わたしにとっては、しんどい生まれ故郷の大阪に、いよいよ阿加流比売(アカルヒメ)がみえてきたので行った(白い繭(まゆ)からでたものは 〜ついに本丸へ!?大阪への旅(その1)・白い繭(まゆ)からでたものは 〜ついに本丸へ!?大阪への旅(その2))。
自分の氏神さまというのは、やはり縁があるのだ。
なにわの審神者(さにわ)が言ってたが、産土(うぶすな)神=生まれたところの神様が、日本人には入ってるらしい。
実際、産土神さまの神社に行ったら、
「七五三まいりに来た子が20歳になるまで、ずっと祈祷してます」
と宮司さんは言っていた。
いよいよわたしが最も苦手とする本丸の大阪に近づいたので、バロメーターの伊勢平氏おじさんとの関係にドラマティックな変化があるかと思ったけど、それほどでもなかった(お盆の八ヶ岳がみせたもの 〜アカルヒメと牛頭天王と天神さん)。
でもなにか、わたし自身には異変が起きたみたいで、普段連絡しない人たちからまたどっさりと愛が届いた。
あと、「記憶がとぶ」も何度か起きた。
これは、わたしにとって人生の変わり目によく起きる。
どっさり届いた愛のひとつ。
赤ちゃんがうまれた友人夫婦のところに遊びに行った。
いつもの「今日行っていい?」を発動して。
ご主人手作りカレーでもてなしてくれた。
ヨットで単独太平洋横断をした堀江謙一さんの本
「太平洋ひとりぼっち 」を貸してくれた。
友人カップルとは、徳島県(阿波)穴吹川の「磐境神明神社」でキャンプをしたことがある。
彼らの行きつけのキャンプ地だったのだが、彼らはそこがある一部の人たちに注目されている場所だってことを知らなかった(神に抱かれる 〜軍用イルカと波動測定器、そしてユダヤ?・関東平野に誘われて 〜海なし県の水の神)。
しかも、彼らは、剣山麓の「コリトリ」もよく知っていた。
単なる登山道として。
そして、もちろん、そこに注目している人たちがいる、ということもまるで知らなかった。
わたしも、「神社好きなんですね」とか「歴史詳しいですね」って言われるけど、ちっとも詳しくない。
旅して、みただけ。
だから主観と偏見に満ちている、と思っている。
友人に子どものときからの夢を叶えてヨットで太平洋一周した人がいて、ヨットにのせてもらったことがあるのだが、ヨットで世界一周いいな、って本気で思ったことがある。
しろくまさんと一緒だったらな。
ひとりと、ふたりとどっちがいいんだろ。
あと、陸と海、どっちが危険だろうか。
自然の危険はもちろんあるけど、わたしにとっての恐怖はどちらかというと「山賊や海賊」。
今まで本当に運がよかった。本当に無防備に旅行してきたけど、本当に怖い目にあったことなかった。
人の善意に助けられた。
善意と悪意、出会う確率が同じなら、
カジノと同じで「勝ってる間に上がる」がいいのかもしれないなってわたしらしくない、守りに入るくらいである。
なんか、関西終わった気がしないから、ずっと気にはなっている。
でも、東京オリンピックも気になる。
多くの人がまるで「失敗したらいいのに」って思ってるんじゃないかって思うくらいの反対運動。
反対する気持ちは私だってわかる。
誘致してるときから「そんな場合ではないのでは」って思ってた。
でも、結局誘致を止めることもできず、またやり方も押し切られて、事態を変えることができなかったんだから、もはやこれも自分の意思のあらわれと自覚するしかない。
でも面白いことにも気がついた。
これを書いているのは、もう開会式が終わった後だから結果をみて書いてるんだけど、
オリンピックを応援したいとか、楽しみたいって人は、緊急事態宣言下の東京に集結してた。
緊急事態宣言を無視してけしからん?
自覚が足りない?
