(ds)、岩井千尋バンマス(tp)、榎本任弘(b)、加藤求実(ts)】

今日のテーマは店名にもなっているがマスターご夫妻の苗字(鳥海)に因んで「鳥」と「海」。これは“30周年はお店のお蔭”という岩井バンマスのお考えからだ。最初の曲名にある“Blue”は「海」の青さにかけたのかな?ということで記念ライブはまずはレギュラーバンドの演奏でスタートした。
Blue Minor (千尋&求実)

思えば私は2金ライブ通算80回目に聴衆として参加しシットインさせてもらったのが最初だ。以来メンバーとして受け容れてもらって20年以上となる。そして今日を以て2金を卒業させて戴く私は「Just in Time」(*1)のナンチャッテ和訳の「貴方」を「2金」に読み替えて朗読し、歌わせてもらった。

Just in Time (Saigottimo&千尋)

マッキーこと牧かおるさんは鮮やかな色彩の大きな「鳥」の曲、そしてメイン・ヴォーカルの出雲井裕実さんはデューク・エリントンの代表曲ともいわれる名曲を歌った。
Flamingo (マッキー&求実)
In a Mellow Tone (裕実&千尋)

そしてこの辺りからゲストが続々登場!まずは清徳さんと三宅さんが加わりバンマスとけいちゃんの4本のトランペットの共演。どういう構成で演奏するか相談している隙を衝いて私も1コーラス乱入させてもらった。大抵のスタンダードはオリジナルキーが男声キーだからこそ可能な狼藉である。

Bye Bye Blackbird (Guests)

いつも2金の記念ライブにお祝いを持って駆けつけて下さるゲストの後藤さんは「バードランドの子守歌」。


Lullaby of Birdland (後藤さん&求実)

続くゲストは、20数年前に来店し出雲井さんの歌に感銘を受けたと仰る川村幸智子(通称アキオ)さん

Comes Love (アキオさん)

“有史以前からドラムを叩いている”というゲストの八木さん(ds)が三宅さんと一緒にテーマに因んだ「鳥」の曲。


Yardbird Suite (三宅さん&求実)

今日はなおちゃんこと杉山尚子さん(ts)が欠場という事もあり、けいちゃんこと山内恵英さんが八面六臂の大活躍だ。

Straight No Chaser (千尋&恵英)
Speak Low (後藤さん&千尋)
Come Rain or Come Shine (アキオさん&三宅さん)

ここでドラムの小島さんの婿殿でもあるアルトサックス奏者の宮崎勝央プロ登場!


Whisper Not (マッキー&宮崎勝央)

Chega de Saudade (裕実&宮崎勝央)

さらに小島さんが腰痛でお休みの時期に2金を支えてくれた藤井さん(ds)も参戦してくれて、最後はいつも通り、残ったブラス陣総出の大合奏で御披楽喜となった。

Cantaloupe Island (全ブラス陣)

という訳で通算360回(30周年)記念ライブは打上げへ突入!来月からまた2金ライブは400回更に480回へと続きます私はこれで卒業致しますが、ここでの経験は私にとっては宝物となっています。岩井バンマス、出雲井さん、そしてメンバーの皆様、長い間本当にどうもありがとうございました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:この曲については下記ブログをご参照。
カンバン方式の歌じゃないよ~ | Saigottimoのブログ

Saigottimo
2025年9月11日(木)夜、今月3日に製作を開始した紫電改のプラモデル(*1)が遂に完成した。今年の「区民ギャラリー展」への出品期限が明日9/12なので、どうにか間に合わせたという感じだ。一昨年の「サンダーバード秘密基地」(*2)、昨年の「駆逐艦『雪風』連作」(*3)、に続く3作目となる。

プラモデルは組むだけなら1時間もあれば出来上がるが手間なのは塗装だ。部品ごとに塗ったりある程度組んでから塗ったりと段取りが必要。参考までにyoutubeを検索し、私と同じHasegawa 1/48の製作動画もあったし、現存機見学&製作動画もあった。でもこのプロ達のレベルは到底ムリッ!

