シカからカメへ移った祭祀 ~三河国一之宮砥鹿神社をふりかえる | かんながら

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旅の記録です

 

 

ふたたび、豊橋へ(その2) 〜鹿と御津と三ツ石と | かんながら (ameblo.jp)

 

たまたまこのタイミングで目に留まった、もともと鹿の肩甲骨を焼いて占いに使っていたのが亀の甲羅をつかう亀卜に変わったって記事。

 

鹿から亀へ。

ピンときたよ。

伊勢平氏おじさんとヨギの治療師、ダブルの引きで行かされた三河国一之宮砥鹿神社。

 

 

ご神紋の卜の印は、鹿の肩甲骨を使って占いをしていた、って話をきいたからね。

 

 

奥宮でわらじが奉納してあった「アラハバキ神社」をみて、丹後の神人に質問したら、

「アラハバキだから履物」っていわれて、「アシ」とか、「ナガスネヒコ」って教わった。

 

話の内容はつまり、アラハバキ=ナガスネヒコってことだった。

 

で、おもしろいことにFacebookにタイムリーなコメントがきた。

ウガヤフキアエズの伝説で、玉箒でおなかをさすると安産になる。

 

ウガヤフキアエズは神武天皇のお父さん、になるのかな。

トヨタマヒメが出産のとき、箒ではらったのは、カニ。

八本足。

蜘蛛と一緒だ。

 

ほーーー。

つまり神武天皇のお父さんが生まれるときにはらわれたのが、蜘蛛。

土蜘蛛はちょうど、ナガスネヒコのことだって話がきたばかり。

 

 

つまり神武天皇に変わるとき、ナガスネヒコを箒ではいて追い出したってことなのか。

だんだんみえてきたかも?

高砂の媼が持っている箒は、蜘蛛=ナガスネヒコをはらったってことか。

 

 

高砂の老夫婦は、道祖神=クナトだろうからね。

 

 

殺したのではなく、よけたってところが肝なんじゃない?

まあ、そのおかげで今も勢力争いが絶えないわけだけど。

 

 

丹後の神人の話では、

先にきていたナガスネヒコは、あとからきた神武天皇に従うくらいだったら、自分は別のところにいく、って東へといったらしい。

 

 

当時はピンとこなかったけど、さんざん日本を巡ってきた今それを聞いたら、鹿の肩甲骨で占いをしてて、その印を神紋にいただく砥鹿神社のあの場所が舞台なんじゃないかって感じたわけ。

鹿(海人族)から、亀(ガメにのってきた鎮宅さん)に変わった場所。

 

 

土蜘蛛がナガスネ彦なら、赤ん坊のころのわたしが能「土蜘蛛」に惹かれていたのも、丹後の関係者が寄ってくるのも深い部分で納得する。あと三ツ星も。
三河国一之宮砥鹿神社奥宮 本当の祭神は朝廷別王 母は、丹波之河上之摩須郞女(たにわのかわかみのますのいらつめ)。
神社を任されたのは草鹿砥(くさかど)氏。
砥鹿(とが)神社を任された草鹿砥(かど)氏。
くさか。

祇園祭でわたしがなぜか食いついた芦刈山の舞台は「くさか」。

 

 

ミシマの妄想としては、

ナガスネヒコと神武さんは東と西に棲み分けた、ってことなんじゃないのかな。

だとしたら、深い部分で納得する。

 

 

遠く離れた岩手の宮古と、神の島を抱える南の島の宮古島がなんか空気感が似てるってこととか。

 

チームナガスネヒコ。出雲、オオナムチ、ニギハヤヒ、鷺(フェニックス)=小泉八雲が好んで入れていた紋(ラフカディオ・ハーン=鷺)。

いろいろつながってくる。

 

 

今帰仁からわたしに託されたメッセージは、

明治天皇のおかあさんは、沖縄の鍛冶屋の娘 まじるおばあ。

 

 

 

明治天皇のお母さんは中山慶子。

氏神さまは、大阪の坐摩神社(いかすり)。

神紋は白鷺。

 

渡辺姓の発祥の地。

わたなべ、って「わた」で、海神(わたつみ)をイメージする。

 

ニギハヤヒの奥さんは瀬織津姫で、岩手県に瀬織津姫の社が多いっていうのもニギハヤヒが東北を目指したなら納得である。

 

そして、坂上田村麻呂は成敗にいったってことになってるけど、現地では阿弖流為、モレを助けようとしたヒーローだってことになってて、東北では嫌われてないことも。

 

 

出雲と対になるのは?

