2026年2月14日(土)、今年も「高円寺演芸まつり」の一環として、座・高円寺(杉並区立杉並芸術会館)で座・高円寺寄席の第一弾「おしくら饅頭、四派でドカン」が開催された。私はここ数年、毎年欠かさずこの公演を聴きに行っているが、もしかすると、この企画は今年が最後になるかも知れない。


何故なら、この会館自体は杉並区のものだが、館の運営は区がNPO法人に委託しており、その運営委託先のNPO法人が来期(2026年4月~)から別の法人に交代するらしい。そうなると「高円寺演芸まつり」自体は継続しても、当館での「座・高円寺寄席」自体が継続するかどうか分からないのだ。

演芸好きの私は寄席の定席である新宿「末廣亭」の会員で、年に何回も寄席に足を運んでいる。その私が何故「四派でドカン」に拘るかというと、落語協会、落語芸術協会、立川流、円楽党、つまり東京演芸界を構成する四派が同じ高座に上がる唯一無二の特別な企画だからである。(*1)

上野の「鈴本」は落語協会のみだし、新宿の「末廣亭」などは落語協会と落語芸術協会が10日交替で主催しプログラムを組む。最近は落語芸術協会主催の中で立川流と円楽党も1枠ずつ割当てているが、四派を代表する噺家が一人ずつ、同じ高座に上がる落語会は、ここ高円寺寄席しかないのだ。


1番手は落語協会から林家彦いち。落協はずっとこの彦いちである。彼は新作の名手であり、今日も小学生男子が父親と電車に乗る噺。座っていると前に立つオバサンやら青森のお兄さんやらが話しかけてくるネタでドカンドカンと笑わせる。もはやこの人が喋ればなんでも可笑しく聴こえてくる。

2番手は立川流から立川談笑。昨年は吉笑だったが、この企画で立川流は(地元が杉並だからだろうか)ずっと談笑だった。2年ぶりとなる談笑は今日もマクラ(*2)でたっぷり笑いを取った後、あり得ない超粗忽者を扱う古典「堀之内」を、聴衆に考える暇を与えないくらいテンポ良く演って笑わせる。

3番手は落語芸術協会から滝川鯉昇。芸協は毎回違う人を送り出して来たが今年は初めて前回と同じ鯉昇の連投だ。マクラはクマ騒動を落語4団体に例えたり「寝起きに無性にどんぐりが食べたくなる」と自身の睡眠状態をクマの冬眠に例えたりで笑わせてから古典の「茶の湯」を達者に演じた。

トリは円楽党(5代目三遊亭圓楽一門会)から三遊亭萬橘。この企画では円楽党はずっと三遊亭兼好だったが彼が同じ座・高円寺寄席の「噺三昧、これぞ大磐石」という企画の方に移ったため、昨年から萬橘が務めている。二人とも円楽党のエース級だから、さすがに面白い!私は二人とも大好きだ。

この企画では「出演順は楽屋に到着した順」という不文律があるらしいが、萬橘は2番目に到着したのにトリにされた経緯をマクラにして笑わせてから、古典「大工調べ」を披露。棟梁の長口上の啖呵で万雷の拍手を取りながらもドッカンドッカンの大爆笑で「流石、大トリ!」と会場を唸らせた。


という訳で今年も全員面白くて大満足だった!この企画、会場が座・高円寺でなくても構わないので、来年以降も是非継続して欲しいと一ファンの私としては切に願うばかりである。

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*1:本件については下記ブログご参照。
落語四派は高円寺でだけドカン | Saigottimoのブログ
今年も落語四派高円寺でドカン | Saigottimoのブログ
*2:落語の本題(噺)に入る前の導入部分。ここで聴衆の受け具合などを見て本題の噺を決めたり、噺を楽しむための予備知識を仕込んだりオチ(サゲ)への伏線を張ったりする。