昨年駆逐艦「雪風」の塗装で苦労したノウハウを少しずつ思い出した。そうだ、塗料にはラッカー系、エナメル系、アクリル系と3種類あったっけ。エアブラシとか本格的な道具は全く無いのでラッカースプレーを百均で買い、あとは乾くと固まる水性アクリル塗料を混ぜれば何とかなるでしょ。

本物は機体がジュラルミンで上からペンキ塗装だから擦った部分はペンキが剥げてジュラルミン地が出るはず。そこで最初に一番強いラッカー系スプレー塗料で全体をジュラルミン色のシルバーに塗り、その上から水性エナメル系塗料で塗装し、エナメル系溶剤で擦れば剥げた感じも出るはずだ。

 【まずは全パーツを銀のスプレーでジュラルミン化】


ふむふむ、航空機模型は最初にコクピットから作るわけね。でも、どんなに凝ったコクピットも、完成したら殆ど隠れてしまって少ししか見えないけどね、ま、でも自己満足でもいいからちゃんと作ろう。あと塗料は説明書だと20色くらいある。こんなに買えないし必要ないんじゃないかな?

     【コックピットはこんな感じ】

一番大変なのはキャノピー(風防)だ。本物は金属枠に複数の防弾ガラスが埋め込んである。これを再現するには透明パーツに塗装色で枠部分を描くか逆にガラス部分をマスキングして全体を塗装してから剥がすしかない。前者はムズ過ぎてムリ!だし、後者はマスキングの準備が死ぬほど面倒だ。

ところが「Hasegawa紫電改 1/48 キャノピーマスキングセット」がamazonで送料込み310円で売っていたのだ。そこでこれを購入して貼り、最初にジュラルミン色に全体をシルバーのラッカー塗料でスプレーし、その上からペンキの黒色塗装をしてマスキングを剥がした。イイ感じだ!
 【写真上:風防のマスキングセットとその使用過程】


   【写真下:風防を取付けてほぼ全開にした状態】

そして展示用にはケースが必要で、この大きさだとビニール製のケースでも2~3千円はするものと覚悟したが、ダイソーの組立式コレクションケース(550円)でバッチリ。しかもプラスチック製でマグネットで閉まる蓋付きだ。また百均のミラー(110円)を底に敷いて下面も見えるように工夫した。

今回は時間がないのでウェザリング(風化)処理は後日に行うことにした。主翼根元後部に乗降時に靴底で擦れる跡はアクリル溶剤をつけた綿棒で擦ればいいし、敵機から撃たれた跡は線香で抉る手法(*4)を使えば可能だ。ただ、これらは手間も時間もかかるので、展示終了後の楽しみとしたい。

この作品は「区民ギャラリー展」として幡ヶ谷社会教育館(月曜休館)で9/19(金)~9/25(木)まで展示される。時間は午前10時~午後7時まで(最終日は午後5時までで入場は閉館30分前迄)。主に絵画、写真、書、手芸でプラモデル作品は他に無いと思うが、お近くの方はどうぞ見に来て下さい

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:本件については下記ブログご参照。
紫電改のタカ主人公機製作開始 | Saigottimoのブログ
*2:本件については下記ブログご参照。
図画がアリなら工作もアリね② | Saigottimoのブログ
サンダーバード秘密基地出展! | Saigottimoのブログ
*3:本件については下記ブログご参照。
奇跡の駆逐艦“雪風”連作で出展 | Saigottimoのブログ
*4:本件については下記ブログご参照。
図画がアリなら工作もアリね⑦ | Saigottimoのブログ
ミレニアムファルコン追加改造 | Saigottimoのブログ

