紅茶、飲みませんか

クローバー そばにいて クローバー

 

   高校一年の石水優花は、初恋の彼を密かに思い続けている。

   でも、その片想いはまだ誰にも知られていない。そんな一見平穏無事に見える

   優花の高校生活にも徐々に変化が訪れて……。




   第一話

 

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クローバー 風が呼んだから クローバー


   長年会社勤めをしている彼女は、ある日突然、とんでもない状況に追い込まれていく。

   人生は何が起こるかわからない。自分の可能性は何歳になっても未知数だ。

   それなりの幸せを感じながら生きてきた彼女が、複雑な家族関係の家でもまれていく。

   そして、そこで彼女が再会した人は……。


   第一話


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 クローバー お知らせ クローバー

     執筆名 大平麻由理でホームページを開設しておりましたが

     ホームページ作成スペースのサービス終了のため既存の小説を

     こちらに移動しています。かなりの分量になりますが順次掲載して

     まいりますので読んでいただけると嬉しいです。


 クローバー 日記 クローバー

      ただいま、そばにいてを加筆修正しながらこちらに移転中です。 1/20      


 

 

      


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     akazukin こちらのイラストをブログ内で使わせていただいています。

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                  ※小説内イラスト

                   ありがとうございます。





 




  • 30Apr
    • そばにいて クリスマス編 15

      そばにいて クリスマス編 15  6.クリスマスの夜に 3  ほんの一瞬の出来事だったけれど、優花にとって初めての キスははっきりと心に刻みつけられた。  身体中がぞくぞくして驚きのあまり呼吸すらも忘れてしまうほど 衝撃的だったけど、彼と交わしたキスは間違いなく現実に起こった ことなのだ。 「ゆうの、その目。あんまり大きく開けると落ちてしまうぞ」  くちびるを合わせたあとの第一声がこれだった。  びっくりしすぎてまばたきも出来ずにぱっちりと目を見開いて いた優花を、彼は余裕の微笑みで包み込む。  この人はいったいどんな神経をしているのだろう。キスなんて 映画や漫画の中だけの出来事だと思っていた。自分にはまだまだ 関係のない、遠い世界のことだとも思っていた。自分の身に振り かかった途端、あたふたしてしまうのも当然のなりゆきだ。  なのに真澄ちゃんときたら、そんなこと別に特別なことじゃない 普通のことだよと言わんばかりの冷静さで、冗談まで言ってしま えるのだ。  キスのあとの何とも形容しがたい気まずさをものともしない彼は 優花よりもずっと先に大人になってしまったのだろうか。  決して暖かいわけではないのに、頬がほてってくる。いまだに そこにとどまっている彼のくちびるの感触を思い出すたび、嬉しさと それ以上の恥ずかしさでここから逃げ出したくなる。誰もいない ところに行って、大声で叫びたい心境だ。  これ以上彼に変な表情を見られたくなくて、思わずうつむいて しまった。真っ赤な顔をして、目を見開いて……。これではまるで 血色だけはいいゾンビ状態ではないか。  うつむいた視線の先には、彼のスニーカーと煉瓦敷の地面が 暗がりの中に浮かび上がる。そしてたった今、もっとショッキングなことに 気付いてしまったのだ。  ここは。ここは……。外で。駅前で。周りにも人がいっぱいいて。  近くには同級生や、近所の人や、知り合いがいるかもしれない 公共の場で……。なのに今、ここで何をしてしまったのだろう、と。  優花は頭のてっぺんから急激に血の気が引いていくのがわかった。 「ま、真澄ちゃん。大変だよ。こんなところにいたらダメだって。早く 帰らなきゃ。今わたしたちが、その。やったことだけど。誰かに見られて いたらどうするの? 大変なことになるよ」  優花が身をひるがえし、早くここから立ち去ろうと彼の手を引っ張る。  するとクックックッと笑う声が聞こえて、そのまま背中から抱き寄せ られてしまった。彼が変だ。いつもの真澄ちゃんじゃない。人が大勢 いる中でそんなことをする彼が優花には信じられなかった。 「ねえ、ダメだって。真澄ちゃん、やめようよ」  もがけばもがくほど、彼の腕がしっかりと優花を抱きしめる。 「今夜は許されるんだよ。こういうことも。多分ね。周りを見てみろよ。 誰も俺たちのことなんて見てないから。みんな、自分たちのことで 精一杯だ。ツリーはきれいだし、音楽も鳴ってるし。こんなちっぽけな 高校生同士の戯れなんて、誰の目にも止まりはしないって」  優花は周囲をぐるっと見てみた。チラッとこっちに視線を向ける 人はいても、興味本位に立ち止まって覗き見る人はいない。  みんな光り輝くツリーと、横に並ぶ大切な人に心を奪われて、他人の ことまで気にする人はいないということらしい。 「な? 言ったとおりだろ? 」  後ろ向きの優花を抱き寄せたまま彼が背後でそう言った。  うん、そうだね、と言ってそのまま彼に身を委ねる。彼のぬくもりを 感じながら、ぼんやりとツリーを眺める。ゆったりと流れていく二人の 時間が愛おしくて、ずっとこのままでいたいと思った。  優花は次第に身体中の力が抜けていくのを、彼の腕の中で静かに 感じ取っていた。  