真名井の縁の伊勢神宮〜橿原神宮〜罔象の女神〜大神神社に続く旅まとめ【その1】 | かんながら

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旅の記録です

2019年(令和元年)9月の美志摩の旅を記録してなかった。

和魂のFacebookに写真だけ載ってるが、これはきっと後から振り返ることになるだろうから、経緯を書いておきたい。
 
この夏はいろいろあった。
5月の終わりにダンナが突然亡くなって、ひとりぼっちに。
 
なんとなく、昨秋平成最後の東北巡礼で岩木山神社に着いたとき、これでひとまず日本の神様巡りは一区切りだなってなぜか思った。
なんか不思議な旅だったのだ。
 
我々が行くと初雪というタイミングで雪に閉ざされていったのだから。しかも、北へと進んでいるのに。
 
 
昨年の夏は、元伊勢籠神社さんの代参で高千穂神社に正式参拝して、真名井の水をいただくという御用をいただいた年だった。
 
そして高千穂の真名井の水を、丹後の真名井神社の水と合わせて外宮に奉納する、という御用だったのだ。
その役目は神籤で選ばれるそうだが、私はいつも通り何も知らず、でも申し込む前から、これは、絶対私たちがいただく御用だと確信していた。
申し込みは私たちしかいないだろう、くらいに。
 
そして思い通りに当選?し、私のバースデーはこの旅で過ごした。
それはダンナと過ごす最後のバースデーになった。
ダンナは自分の誕生日の直前にこの世を去ったので、まさに二人の最後のアニバーサリーだったんだな。
 
ダンナと高千穂に行ったのは2回目で、最初に行ったのは新婚旅行でなにもわからず勧められるままに高千穂峯に登った旅。
そして、高千穂の最後の旅が真名井の水を汲みにいくという御用だったのだ。
 
そして、今年、昨年の旅のお礼をしようと思って同じ9月16日伊勢にきた。
ダンナが亡くなった報告も神様にしていない。
 
9月の満月の日、豊受大神さまは丹後から外宮にうつられた、といわれているのだそうだ。
おそらく16日の満月ということなのであろう。
 
伊勢にあるうちの半分の墓参りを朝早くに済ませ、タイムズカーシェアを予約してクルマで伊雑宮。
ダンナともよく来た。
 
伊雑宮の神様の田んぼ。豊かな実り。
 
 
 
 
 
 
ここは、島の香りのするところ。
わたしはとてもおちつくところ。
島の拝所はこんなところだ。
 
 
そして、写真はないけど、どうしても子どものとき伊勢方の祖父によく連れて来られた五ヶ所湾へ。
伊雑宮からは遠くない。
 
子どもの頃毎週のように、平家の末裔という自分のルーツを探し求める祖父に連れられて日本全国を旅した。
五ヶ所湾はよく記憶に残っている。
何にもない場所。でも懐かしい場所。
 
平家の偉い人の末裔だというあるおじさんに、「祖父とよくいった五ヶ所湾に行ったんですよ」と言ったら、
「五ヶ所湾は自分の親族しかきていない」といっていた。
ホントかウソか検証しようもないが、現世縁のある人は過去世からの因縁があるんだなと当たり前ながら思った。
 
 
 
集合時刻より少し早めに伊勢神宮到着。
 
ダンナのことの挨拶をすませ、丹後の小長谷修聖先生と話していたら、不思議な人を紹介される。
「この人があの白ぎつねさんを送って来た人」と。
 
そうなのだ、久高島のご縁で知り合った白山のご主人のところにいた笠間の白ぎつねの親子、うがふくさん。
うちで祀れなくなったので、丹後の先生のところに預かってもらえないか、手紙を書いた。
でも何かの手違いで、手紙より先にうがふくさんが到着してしまった。
 
でもそのうがふくさん親子が、丹後に行き、笠間に帰られたことで、神様が動き出して、わたしは笠間稲荷と筑波山神社に、そして、罔象の女神さまに、そして加波山へと運ばれていく。
 