Saigottimo
2025年9月5日(金)、渋谷・SEABIRD第一金曜(1金)ライブ&セッション。今月は、何年前だったか私はTokyo jazzで演奏を聴いた事があるベニー・ゴルソン(ts)特集。最初に「Fair Weather」2曲目はボサアレンジの「Stablemates」、そして有名な「I Remember Clifford」と続く。

【十河さん(pf)、岩渕さん(ds)、本多バンマス(tp,fh)、萬造寺さん(b)、御子柴さん(ts)】

そして今月の特集はインスト(楽器演奏)曲のみならずマッキーこと牧かおるさんがベニー・ゴルソンの「Whisper Not」を持ち歌にしているのでヴォーカル曲でも特集に参加する。1st.setのラストはインストの「Domingo」で休憩。

2nd.setはゴルソンの「Along Came Betty」を挟んでヴォーカルコーナーからセッションに突入。トップはマッキー再登場でディズニーの「Someday my Prince Will Come(いつか王子様が)」、そして中村美津子さんはこの日の台風を意識してかCome Rain or Come Shine」を表情豊かに。

  【左のドラマーはセッション参加者の藤井さん】

私は「9月といえばお月見」なので1金では9年ぶりとなる「I’ll Close My Eyes」をボサノヴァで歌わせてもらった。この日は昼間の台風が去って夜には綺麗なお月様が見えていたが、この日は十三夜。そして何故この曲がお月見なのかという理由は以前にブログに書いた通り(*1)。

♪I'll Close Your Eyes…2025年9月5日、渋谷SEABIRD1金ライブにて♪

“1金の美空ひばり”こと益田伸子さんが「Devil May Care」、そしてトリは私が“MCの師”と仰ぐ大津晃子さんで「September In the Rain」。この曲は題名からして9月っぽいが歌詞に「今は春だけど、あれは9月の雨の日...」とあるので本来は9月ではなく春に歌う曲らしい。

今日は“お祭り男”の柳田さんがお休みなので少し寂しいが、ラストはインストで特集に戻ってベニー・ゴルソンの「Are You Real 」で御披楽喜となった。この曲名、今風に直訳すると「お前マジかよ」ってな感じだろうか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:この曲に関しては下記ブログご参照。
眼を閉じる月に届かぬわが想い | Saigottimoのブログ

Saigottimo
私が小学生の頃は男子はみな「少年マガジン」か「少年サンデー」を読んでいたと言ってもよいだろう。私はマガジン派だったから「丸出だめ夫」(サンデー派は「おそ松くん」)、「黒い秘密兵器」(同「ミラクルA」)、そして「紫電改のタカ」(同「あかつき戦闘隊」)等を夢中になって読んでいた。

 【少年マガジンと少年サンデー from 現代ビジネス

「紫電改のタカ」は、ちばてつや氏の名作で、我々戦後世代の少年に戦争の不条理さを教えてくれた。私は大人になってからも単行本で改めて読み直したし、戦争関連のTV番組や書籍に触れる度に常にこの作品を思い出す。だから戦後80年の今年は紫電改のプラモデルを作ろうと心に決めていた。

購入したプラモデルは、Hasegawaの1/48モデルだ。1/72モデルだと小さ過ぎて迫力に欠けるので大きいスケールにした。子供の頃はプラモデルといえば車ばかり作っていたので昨年の「雪風」が初の艦船モデルの製作だった(*1)ように、今回もこの「紫電改」が初の航空機モデルの製作となる。

今回も製作に際して戦時中の航空機について調べた。日本で最も有名な戦闘機「零戦」は先日のブログ(*2)で記載した通り旧式の“艦上戦闘機”(主翼を畳んで艦載され空母から離発着する)だが、「紫電改」は終戦間際に開発された最新鋭の“局地戦闘機”(陸上基地から離発着する)と全く異なる戦闘機だ。

戦局も終盤になると日本は制海権も制空権も失い空母も殆ど失い零戦のような“艦上戦闘機”の存在意義は薄れた。死守できなかった絶対防衛圏内の島々からB29が大編隊で日本中の都市に空襲を繰り返す事態となり、速力でも上昇力でも火力でもB29を迎撃できる“局地戦闘機”が必要となっていた