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2026年2月7日(土)、ミューザ川崎 シンフォニーホール。マウントあさま管弦楽団の第9回定期演奏会に或る方からご招待戴いた。この日のプログラムはベートーヴェンで、序曲「コリオラン」と交響曲第9番「合唱付き」(所謂「第九」)である。私は「第九」を2月に聴くのは初めてだ。

海外では季節に関係なく演奏される「第九」も、日本では必ずといってよいほど年末に演奏されている。国内に数多あるオーケストラも年末の「第九」が楽団の経営を支える貴重な資金源とされ、N響(NHK交響楽団)も年末に集中的に公演しており、テレビやラジオでも大晦日に放送される。

最近は春と秋が無くなってきた感もあるが日本は元々四季が巡る国なので“土用の鰻”のように様々な事物を季節と結びつける文化があるのかも知れない。それに「第九」の終楽章のメロディや合唱が醸し出す高揚感が、ちょうど“日本の年の瀬の空気感”にフィットしているような感じもするし。

私は中高大と玉川学園だったので合唱は散々やってきた。中学生は全員ハレルヤコーラスを混声四部で歌えるし、高校では「カルミナブラーナ」も歌った。音楽祭は小学校から大学まで一緒で、毎年最後は大学生の「第九」で締め括る。大学の管弦楽団が演奏し大学1年生全員が合唱で参加するのだ。

従って私は中高6年間「第九」を聴いていたのだが全然良さが分からず退屈だった。ところが自分が大学生になって合唱する番になり、パート別に3か月ほど練習するうちに「なかなか面白いし良い曲だな」と思えるようになり、演奏する側になって初めて好きになる音楽もあることを知った。

それでも音楽祭は文化の日の前後だから11月だったし、長男が音楽大学の声楽科に入ってN響の「第九」で歌っていた時期も含めて「第九」を聴くのは、やはり“年の瀬”だった。なので今回、初めて年明けの2月に聴くので「自分が一体どう感じるのだろう?」という点に非常に興味を持っていた。

そして実際に聴いてみた。聴き慣れたメロディに加え、自分も一緒にテナーパートを歌いたくなるような終楽章の合唱の高揚感!聴き終えたら“年の瀬の空気感”になるのかとも思ったら、それが全然そんなことはなかった。聴き慣れているのに何故か新鮮で、とても明るく爽やかな気分になったのだ。

なるほど“年の瀬”に聴く「第九」もいいものだが、そんな季節感には囚われずに純粋に作品を味わう楽しさも今回の演奏会で知ったことになる。であれば“土用の丑の日”とは真逆な寒い冬の日にも鰻を食べるべきかも知れない。そもそも鰻の旬はブリなどと同じく脂がのった冬らしいし...。

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2026年2月6日(金)、渋谷・SEABIRD、第1金曜(1金)ライブ&セッション。1st.setは先月に引き続きデューク・エリントンと彼の楽団の作曲家&編曲家のビリー・ストレイホーン特集で「Lotus Blossom」「Come Sunday」「Love You Madley」「Day Dream」「Mood Indigo」と続く。


【上段:十河さん(pf)、岩渕さん(ds)、本多バンマス(tp)、萬造寺さん(b)、御子柴さん(ts)】

【下段のdsはセミレギュラーの上代(じょうだい)さん】


そして2nd.setのヴォーカルタイム、トップは柳田勝史さんで、バッハのメヌエットが原曲でサラ・ヴォーンの歌でヒットした「Lovers Concerto」続いて昨年7月以来の登場となる石川ルイ子さんは今回なんとジャズスポットでは滅多に聴けないRCサクセションの曲を歌う予定だったそうだ。

ところがピアニスト(旦那様?)が静岡から向かっていたが、気の毒にも山手線の事故で渋谷駅の手前で車内に閉じ込められ来れなくなってしまったので、急遽、前回の「You’d Be So Nice To Come Home To」を再演。前回と同じくバンマス夫人の恵美子さんもピアニカの伴奏で盛り上げる