だって、政府と東京都がみせたんじゃん。
「原理を無視する」って姿勢。
受験のときに暗記した以来思い出した、このセンテンス。
憲法前文にこうある。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
そもそも国政は、国民の「厳粛な」信託によるものであって、その権威は国民に由来するはずなのに、
国民のほとんどが開催に賛同してなかったオリンピックを強行したんだよ?
それってどうよ?
ひさしぶりに日本国憲法、読んだけど、すごくいいじゃん。
15−2には、
「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」
とかある。
もう、憲法も「死に体」じゃん。
それってまずいんじゃない?
憲法改正議論がでるのは、わかる。
実態にあってない。
でもそれって違うでしょ。
どうせ法律やルールを守らない人たちが、自分たちのありようにあわせて法律作ったら、
「ない方がまし」なものしかできないような気がする。
いっそ憲法も法律もない方がいいんじゃない?
ろくでもない強要もされなくて済むと思う。
「盗まれたくなかったら、盗まれないようにいればいいのでは」っていうのが、貧乏人の私の考え。
だって、本当に貧しい人たちのことを気に留めてるお金持ちって、やんちゃな人たちからも慕われてるもん。
ルールが増える、っていうのはわれわれの民度が低い証。
脱線したけど、このタイミングで東京から離れたくない葛藤はあるけど、
どうしても「天神祭前には関西に行きたい」って思いが強くて迷ってたら、
島巫女仲間のSarah(サラ)さんが、「シカ」のご用で丹後から滋賀へときてて、合流していいって言ってくれた。
会津入り(赤べこと白虎隊の街・会津 〜夏越大祓の前に その1・西の守りは東にあった!?赤べこと白虎隊の街・会津 〜夏越大祓の前に その2)からなんと熊野の玉置山(お盆の八ヶ岳がみせたもの 〜アカルヒメと牛頭天王と天神さん)と続く「天神=菅原道真=梅」が気になるけど、大阪の天満宮や北野天満宮には彼女は行く予定はなさそう。
でも、このタイミング、逃してはならぬ。
だって、ちょうど彼女からの連絡は、「昨年の今頃、福井に行きましたね(恋しくて 〜葛の葉をたどる旅 若狭への旅)」って連絡だった。
1年経った。
あのときも、何となく連れられて行ったら、自分が気になっても全然いけないところで、鵜の瀬から、奈良・東大寺春日大社へと続いていった。
それどころか、九尾の狐(玉藻前)で那須の「鹿の湯」を経由して葛の葉をたどる旅の結末は、なんと琉球王朝へって琉球につながったんだった。
読み返してみて笑っちゃう。
あのときもみんなに「首都直下型地震」を心配されてて、わたし、「大丈夫です!!!」って意地になって答えてる。
ちょっと遅れ気味投稿のため、書いててワクワク感がない。
すでに後出し感満載の現実が進行中。
で、いざ米原。
無理言って迎えに来てもらうことに。
富士は晴れたり日本晴れ!
駅で彼女のクルマの到着を待ちながら目についたパンフレット。
いいなー。乗り鉄。
空いてるうちに満喫したかったが、そろそろ自粛の我慢が切れたのか、コロナ洗脳がとけたのかわからないが、移動する人は明らかに増えた。
わたしはもともと秘境や観光地でない、空いてるところしか旅したくないから、もうそろそろこんな旅も終わりかな。
わたしはやりたいことはどんなむちゃをしてもやりたい放題やってきたので、
いつ死んでも仕方がないと思っているし、概ねやりたいことをやりきった自分の人生に満足している。
だから、コロナを怖がっていないが、怖くない病気だとも思っていない。
普通にはありえないことらしいけど、恐ろしいウィルスに変異するかもしれないし。
「よくわかんない病気」って思ってる。
だから、みなが「リスクを考えずに」旅してるとしたら、大丈夫なのかな、って思う。
「安心安全」って言葉、すごく流行ってるんだね。
テレビやラジオでどれだけ聞いたかわからないよ。
安心っていうのは、気分の問題でしょ。
わたしは自分でどうにかできるから、政府にどうにかしてほしいって思わない。
自分の気持ちの方は。
政治や行政に頼みたいのは「安全」の方。
安心できたら、安全が保証されるわけじゃないんだけどな。
変だよ、変。
「ワクチン打ったから安心」って言われたら、それはその通りだと思うけど、
「これで安全」とは違うけどな、っていつも思う。
Sarah(サラ)さんは、さくらさん、っていうお友達と一緒に旅してて、彼女を紹介してくれた。
もともと東京の四谷大木戸(またしても内藤新宿だ!)から、毛利元就(もとなり)のご縁で西にお嫁に行かれたみたい。
戦国時代の供養を頼まれたみたいで、戦国武将とその周りの人間関係に詳しい歴女さん。
しかも、ご両親とも梅のお家らしくて、完全なる「梅」の血統。
梅鉢紋のさくらさん。
そして、Sarah(サラ)さんが「伊吹山に行こう」と走らせて立ち寄ったのが、ここ「伊夫岐神社」。
光り輝く梅鉢紋。
笑うしかないでしょ。
別に「菅原道真お願い」って言ってたわけじゃないのに、連れられるところがまさにこれ。
会津も菅原道真、
玉置山も菅原道真、
そして琵琶湖も菅原道真?
