かんながら

かんながら

旅の記録です

 

 

 

最近、生月島の映像をよくテレビで見る。

 

生月島は、長崎県の島で、潜伏キリシタンとオラショで知られる島。

世界文化遺産 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の舞台のひとつである。

 

この島の魅力はなんといっても、島とは思えない雄大なランドスケープにある。

車のCMのロケにも使われたらしいけど、ドライブが楽しくなるような本当に素敵な場所である。

アイルランドでもそっくりの景色に出会って、連載させてもらっている維新と興亜の記事にも書いたけど、生月島で塩俵断崖と呼ばれる柱状節理は息をのむ美しさだ。

 

オラショは、隠れキリシタンが口伝のみで受け継いできたグレゴリオ聖歌をルーツとする聖歌で、2013年バチカンで西本智実さんが指揮して復元演奏されたことで話題になったこともある。

私に生月島のオラショを強く勧めてくれたのは、沖縄の伊江島にある教会に奉職している人だった。

散々な目に遭って、東京から逃れてきた私は、私の居場所を探し歩いていた。

その途中出会ったのが、生月島出身のその方だった。

 

 

 

この島で乗っていたクルマがパンクして、島の皆さんに助けられたことがきっかけで、ひとりではできなかった体験をたくさんした。

町長さんに案内してもらって、その雄大な島の姿を見ることができたし、色鮮やかな「蝶の羽根」の装飾画で知られる山田教会のミサにあやかることもでき、シスターの話を聞くこともできた。自分の使命に真っ直ぐに生きる女性にも出会った。

 

私が「何ものかに動かされて旅をしている」といったら「わかります!!」と大きな共感を送ってくれた彼女は、戦跡を探し当てて、そこにかつて生きていた人たちの思いを現代に繋ごうとしていた。

 

 

生月島が長く秘めていたメッセージが今、外に出ようとしているような気がする。

それは、言葉ではなく、海と大地が織りなす雄大な美しさを通して。

 

 

 

 

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週末は伊豆の海辺の宿で伊勢海老と鮑をつまみにワインを飲んでいた。

人間らしい暮らしをするって決めたから。

 

 

その間に、紫姫さんのブログに取り上げてもらって、メッセージ満載のコメントをもらってた。

 

 

 

三嶋大明神は女神。

なんていうか、日本の本来は女系よ、女系。

ヤタガラスの娘のみしまるさんは、古文書とか家系図とかから根拠を持ってそう言っているけど、

私はただの女のカンでそう思う。

 

だって日本の最高神は天照大御神という女神なんだから。

伊勢神宮に祀られているのは男性神だっていう話はもちろん知ってるけど、

やっぱりこの国の最高神は女神だと思う。

 

大体、おかみさん、っていうし、

かかあ天下って言うでしょ。

亭主は関白止まりよ。

 

 

紫姫さんの記事に、なんだかとても重要なことが書いてある。

 

三嶋大明神の宮が置かれたのは、

三宅島の阿古である。

そこには「富賀( とが )神社」がある。

伊豆諸島の総鎮守にして、静岡県の三嶋大社の総社だという。

 

 

トガ神社!!トガ神社といえば、三河国一宮の砥鹿神社。

もともと、鹿卜をしていたからの、社紋。

 

 

 

シカからカメへ移った祭祀、って書いている。

私はカメといえば、甕(ミカ)=オリオン三つ星か、それとも亀の出雲か、って思っていたけど、

この記事に取り上げられているように、亀卜の伝来に中臣氏が関わっているとしたら、またなんか深いところに落ちそう。

 

 

 

継体天皇と中臣氏の接点の摂津三島。

 

なんで三島の土地に、鎌足の墓?とずっと疑問の阿武山古墳。

私が阪神淡路大震災でおかしくなった時に連れられて行った場所。

 

大阪で生まれ育った私はずっと聞いてきたわけ。

摂津は三島の土地だったって。

そもそも、摂津って旧字体耳三つ。

ミシマ・ミゾクイ・ミミ 三島溝咋耳の三耳よ。

 

三島が川を開拓したと聞いてきた。

だから、大阪市のマークは澪(みお)の境界に打ったクイを表す澪つくし。

 

三島は天理でもそうだけど、その存在を消されてるって感じる。

微かに地名で消しきれない三島を全国に見るけどね。

 

 

 

 

最近伊豆に縁があるようで、いろんな方々の記事が目につく。

その中で、ふと目に止まった「いずのくに」さんの記事。

 

そこにアカルヒメの話題と杭全神社。

誰も読めないくまた神社。

そこは私の産土。

 

そして赤留比売神社は、私の生まれた政所町のそばにある。

梅ヶ枝町という地名も残る古い場所。

 

もともと杭全神社の管轄になる前は、住吉大社の末社であった由縁で7月31日に行われる同社の例大祭「荒和大祓」に当地七名家より桔梗の造花を捧げる慣例となっている

 

とある。

 

 

 

桔梗の造花が何を意味するのか、今もわからない。

明智光秀は桔梗紋。

そして子どものころよくみた「一休さん」に出てくるいじわるな商人は「桔梗屋」。

でも桔梗ってきれいな花なのに、いいイメージがない可哀想なお花。

しかも造花ってどういう意味が込められているんだろうか。

 

 

今は島津家が持っているという、シルクロードを伝って聖徳太子に贈られたという赤い琥珀の玉。

 

 

赤い玉といえば、クフ王の太陽の船のこれとか、

 

 

韓国ドラマで女官?が頭につけている赤い丸いのを思い出すけど、

 

 

どうしても、あかるひめの神話を思い出してしまう。

赤い玉はその誕生を目撃していた元の持ち主からヒボコ(天之日矛)に取り上げられる。

 