3番手の私はラテンのスタンダード「Sabor a Mi」(*1)。年明けの先月(1月)がラテンの「La Violetera (スミレ売り)」だったので今年は当面ラテンで攻めようと第2弾だ。この曲はトリオ・ロス・パンチョス&エイディ・ゴーメ盤(1964年)をはじめ、様々なアーティストがカバーしている。

♪Sabor a Mi・・・2026年2月6日、渋谷・SEABIRD1金ライブ&セッションにて♪
本多バンマスは、この曲を自身のサルサバンドでも演奏しているとのこと。そして弾き語りならぬ吹き語りで現代のチェットベイカーとも言われるTony Glausii盤をよく聴かれるそうなので、このバージョンに倣ってコーラスのラスト8小節をイントロ代わりに吹いてもらった

そして2月といえばバレンタイン・デー。レギュラー女声ヴォーカル陣3名からのチョコ菓子が配られるなか、この日は益田伸子さんもマッキーこと牧かおるさんも欠場だったので、大津晃子さんが3名を代表して定番曲「My Funny Valentineを今回は4beatではなくボサノヴァで歌った。

この日は事故などでJRに遅れが多発したようで2nd.setからようやく駆けつけた本多バンマスの同級生の加藤雅夫さんが「All Of Meを朗々と歌う。これまでカラオケ以外では歌ったことがないというから初の生バンドでのデビュー戦だというのだが、いや実に堂々たるものだ。凄い!

そして最後はまた今月の特集に戻ってリズミカルなスタンダードである「Perdido」の演奏で終演となった。開演前はりんかい線の遅れでベースの萬造寺さんが間に合わないかも?ということで急遽、多才な御子柴さんがトラの準備をするなどひやひやしたものの開演2分前に到着し拍手喝采だった。
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*1:1959年にメキシコのアルバロ・カリージョが作曲。英語のタイトルは“Taste of Me”。“Sabor”はスペイン語で“味“だが、“趣味嗜好”や“価値観”の様な意味でも使われるという。

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十年近く前から北側の窓際に大きなワイングラスにエアプランツと黄色い砂やカンガルー等が入ったミニジオラマ風のお洒落な観葉植物キットが置いてある。これは以前に朗読仲間から誕生祝いとして戴いたものだ。人は生物を見ていると何故か心が癒されるので私も窓辺に置いて毎日眺めていた。


エアプランツは根は張っていないが植物なので頻繁に霧吹きで水やりをしたり20日に1度程度たっぷり水に浸してやる必要があるがそれでも寿命はある。先日、何代目かを求めに行ったら、もうブームが過ぎてしまったのか、いつもの店にエアプランツが一つも置いてなかった

ただ小さなポットに入った観葉植物はいくつか置いてあり、ミニサボテン等が並ぶ中、異彩を放つ緑の小樹(*1)がちょこんと一つだけ売れ残っていて今にも捨てられそうな気がしてついつい買ってきてしまった。結果として元の窓辺には唐突な小樹と空虚なワイングラスのミニジオラマが残った。

やはりグリーン(植物)のないワイングラスは違和感があるし全くお洒落ではない。その後、別の店で幸いにもエアプランツを見つけたので小ぶりなものを2個買ってきてグラスに入れてみた。う~ん、ま、グラスは良くなったが、今度は緑の小樹状のミニプランツが不自然で浮いてしまった

そりゃそうだ、エアプランツの代わりの植物として導入したのに、そこにエアプランツを追加されたら、そもそも存在意義が揺らぎ、何故ここに小樹状のプラントまであるの?となってしまうのは必定だろう。やはりここはワイングラスの中で完結する小宇宙をミニジオラマとすべきではないか。

誰も頼んでないのに勝手に問題を作っては悩み、散々熟慮を重ねた結果、全てをワイングラスの中に作り込むことにした。でも小樹の生育環境は確保したいのでポットごと入れるとすると嵩上げした分は手持ちの黄色い砂では足りない。近くのホームセンターにはカラーの砂が無かった。