やっぱり今「天神さん」か。
梅鉢紋のさくらさんと、天神さん。
そして、一緒にある、菊の御紋。
菊。
伊吹山の麓にある、伊夫岐神社には、梅鉢紋と菊紋があった。
ここはきっと大きな鎮守の木があった。
このメンバーで旅したら晴れるだろうけど、眩しすぎませんか。
菊と梅。
ここは、福井、鵜の瀬の神宮寺の閼伽井と同じような感じ!
東大寺二月堂のお水取り(修二会)のお水が送られる場所。
禊場。やっぱり伊吹山に上がる前には禊したみたい。
すごく綺麗な水だった。
あと、イメージしたのは、剣山のコリトリ。
ちょうどコリトリから剣山に(リフト使わず)上る友人カップルに会ったばかりだからだと思うかど、山に上がる前の禊。
大峯もそうだ。
山伏のかっこうにも通じるなにか。
伊吹山地の水を集めた姉川が、まさに平野部に出る場所にあるのが、伊夫岐神社です。伊富岐大神ほか2神を祭神とします。ここを水源にして開かれた用水が「出雲井(いずもゆ)」で、一説には宝冶2年(1248)大原壮(旧山東町北部)の地頭大原重綱の家臣出雲吉兵衛が井堰を設置したといいます。出雲井は、大原壮及郷里庄(長浜市北東部)一帯の水田を潤しました。伊吹山の神は水神で、水の分配を司る神として、水田工作に利用される姉川の水を掌握するこの場所に、伊夫岐神社は祀られました。ここは神が棲む伊吹山頂を遥拝する清めの場であり、里宮的存在だったようです。
水分(みくまり)神といえば、私の中では罔象女神(みずはのめのかみ)。
丹生川上神社にいったとき(真名井の縁の伊勢神宮〜橿原神宮〜罔象の女神〜大神神社に続く旅まとめ【その2】)が最初の出会い。
そういえば、なにわの審神者(さにわ)に出会った頃。
丹生川上神社中社は、神武天皇が吉兆の占いしたっていう伝説のある夢淵のそばにある。
神武天皇といえば、八咫烏(ヤタガラス)。
この文章読んでるとみえる「出雲」って文字はなぜかわたしには「奈良の出雲」に見えたり、W出石の旅にでたときの山間の神社(=井関三神社だ!)を思い出すんだけど(丹後からの、W出石神社そして播州への旅(その3:播州・赤穂の旅〜震災から25年))。
井関三神社はブログの記録によると、播州(兵庫県)にある神社で、
御祭神が
天照國照彦火明櫛玉饒速日大神
(アマテルクニテルヒコホアカリクシタマニギハヤヒノミコト:丹後の籠神社の神様)
瀨織津姫
(セオリツヒメ)
諏訪大明神 - 建御名方大神
(タケミナカタノミコト)
境内末社には素盞嗚尊、宇気持神、菅原道真(!!!)。
そして
奥宮に 武甕槌命(タケミカヅチノミコト)
となっている。
なんか、Sarahさんたちの旅とやっぱりリンクしてる。
天橋立から、この「伊夫岐神社(井堰の神)」。
わたしも、あのとき、丹後から、W出石神社(但馬&淡路島)を経て「井関三神社」に運ばれた。
ようやく菅原道真と梅、牛頭天王と熊野が近づいてきて、何かが見えてきたのかな?