B29を迎撃できる戦闘機として陸軍は「飛燕」「疾風」を、海軍も「雷電」「紫電」そして(「紫電」を改良した)「紫電改」も開発し投入した(*3)。「紫電改」はB29やF6Fも撃墜した最強の戦闘機だったが、投入時期が遅く400機しか生産されなった(「零戦」は約1万機「紫電」は約1千機生産)。


 【ちばてつや「紫電改のタカ4⃣」集英社 1995より】

「紫電改のタカ」の終盤では、あの「大空のサムライ」で知られる零戦の撃墜王、坂井三郎(*4)が登場し、主人公の滝城太郎に黒ぬりの紫電改を譲り渡すシーンがある。史実を調べたら坂井三郎中尉は、源田実大佐(*5)がエースパイロットを集めて編成した343航空隊で指導員をしていた時期がある。

プラモデルの箱絵も機体は緑色で垂直尾翼に「343(航空隊)」と黄色く書かれている。でも私は敢えて滝城太郎の最後の愛機となった“黒ぬりの紫電改”にするつもりだ。そうすることで出来上がった暁にはあのラストシーンを読んだ時の切ない気持ちが蘇ってくるような気がするのである。(*6)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:本件については下記ブログご参照。
駆逐艦“雪風”構想通リ二完成ス | Saigottimoのブログ
*2:本件については下記ブログご参照。
零戦に見る日米設計思想の違い | Saigottimoのブログ
*3:「零戦」の三菱重工や「隼」の中島飛行機という2大メーカーではなく「紫電改」は水上飛行艇を得意とした川西航空機製。飛行艇は波の影響を考慮して上翼機や中翼機が主だが「紫電改」は中翼機の「紫電」を下翼機に改造している。
*4:坂井三郎はエースパイロットとして有名だが言動に問題も多く評判は良くなかったという。2000年没(84歳)。
*5:源田実は山本五十六の下で真珠湾攻撃計画を立案、終戦間際には「紫電改」を集中配備した343航空隊(通称「剣」部隊)を編成して司令として活躍し人望も厚かった。戦後は自衛隊航空幕僚長、参議院議員も務めた。1989年没(84歳)。
*6:このプラモのその後は下記ブログご参照
黒い紫電改プラモ完成し出展へ | Saigottimoのブログ

Saigottimo

誰でも大好きなチーズケーキ、レアやベイクド等いろんなスタイルがあってお好みはそれぞれ違うだろうが、どれもみーんな美味しい。なかでも今風は「バスクチーズケーキ」(*1)だろう。とても濃厚で満足感もあるが、お店だと値段が高いのと、チーズは脂肪が多いからカロリーが高いのが難点だ。


ならば自宅にあるものを使って自作してしまえば安く済むし、出来ればチーズを使わずに作れればカロリーも気にならない。えー!そんな上手い話あるのか?と思いきや、あるらしいですよ、これが。ヨーグルトと牛乳とレモン液を使えば「チーズを使わないチーズケーキ」が出来る!とのこと。

  【なかなかの見栄えでしょ?お味はラストに】

動画で何でも教えてくれるyoutube先生だがニーズに合うものを探すのが大変。最初に「クリームチーズ200g」とか出てきたら「そんな高いもん買えるか!」と即退出だ。ということで、100円ショップを何軒もハシゴして吟味する要領でyoutubeもたくさん観た結果、参考にしたのがこれ↓

【チーズ、生クリーム不要】1人分65円!ヨーグルトで作るとろけるバスク風チーズケーキの作り方

ほぼ上記の動画通りに作ったのだが、ここで使っているブルガリアヨーグルト400g×2パックを自家製のカスピ海ヨーグルトもどき(*2)に代えたことでヨーグルトなど買わずに済むのでコストを削減、さらに砂糖を蜂蜜に代えたことでカロリーも低減させた。なかなかやるでしょ?

