「想い」を紡ぐために必要なもの。 | 「自分のままで“養護教諭”になる」YOUKYOUカフェ・柏木むつき

「自分のままで“養護教諭”になる」YOUKYOUカフェ・柏木むつき

「自分のままで“養護教諭”になる」をコンセプトに、YOU(あなた)とYOU(あなた)を繋ぐYOUKYOUカフェを主宰しています。

ご覧いただきありがとうございます^^

柏木むつきです。

(初めましての方はこちらこちらをどうぞ)

(YOUKYOUカフェに込めた想いはこちらです)

【販売中】YOUKYOUカフェ×ちばる食堂☆2021年卓上カレンダー♪

 

最近、「昔読んだ小説をもう一度読み返したくなる熱」が定期的にやってきて。

以前読んだ本でも、

数年たって読み返すとまた違った感想を抱くのが新鮮で。

「自分」のアンテナを確認することもできますし。

 

昨日、読了したのが大好きな本のうちの一つ↓

 

 

 

三浦しをんさんの小説『舟を編む』。

出版社の営業部員・馬締光也は、言葉への鋭いセンスを買われ、辞書編集部に引き抜かれた。新しい辞書『大渡海』の完成に向け、彼と編集部の面々の長い長い旅が始まる。定年間近のベテラン編集者。日本語研究に人生を捧げる老学者。辞書作りに情熱を持ち始める同僚たち。そして馬締がついに出会った運命の女性。不器用な人々の思いが胸を打つ本屋大賞受賞作!

 

この本、大好きなんです。

しをんさんの読みやすくテンポの良い文体はもちろんなのですが、

辞書作りに情熱を注ぐ人たちの「言葉」に対する想いが丁寧に表現されていて。

小説家のしをんさんの「想い」も載せた作品だなぁとも思います。

 

「想い」を紡ぎ、

誰かに伝え、残していく。

その時に必要不可欠な「言葉」。

「辞書は言葉の海を渡る舟だ」

「ひとは辞書という船に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。

もっともふさわしい言葉で、正確に、思いを誰かに届けるために。

もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」

私はこのセリフが特に好きです。

今でこそ紙の辞書を引く習慣は減ってしまって、

私自身も論文を書く際など、すぐパソコンで調べてしまうけれど、

あの紙の辞書特有の「高揚感」は私の中にも宿っています。

 

小学生のころ、

時間があれば本を読んでいましたが、時々「辞書」を読んでいました。

パラパラパラっとめくったページの言葉を片っ端から読んで、

「知らない言葉はないかな」

と読んでいたのでした。

その習慣は大きくなってもあまり変わらなくて、

中学生の頃は「国語便覧」、

高校生の頃は電子辞書で索引から調べて読む…。

そんなことを暇さえあればやっていたなぁと思い出しました。

 

今でも知らない言葉があれば調べる習慣は抜けていませんし

(最近はさぼりがちですが…)、

素敵な表現を見つけたり、

自分の思いを的確に表現する「言葉」と出会ったときはとても嬉しい。

そんな私の「想い」さえも受け止めてくれるのがこの『舟を編む』なんですよね。

 

まだまだ私の「想い」を紡ぐ言葉との出会いは続くだろうから。

「言葉の海を渡る舟」に私も想いを託したいな、と。

そんなことを思わせてくれる小説です。




 

 

 

ショートケーキYOUKYOUマルシェはこちら。商品はこちらのサイトから購入できますハート

プリン「自分」とゆっくりじっくり向き合うYOUKYOUプライベートカフェ音符

マカロンインスタグラムはこちらですハート

 

☆養護教諭シリーズ

「憧れの養護教諭」になる方法。

養護教諭としての優先順位。

“養護教諭”という肩書きへの付加価値。

自分の「楽しい」へのアンテナの張り方。

養護教諭だって嫌われることがあって当然。

仕事を辞めたい、異動したい、と思った時。

養護教諭としての「観」を超えて。

養護教諭の存在価値に対する「枠」。

「養護教諭」という肩書きにとらわれすぎなくて良い。

「前例」との付き合い方。

“養護教諭”として「あなた」が伝えたいこと。

受かっても落ちても「価値」は変わらない。

「不在の存在」としての養護教諭。

「補う」のではなく「引き出す」養護教諭になるために。

もっともっと自由に“養護教諭”になる。

「養護教諭=保健室の先生」を考える。

「男性」養護教諭についてのあれやこれ。

「養護教諭」にとらわれてしまう前に。

養護教諭を「俯瞰」する。

養護教諭の「肩書き」を超えた関係性。

「私」を明け渡さない養護教諭は無敵^^

続・養護教諭も「欠けたリンゴ」のままで完璧。

あなたは「戦わない」養護教諭にもなれる^^

子どもたちを「待つ」ということ。