 

そういえば、出雲VS肥後 ってなにわの審神者が富岡八幡宮の相撲の碑に行ってって言ってきて、

そこにいったときに見た石碑にそう書かれていた。


 

「このはな」の秘密がひらくとき 〜肥後 VS 出雲 そして琉球 (その2) | かんながら (ameblo.jp)

 

 

6が転ぶと9になる 〜亀と鹿と226 | かんながら (ameblo.jp)

亀と鹿と226ってビンゴだし。陸軍。

 

富岡八幡宮と相撲と太宰府と〜紀元節の前に思う | かんながら (ameblo.jp)

 

 

出雲とVSは肥後。

 

元伊勢籠神社の御用で高千穂に行ったときに旅した八代で出会った鎮宅さん。

高千穂・真名井の水を豊受大神のご神前に(その3・八代妙見宮 霊符神社) | かんながら (ameblo.jp)

 

 

ガメに乗って中国から入ってきた鎮宅霊符神。鎮宅さんは、肥後(熊本)から入ってきた。

 

このとき、後醍醐天皇の子のひとり憶良親王に出会ってる。

高千穂・真名井の水を豊受大神のご神前に(その4・懐良親王と出会う編) | かんながら (ameblo.jp)

南朝と鹿児島。

このあたりも最近ふたたびたどることになっている。

 

 

書いたことも忘れてるけど、最古の天満宮は丹波にある。

菅原道真存命中に建てられた生身天満宮。

 

(速報メモ)ミト(310)が開いてトミ(蛇)がでる その3〜まとめ | かんながら (ameblo.jp)

 

このあたりすごく重要みたいだから、関係のみなさま、どうぞよろしくね。

 

 

もうすぐ6月9日。

亀と鹿と陸軍と薩摩(島津)。

 

やり直しの八ヶ岳の旅を、成就できるといいんだけど。

やり直しの旅  〜伊勢平氏おじさんと白山ひめ | かんながら (ameblo.jp)

 

 

 

そうそう、あと、こんな話題もあった。

 

最近もうすぐ地球が滅ぶって話があって、ノストラダムスの大予言を知ってる私たち世代は、たとえ明日地球が滅びようとも今日リンゴの苗を植えるってことの大切さを示さないと、って書いたら、

 

「そんな話題があるんですか」

って言われてはっとしたわけ。

 

ノストラダムスどころか、

日蓮さんの立正安国論も、

キリスト教の終末論も、

 

日蓮さんやイエス自身がそう言ってたのかはわからないけど、

宗教っていつも、世界が滅びるっていう話といつもセットじゃん。

 

宗教は、終末論を広めるためにあるんじゃないかって思うくらい。

 

最近もマヤ暦最後の日なるものが登場したけど、今もまだ私たちは存在している。

 

そしてマヤ暦最後の日を流行らせたのは宗教ではなく、スピ系だった。

 

 

宗教と政治っていうもののつながりが明るみにでたんだから、そろそろ私たちの方が気づこうよ。

わたしたちが、自分の頭で考えるとか選択するってことをしなくなったから、

こういうろくでもない社会になってるんだってことに。

 

 

今のこの世がろくでもないのは、政治の問題でも宗教の問題でもないと思うよ!!!

 

 

自分の現実は、自分が創っている。

自分の外側の世界は、自分の内側をあらわす。

 

わたしがわたしの人生を変えた一冊の本が教えてくれたことは、たったそれだけのことだった。

 

 

 Macbook、iphone、そしてブログのアプリが動かなくなるって事態と立て続けにおきていよいよ美志摩かな活動もできなくなってきたのも、自分の内側にある、美志摩かなという御用をやめたいっていうあらわれなのかも。