「……実は、俺。おちこぼれだったんだ……」 「うん。……って、え? な、何? 今なんて言ったの? 」  それはあまりにも突然すぎて、優花は自分の耳を疑った。絶対に 聞き間違えたと思ったのだ。その言葉の真意を確かめるべく、彼の 顔が見えるようにくるりと前に向き直ろうとしたのだけど。 「あ、動かないで。そのままで聞いて欲しい。こんな話、本当はゆうに 聞かせたくなかったんだけどな」  優花は結局彼に背を向けたまま話の続きを聞くことになる。 「俺の転校した高校のことなんだけど……」  ゆっくりと話し始める彼の声にじっと耳を澄ませた。 「たまたま定員に空きがあって、じいさんの家から一番近い県立高校に 入ることができたんだけど。そこが、めちゃくちゃ、偏差値の高い高校  なんだ。俺のおやじもそこには行けなかったし、親戚でも何人もいるわけ じゃないくらい、名門の高校なんだ」 「へえー。すごいね、真澄ちゃん」 「すごいわけないよ。あくまでもたまたまだから。一般入試では多分 俺の成績では無理。勇人ならギリセーフくらいの高校なんだ。 クラスのやつらがみんなかしこそうに見えて、俺なんかがここにいて いいのかと思えるくらい、なんか場違いなところで……」 「真澄ちゃんなら、大丈夫だよ」 「なわけない。っていうか、日に日に自分の力のなさに落ち込む ことが増えて。完全に落ちこぼれているって自覚したのが十二月に 入ってからなんだ。後期テストは二月なんだけど、中間テストに あたる試験が十一月の末にあって、ことごとくやられた。惨敗だった」 「そんな……」  それが本当のことだとはすぐに信じられない。真澄ちゃんが勉強に 苦しんでいるなんて、考えられないことだった。 「テストの後、ずっと補習があって。俺ももれなくそこに閉じ込められて にっちもさっちも行かなくなったんだ。平均点以下のやつは全員 補習を受けなきゃならない。俺はなんとか平均は取れたけど、謎の 転校生に学校は甘くはなかったというわけだ。前期のテストを 抜き打ちで解かされて、悲惨な結果をつきつけられ、このままでは 二年に進級するのも危ないとまで言われたよ。まさしく人生のどん底 を味わっていたんだ。勉強と家の手伝いに追われて、ゆうに電話すら できなかった。本当にごめん」  真澄ちゃんが優花の後ろ髪に顔をうずめるようにして謝る。 「いいよ、そんなこと。でも、もっと早く言ってくれたらよかったのに。 勉強が大変なんだってわかってたら、わたしだってこんなに悩まな かったのに……」 「ごめんな。ゆうが俺のことを心配してくれているのは、昨日の電話で よくわかった。でもな、自分が落ちこぼれだってこと、ゆうに言えるか? 言えないよ。死んだって言えない。俺にだってプライドってもんがあるしな。 それに意地だってある。絶対に負けられないって思ったから、必死に なって補習を受け続けたんだ」  彼の負けず嫌いは誰もが知るところだ。陸上大会の結果にもそれは 顕著に表れている。 「それで、補習はうまくいったの? 」  優花は首のあたりに巻きつくように掛けられている彼の手に自分の手を 重ねて訊ねた。 「ああ。年内は二十八日まで学校に通って受ける予定だったんだけど 今朝、昨日の確認テストの結果が出て。補習を受けている誰よりも先に そこから抜け出せたんだ。数学と化学は満点だった」 「すごいよ、真澄ちゃん! がんばったんだね。それで、急に来てくれたの? 」  心からすごいと思った。そんな優秀な人ばかりの高校で、満点を取るほど 努力した彼に以前にも増して尊敬してしまう。 「うん。それでゆうを驚かせようと思って、マンション前に着いてから、ゆうの スマホに連絡を入れたら、既読にならない。電話もつながらない」 「あ……。ごめんなさい。だって、クリスマスコンサートを聴いてて、ホール 内では、電源を……」 「そうだったんだよな。でもな、ゆうがコンサートに行ってるなんて知らない 俺は、なんだってこんな時に繋がらないのかって、マジで自分のスマホを 道に投げつけそうになったよ。気を取り直して勇人に連絡したら、コンサート に行ったって教えてくれて。もちろん、悠斗のことも聞いた。で、大急ぎで 市民会館に向かったんだ。ゆうは知らなかったんだろ? 悠斗がおまえ 狙いだったってこと」 「え? あ、まあ……」  心臓がどくっと跳ねた。最初のうちは本当にクッキーの気持ちには 何も気づかなかった。でもコンサートが終わったあとのクッキーは そんなこともありかなと思わせる態度を取っていたのは事実だ。  不穏な空気を察した優花は、彼の執拗な夕食の誘いを断った。ふら ふらと誘惑に乗るほど、優花には浮ついた気持ちはなかったと言い切れる。 「勇人も悠斗の気持ちには気付いていたみたいだ。だから早く市民会館に 行けって、あいつが俺の背中を押してくれた。それともうひとつ。今日は 勇人ともデートしたんだって? まあ、本城も一緒だったらしいから それは許すけどな。他の男の誘いにはもう二度とのらないで……」  そう言ったあと、また彼にぎゅっと抱きしめられる。  しばらく沈黙が続いた。点滅するツリーの灯りを眺めていると背後で大きく 息を吸ったような気配を感じる。  そして……。 「……好きだ。ゆうかのことが、ずっと好きだった」  周りの音が何も聞こえなくなって、行き交う人々の動きもピタリと止まって。  彼の声だけが優花の中で何度もこだまする。  その言葉意味をかみしめた時、優花は再び彼の腕の中で息が止まるほど 驚いて、大きく大きく目を見開いた。  じわっと膨れ上がる水のかたまりがツリーの灯りをにじませ、優花の頬の上を すーっと伝って降りていく。  そして。涙が一粒、重なった二人の指先に、はらりと舞い落ちた。   了    クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 12Apr
    • そばにいて クリスマス編 15