結局、白い石を買ってきてポットの周りに敷き詰めた上で黄色い砂を蒔きカンガルーさんを配置してエアプラントも入れた。なーんか詰め込み過ぎてお洒落ではなくなり、土が見えなくなったので「土の表面が乾いたら水をやる」という小樹の生育環境も守れるか怪しくなってしまった

よく犬や猫を飼うと可愛くて癒されるが旅行に行けないとか四六時中エアコンをかけなければならないから大変だと聞く。私は動物は飼ってないが先日来の瓦盆景(*2)の苔にも定期的に水やりをする。植物を愛でるのもそれなりに手がかかるが、それ故に愛おしいと思うのかも知れない
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*1:撮影してAIに訊いたところ、この小樹は「キングバンブー」という名だが竹ではなくドラセナ科の観葉植物と判明。
*2:本件については下記のブログご参照。
瓦盆景を始めることにしました | Saigottimoのブログ

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2026年1月14日(水)、久しぶりに豊島園「庭の湯」で開演時間の朝10時から夜8時まで終日過ごしてみた。午前中は水着着用のバーデゾーンで過ごした。ここには屋内にプール、桶シャワー、水タブ、スチームサウナ、屋外に温泉と軟水の2つのジャクージにドライサウナ棟と日本庭園がある。


   【以下写真は庭の湯ウェブサイトより】

水着で男女一緒に過ごせるスペースを設けている温浴施設もあるが、このバーデゾーンの充実ぶりは「庭の湯」の独壇場だろう。名称の由来でもある美しい庭園は散策も出来るしサウナ棟の大きな窓からも見える。また2つのジャクージからは大空と庭園の眺めによる解放感が格別である。


屋内のバーデプールのアクアシャワーや浮く仕掛けで遊んで11時から20分間のアクアエクササイズを受け屋外のジャクージに浸かり、屋外別棟のドライサウナ⇒シャワー⇒水タブ⇒温泉ジャクージというループを巡る。途中、サウナ室内でサウナストレッチエクササイズも受けて昼まで過ごした。


ランチはカツカレーを選択、なかなか本格的でスパイシーなカレーだった。夕食は御魚の煮付け定食にした。私以上に本格的なサウナ―である長男は「庭の湯の弱点は食事だね」という。確かにありきたりな品揃えかも知れないが石焼メニューなどは千円前後だしコスパは決して悪くないと思う。

食後は座敷休み処に行ったが、この日は何故か女性専用部屋しか設えてなくて仕方なく寝椅子式のお休み処で寛いだ。畳敷の休憩処も「庭の湯」のウリだと思うのだが...。以前にも壺湯が調整中で利用不可だった。こういう状況は予めネットに記載しておいて欲しいとスタッフに要望しておいた。


日頃は専ら銭湯サウナの私(*1)もこの日は自分へのご褒美で午後はタイ古式マッサージ“テワラン”をたっぷり時間をかけて全身やってもらった。お蔭で辛かった脹脛や臀部の奥も楽になったし、途中は気持ち良くて寝そうだった。ここで知って以来、私はもうマッサージはタイ古式一択である(*2)。

そして夕飯迄は露天の岩風呂や陶器の壺湯、内湯のドライサウナ⇒桶シャワー⇒アバント(頭まで浸かれる水槽)⇒水風呂のループと内湯のスチームサウナをまじえて過ごした。改装後の内湯には座って休む椅子もあり、また長男が高く評価するラバー製の黒い寝椅子もあってこれは確かに心地良い。

夕食後はライトアップの庭が綺麗なバーデゾーンのドライサウナで19時から20分間のアウフグース(熱風イベント)を受け、最後に身体を洗い、内湯の人工炭酸泉と強塩温泉で温まって夜8時過ぎに退館。結論!私にとって都内の温浴施設では豊島園「庭の湯」がやっぱりNo.1だ。