昨年のそれよりは明らかになにか違う理解があるような気はする。
諏訪神社の銀杏の木がある、ってGoogleマップに出てたから見に行ったら、なかった。
もう切られたあと?
でもそこからみえた伊吹山は、雄大だった。
諏訪神社は、伊吹山を仰ぐ場所だった。
関係あるんだね。
ただ、伊吹山はなんか削られて剥き出しになってて、大丈夫かな、って思った。
秩父神社の神体山の武甲山といい、
舞鶴の大川神社(月の光に誘われて 安曇野から京都へ 〜その3 西の猛霊 松尾大社 )のあたりといい、
なんか、物部の本拠地らしい山、削られてること多いんですけど。
大丈夫なの?
木がないと、見た目だけじゃなくて、土砂崩れしやすくて危険なんだけどな。
ちなみに舞鶴の大川神社は、男神としての保食神。
丹後の方では保食さんは、男性神。
箭弓稲荷神社(初午は、箭弓(やきゅう)稲荷神社へ)からの引き寄せ。
大川神社祭神は
主神 保食神
相殿 句句廼馳神(木神)、軻遇突智神(火神)、埴山姫神(土神)、金山彦神(金神)、罔象水神(水神)
と、なっている。
つまり、保食神に木火土金水が祀られているということである。
すべて宇宙全体の構成要素ということか、って書いている。
お昼はおそば。
次に案内いただいたのは、太郎坊阿賀神社。
赤だ!
阿加流比売(アカるひめ)だし(謎)。
ちなみに今日も「赤いワンピース」で来たよ。
狛の長者は、朝鮮半島の高麗の国からの渡来人で、蒲生野の開拓と農耕文化を広め、小脇郷に長者の屋敷があり「金柱の宮の趾」の碑がある地先はその一部です。だって。
金柱。
コマの長者は、「高麗(コマ)」の国からの渡来人、って「高麗神社」じゃん(四谷大木戸から高麗(こま)神社へ)。
そして、大山みやげの「コマ」と繋がっていたんだよね。神奈川の。
大山はもともとは白山信仰。
そして、なぜか牛頭天王を祀る津島神社と箒銀杏天満宮(ほうきいちょうてんまんぐう)をつなぐ大山街道と「アフリ=雨降」というキーワード。
なんかここにくるまでのいろいろが全部ある。
しかも今日は戦国時代の人間模様に詳しい梅鉢紋のさくらさんと、島巫女仲間のSarahさんで、会津の島巫女仲間は黄「金」山神社に行っている。
車内で聞くんだもの。
春日局。
大山にいったとき、「春日局年表」っていうのがあったんだけど(琉球から雨降山へ 〜雨降山・大山寺 その2)、その話をしたら、梅鉢紋のさくらさん、すらすらと徳川3代家光の話を解説してくれた。
春日局は、なぜか本郷を歩かされたときにも会ったんだよね(続・答えあわせの東京さんぽ(会社員時代編) 〜思い出の地をもう一度 本郷・湯島・箭弓稲荷神社)。
あと、春日って地名も、なぜか白山と繋がるのである(白山通りに導かれ 〜白山菊理媛神と江戸)。
お江戸の春日の謎がとける日も近いのだろうか(調べてないけど)。
磐座がいろいろある。不思議パワースポット。
高麗神社もそうだし、
秘密がいっぱいそうな茅ヶ崎の「高来神社」もそうだけど、渡来系の神様って最初に山に登って、少しずつ降りてくる、ってことなのかな。
八代でもそう聞いた。
そうそう、この山は「赤神山」が御神体。
赤神山ってきいて、なぜかわたしは「湯殿山」を思い出した。
烏天狗。
カラス天狗って、源義経(牛若丸)を指導したんだよね。
ヤタガラス?