      そばにいて クリスマス編 15  6.クリスマスの夜に 3  ほんの一瞬の出来事だったけれど、優花にとって初めての キスははっきりと心に刻みつけられた。  身体中がぞくぞくして驚きのあまり呼吸すらも忘れてしまうほど 衝撃的だったけど、彼と交わしたキスは間違いなく現実に起こった ことなのだ。 「ゆうの、その目。あんまり大きく開けると落ちてしまうぞ」  くちびるを合わせたあとの第一声がこれだった。  びっくりしすぎてまばたきも出来ずにぱっちりと目を見開いて いた優花を、彼は余裕の微笑みで包み込む。  この人はいったいどんな神経をしているのだろう。キスなんて 映画や漫画の中だけの出来事だと思っていた。自分にはまだまだ 関係のない、遠い世界のことだとも思っていた。自分の身に振り かかった途端、あたふたしてしまうのも当然のなりゆきだ。  なのに真澄ちゃんときたら、そんなこと別に特別なことじゃない 普通のことだよと言わんばかりの冷静さで、冗談まで言ってしま えるのだ。  キスのあとの何とも形容しがたい気まずさをものともしない彼は 優花よりもずっと先に大人になってしまったのだろうか。  決して暖かいわけではないのに、頬がほてってくる。いまだに そこにとどまっている彼のくちびるの感触を思い出すたび、嬉しさと それ以上の恥ずかしさでここから逃げ出したくなる。誰もいない ところに行って、大声で叫びたい心境だ。  これ以上彼に変な表情を見られたくなくて、思わずうつむいて しまった。真っ赤な顔をして、目を見開いて……。これではまるで 血色だけはいいゾンビ状態ではないか。  うつむいた視線の先には、彼のスニーカーと煉瓦敷の地面が 暗がりの中に浮かび上がる。そしてたった今、もっとショッキングなことに 気付いてしまったのだ。  ここは。ここは……。外で。駅前で。周りにも人がいっぱいいて。  近くには同級生や、近所の人や、知り合いがいるかもしれない 公共の場で……。なのに今、ここで何をしてしまったのだろう、と。  優花は頭のてっぺんから急激に血の気が引いていくのがわかった。 「ま、真澄ちゃん。大変だよ。こんなところにいたらダメだって。早く 帰らなきゃ。今わたしたちが、その。やったことだけど。誰かに見られて いたらどうするの? 大変なことになるよ」  優花が身をひるがえし、早くここから立ち去ろうと彼の手を引っ張る。  するとクックックッと笑う声が聞こえて、そのまま背中から抱き寄せ られてしまった。彼が変だ。いつもの真澄ちゃんじゃない。人が大勢 いる中でそんなことをする彼が優花には信じられなかった。 「ねえ、ダメだって。真澄ちゃん、やめようよ」  もがけばもがくほど、彼の腕がしっかりと優花を抱きしめる。 「今夜は許されるんだよ。こういうことも。多分ね。周りを見てみろよ。 誰も俺たちのことなんて見てないから。みんな、自分たちのことで 精一杯だ。ツリーはきれいだし、音楽も鳴ってるし。こんなちっぽけな 高校生同士の戯れなんて、誰の目にも止まりはしないって」  優花は周囲をぐるっと見てみた。チラッとこっちに視線を向ける 人はいても、興味本位に立ち止まって覗き見る人はいない。  みんな光り輝くツリーと、横に並ぶ大切な人に心を奪われて、他人の ことまで気にする人はいないということらしい。 「な? 言ったとおりだろ? 」  後ろ向きの優花を抱き寄せたまま彼が背後でそう言った。  うん、そうだね、と言ってそのまま彼に身を委ねる。彼のぬくもりを 感じながら、ぼんやりとツリーを眺める。ゆったりと流れていく二人の 時間が愛おしくて、ずっとこのままでいたいと思った。  優花は次第に身体中の力が抜けていくのを、彼の腕の中で静かに 感じ取っていた。  「……実は、俺。おちこぼれだったんだ……」 「うん。……って、え? な、何? 今なんて言ったの? 」  それはあまりにも突然すぎて、優花は自分の耳を疑った。絶対に 聞き間違えたと思ったのだ。その言葉の真意を確かめるべく、彼の 顔が見えるようにくるりと前に向き直ろうとしたのだけど。 「あ、動かないで。そのままで聞いて欲しい。こんな話、本当はゆうに 聞かせたくなかったんだけどな」  優花は結局彼に背を向けたまま話の続きを聞くことになる。 「俺の転校した高校のことなんだけど……」  ゆっくりと話し始める彼の声にじっと耳を澄ませた。 「たまたま定員に空きがあって、じいさんの家から一番近い県立高校に 入ることができたんだけど。そこが、めちゃくちゃ、偏差値の高い高校  なんだ。俺のおやじもそこには行けなかったし、親戚でも何人もいるわけ じゃないくらい、名門の高校なんだ」 「へえー。すごいね、真澄ちゃん」 「すごいわけないよ。あくまでもたまたまだから。一般入試では多分 俺の成績では無理。勇人ならギリセーフくらいの高校なんだ。 