なぜだろう、なにかしら?

なぜだろう、なにかしら?

ふんわり霊感でゆったり、ゆる~くスピ探求

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神社仏閣、観光などで訪れた土地が自分と合うか合わないか?
簡単な見極めかたを書いてみます

落ち着く
ずっといたい気持ちになる
パズルの最後のピースがはまったような感覚
包まれているような感じ
自分も包んでいるような感じ←ポイント

この『自分も包んでいるような感じ』は実はその神社の神様の「氣」が自分に流れ込んできています、これは前回の記事で書いた相乗りではなく、自分が現世に産まれてくる前、今回の生ではあちらの世界で「どの神様の系列の魂だったのか」が関係しています(←ざっくりいうと産土さまがそうなんですが)魂の系列でのつながりですね
包まれている感覚と、包んでいる感覚が同時にあるのは、イメージで言うと

『赤ちゃんがお母さんの母体の中にいる時(妊娠中ですね)』

みたいな感じです(お腹の中の赤ちゃんは母親の気持ちが伝わるので実は感覚を共有しています)
参道は『産道』と言われたたりもしますので、そう意味では参拝は一種の里帰りに近いとも言えますね

 

 

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コメント欄のご質問の続きです
伊勢さんや出雲さんのように有名なところに参拝したときにたまにあるのは一時的な「相乗り」や「憑依」です
これは例えばご先祖でもう成仏されていても生前

「お伊勢さんいもう一度参拝したかった」
「一度参拝して見たかったができなかった」

という思いをもった先祖や近親者(なくなった友人や伴侶なんてこともあります)が一時的にその人が参拝するときに身体に『相乗り』してしまうことがあるからです
そのときはその相乗りしていた霊体の感情も本人の「気分」に上乗せされています(めちゃくちゃ感動したりする)

 

基本霊体は鳥居のあたりで(境界線が必ず鳥居の位置とはかぎりませんので)弾かれてしまうのですが生きている人間にくっついていると入れるようで、血縁関係、夫婦、友人(魂レベルでグループの場合)などに相乗りすると一緒に参拝できます

 

ですがごくまれにですが「欲の塊」みたいな参拝者がいると、その参拝者と「氣」のカラーが一致するのか、全く関係がない霊体(鳥居の外に結構たくさんいます)もその参拝者に相乗りして(この場合は憑依ですね)境内に侵入してきます、欲深い人は一種のブラックホールみたいなもので、憑依する方もたやすく『内側』に侵入できるので(本人の表層意識よりも深いところです)鳥居をくぐっても弾かれないわけですね、そして多くはそのまま『お持ち帰り』しています←有名なパワースポットや神社などに参拝しまくっているのに運気がどんどん落ちていくのはこのパターンがほとんどです

 

 

 

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『仏教系の神仏とのご縁はどうしたらよいですか?』というご質問をいただきました
基本的には神道系の神様と同じです、まめに参拝してください、「あな怖」の音羽マリアさんも作品の中で

「神仏と良いご縁を結びたいなら近場で探す」
「人気があってもめったに会えない神仏とはご縁も望み薄、しょっちゅう会えるがポイントです」

これは僕もまったく同意見です
僕も以前の記事で書いていますが、まずは自分の「産土様」、今住んでいる場所の「鎮守様」を最優先に参拝したほうが良いと思います
今回のご相談は仏教系とのことなので、ひとつポイントがあります、それは参拝の時できるだけ「革製品は身につけていかないほうが良い」です(←仏教系の神仏は殺生を嫌う神仏が多いです)
身につけて参拝してもいきなりバチが当たるようなことはありませんが、ご縁をいただくのは難しいかなと思います
(それと仏教系でも元々がヒンズー教の神様の場合はまた色々加わります、例えば聖天様のように「一度でも葬儀のときに使用したものは身につけて参拝してはいけない」など←普通の参拝ならそこまで厳格にしなくても大丈夫です、あくまで「一生お祀りしたい!」というレベルでご縁がいただきたい場合ですね)

 

 

 

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