 
そしてその方が「どこに住んでるんですか」と聞くので、今は「明治神宮だけど、もうすぐ代々木にうつります」と答えたら、
「「天気の子」をみてください!!」と。ふーんと思いながら聞き流す。
 
 
 
外宮で高千穂と、丹後の真名井の水とお神楽の奉納と正式参拝。
 
そして、内宮へ移動。
 
 
 
五十鈴川はいつも光ってうまくとれない。
これは女神さまの涙の川だっていつも思う。
 
 
伊勢の神様は、三輪の神様と同体。
なんどもみたはずの、能「三輪」に出てくるくだりの意味を理解したのはようやく今年。
子どもの時からみてるからうん十年たってようやくわかったってことなのだ。
もちろん眠くていつも寝てたので、潜在意識の中に直接格納だったわけだけれど。
 
 
 
五十鈴川のほとりにまつられる
滝祭神(たきまつりのかみ)通称とりつぎさん。
この石の磐座、どうみても蛇だと思うのはわたしだけなのかしら。
蛇といえば三輪山。
 
伊勢神宮では自分のことお願いしたらいけないけど、ここならいいんだって。
なんか便利に扱われているようで悲しいけど、神様って人の子の願いを聞いてしまうんだよね。
つらい目にあった神様ほど、きっと人の願いを叶えてあげたいって思うんだと思う。
 
周りをしあわせにする以外、しあわせになる方法がみつからないの。
その涙で五十鈴川はあんなに清らかで、眩しく、そして悲しい。
 
 
 
 
この日、「天気の子」を勧めてくれた方がなぜか内宮の磐座を案内してくださった。
 
 
 
 
 
 
 
 
この日は結界がはられてて、まあ危険だからやめておきましょう、ってことになり。
 
ああ、でもわたしここ、前にもきたことあるなって思った。
 
そして、別れ際、「天気の子」をYouTubeの予告編だけでもみて、もう一度オススメされ、あと、経験者向けの(わたしは夫婦岩のある二見興玉神社で鎮魂禊修行は何度か参加させていただいたことがある程度なのだが)鎮魂禊修行を来週丹生川神神社中社のそばの夢淵で禊業と、鎮魂をやるので、よかったら来ませんかと誘われた。
「そんな毎週これないよ?」と思い「そうですね」と言ったもののそれほど行く気はなかった。
 
 
東京に戻り、いわれたYouTubeをみてみたら、見慣れた景色がいっぱいだった。
その日は仕事が暇で、朝一番の映画まであと20分。
このまま出かければまにあうなって思って電車に飛び乗る。
 
すると、
 
飛び乗った山手線は、橿原神宮の全面広告。
 
そういえば、「大阪に住んでたけど、橿原神宮に参拝したことない」と言ったらびっくりされてたな。

 

丹生川上神社のお行の集合場所から橿原神宮は遠くない。

 

「橿原神宮にご案内いただけるなら、お行に参加します」とお返事。
 
なんと高飛車な。そういうところ、わたしはおかしい。
そして、すぐオッケーをもらう。
 
神様が動いているときはそういうものなんだよね。
わたしの力ではない。わたしが魅力的だからでもない。
それは神様が動いているだけ。
体験するのはわたしなわけだけど。
 
 
 
 
映画を見て驚いた。
なぜなら、冒頭に出てくるシーンは、3年前にダンナが小腸穿孔を起こして、3連休の真ん中の深夜に救急車で運び込んで一命をとりとめてもらった病院の病室だったから。
 
なんども見たこの景色。
映画でみるとは。しかもアニメ。
 
シンクロってすごい。
どんな意味かはわからなかったけど、とりあえず「天気の子」はわたしにとっては衝撃的な映画であったことは間違いない。
そして、わたしが世界で一番好きな表参道から、その舞台の街へと移り住むことになるのも、きっと偶然じゃないと確信できた。
 
穢土(えど)を浄土に。駅をおりたら緑の香りがする原宿が大好きで離れがたかったけど、大都会の片隅で新しい生活をはじめよう、そう思ったのだった。