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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2021年9月25日、初の長州遠征初日。この日のネタで記事にしているのは、坂折隧道夜打原取水堰堤のコンクリート円弧橋夜打原の吊り橋尾無隧道平安橋

 

今宵ご紹介するのは、尾無隧道から約30分後に訪ねた、ストビューで見つけて絶対に訪ねたかった物件。

 

 

そのファーストコンタクトがこれなんだが、

どうでしょう。素敵じゃございませんか?まだわからない?

 

安心してください、これから執拗にお見せしていくので(笑)。

 

 

 

 

 

まずは、正対。

どうすか、このゆったり感。ただでさえ余裕ある幅員が、手前に向かって開いているのでよりゆったりと見える。

 

そうそう、場所はこちら。写真は北側より。

 

 

 

 

 

お名前は、

八幡橋。

 

 

 

 

 

Q地図で見つけてストビューでチェックしたわたくしのハートをぶち抜いたのは、

この高欄。個人的にど★ストライク。

 

ありそうでなかった?逆アーチ型高欄と円形開口部のハーモニーが絶妙。端正な束柱とあいまって、親柱はこのシンプルさがむしろ正解?とにかく、イイ!

 

 

 

 

 

上流側からのサイドアングル。

右岸側橋脚は後年の補修かな?

 

 

 

 

 

その川の名前は郷川なのだが、

なんといってもここよね~、この橋のポイントは。

 

車での右左折に対応するため後年に斜めに拡幅するパターンは数多い。ここもそうなのかと思いきや、これ…もしかしてオリジナルからこのつくりなのか?あまりにナチュラルで、後付け感がまるでない。

 

 

 

 

 

ねえ、どうでしょ。

極めて自然でしょ?絶対最初からこう造られてる。

 

とにかく、めちゃめちゃセクシ~じゃないかね、この曲線の誘惑。

 

 

 

 

 

ビョーキ全開だが、

共感してくれるフェチはいるはず(笑)。

 

 

 

 

 

ハッキリ言って、

この橋単体でどんぶり飯三杯は軽いね、わたくし(笑)。

 

 

 

 

 

ここまでまったくアホみたいなことしか書いてないが、

 

マジでどストライクなんだわ、この橋は。

 

確か埼玉にこんな橋あったよな?とか思ったっけ。でその橋にはこないだの東京出張中にめでたく訪問済なので、またの機会に紹介しようと思っている。

 

 

 

 

 

南側より正対。

いや~、堂々たる幅員と低い欄干。たまりませんな。

 

後付けで無粋なフェンスなんかが付けられてしまってたりしないのがまた、ポイント高い。

 

 

 

 

 

右側の親柱、

「やはたはし」。

 

 

 

 

 

そして左側の親柱、

「昭和十二年三月」。戦前橋だ。

 

阿武町の橋梁長寿命化修繕計画の「橋梁点検計画一覧表」によると、同町の管理する橋梁の中で二番目の古さ(同年の橋があと二本あり)で、30mというその橋長と考え合わせれば、まさに重鎮的な存在だ(なんの重鎮・笑)

 

 

 

 

 

このアングルで見て…改めて考える。

うーん、昭和12年にこういう仕様で橋を架けたのか?あまりに自然なあのカーブ、やっぱ後付けなんだろうか?

 

欄干にも舗装面にも不自然な点が見られないので、わたくしとしてはやはりオリジナル説を推したいな~。夢あるし。

 

 

 

 

 

最後まで執拗に…(笑)。

 

最高かよ!(笑)

 

 

本記事執筆時点で4,300本超の橋を記録してきたが、この橋は「わたくし史上好きな橋ランキング」でベスト20に入っていると思う。まあ実際そんなランキング作れないほど好きな橋は多いんだが、そんだけ気に入ってるってことで。

 

 

今のところ、同業方面でこの橋を紹介している方はいないよう。昭和のコンクリート橋好きに広く知っていただきたい、阿武町の八幡橋でありました。

 

 

 

2013年1月17~18日、奥三河彷徨。この日のネタで記事にしているのは、小町トンネル豊栄トンネル槙原隧道新一の瀬橋水沢トンネル国道151号・市原トンネル旧廃道、旧々道戦橋川角トンネル旧廃道

 

今宵ご紹介するのは、18日の朝イチに(それでもこれが四件目だが)訪ねたトンネル。

 

 

 

いきなりドン。

はいこちら~。場所はここ。南側より。

 

 

 

 

 

正対して…気づいたあなたはそのとおり(笑)。

馬蹄形アーチのコンクリートトンネル。

 