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*1:本件については下記ブログご参照。
東中野・松本湯は凄い銭湯サウナ | Saigottimoのブログ
*2:テワランについては下記ブログご参照。
タイ古式マッサージは痛くない | Saigottimoのブログ

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2025年1月9日(金)、渋谷・SEBIRD第一金曜(1金)ライブ&セッション。今日は「Ellington & Strayhorn」特集。1曲目はイランの都市名「Isfahan」次はロンドンで「Chelsea Bridge」そして有名な「In A Mellotone」「Prelude To a Kiss」とインスト(歌無し)で続けて1st.set終了。

と、ここでバースデータ~イム!柳田さんの指揮下お店の皆で♪Happy Birthday to you♪を歌う。1/2が誕生日のママさん、そしてこの日1/9が誕生日の本多バンマスにそれぞれホールケーキとロウソク、これらはレギュラーメンバーも会費で参加したが、柳田さんが手配してくれたのだ。


2nd.setはセッション参加者ノブ高橋さん(as)の「The Good Life」でスタートし、ヴォーカルコーナーに突入。1番手マッキーこと牧かおるさんはお得意のボサノヴァで「Vivo Sonhand」、2番手の益田伸子さんはいつものように律義にバース(前歌)からI Got Rythm」を歌う。


続いて私は「La Violetera (すみれ売り)」を今年の歌い初めにした。この曲は1914年(大正3年)にスペインのホセ・パディージャが作曲したタンゴ(*1)で、チャップリンの「街の灯」でもBGM的に使われている。今年はラテンで攻めようかな

♪La Violetera…2025年1月9日、渋谷・SEABIRD一金ライブ&セッションにて♪

そして「But Beautiful」。大津晃子さんが全巻保有しているジャズ・スタンダードのバイブル「ジャズ詩大全」によれば、この曲名を「されど美しい」と訳すのは間違いで、それこそ“美しき誤解”らしい。では一体どういう意味なんだろう?

ヴォーカルのトリは柳田さん。いつもの本多バンマスの2管アンサンブルアレンジで「Save The Last Dance For Me (ラストダンスは私に)」。この曲は日本では越路吹雪盤が有名だが、元々は男性が歌う曲(*2)。柳田さんはマイケル・ブーブレ盤を意識した堂々たる歌唱で聴かせてくれる。

【十河さん(pf)、岩渕さんのトラで上代さん(ds)、本多バンマス(tp)、萬造寺さん(b)、御子柴さん(ts)】
そして最後はインストで「I Let A Song Go Out Of My Heart」を演奏して御被楽喜となった。
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*1:原曲のリズムはハバネラ(唐辛子じゃないよ。ビゼーの「カルメン」のテーマのようなリズム)らしい。私のお勧めはギリシャの歌姫ナナ・ムスクーリ盤
*2:この曲は1960年に米国の黒人コーラスグループのザ・ドリフターズ盤(日本のドリフじゃないよ)が全米No.1ヒットに(メインヴォーカルは後に独立するベン・E・キング)。

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2025年1月3日(土)、年始ルーチンとして正月三が日の最終日に地元の氷川神社に初詣に行った。年末は12月の月末でもあるので月例ルーチンとして大晦日の朝に明治神宮に月末参拝に行く。そして初詣は地元の氷川神社で、しかも元旦や2日は混むので3日以降の午前中と決めている。


私は月末参拝もそうだが「今日ここに来れたこと」を神様に感謝するだけで「願い事」はしない。「神仏は敬えども頼らず」という宮本武蔵を気取る訳ではないが、「感謝する」か、自分が「誓う」以外は全て神が為すことであって、世界平和や家内安全を願う事さえおこがましいと思うからだ。

この神社の自動販売機で毎年おみくじを引き、それをお守りのように1年間財布の中に居れて持ち歩く。そして新年のおみくじを引いたあとに前年のおみくじを読み直し、細長く畳んで神社の針金に結び付ける。前年のおみくじは「大吉」だったが、新年のおみくじは「末吉」だった。