女性が勝った方の男性に召し上げられるって構図と相似形のこの物語。

島津は、奄美も琉球も従えた勝者だから。

 

 

そういえば、島津を祀る社、住吉大社にあったね。

島津家の聖地 誕生石。

 

 

 

住吉さんと、あかるひめがいた摂津は、三島の土地。

 

熊野権現を祀っていた杭全神社(くまた神社)。

杭全神社のある場所は百済の人がいたところ。

 

 

 

子孫の平和と幸せのために紡がれた物語でつくられたこの国の政治は、それを理解する人たちによって差配され、うまくやってきたはずだった。

なのに、いつの間にか先祖の祈りを理解せず、奢る人たちが増え、ひっそりと口を閉ざした人たちの子孫をしあわせにしなくなった。

 

 

だから、閉ざされたものたちの口はふたたびひらく。

土地が語りかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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このところ、コロナ禍の混乱期(つまりこのブログを書いていた頃)にやり残していたことをやっている、ような気がする。

 

あの頃は地に足ついてなくて、明日の予定がわからなかったから予約が叶わなかった、のぞみさんにも会えた。

もともとお互いバックパッカーだから、あたりまえだけど、共通の知人がいて「世の中狭い」。

しかも、偶然話に出てきて笑っちゃう。

 

 

他は先祖を遡ったり、祖父の軍歴を調べたりとかいろいろ。

そんなことはすっかり忘れていて、新たに「お告げ」がきて始めたことなんだけど、

過去のメッセージのやり取りを振り返ることになったりして、そこにちゃんと「ある」。

 

 

今やり直しているのは、龍と沼津(伊豆)。

 

 

そういえば、5年ぶりに三嶋大社に行ったんだった。

神社はもう行きたくないけど、うなぎを食べて、桜をみて、鹿と記念撮影しようってことで。

 

前回出かけたのは、令和3年3月3日。

そこでオーブを放って待っていたのは、見目神社だった。

 

 

見目神社は三島大神の后神6柱を祀るって書いてあったけど、三島大神は女神だと思っている同じミシマ筋の私にはなんか入ってこなくて、、、。でも存在感を放っていたのはここだった。

 

同じ存在感を放っていたのは、神津島の阿波命神社の阿波のひめ。

 

 

すっかり忘れてたけど、阿波命神社の祭神は、三島大社の祭神事代主の正后だって書いてある。

同じエネルギーを放っていたのはそのせいだった。

確か、こちらの見目神社に祀られている6人の后の中に、肝心の正后の阿波ひめはいないようだからね。

今思えば、あのとき呼んでいたのが阿波命(=阿波ひめ)だったんだろうね。

 

そもそも神津島に行くきっかけになった、北海道にある日本最古の国宝の遠軽の白滝遺跡群の美しい石器は、国道333号を旅したときじゃん。

 

 

 

令和3年3月3日に三島溝咋耳(ミシマ・ミゾクイ・ミミ)を訪ねた引き寄せだって書いてある。

何より北海道のこの旅に行くことになったのは、今回の旅のパートナーの縁だった。

しかも、阿波。

 

 

 

最近紫姫さんがこんな記事を書いていた。

 

千葉県銚子市の余山貝塚から出土したカッパのような土偶。

星型土偶というらしい。

彼女の「河童土偶」の方がしっくりくるけどね。

 

貝を頭にかぶるって考察されていたけど、世界中に貝を仮面にしたりアクセサリーにする文化はあるからそうかもしれないね。貝は、昔お金だったっていうし、ゴホウラガイの腕輪は特別なものだったらしいし、何かメッセージなんだろうね。

 

この土偶をみて私はマリにあるドゴン族の村に行ったことを思い出した。

星の民!って思ったから。

 

 

 

これを書いた当時は、自分自身がこんな奇妙な世界に取り込まれるなんて思っていなかった。

今でいうふわスピみたいなもので、「神とは何か」すら考えたことがなかった。

「神とは絶対的な宇宙の真理」と確信はあったけど、この世には無数の神が存在して、しかもそれらがこの現代の今もなお「神話」を通してせめぎ合っているなんて思わなかった。

 

 

大国主は、赤い岩を抱いて大火傷をして瀕死になったとき、貝の粉を塗ってもらって柏の葉に包まれて蘇生して(赤猪岩神社)、

猿田彦は、貝に噛まれて溺れ死ぬ。

 

これらの話で貝は女性だろうね。

 

 

私にとって、貝は星を連想するけど、それは島で漁(いざり)をした経験から。

潮の引いた冬の夜の海で、貝はキラッと光ってその所在を教えてくれる。

私が最初に某神の島で漁に出たとき、いろんな行き違いで、一人で夜の海に放り出された。

貝を探すのに夢中になっているうちに、沖と岸の場所がわからなくなったとき、オリオン座が私に岸の場所を教えてくれて、私は岸に戻ることができた。

 

新月の夜、電灯もないところで、大きく潮の引いた場所に行ったら星だけが手がかりだ。

そうして私は、海の民にとっての星の存在の大きさを思い知ることになったのだった。

 

 

織姫と彦星をくっつけたり引き離したりした天帝。

天帝=北極星は、時代とともに変わるらしい。

だから、この先もまた宇宙の中心が変わる日は来るだろう。

 

 

でも、私たち星の民は、自分の星を手がかりに、自分の人生を歩んでいけば何も恐れることはないと思う。

宇宙の中心が変わろうが、私たちは私たちの中のひかりを手がかりに、歩んでいけるはずだから。

 

 

 

(追記)

大国主と事代主が三島神について伊豆に行ったって話が書いてあるらしい↓