摂津国の住吉大社③ ~六船霊~ | NAVI彦 ~つつがなき神さまめぐり~

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神社めぐりをしています。
その土地ならではのお話も、
さくっとまとめてます。

住吉(すみよし)大社の北に、
大海神社があります。

「だいかい」神社や
「おおわたつみ」神社とよばれる

摂社なのですが、

住吉大社のなかでも

とりわけ重要な場所だと
いわれているようです。

 



住吉大社が
造営される以前から
この地にあったともいわれ、

境内のなかでも
もっとも高地だそうです。



住吉大社の本宮とおなじく
西向きであり、

西側には、
鳥居や楼門まであることから
独立した神社にもみえます。

 



その参道からも
高台になっていることがうかがえます。

かつては、この

鳥居のさきがもう
海だったようです。

 



楼門や社殿は、
住吉大社の本宮よりも
さらに百年ほど古い
1700年ごろのものだといいます。

 



さらに、
本宮とおなじく
住吉造の社殿なのは、

 

摂社のなかでも

ここだけだそうです。

 



祭神は、
豊玉彦(とよたまひこ)と
豊玉姫(とよたまひめ)
父娘だといいます。

古事記・日本書紀では
海神(わたつみ)ともいわれる
豊玉彦は、

ホツマツタヱでは、
九州のはてを治める
ハテツミといわれています。

 



天照大神の曾孫である
山幸彦(やまさちひこ)

兄・海幸彦(うみさちひこ)との
喧嘩をいさめるために
鹿児島まで渡ったといいます。

山幸彦はそこで
トヨタマ姫にであい、
ふたりは結ばれます

 



そうして生まれるのが、
天照大神の玄孫にあたる
ウガヤフキアワセズです。

初代・神武(じんむ)天皇の
父親にあたるかたですね。

 

また、ハテツミは

住吉大神のことである
カナサキさまの孫だそうですから、

天皇家には、
住吉大神の血や
海人族の血が、
色濃いようですね。


 

ホツマツタエによれば

 

カナサキと

ハテツミと

トヨタマ姫は


偉大な6柱の

船の神さまのことである
『六船霊(むつふなたま)』

にも数えられています。




ところで別説によると、
祭神はもともと
『津守安人神』
だったともいいます。

これは、
住吉大社の社家である
津守(つもり)氏の
氏神を祀っていたともいわれ、

住吉大社の造営以前から
この地を治めていたという
津守氏の歴史に沿うものとも
いえるようです。

安人神は

現人神のことともいい、

住吉神社の総本宮であるという
現人(あらひと)神社にも

通じるといいますが、
 

さて、どうでしょう?

 



『津』『守』というように
港を守っていたという
この氏族も、

朝廷に仕えていた
海人族の人々、もしくは

 

スミノエに暮らしていた

カナサキ翁の末裔だとすれば、

神功(じんぐう)皇后の命によって

祖神であるカナサキさまを

祀ることになっても


こころよく

引き受けたかもしれません。



大海神社の西側はかつて

『玉出嶋(たまでしま)』

といったそうですが、

 

その名残なのか、

手水つかわれる水は

『玉の井(たまのい)』という

井戸の水だそうです。


この井戸には、
山幸彦がハテツミから借り受けた
潮満珠(しおみつたま)
沈めたのだといいます。

 

ちなみに、

潮干珠(しおひるたま)は

 

住吉大社の

宿院頓宮(しゅくいんとんぐう)がある

飯匙堀(いいがいぼり)に
沈められたといいます。

 



潮満珠・潮干珠といえば、
神功皇后も

三韓遠征のさいに

福岡の志賀島(しかのしま)で
海人族の

安曇磯良(あづみのいそら)から

借り受けたという伝説があります。

 

この不思議な珠についても

そうですが、

天照大神の曾孫・

山幸彦と

 

第14代・仲哀(ちゅうあい)天皇

妻・神功皇后には

 

なぜかとてもつよい

親和性があります。

たとえば
住吉大社では
兎が神使とされていますが、



これは

住吉大神の鎮座が、
『辛卯年卯月卯日』という

故事にあやかって、

 

卯(う)=兎(う)ということで

ウサギなのだそうですが、

 

もともとは、

4月(うつき)に

卯の花を咲かせる

空木(うつき)の卯です。

 

ですから住吉大社には、

卯の花苑もあるのですが、

 

 

ホツマツタヱでは、

山幸彦は
斎名を『ウツキネ』といい、

卯の花を咲かせる

空木からきているといいます。

また、
山幸彦が兄弟喧嘩をしたという
福井県の気比(けひ)神宮では、

 

神功皇后と仲哀天皇が

ともに暮らしたうえに、

 

子である応神天皇の斎名も

授かったといわれています。



NAVI旅vol.8では
神功皇后が
ワカヒメさまの転生かもしれない

という話をしましたが、

そうすると、

カナサキ翁が住吉大神として

神功皇后を守護したというのも

納得がゆきますし、

カナサキ翁の孫・曾孫が、
天皇家へ繋がっていったのならば
仲哀天皇への思いもあるでしょう。

さらに、

神功皇后の出身である
息長(おきなが)氏についても

カナサキの娘と、
天照大神の子の系譜が
繋がっているのだとしたら、

神功皇后はまさに、
カナサキさま悲願の存在
だったのかもしれません。

 



さて、

話をもどしますね。


大海神社のとなりには、
おなじく摂社の
志賀(しが)神社があります。

福岡県の志賀島にある
志賀海(しかうみ)神社の
勧請だといいますが、

こちらには、
底津少童命(そこわたつみ)
中津少童命(なかわたつみ)
表津少童命(うはわたつみ)
が祀られているといいます。

 



ワタツミという名前から
ここに祀られている
のかもしれませんが、

ホツマツタヱには

こう書かれていました。


またしがうみに
しまつひこ
つぎおきつひこ
しがのかみ
これはあつみに
まつらしむ


志賀海には

海人族の祖であり
筏をつくった
シマツヒコと、

その子であり
鴨舟をつくった
オキツヒコと、

その孫であり
ワニ舟をつくった
シガを、

安曇氏に祀らせた
というのです。

つまりこう見ると、
大海神社には

ホツマツタヱにいう
六船霊がそろっている
ということになります。



さらにおもしろいのは、

 

神功皇后を祀る
第四本宮のまえには、

 

かつて摂社の
船玉(ふなたま)神社が
あったといいます。

いまでは、

場所を遷されて
楼門の外側になっていました。



航海の安全を祈る
船の守護神だとされており、

天鳥船命 (あめのとりふね)
猿田彦神 (さるたひこ)

を祀っているようです。



この
天鳥船は別名を
鳥之石楠船(トリノイワクスフネ)ともいい

もしかすると、
ワカヒメさまを乗せた

イワクス舟の船頭さんのこと

かもしれませんね。

導きの神として
猿田彦さまを合わせ祀っているのも、
うなずけます。

 

こうして

『ふなたま』という言葉まで

残っていると、

 

ホツマツタヱ好きとして

興味津々です。

 

住吉大社は、
カナサキさまをはじめ
船にまつわる神社ということ
なのでしょう。



天鳥舟は
空を飛ぶ船とも言われることから

飛行機(フライト)の
安全守護でもあるようです。

金屏風絵のなかには
飛行機も描かれていました。


摂津国の住吉大社④ へ つづく

 

 

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