おみくじは良い順から、大吉>吉>中吉>小吉>末吉>凶>大凶という順だ。末吉は凶の手前ということになるが、逆に大吉は良過ぎるので小吉や末吉の方が良いと言う人もいる。内容を読むと「慌てずにゆっくり事を運べばよろしい」とのこと。ま、今年の私は大殺界のド真ん中だしね。

初詣にはカミさんに加えて正月に我が家で年越しをした次男、義妹2人と小6の甥とその愛犬も同行した。次男は「大吉」だったが内容的には戒めの言葉も多い。おみくじはよく読めば当たり前のことが書かれているのだが、それで良いのだろう。今年はおみくじ通り末吉の1年を送りたい。


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2025年12月31日(水)、地球は公転し気が付けば今年も大晦日を迎えた。今朝もガラガラな明治神宮への月末お礼参りを済ませ今年を振り返った。日本国内は“女性初の総理誕生”と“各地でクマ被害”で明け暮れた今年2025年、さて私の10大ニュースは…?下記のようなラインナップだろうか。

   【今朝(大晦日)も明治神宮はガッラガラ

《1月~3月》
①口笛練習が“石の上にも3年”、ステージへ。
口笛を毎朝3年間練習した結果 | Saigottimoのブログ
TheNAOKAYライブin渋谷⑦ | Saigottimoのブログ
②山野楽器のアコースティックパラダイス出場。
アコパラ2025ライブの参加報告 | Saigottimoのブログ
《4月~6月》
③渋谷ズンチャカ連続出場、今回はアカペラ。
渋谷ズンチャカ2025に6/8出演 | Saigottimoのブログ
渋谷ズンチャカ2025参加報告 | Saigottimoのブログ
④“ミスタープロ野球”長嶋茂雄氏が永眠(6/3)。
ミスタープロ野球長嶋茂雄逝く | Saigottimoのブログ
⑤43年間勤務した会社の創業者ご逝去(6/24)。
 自らIT会社を興し東証1部上場企業にした希代の経営者。
 私のキャリア後半(企画、広報、人事業務等)においては、
 特に直々に多くのご指導を賜った。感謝!享年91歳。
《7月~9月》
⑥終戦から満80年、太平洋戦争に思いを馳せる。
対米開戦は国家規模アビリーン | Saigottimoのブログ
米国は何故2種類の原爆を投下? | Saigottimoのブログ
映画「雪風YUKIKAZE」鑑賞報告 | Saigottimoのブログ
零戦に見る日米設計思想の違い | Saigottimoのブログ
黒い紫電改プラモ完成し出展へ | Saigottimoのブログ
⑦SEASBIRD2金ライブ30周年を花道に卒業。
祝!第二金曜ライブ30周年到達 | Saigottimoのブログ
《10月~12月》
⑧多摩中央図書館で朗読&音楽イベントに出演
多摩中央図書館で絵本イベント | Saigottimoのブログ
⑨オーディオドラマで主演のシリーズが7作目!

おっさんは女子高生になれるか | Saigottimoのブログ
⑩ヴォーカルデビュー25年記念アカペラLive
アカペラだけでライブしてみた | Saigottimoのブログ

《その他1年間を通して》
◆野球…大谷翔平を中心に楽しませてもらった。
ストライクの定義知ってます? | Saigottimoのブログ」
大谷翔平にも大殺界はあるか? | Saigottimoのブログ
MLB球場のオルガン演奏に注目 | Saigottimoのブログ
神宮球場で阪神の消化試合観る | Saigottimoのブログ
大谷を超えた日本人選手が居た | Saigottimoのブログ
ビッグマウスヤマモロに大笑い | Saigottimoのブログ
◆料理…珈琲やお菓子についても作っては楽しんだ。
珈琲は何で飲むかが9割なのか? | Saigottimoのブログ
本当に美味しい珈琲を飲むには | Saigottimoのブログ
マグでレンチン簡単激旨プリン | Saigottimoのブログ
バスクチーズ風ケーキ製作顛末 | Saigottimoのブログ
◆その他…下記のブログも何故か地味に注目を集めた。
知ってビックリ、国歌「君が代」 | Saigottimoのブログ
瓦盆景を始めることにしました | Saigottimoのブログ
昨年開設の豊洲万葉の湯を体験 | Saigottimoのブログ