そう、これはかつての豊橋鉄道田口線のトンネルを道路転用したもので、もちろんこの道も廃線跡ということになる。上記の地図リンクを見ていただければ一目瞭然、起点の飯田線・本長篠駅からいかにもな分岐とカーブで続いている。

 

鉄道時代には「内金トンネル」という名称だったらしいので、記事タイトルも微妙な感じに。ここの字名が芳ヶ入なので、逆に内金ってなんやねん、と思うが。

 

 

 

 

 

そんな出自なので扁額もないが、

こんなのが。「地上高4m」。

 

これは道路トンネルでは見たことないやつだと思うが、知らないだけ?でも、道路転用されてからつけられたのだと思われるが、何か鉄道標識流用のニオイがするなあ。詳しい方ご教示いただきたい。

 

 

 

 

 

そしてこれね。

これはどうなんだろう。鉄道時代の忘れ形見な気がするのだが?架線ではなく信号設備用ケーブルとかなんとか。

 

わたくしあくまで乗り鉄だったので、こういうとこ知識がなくて…(笑)。

 

 

 

 

 

洞内の様子。

場所打ちコンクリートできれいに巻かれているが、一部素掘り区間があるようだ。

 

 

 

 

 

車で抜けて反対側から見てみようか…つうわけで、

振り返っての、鉄板の構図。

 

記事を書くにあたって知ったのだが、向こうに見えているのは桜並木のようで、桜の時期は大層美しいようだ。いいねえ。見てみたいな。

 

 

 

 

 

はい、では抜けまして正対。

ここにも、おでこから吊り下げられてるアレがある。

 

 

 

 

 

こっち側は、入ってすぐに素掘りとなる。

モルタルで固められてはいるが、なかなか。照明もイイ感じだ。

 

 

 

 

 

改めてストビューでこのトンネルを見てみたら、案外大きく改修されてて驚いた。

おでこからの垂れ下がり標識は撤去、扁額みたいな位置への取り付けに変更され、洞内も補修の痕跡ありあり。

特にこっち側は、コンクリが内側に巻き足されて以前よりもちょっと狭くなっているじゃないの。それに伴い、残っていた碍子やなんかも塗りこめられて(撤去?)しまっている。

 

やっぱ、変化って地味なようでもしっかりあるんだなあ…。

 

 

 

 

 

そんなアホみたいな感想で〆(笑)。

 

 

 

このシリーズ、今回は我が家から徒歩圏内にある廃バス停をご紹介。

 

 

 

これなんだが…

このくらいのボロさのバス停なら現役でもギリありそう。でも…

 

 

 

 

 

よく見ると、

とっくの昔にお役御免~。

 

ちなみに、2023年6月現在も佇んでおりますよ~。天下の国道1号で。

 

 

 

 

 

誰も興味ないと思うけど、ストビュー。

あとどのくらい、ここに立ち続けるんだろうね?

 

 

 

 

以上。

 

 

 

先日、いつものハルニチさんの広報check記事を見ていて、ある橋の撤去(新道への付け替えに伴う)を知った。正直全然どってことない橋ではあったんだけれど、ロケーション含めてなぜだか印象に残ってる橋だったので、ちょいと追悼記事でも書いておこうかなと。

 

 

訪問(というよりは通りすがりだが)は2019年4月28日、平成最後の遊撃@紀伊半島の2日目。この日のネタで記事にしているのは、出谷の野猿梅垣内隧道と梅垣内谷橋加財バス停内井川橋(廃)と豪華オプション。時系列では内井川橋のちょっと前になる。

 

 

 

まずは、いきなりドン。

ほら、どってことない橋でしょう?場所はここ。撮影は北側より。

 

 

 

 

 

お名前は…って、記事タイトルに書いてるが、

「ぎょうじゃはし」。銘板が白く塗られて見にくかったぞ。

 

 

 

 

 

お誕生日は、

「昭和三十七年二月架換」。ということは先代以前の橋も存在してたってことだが、このたび道自体が付け替わってその役目を終えた、と。

 

 

 

 

 

橋上から望む、こちら上流側。

ほぼ完全に水なし状態。

 

 

 

 

 

こちら下流側。

すぐそこで、中川へと流入している。水ないけど。

 

ちなみに現在は、ちょうど中川との間のスペースに新道が通っており、景色は一変している。

 

 

 

 

 

渡って南側より。

この手の橋って、きっと誰も気にしないと思うんだが、わたくし残念ながら守備範囲なんだなあ…(笑)。

 

 

 

 

 

左側の親柱は河川名。

「芋尻谷川」。

 

 

 

 

 

右側は漢字での橋名。

「行者橋」。

 

 