クラスのやつらがみんなかしこそうに見えて、俺なんかがここにいて いいのかと思えるくらい、なんか場違いなところで……」 「真澄ちゃんなら、大丈夫だよ」 「なわけない。っていうか、日に日に自分の力のなさに落ち込む ことが増えて。完全に落ちこぼれているって自覚したのが十二月に 入ってからなんだ。後期テストは二月なんだけど、中間テストに あたる試験が十一月の末にあって、ことごとくやられた。惨敗だった」 「そんな……」  それが本当のことだとはすぐに信じられない。真澄ちゃんが勉強に 苦しんでいるなんて、考えられないことだった。 「テストの後、ずっと補習があって。俺ももれなくそこに閉じ込められて にっちもさっちも行かなくなったんだ。平均点以下のやつは全員 補習を受けなきゃならない。俺はなんとか平均は取れたけど、謎の 転校生に学校は甘くはなかったというわけだ。前期のテストを 抜き打ちで解かされて、悲惨な結果をつきつけられ、このままでは 二年に進級するのも危ないとまで言われたよ。まさしく人生のどん底 を味わっていたんだ。勉強と家の手伝いに追われて、ゆうに電話すら できなかった。本当にごめん」  真澄ちゃんが優花の後ろ髪に顔をうずめるようにして謝る。 「いいよ、そんなこと。でも、もっと早く言ってくれたらよかったのに。 勉強が大変なんだってわかってたら、わたしだってこんなに悩まな かったのに……」 「ごめんな。ゆうが俺のことを心配してくれているのは、昨日の電話で よくわかった。でもな、自分が落ちこぼれだってこと、ゆうに言えるか? 言えないよ。死んだって言えない。俺にだってプライドってもんがあるしな。 それに意地だってある。絶対に負けられないって思ったから、必死に なって補習を受け続けたんだ」  彼の負けず嫌いは誰もが知るところだ。陸上大会の結果にもそれは 顕著に表れている。 「それで、補習はうまくいったの? 」  優花は首のあたりに巻きつくように掛けられている彼の手に自分の手を 重ねて訊ねた。 「ああ。年内は二十八日まで学校に通って受ける予定だったんだけど 今朝、昨日の確認テストの結果が出て。補習を受けている誰よりも先に そこから抜け出せたんだ。数学と化学は満点だった」 「すごいよ、真澄ちゃん! がんばったんだね。それで、急に来てくれたの? 」  心からすごいと思った。そんな優秀な人ばかりの高校で、満点を取るほど 努力した彼に以前にも増して尊敬してしまう。 「うん。それでゆうを驚かせようと思って、マンション前に着いてから、ゆうの スマホに連絡を入れたら、既読にならない。電話もつながらない」 「あ……。ごめんなさい。だって、クリスマスコンサートを聴いてて、ホール 内では、電源を……」 「そうだったんだよな。でもな、ゆうがコンサートに行ってるなんて知らない 俺は、なんだってこんな時に繋がらないのかって、マジで自分のスマホを 道に投げつけそうになったよ。気を取り直して勇人に連絡したら、コンサート に行ったって教えてくれて。もちろん、悠斗のことも聞いた。で、大急ぎで 市民会館に向かったんだ。ゆうは知らなかったんだろ? 悠斗がおまえ 狙いだったってこと」 「え? あ、まあ……」  心臓がどくっと跳ねた。最初のうちは本当にクッキーの気持ちには 何も気づかなかった。でもコンサートが終わったあとのクッキーは そんなこともありかなと思わせる態度を取っていたのは事実だ。  不穏な空気を察した優花は、彼の執拗な夕食の誘いを断った。ふら ふらと誘惑に乗るほど、優花には浮ついた気持ちはなかったと言い切れる。 「勇人も悠斗の気持ちには気付いていたみたいだ。だから早く市民会館に 行けって、あいつが俺の背中を押してくれた。それともうひとつ。今日は 勇人ともデートしたんだって? まあ、本城も一緒だったらしいから それは許すけどな。他の男の誘いにはもう二度とのらないで……」  そう言ったあと、また彼にぎゅっと抱きしめられる。  しばらく沈黙が続いた。点滅するツリーの灯りを眺めていると背後で大きく 息を吸ったような気配を感じる。  そして……。 「……好きだ。ゆうかのことが、ずっと好きだった」  周りの音が何も聞こえなくなって、行き交う人々の動きもピタリと止まって。  彼の声だけが優花の中で何度もこだまする。  その言葉意味をかみしめた時、優花は再び彼の腕の中で息が止まるほど 驚いて、大きく大きく目を見開いた。  じわっと膨れ上がる水のかたまりがツリーの灯りをにじませ、優花の頬の上を すーっと伝って降りていく。  そして。涙が一粒、重なった二人の指先に、はらりと舞い落ちた。   了    クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 11Apr
    • そばにいて クリスマス編 14