2021年のTOPニュースは「サラリーマンを卒業」、2022年は「共著出版」、2023年は「声優出演ラジオドラマのグランプリ受賞」、昨年は「ロスに大谷詣で」、そして大殺界に入った今年2025年最大のトピックスは...やはり「ヴォーカル・デビュー25周年記念ア・カペラLiveコンサート」だろうか

さて私の大殺界は再来年まで続くが、来年以降も日々健康に留意して馬齢を重ねたいと思う。今日までこのブログを読んで下さった全ての皆様に改めて感謝を申し上げたい。今年もたいへんお世話になりました。そして、どうぞ皆様も良いお年をお迎え下さい

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2025年12月21日(日)12時~14時、渋谷・SEABIRD、浅野・大槻セッション。私は浅野さん(b)とは昔一緒にバンドを組んでいた関係(*1)で、毎月1回開催されるこのランチセッションには可能な限り参加していたが、大槻美歩さん(pf)が2人目の出産準備に入るので今月で暫くお休みとなる。

この日のセッションには私の他にピアノ1名、ギター2名、ドラム2名が参加した。私は12月に入って間もなく鼻風邪をこじらせて発熱し、ほぼ一週間程床に伏していた。子供の頃から鼻が悪く手術もしたが余り良くならず現役時代も毎年ワクチンを打ってもインフルエンザには罹っていた。

今月は第一金曜(1金)ライブ&セッションを欠場してしまいクリスマス・ソングを歌えなかったので、この日は自分がレパートリーにしているクリスマスソングを一気に歌うことにした。日本ではお正月があるためこの時期しか歌えないので一種の虫干しみたいなものである。

♪White Christmas…2025年12月21日、渋谷・SEABIRD浅野・大槻セッションにて♪
1曲目「ホワイト・クリスマス」は誰でも知っているであろうクリスマス・ソングの王道中の王道、というか、全世界で最もレコードが売れた曲である(*2)。もともとはアーヴィング・バーリンが1941年の映画「ホリデイ・イン」のために作った曲でビング・クロスビーの名唱が最も有名である。

♪The Christmas Song…2025年12月21日、渋谷・SEABIRD浅野・大槻セッションにて♪
2曲目「ザ・クリスマス・ソング」は、白人男性ジャズシンガーの最高峰と言われるメル・トーメが作ったジャズの世界では最も定番のクリスマス・ソングだ。この曲は1944年、まだ彼が若く貧しい頃、真夏でエアコンの無い部屋で友人ボブ・ウェルズと暑さしのぎに冬の風物詩を述べ合って作ったとされる。

♪Blue Christmas…2025年12月21日、渋谷・SEABIRD浅野・大槻セッションにて♪
3曲目「ブルー・クリスマス」は1948年のカントリー歌手アーネスト・タブが作った曲だが、1957年にエルビス・プレスリーがビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」に対抗してリリースし大ヒットした。プレスリーはハワイアンを手掛けたり、以前からビング・クロスビーを意識していたという。

日本では今日12月24日の夜がクリスマスの前夜祭とされているが本当はそうではないし、そもそもクリスマス自体イエス・キリストの誕生日とは関係ないという事も以前ブログに書かせて戴いた(*3)。でもやはりヴォーカリストとしてはこの時期しか歌えないクリスマス・ソングを歌いたいのである。
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*1:このセッションおよび私が以前組んでいたバンドについては下記ブログご参照。
カエンペッパーとオレガノ再会 | Saigottimoのブログ
出会いに再開、セッション三連荘 | Saigottimoのブログ
西川姉御と20年ぶりの共演成る | Saigottimoのブログ
*2:レコード・セールスとしてはエルトン・ジョンのダイアナ妃追悼歌「キャンドル・オブ・ザ・ウィンド」がTOPとされているが、ビング・クロスビー盤に限らなければ「ホワイト・クリスマス」が最多とされている(一説には5千万枚とも)。
*3:本件については下記ブログご参照。
12/24はX'masイブではない | Saigottimoのブログ

