このところ、コロナ禍の混乱期(つまりこのブログを書いていた頃)にやり残していたことをやっている、ような気がする。
あの頃は地に足ついてなくて、明日の予定がわからなかったから予約が叶わなかった、のぞみさんにも会えた。
もともとお互いバックパッカーだから、あたりまえだけど、共通の知人がいて「世の中狭い」。
しかも、偶然話に出てきて笑っちゃう。
他は先祖を遡ったり、祖父の軍歴を調べたりとかいろいろ。
そんなことはすっかり忘れていて、新たに「お告げ」がきて始めたことなんだけど、
過去のメッセージのやり取りを振り返ることになったりして、そこにちゃんと「ある」。
今やり直しているのは、龍と沼津(伊豆)。
そういえば、5年ぶりに三嶋大社に行ったんだった。
神社はもう行きたくないけど、うなぎを食べて、桜をみて、鹿と記念撮影しようってことで。
前回出かけたのは、令和3年3月3日。
そこでオーブを放って待っていたのは、見目神社だった。

見目神社は三島大神の后神6柱を祀るって書いてあったけど、三島大神は女神だと思っている同じミシマ筋の私にはなんか入ってこなくて、、、。でも存在感を放っていたのはここだった。
同じ存在感を放っていたのは、神津島の阿波命神社の阿波のひめ。
すっかり忘れてたけど、阿波命神社の祭神は、三島大社の祭神事代主の正后だって書いてある。
同じエネルギーを放っていたのはそのせいだった。
確か、こちらの見目神社に祀られている6人の后の中に、肝心の正后の阿波ひめはいないようだからね。
今思えば、あのとき呼んでいたのが阿波命(=阿波ひめ)だったんだろうね。
そもそも神津島に行くきっかけになった、北海道にある日本最古の国宝の遠軽の白滝遺跡群の美しい石器は、国道333号を旅したときじゃん。
令和3年3月3日に三島溝咋耳(ミシマ・ミゾクイ・ミミ)を訪ねた引き寄せだって書いてある。
何より北海道のこの旅に行くことになったのは、今回の旅のパートナーの縁だった。
しかも、阿波。
最近紫姫さんがこんな記事を書いていた。
千葉県銚子市の余山貝塚から出土したカッパのような土偶。
星型土偶というらしい。
彼女の「河童土偶」の方がしっくりくるけどね。
貝を頭にかぶるって考察されていたけど、世界中に貝を仮面にしたりアクセサリーにする文化はあるからそうかもしれないね。貝は、昔お金だったっていうし、ゴホウラガイの腕輪は特別なものだったらしいし、何かメッセージなんだろうね。
この土偶をみて私はマリにあるドゴン族の村に行ったことを思い出した。
星の民!って思ったから。
これを書いた当時は、自分自身がこんな奇妙な世界に取り込まれるなんて思っていなかった。
今でいうふわスピみたいなもので、「神とは何か」すら考えたことがなかった。
「神とは絶対的な宇宙の真理」と確信はあったけど、この世には無数の神が存在して、しかもそれらがこの現代の今もなお「神話」を通してせめぎ合っているなんて思わなかった。
大国主は、赤い岩を抱いて大火傷をして瀕死になったとき、貝の粉を塗ってもらって柏の葉に包まれて蘇生して(赤猪岩神社)、
猿田彦は、貝に噛まれて溺れ死ぬ。
これらの話で貝は女性だろうね。
私にとって、貝は星を連想するけど、それは島で漁(いざり)をした経験から。
潮の引いた冬の夜の海で、貝はキラッと光ってその所在を教えてくれる。
私が最初に某神の島で漁に出たとき、いろんな行き違いで、一人で夜の海に放り出された。
貝を探すのに夢中になっているうちに、沖と岸の場所がわからなくなったとき、オリオン座が私に岸の場所を教えてくれて、私は岸に戻ることができた。
新月の夜、電灯もないところで、大きく潮の引いた場所に行ったら星だけが手がかりだ。
そうして私は、海の民にとっての星の存在の大きさを思い知ることになったのだった。
織姫と彦星をくっつけたり引き離したりした天帝。
天帝=北極星は、時代とともに変わるらしい。
だから、この先もまた宇宙の中心が変わる日は来るだろう。
でも、私たち星の民は、自分の星を手がかりに、自分の人生を歩んでいけば何も恐れることはないと思う。
宇宙の中心が変わろうが、私たちは私たちの中のひかりを手がかりに、歩んでいけるはずだから。

(追記)
大国主と事代主が三島神について伊豆に行ったって話が書いてあるらしい↓