      そばにいて クリスマス編 14  6.クリスマスの夜に 2  真澄ちゃんはあの後、何も言わない。どうして突然優花の前に 現れたのかも教えてくれないままだ。  どんどん市民会館から離れて行き、このまま大通りを南に歩いて 行くと駅に着いてしまう。 「ねえ、真澄ちゃん……」  優花はどうしても彼が今ここにいる理由が知りたくて、沈黙を 破ってしまった。 「どうして真澄ちゃんが今ここにいるの? 今日は来れないって そう言ったよね? 」  正真正銘本物の真澄ちゃんに向かって、一番知りたいことを ストレートに訊ねる。でも彼は何も答えてはくれず、立ち止まった 優花の手をしっかりとつないだまま、再び歩き始める。 「真澄ちゃん、お願い。教えて欲しい。どうしてここに……」 「会いたかった。ゆうにどうしても会いたかったから」  優花の質問をさえぎって、そっけなくそれだけ話す。  そして、優花の額を人差し指でつんと抑えた彼は、いつもの ほわっとした笑顔を浮かべ、つないでいた手を離したかと思うと その手で肩を抱き寄せた。  その瞬間、彼の首に巻かれた見覚えのあるマフラーが外れて ぱらっと優花の目の前に下りてくる。ありえないほどにドキドキと 心臓が鳴る。こんなに近くに彼を感じて、とても温かくて。 もうどうにかなってしまいそうだった。 歩くたびに頬をかすめる彼のジャケットから、以前駅で抱きしめ られた時と同じ匂いがした。彼の香りだ。  ゆうにどうしても会いたかったから……。確かに真澄ちゃんが そう言った。夢でもまぼろしでもない。信じられないことだけど たった今、彼自身がそう言ったのだ。  優花も彼に会いたかった。寂しくて。切なくて。毎晩泣いてしまう くらい真澄ちゃんに会いたかった。  今こうやって肩を包み込んでいるのは、間違いなく夢にまでみた 彼の強くてたくましい腕だ。  肩を抱かれたまま、ゆっくりと駅に向かって歩く。  次第に人通りが多くなり、あちらにもこちらにも幸せそうな二人連れ が腕を組み、肩を寄せ合って歩いていた。  駅前の広場には、周りのビルの高さに負けないほどの大きな クリスマスツリーが設置され、幻想的な光を放っていた。  昼間に見た時は、大きな木にワイヤーが巻きつけられているだけの 単純な物にしか思えなかったのに、夜にはこんなにもきれいに街を 彩り、人々を魅了している。  優花は目の前に繰り広げられている光の魔術にすっかり惹きこま れてしまった。  彼の腕に寄りかかり、まばゆいばかりのツリーを見上げる。 「わあ、きれい……」  周りの誰もが感嘆の言葉を漏らしている。  彼が急にやって来た理由はまだ何も知らされていないが、こうやって 一緒にツリーを見ていられることが、何よりの答えなのかもしれない。  待ち焦がれていた彼と、同じ場所で、同じ空気を吸いながら、同じ時  を過ごしている。それでもう充分じゃないかと優花は自分自身に言い 聞かせた。 「今日、学校に行っている間に届いたマフラー。嬉しかったよ。ゆうが 選んでくれたんだと思うと、なんか泣きそうだった。なあ、ゆう。俺が どれだけおまえに会いたかったか、わかるか? 」  真澄ちゃんの声がふいに優花の頭上に降り注ぐ。と同時に、肩を 抱いていた手を離し、向き合う形になった。  青と白のまばゆい光を放つツリーを背にした真澄ちゃんの顔は 逆光になっていてよく見えない。優花を正面から見下ろす彼が いったいどんな表情をしているのか知りたくて、目を凝らしてじっと 見つめてみる。  すると。  次の瞬間、彼に少し乱暴に抱きしめられて、上向き加減になった 優花の目には、ツリーの先端と夜空だけしか見えなくなった。  そして、それすらも黒い影で覆われてしまい、いつの間にか彼の 顔が優花のすぐ近くに重なって……。   それはあまりにも突然だった。  心の準備も何も出来ていない優花に甘く静かに襲いかかる。  重なったくちびるが、少し冷たくて。  でも柔らかいそれは、確かに彼のものだった。   次回、最終話になります。クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 10Apr
    • そばにいて クリスマス編 13

