(追記あり)恋しくて 〜葛の葉をたどる旅 若狭への旅 | かんながら

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旅の記録です

 

 

ついに、その日がきた。 波田須を訪れたとき(ヤマトタケルとやまとひめ 〜伊勢・熊野編 その1)に、示された「名田庄(なたしょう)」。

 

余呉湖への旅(呉越同舟 はメッセージ? 〜余呉湖 東寺への旅)の時に行こうと考えたが、行けなかった。

なにわの審神者(さにわ)と東寺に行く流れになったから。

 

何度も地図と予定をにらめっこしながら、タイミングが合わない。

 

苦手なのだ。「作られた感じ」のところ。

この間の千葉神社(千葉神社(妙見本宮))もダメだった。

晴明神社も実は苦手である。

 

名田庄がそういうところかどうかはわからないが、こんなに「行けない」場所はその可能性が大である。

 

こういうところは、案内人が出てくるのを待つしかない。

そして、その日はちゃんときた。

 

島巫女仲間と勝手に呼んでいるSarah(サラ)さんが、福井に行くという。

「合流させて」とお願いしてみる。

そのお仲間は、なんと言っても蔵王権現ご開帳の日に、金峯山寺でお目にかかったご夫婦である。

 

 

金峯山寺は、しろくまさんとわたしにとっても不思議なご縁のある場所だ。

 

何度も吉野にはきた。

彼は「金剛峯寺」と「金峯山寺」を間違ってて、「金峯山寺に行きたい」と言ってここにきた。

 

彼は、「母の家は、後醍醐天皇に仕えていた家と聞いている」と言っていたからだ。

でも、なんと当のお母様は、「そんなことを言っていない」とおっしゃったのである。

つまり、なんかの存在によって「言わされてた」ってことだ。

 

夜通しドライブして桜を見にきたこともある。

東日本大震災の時には、熊野に行ったがその時にも立ち寄った。

 

吉野、南朝、後醍醐天皇。

わたしの周りは、そのキーワードを持つ人が集まってくる。

 

 

 

 

途中立ち寄った道の駅で。

「鹿の角」

これって、志賀海神社だ。

 

鹿=志賀=滋賀。そして、その印の示すものは、安曇族。

安曇、熱海、渥美、も同じなのだ、とやんごとなきお方は言っていた。

 

ここもそうなの?

棚田、鮨、鵜飼の文化があるところは、天皇がいたところ。

 

ということは、安曇の地=天皇の地ということなの?

 

 

陰陽道と暦のふるさと。

 

暦って、星を見て作るんだよね。

三島暦っていうのもあったんだって。

 

 

 

最初の立ち寄り地は、賀茂神社。

 

 

双葉葵の紋。

葵祭。正式名称は賀茂祭っていうらしい。

 

貴船の神様も祀られていた。

ということは、日本最古の水の神様。闇龗神、罔象女神さまでもある。

丹生川上神社。

つまり、丹生の神様。

 

 

Sarahさんと鈴を振るとなんと一緒。

不思議。誰からも習ったことないのに。

私たちを動かしている存在が一緒なのだとしか思えない。

 

 

雨の予報が、光が差してくる。

 

 

 

 

 

 

 

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天壇。

何のものかはわからないけど、中国の皇帝が、力を持ったのは、人徳とか、そういう問題じゃないんだな。

作られた、力。

人は、自分以外の誰かに、力を授けることもできるのか。

 

ありふれたことではある。

「先生」や「教祖」に帰依して、自分の力を自分以外の人に明け渡していくのは嫌というほどみてきた。

 

でも、、、

いいの?

 

わたしたちは、誰かを王にするための、傭兵にすぎないんだろうか。

 

そして、安倍晴明は、そのために働いた?

 

 

安倍晴明の母と言われる葛の葉が祀られている稲荷もSarahさんと鈴を振る。

清らかな風が吹いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

鵜の瀬。

鵜、なんだ。

 

 

 
若狭神宮寺で汲まれた水が、鵜の瀬に注がれる。それが東大寺二月堂に送られると言われる。
 
 
 
 
井戸には、右手に3つの石があった。
 
何なの。わたしにとってはヒヌカンと同じ。
島の、火の神様。
龍蛇神(イラブー)。
 
三島の神の印の3。
 
 
 
鵜の瀬。
 
一二三を奏上して神宮寺の井戸で汲んだお水を流す。
何でこんなに悲しいんだろう。
涙が溢れるけど、なぜそうなるのかわからない。
 
Sarahさんと鈴を振る。
それでもまだ悲しい。
車の中でも涙が止まらなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
何だ、この星の絵は。
平安京、平城京、飛鳥京、熊野本宮は一直線。
近畿の五芒星。
 
 
 
 
昔の扁額は、「遠敷神社」とある。
これで「おにう」神社と読む。
 
七夕だから 〜比売神さまと空海とE.T.とで丹生都比売神社と高野山のお宮に呼ばれたけれど、「にゅう」の神様が動いてる。
 
 
 
 
四国には、狸はいても、狐はいないという。
そして、ここも狸は何だかサインみたい。
 
たぬきといえば、「しが」らき焼き。
 
 
三方五湖によって、父の家に泊めてもらうことに。
 
そこでついていたテレビにびっくり。
 
 
なんと、カミーノ・デ・コンポステーラ巡礼1500キロの旅。
 
あれは2010年の冬だった。
しろくまさんと歩いたカミーノ。
その後、わたしたちは熊野古道を旅した。
 
そして、阿波に呼ばれたんだった。
 
何なんだ?
このシンクロは。
 
カミーノも、熊野も、阿波も、つながっているのだろうか。
 
これから何を見せられるというんだろう。
 
(追記)
旅から帰ったら、こんなメモが送られてきた。
 
「若狭彦は鴻巣の上で若狭姫とともに人間にご降誕され、大丹生の地から陸を旅して、若狭にきた」とあり、
お互いに異性を意識するようになって、若狭彦は一人で旅立つことを若狭姫に告げられ、鵜の瀬まで送るとの約束で二人で鵜の瀬まできた。それが大丹生送りの舞台と書かれており、それが仏教伝来により、奈良のお水送りに「変化されてしまいました」。

若狭姫と若狭彦の別れの場所が鵜の瀬。
なんだか、この物語を聞いていると、静御前が吉野で義経を送った時の姿と重なるのは気のせいか。何か不思議。いつかわかるのか。とりあえずメモしておこう。