山伏の装束そのまま。
じゃ、熊野じゃん。
うーん、だったら、あれ?イスラエルから来たラビ?
ここにきてはじめて義経とヤタガラスの繋がりにようやく気づく。
だいたい、熊野の湛増(たんぞう)は、あの情報力からして、山伏と繋がっているはず。
そして海(海外)とも。
どこから来たのかはわからないが、遠い海の向こうともルートを持っていたことは間違いない熊野の八咫烏さん。
次にいったのは、鏡神社(竜王町)。義経元服の地。
謡曲「烏帽子折」。
昔「牛若丸」っていい人のイメージあったんだけど、このあいだ会津で「皆鶴姫」の話を聞いたし(牛頭天王と、馬頭観音 〜夏至直前・祇園祭に出るものは 鶴と亀?)、静御前のこともそうだし、なんか女性を利用してのしあがろうとしたり、人を騙したりするエピソードばかりで、好きになれない。
ま、いいや、御祭神は、、、
天日槍(あめのひぼこ)!!!
阿加流比売(アカルヒメ)の夫。
第11代垂仁(すいにん)天皇の御代(紀元元年)に帰化した新羅(しらぎ)国の王子天日槍(あめのひぼこ)の従人がこの地に住んで陶芸、金工を業とするに及び祖神として彼を祀ったことに始まる。
福井の巫女仲間のところに行こうかと思ったが、連絡取れずで,東京に戻る方向に気持ちが固まりつつあった。
大阪まで乗せてもらい、車内で夜行バスを予約。
2000円だもん。
ありがたい。
この値段ならまた来ようと思える。
で、東京。
映画「天気の子」を思い出す空の様子。
そしてこの景色が、わたしの、代々木DAYS。
しろくまさんがはじめて入院した日も、伊勢平氏おじさんにフラれた日も見た景色。
今思えば、あのときから美志摩かなの稲荷の御用は始まっていたんだな。
もう、長く生きすぎた。
しろくまさんいない自分で生きていける気がしない。
わたしは実は旧暦閏の七夕生まれ。
しろくまさんとわたしは2007年7月7日に出会った。
そのときのことは、どこかに書いた。
わたしたちがその日出会っていたことを知るのはそれからさらに2年が過ぎてから。
七夕って。
あるとき、天帝は、働きものの織姫と彦星(牽牛)を出会わせた。
そうしたら、ふたりは仲よすぎて、仕事をしなくなったから、天帝はふたりを引き裂いて、年に一度だけしか会えないようにしたらしい。
わたし、ほんとにしろくまさんと暮らした日々は楽しかった。人間らしい暮らし。
美味しいものを食べたり、美しい景色をみて、きれいだねって言ったり。
人生で一番楽しかった。
思えば子どもの頃からただ母の期待に応えて大人になり、進学や就職すら、わたしが望んで選んだことなんか、学生時代ヨーロッパを留学ついでに放浪した以外、食事のメニューすらほとんどない。
結婚して家から出て自由になったけど、生まれてずっと自分の頭でどうしたいかを考えたことがなかったから、世間の価値観に自分から合わせていった。
なんとか放浪をはさみながら、生き延びてきて、出会ったのがしろくまさん。
しろくまさんもたぶん似た感じ。
わたしたち、自分のやりたいこと、したことないコンビだった。
だから気が合ったんだと思う。
でも天帝に引き裂かれた。
たしかにわたしたち、織姫・彦星と同じくらいなかよしで、どこにいくのも一緒だった。
ま、しろくまさんの方はいろいろ思うところあったみたいだけど、いいよね。
わたしに、みせてくれたしろくまさんが、わたしにとってのしろくまさんだから。
わたしも天に帰りたい。
会津から、身近になった箒銀杏天満宮。
名前のついた銘木。渋谷区最後の一本。
牛頭天王の天王橋(てんのうばし)。
天神から天王へ。
明治神宮はいつも以上に光に溢れていた。
さあ、オリンピック開会式。