      そばにいて クリスマス編 13  6.クリスマスの夜に 1 「真澄……」  クッキーが力の抜けたような声を出す。 「やあ、悠斗。そういえばおまえに言ってなかったよな。俺、長野に 引っ越したんだ」 「あ、ああ」 「急に向こうに行くことが決まったから、勇人以外には誰にも言えず じまいだった。昔からの仲間に挨拶も出来ずに行ってしまったこと は、悪かったと思っている」 「だいたいのことは勇人に聞いた。おじいさんが大変だったらしい な。で、その……。長野にいるはずのおまえが、なんでここに? 」  クッキーの問いには何も答えず、まるで優花に会うためにここに 来たんだとでも言いたげな目をして、じっと優花を見つめる。  目の前に突如姿を現したその人が本当に真澄ちゃんなのか まだそれすらも信じられないまま、呆然と彼を見つめ返すこと しかできない。  彼が微笑んだように見えたのは気のせいだろうか、と思える くらい次の瞬間には別人のように挑発的な目をしてクッキーを 睨みつけていた。 「あっ、いや。別に深い意味はなくて。どうしてここに来たのかな と思っただけで……」  クッキーが真澄ちゃんの威圧的な視線に耐えかねたのか、じり じりと後ずさって行く。 「俺がこっちに来たら、何か都合でも悪いのか? おい悠斗。どう なんだ」  真澄ちゃんの目がクッキーを真正面から捉え、冷たく光った。  その時同時に優花の身体にピッと電流が走った。指先を通じて 何かが彼女の全身を駆け抜けたのだ。  おずおずとその手を見てみると、彼の手に優花の指先がしっかり と包み込まれているではないか。  ところが真澄ちゃんは優花のことなどほんのわずかも見ている 様子はなく、その厳しいまなざしはクッキーに向けられたままだった。 「真澄。だから、俺はただ……」 「なんだ? 」  尻込みするクッキーに尚も執拗に迫る真澄ちゃんを見て、優花は あることに気付く。ついさっき、自分がクッキーに何を言われかけて いたのかを思い出していたのだ。  この前の朝、クッキーに会ったのは偶然でも何でもないと。ならば。  クッキーが今日のことをすべてあらかじめ仕組んでいたのだと したらコンサートはデートの誘いだったと考えられる。真澄ちゃんが その状況を敏感に察知して、今ここでクッキーと対峙しているのだ。  優花はドキドキと鳴る胸元にかかるマフラーをぎゅっとつかみ、つな いでいる手に力を込めた。 「ただ、ゆうちゃんにコンサートに来てもらって、今から家まで送って 行こうと、そう思っていただけで、他には何も……って、ええっ?  えええっ? おまえたち、もしかして……」  クッキーがある一点に視線を釘付けにしたまま、口をパクパクさせて いる。彼が見ていたのは。  つながっている優花と真澄ちゃんの手、だった。  そして、二人の顔を交互に見て、目を丸くして。 「つ、付き合っているのか? 」  と驚きの声を上げた。  優花は恥ずかしさのあまり、身体を硬くして、その場でうつむく。 「そっか、やっぱり付き合ってるんだ……」  クッキーが苦々しい面持ちで、誰に訊くでもなく、独り言のように 言った。 「ああ、そうだ」  真澄ちゃんがはっきりと言い切った。 「そうなんだ……。あれはいつだったかな。多分、夏頃だったと思う けど。エレベーター横の階段で、おまえたちが何か話しているのを 見たことがあったんだ。階段を使おうと思ったら、二人の姿が見えて 何か入っていけない空気感で、引き返したんだけど」 「あ……」  あの場面をクッキーに見られていたなんて、優花は今の今まで知らな かった。でも仕方がない。住民なら誰でも使う権利のある共用のスペース  なのだから、そういうこともあると覚悟しておくべきだったのだ。 「だから、二人はもしかして、と思ったのも事実だけど。でも、ゆうちゃん がクリスマスに誰とも約束がなかったみたいだし、真澄は長野だし。 ならいいかなと思って誘ったんだ……」 「真澄ちゃん。クッキーの言ってること、本当なの。ちょうど真澄ちゃんとの 約束が無くなったのもあって、観客集めに苦労してるクッキーに少しでも 力になれたらってそう思って。それ以上でもそれ以下でもないの」  クリスマスに過ごす人なんていないと言ったのは他の誰でもない、優花 自身だったのだから、そこにクッキーに非はない。けれど。 「真澄、ゆうちゃん。ごめん。俺、いろいろとずるかったんだ。本当のところ 観客集めに苦労なんてしてないし、ゆうちゃんがそう思ってくれてるのを いいことに、コンサートに何が何でも来てもらいたくて本当のことを言え なかった。今日のチケットも部員に頼んで、なんとか捻出してもらった 分だったんだ……」  勇人君の言った通りの展開に言葉を失う。正々堂々と誘わなかった クッキーにもどかしさを覚えながらも、ほいほいと誘いに乗ってしまった 自分の甘さにもげんなりする。 「わかった。どっちにしろ、コンサートは終わったんだし、もういいだろ。 今日の約束を守れなかった俺にも責任がある。なあ悠斗。このあとの 彼女との時間は俺にくれないか? 悪いが、そうさせてもらう。じゃあ」  クッキーに強引に別れを告げた後、手をつないだままぐんぐん歩き 出した。あまりのスピードに足がもつれてよろけそうになる。  ふと振り返った市民会館はさっきまでの賑わいが嘘のように静けさを まとい、すでにクッキーの姿はそこにはなかった。  ロビーに飾られているツリーの灯りだけがさも忙しそうに点滅を繰り 返していて、小さなガラス窓が組み合わさった一角に乱反射した光が 星のようにキラキラとまたたいていた。   クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 09Apr
    • そばにいて クリスマス編 12