【材料:チーズも生クリームも不要】
①ヨーグルト:400g(800gを水切りして半量に)
②牛乳:100ml
③卵:2個
④はちみつ:大匙2杯 約30g(砂糖なら90g←多くない?)
⑤小麦粉(薄力粉):25g
⑥レモン液:小匙2杯 約10g
(あれば)バニラエッセンス:数滴、岩塩:少々

まずクッキングペーパーを敷いたザルの上でヨーグルトを半量(400g)になるまで水切りする。ところが800gを一度に水切りしようとしたらザルもクッキングペーパーも小さ過ぎてヨーグルトが一部溢れ出てきた(写真左)。これじゃ半量位は水切りできないままだ。重しは水入りビニール袋(写真中)。

下に垂れた乳清(ホエー)約400gは、別途ハチミツを入れてヨーグルトドリンクとして美味しく戴いた。水切りしたヨーグルト約400gに、全卵2個、ハチミツ、小麦粉を(網でふるいながら)入れて混ぜ、さらに牛乳、レモン汁、さらにバニラエッセンスやドイツの岩塩等を振ってさらによく混ぜた。

確か自宅にケーキ用の丸い金型があったはずだと思って探したら、直径15cmでちょっと大き目だった。「これでもいいかな?」とは思ったが、出来上がりに厚みが無いと盛り上がりに欠けるので百均を3軒回ってようやく直径約12cmの(底が取れる)型を見つけた。100円で済めば安いよね。

濡らして柔らかくしたクッキングシートを敷いた型の中にザルで濾しながら注ぎ、予熱した240℃のオーブンでyoutubeの指示通り25分間焼いたが全然焦げ目が付かない(写真左)。途中で焼き具合が均等になるよう左右を変えて上段でさらに15分焼いたら良い焦げ色になった(写真中)。合計40分間。

型ごと出して粗熱が取れたら少し凹んだ(写真右)。この状態で冷蔵庫でしっかり冷やして出来上がり!型から外してクッキングシートを開けながら上部の焦げ目の質感も本物っぽい(冒頭の写真へ)。で、食べると…う~ん!チーズの濃厚さが無く味もヨーグルトっぽい。水切り不足か…甘みも不足だ。

ま、「初めて作って大成功!」というのは虫が良すぎるから、またいつかチャレンジしよう。次回はヨーグルトを400gずつ2回に分けて“しっかりと水切り”をするぞ。あとハチミツも増量(大匙3杯くらいかな)。それから焼いた際に液が底に漏れていたのでクッキングシートを2重に敷こう。以上
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:バスクチーズとはスペイン・バスク地方の濃厚なチーズ。従って他のチーズを使ったものは「バスク風チーズケーキ」と称したりする。しかし本レシピはそもそもチーズ自体使ってないので「バスクチーズ風ケーキ」と称している。
*2:カスピ海ヨーグルトは常温でも発酵するので最初の種を買って牛乳に入れ常温で発酵させて冷蔵庫に。以降は毎週自宅で新しい牛乳に残りのヨーグルトを少し入れては常温で発酵させて同様に繰返して使用している(空気中の雑菌が入る事もあるので定期的に種から作り直すのが安全策)。

Saigottimo

今年は80回目の終戦記念日なので8月は戦争に関する映画の封切(*1)やTVの記念番組などが多く見受けられる。その中で気になるのは「零戦」を「ゼロ戦(ゼロセン)」と表記(呼称)しているがこれは正しいのか?私は兵器オタクではないが、言葉を紡ぐブロガーとして表記や読み方は気になる。

「ゼロ戦」とは「零式艦上戦闘機(略称:零戦)」のことだ。果たして戦前や戦中に「零戦」はどう呼ばれていたのかと調べてみると、活発に広報活動をしていた陸軍の「隼」等と違って海軍は秘密主義で、そもそも戦時中は「零戦」の存在自体が一般国民には余り知られていなかったともいわれる(*2)。