 

 

 

この芋尻谷川、水なしなのもさることながら、めっちゃ簡単に降りられたので、

上流側からサイドアングル~。

 

 

 

 

 

で、当然…

真下へ(笑)。リベット打ちまくりなヤレた5本のビームが非常にいい。

 

 

 

 

 

この良さの伝わる人、いますよね~。きっと。

こういうの案外、どこでも見れるもんでもないのよ。

 

 

 

 

 

これは下流側からのサイドアングル。

撮影位置、現在ではちょうど新行者橋の真下あたりになるのかな。

 

 

 

 

 

さて~。

 

この行者橋北側にあるのがこれ。

これがなんなのか、正直よくわからないのだが、Google Mapには「行者さん」として登録されてたりする。当然、橋の名称もこれにちなむものだろうと。

 

 

 

 

 

こんな石柱が立っているが、

どういうものか、いまいちわからない。

 

建立は「弘化四未四月十四日」とめっちゃピンポイントな日付が刻まれていた。「金峯山寺権大僧都英正院」「奉供羪大峯山上三十三度現當二世安楽祈所」「角之坊法印」と、修験道にまつわるものであることはわかるけど…。「安楽祈所」って、遥拝所みたいなものか?

 

 

 

 

 

小さいながらも立派なお堂の中には、

役行者と思われる像。これが「行者さん」だ。

 

 

 

 

 

「行者さん」擁するこのロケーション込みで、

印象に残った行者橋。いい雰囲気だったけどなあ。あえなく撤去されてしまった。

 

橋は撤去されてしまったが、「行者さん」は現在もちゃんと保存されているようで、まずは良かった。

 

 

 

 

 

最後に、ストビュー画像を埋め込んでおく。

切り替えれば、旧道時代の画像も見られる。変化を感じていただければ。

 

 

 

つうわけでハルニチさん、ガッツリ乗っからせていただきました。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

2023年4月24日、東京シバキ残し回収ツアーで訪ねた物件をご紹介。Q地図とストビューで見つけてぜひ訪ねたかった物件だが、絡めて訪ねるような物件が少なくて最後まで後回しになってしまっていた。

 

 

京王線の代田橋駅から

暗渠化された玉川上水沿いの緑道を進み…おおっ、見えてきた。

 

 

 

 

 

これこれ。

コンクリート製の個性的な高欄。これですよ!

 

 

 

 

 

北側より正対。場所はこちら

これが響く人がどのくらいいるのかわからないが、実にイイ。

 

 

 

 

 

お名前は、

稲荷橋。事前に知ってなければちょっと解読に時間かかったかも。

 

 

 

 

 

でこれが、

上流側(先述の通り暗渠化されている)の高欄。不思議な段差がたまらない。

 

 

 

 

 

非常に判読しづらいが、

「昭和二年十一月(以下判読不可)」と刻まれているように見える。Q地図でも完成年は昭和2年となっているので、これについては間違いないはずだ。

 

この古さの橋が渋谷区の片隅にほぼ往時の姿のままで残っているなんて、奇跡的なことだと思う。ちなみに、渋谷区による平成27年度の橋梁点検での判定結果は「2(予防保全段階)」。まだしばらくは頑張ってくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

こちら下流側の高欄。


上流側と比べ、大胆な間違い探し的な違いがひとつ。

 

 

 

 

 

不思議なことに、

こちらは中央の束柱が2m近くも屹立している。

 

決して上流側のが折れてしまった結果とかではなさそうなのよね。摩訶不思議なデザインだ。

 

 

 

 

 

南側より正対。

この写真だけ見たら、渋谷区とは到底思えないな。

 

 

 

 

 

お誕生日、こっちのほうが少しだけ見やすい気がするが、

こっちだと「十二月」に見えるな。最後は「竣功」か。「十一」か「十二」か、正解はどっちだ?

 

 

 

 

 

こっちはかなでの橋名だと思うのだが、

判読はお手上げだ。名前を知っててもなお全然わからん(笑)。

 

 

 

 

 

ふと気づいた、

小さな花が一輪だけ。古いコンクリートの背景に映えていた。

 

 

 

 

 

下流側からのサイドアングル。

この稲荷橋直下で、玉川上水は暗渠から開渠に戻る。ここからしばらく、今や希少な玉川上水の素掘り区間が残っている。

 

 

 

 

 

最後に、北側より引きで。

なんか、「前の時代の東京」というフレーズが浮かんだ。江戸川乱歩が小説の舞台にしたような、そんな雰囲気。個人の感想ですけど(笑)。

 

 

 

 

末永く残ってほしい、稲荷橋でありました。