      そばにいて クリスマス編 12  5.それは偶然じゃなくて…… 2  ところがクッキーを取り囲む人の輪は次第に大きくなってゆき 前後左右を見渡しても、ここから抜け出す道はどこにも見つから ない。 「あらあ、かわいいカノジョさん。クッキーにもこんなカノジョが いたんだ。どうりで今日、張り切っていたわけだ」 「羽田部長、違いますって。彼女は、その、家の近所の友だちで」 「え?? うそー。そんなことないでしょ? クッキー、よかったね。 カノジョが来てくれて」  今度はボーイッシュな感じの羽田部長という人が、クッキーの 背中をポンと威勢よく叩いた。 「だから違うんです。お願いです、これ以上からかうのはよして 下さい。彼女も困ってるし」  クッキーはしきりに照れ笑いを浮かべ、トランペットを持った手で 器用に頭をポリポリとかいた。 「さあ、みんな。もうひとがんばりお願いね! 」  どこかカッコいい立ち居振る舞いの羽田部長が、手に持った サックスを振りかざし、声を張り上げた。 「ゆうちゃん、何度も悪いけど。この後、ステージの片づけがある んだ。すぐに終わるから、それまでここで待っててくれる? 一緒に 帰ろうよ」 「でも、わたし……」  さっきから居たたまれないことこの上ない状況に置かれている 優花はすぐにでもここから逃げ帰りたいのに、クッキーはまだ待って くれと言う。どうして彼と一緒に帰る必要があるのだろう。もう充分 に義理は果たしたはずだ。 「ゆうちゃん、もしかして、何か用事でもあるの? 」  クッキーが不思議そうに優花をのぞき込む。 「用事とかは、ないけど。ただ、クッキーは部活の仲間と一緒に帰る んじゃないのかなって、そう思って……」 「それはないって。だってほら、うちの高校は私学だろ? みんな 遠くから通ってるから、帰る方向もバラバラだし。だから問題なし。 それにどうせ俺たちは同じところに帰るんだし。ちゃんと家まで送り 届けるよ。だから絶対に待てて。じゃあ言ってくる」 「あ、いや、待って! クッキー、待ってよ!」  優花の声がクッキーに届くことはなく、仲間たちと共にホール内に 消えていった。  ポツンと一人、ロビーに取り残される。本当にこのままここで待つ べきなのだろうか。そしてその後、クッキーと一緒に帰って、それで。  優花はもう何も考えられなくなっていた。いったい自分に何が起こって いるのか、それすらもわからない。  でもさっき彼が言っていたように、帰るところは同じマンションなのだ。  別々に帰ったとしても、バスで顔を合わせてしまうのは避けられない。  じわじわと押し寄せてくる不安で胸が苦しくなる。勇人君や絵里が 言ったことを真剣に受け止めるべきだったと今ごろになって後悔し始め ていた。 「ゆうちゃん! お待たせ! 」  制服に着替え、大荷物を持ったクッキーが、息を弾ませて駆け寄って 来た。 「クッキー……」  意気揚々と現れたクッキーとは反対に、優花の声は弱弱しく、今にも 消えてしまいそうだ。 「ゆうちゃん、どうした? なんか元気ないような……」 「そんなこと、ないけど」 「もしかして、腹減った? 俺、実はさ、もうペコペコなんだ。午前中から ずっとリハーサルやってたし、楽器吹いてると、ハンパなく腹が減る。 そうだ、この近くで何か食っていかないか? 」  クッキーが手で胃の辺りを押さえ、空腹をアピールして、よたよたと 歩いて見せる。でも優花はそんな彼に同調することはなかった。 「ごめんね、クッキー。わたし、もう帰らなくちゃ。その。妹が一人で 留守番してるし」  悪いと思いつつも、一人で待っている愛花を理由に断る。もちろん 中三にもなった妹が寂しがっているはずはない。