   【零式艦上戦闘機 from iModeler.com

米国では「Zero-Fighter (Fighter=戦闘機)」と呼ばれていたが「Zero-Sen」とは呼ばれていないし、当時の国内で「零」を「ゼロ」と、敵性語である英語読みしただろうか?映画「ゴジラ-1.0」では、戦時中のシーンで「あの零戦の機銃が~」という台詞では「れいせん」と呼ばせている。

そして何故「零式」なのかといえば、誕生した1940年(昭和15年)は皇紀2600年で下二桁が零だからだ。零戦誕生の前年(1939年 昭和14年)に完成した歩兵用小銃は皇紀2599年製なので「九九式短小銃」、逆に翌年(1941年 昭和16年)に完成した陸上攻撃機は皇紀2601年製だから「一式陸攻」となる。

   【写真上:九九式短小銃 from Kashbuk

   【写真下:一式陸攻 from レシプロマニア

名機とされている零戦も1940年製だから開戦当初こそ航続距離と空戦性能の凄さから米国に恐れられたが、次第に研究され対策される。そして大戦終盤には旧式となり、圧倒的な工業生産力を有する米国の最新鋭機に太刀打ちできなくなり、日本は対抗し得る後継機を本格投入できぬまま敗れた。

その零戦が米国に恐れられた空戦性能の凄さは、様々な犠牲の上に築かれていた。徹底した軽量化は機体の強度を犠牲にした上に重たい防弾装備や通信機器等は搭載されなかった。撃たれる前に急旋回して敵機の背後を衝くという戦法は「攻撃は最大の防御なり」という思想を体現していた。

この思想は実は日本刀に通じる。剣は世界中にあるが両手で握るのは日本刀だけで、海外ではもう片方の手で盾を持つ。日本の武士は防御用の盾など持たず両手で刀を握って相手に斬り込み「肉を斬らせて骨を絶つ」戦法に命を懸けた。これは零戦の設計思想とまったく同じではないか(*3)。

米国は機体に様々な防弾装備を設え、撃墜されても搭乗員だけは救助できるよう努めた。一方、日本は「貴様らは一人1銭5厘の赤紙(召集令状)で幾らでも調達出来るが、陛下からお預かりした武器や車両は貴重だから大事に扱え!」(*4)が軍隊での常套句だったそうだ。この違いは一体何なのだろう?

【米国の艦上戦闘機F6F Hellcat from esa.animalia-life

米国はヒューマニズムに根差していたのか?いや、違うだろう。資源と生産能力が潤沢にあれば飛行機は工場でいくらでも量産できるが、資質が必要な搭乗員は選抜と訓練に莫大な時間とコストがかかるし撃墜されたノウハウも次に生かせると考えたのだろう。つまり米国は徹底した合理主義なのだ

では我が日本はどうなのか?零戦の多くは大戦末期に特攻機となった。若い特攻隊員の事を思うと涙が出るし胸が痛くなる。しかし自爆覚悟の特攻作戦を「愛する国のために命を散らすことは尊く美しい」と美化してしまえば、我々日本人は将来また同じことを繰り返してしまう恐れもある。

「武士道は死ぬ事と見つけたり」(*5)等ともいうが、これは死を美化しているのではなく、常に死を意識することでより良く生きることができるという死生観を説いているのだろう。だから九死一生どころか十死零生の特攻作戦などは日本の伝統精神に照らしても正しくないのだと私は考えたい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
*1:本件については下記ブログご参照。
映画「雪風YUKIKAZE」鑑賞報告 | Saigottimoのブログ
*2:初めて零戦の存在が公開されたのは終戦の前年1944年11月23日付の朝日新聞で、その記事には「零戦(ゼロセン)」とルビ付きで紹介されたという。from wikipedia
*3:本件は下記書籍に詳しく記載されている。
・百田尚樹&渡部 昇一「ゼロ戦と日本刀」PHP文庫、2015
*4:1銭5厘は赤紙と呼ばれた召集令状の原価で、それが自分の命の価値だと言われれば誰でもショックであろう。
*5:江戸時代中期の佐賀藩の武士、山本常朝が語った武士道の教えを弟子が口述筆記した「葉隠」という書物の一節。