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2025年12月14日、NHK大河ドラマ「べらぼう」が最終回を迎えた。カミさんが出勤時間が早まって朝ドラが観られなくなって以来、大河ドラマは我が家で唯一夫婦揃って観る貴重な番組枠だが、今回は脚本も演出も秀逸で、主演の横浜流星はじめキャスト陣も皆好演していて非常に面白かった。


        【NHKのWebより】

大河ドラマといえば主人公は歴史上の英雄等が多いが、今回は江戸時代に繁盛した蔦屋耕書堂という書店主の蔦屋重三郎(以下、蔦重)が主人公と、極めて地味である。放映前は、恐らく今風に言うところのコンテンツビジネスで成功したマーケターとしての商才が描かれるのだろうと私は思っていた

しかし実際に描かれたのは、蔦重の商才よりも、喜多川歌麿、恋川春町、十返舎一九、大田南畝、滝沢馬琴、葛飾北斎といった当代の天才達と交流し、彼等に無茶振りをしつつ才能を引き出し人気コンテンツに仕立てて世の中を変えていく、プロデューサーとしての手腕の方だったように思う。

象徴的な場面がある。蔦重を兄のように慕って頼り、彼を支えた喜多川歌麿が念願叶って“当代一の絵師”となり晩年の蔦重と袂を分かった。しかし歌麿は後に蔦重にこう漏らすのだ。「他の本屋(蔦重以外)は優しいんだ。『そのままでいい』と言うんだ。でも俺はそれじゃつまらないんだよ」と。


このシーンを見て私はアップルの共同創業者スティーブ・ジョブスを思い出した。彼はプログラムも作らずデザインもせず経営者としても自らにダメ出しを(してプロの経営者をスカウト)したくらいだが(*1)、Macintoshやiphoneを生み出して“世界を変えた”のは、紛れもなく彼の手腕だった(*2)。

  【Steve Jobs (写真は中西氏のサイトから)】

ある時、彼は半導体の回路を眺めて「このゴチャゴチャしたところ設計し直して」と言った。技術者が「は?機能的に問題ないし半導体は外から見えないだろう」と反論したが「僕はイヤなんだ」と彼は譲らない。仕方なく回路設計をし直したら何と演算性能や電力消費性能が向上したという。

かつての優秀な部下達が集まると「俺は奴に何度もクビになった」「俺も奴に何度も酷い眼に遭った」と“ジョブス被害者の会”状態で盛り上がるが最後は「また奴と一緒に仕事がしたい」という結論で終わるという。結局、彼の無茶振りが自分達の才能を引き上げる事を身を以て知っているからだろう。

つまり蔦重は“江戸時代のジョブス”だったのだ。この2人に共通しているのは、確かに大衆の求める商品を企画する優れたプランナーでありマーケターでもあるが、同時に天才達の才能を見抜く力とその才能を開花成長させ商品価値に結び付ける卓越したプロデューサーとしての能力だったのだろう。
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*1:ジョブスは、史上初めてコカ・コーラを抜き業界トップとなったペプシ・コーラの経営者ジョン・スカリーを「砂糖水を売って一生過ごすより世界を変えてみないか」という有名な口説き文句でアップル社にスカウトした(そのスカリーにアップル社を追放されるジョブスだが後年カムバックする)。
*2:感情的に怒鳴り散らす、他人のアイデアを無断でパクる、恋人に産ませた子供を認知せず養育費も払わずなど、ジョブスは才能を生かして仕事では大成功したが人格的には悪評も高かった。2011年に膵臓ガンで没(享年56歳)。

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