Saigottimo

仕事で多忙な現役時代は「リタイアしたら趣味など好きな事を始めるぞ!」と思っていたのに、実際に退職したら何もする気にならず虚しい日々を送る。これは“退職あるある”だ。本来、退職して時間的にも経済的にも精神的にも余裕が出来れば何でも出来るはずだが、実に不思議な事ではないか。

私自身も「老後はデッサンでも習って絵画を始めよう」等と思っていたが老境の今も全く習う気はない。でも現役時代に始めた歌や朗読は今も続けている。てことは「本当にやりたい事」は多忙でも始めるのであって、現役時代に始めていないことは結局、余裕が出来てもやらないのかも知れない

ただ伊能忠敬のような例外もある。彼は婿入りした伊能家を再興し地元の名主となって天明の大飢饉で多くの人々を救い、長男に家督を譲って50歳で隠居(リタイア)した。隠居後は江戸で暦学や天文学を学び56歳から亡くなる73歳まで17年間日本中を歩いて測量し極めて正確な日本地図を作った

   【伊能忠敬肖像 from 伊能忠敬記念館

彼の場合、現役時代から測量をしていた訳ではない。逆境育ちで苦労しながら家業に励み、地元の人達にも尽くした。当時は毎週末(土日)が休みではないので、興味があった暦学や天文学の勉強を始めたのは長男が成人し隠居願いを提出してからだ(願い出てから5年後にようやく受理され隠居できた)。


   【アントニオ猪木氏 from 東京新聞訃報

故・アントニオ猪木氏は人前でいつも「元気ですかー?」と大声で問うた後に「元気があれば何でも出来る!」と言っていた。そして、かのジョン・F・ケネディが“尊敬する日本人”として紹介した上杉鷹山にも「為せば成る。為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり」という名言がある。

    【上杉鷹山肖像画 from 江戸ガイド

まさにその通りで「人は何かに元気に取り組めば何でも出来る」し「出来なかった」という場合も多くは自分が「やらなかった」のだ。それは私も含めて多くの人は理解している。しかし、問題は「自分が何かを元気に取り組む気にならない場合」にどうすればよいのかが分からないのだ。

恐らく、人間は「❶やらなきゃならない事」か「❷本当にやりたい事」しかやらないし、やれないのだろう。だとしたらリタイアして余裕が出来れば❶は無くなるので、❷がない場合は何もやらない虚しい日々を送る事になってしまう。これが冒頭に書いた“退職あるある”の正体ではないだろうか。

新たに❷を見つける事はそれほど難しい。多くの人が退職後すぐに仕事に就こうとするのは、仕事という❶を作ってしまう方が、新たに❷を見つけるよりラクだからではないか?仕事はストレスも伴うが他人から感謝されたり期待に応えられれば自己効力感や達成感も充実感もそこそこ得られるし。

「いや、そうではなくて、今やっている仕事が自分にとっては❷なのだ」と当事者は主張するかも知れない。もし本当にそうなら理想的だが少なくとも私は違った。リタイアしたら現役時代に勤しんだITや広報や経営企画や人事や障害者雇用に殆ど興味が持てず、❷ではなかったと思い知ったからだ。

なのでリタイアして4年目になる私は今のところ仕事は何もしていない。とはいえ常に❷をやっているわけでもなく、何もやらずにボーっと過ごすのも得難い時間として楽しもうとしている。そしてなによりそんな自分の現況をこうしてブログに書くこと自体が実は❷なのだろうとも思っている。

Saigottimo