が、しかし、ここは 妹の名を借りて、うまく帰る方向に持って行くのが筋というものだろう。  優花がクリスマスの夜に一緒に過ごしたい人は、クッキーではない  のだから。 「そっか、ダメか。愛ちゃんのために、帰ってしまうんだ……。でも ちょっとくらいならいいだろ? この先すぐのところにファミレスが あるし。そこで何か食べようよ。そんなに時間は取らせないから。 俺、ゆうちゃんに話したいことが……」  だんだんと優花の意図しない方向に流れて行くのがわかる。目の 前の人物が昔からよく知っている人だけに、冷たくあしらえない自分が もどかしい。 「ホントにごめんね。で、でもクッキーの今日の演奏、とてもよかったよ。 すっごく上手だった」 「ありがとう。そう言ってもらえて、嬉しいよ。ねえ、ゆうちゃん。今日 君に来てもらったのには、その、理由があって」  クッキーが何かを言いながら歩き始めた。もう優花にはそんなことは どうでもよかった。とにかく早く帰りたい。これ以上クッキーの話を聞い てはいけないと、本能が優花の心をシャットアウトするのだ。 「ずっと、どうしようって、悩んでいたんだ。だから今日こそは……って おい。どうしたんだ? 」  最初は横に並んで歩いていたけれど、途中で立ち止まり、いつしか 彼との間に距離ができてしまっていた。 「そんなところに立っていないで。さあ、行こうよ」 「あ、もうわたしのことは気にしないで。クッキー、じゃあここで。 愛花にプレゼント買って帰るから、別々に帰ろう」 「何言ってるんだよ。そういうわけにはいかない。ゆうちゃんを一人に はできないよ。じゃあ、もうファミレスには行かないから。だから」  彼の目がじっと優花の視線を捉える。 「なあ、ゆうちゃん。この前の朝、俺と会った時のことだけど」 「うん……」 「あれ、偶然でも何でもないんだ。俺、実は、ゆうちゃんのこと……」  一歩、また一歩とクッキーが距離を縮めてくる。そして手を伸ばせば 届くところまで来た時、彼の肩越しにこっちに向かって走ってくる人物に 釘付けになる。  カーキー色のジャケットを着て、紺色のスニーカーをはいて。  力強く地面を蹴って駆けてくるその人に。 「えっ? う、うそ……」  優花は目を丸くして、両手で口元を覆った。  彼女の異変に気付いたクッキーが振り返り、優花の視線の先に目を 向けた。そして……。  クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 08Apr
    • そばにいて クリスマス編 11

      そばにいて クリスマス編 11  5.それは偶然じゃなくて…… 1  クッキーのソロ演奏を聴いたら、すぐにホールを出よう。  そうだ、そうしよう。  優花はそう考えたとたん、幾分気持ちが軽くなった。それなら ば勇人君も納得してくれるだろう。クッキーとは同じマンションに 住んでいる以上、今後もばったりと出会う可能性が高い。その 時のためにも、せめて彼のソロだけでも聴いておかなければ 気まずいだろうと思ったのだ。  我ながら良い考えだと悦に入っていたのも束の間、一向に 彼の演奏が始まらない。すでにプログラムは前半を終了し後半 に差し掛かっていた。優花はしきりに隣に座る人の腕時計を チラッと見てはため息をつく。開始からすでに一時間近く経って いるではないか。そして一曲、また一曲と進むうちに、やっとその 時がやってきた。  彼がトランペットを構えて誇らしげに立ち上がり、その高校生 離れした素晴らしい演奏を聴衆に披露した時、すでにプログラムは 最後から二つ目の曲になっていた。途中で退散しようと思った もくろみなど、とっくの昔に打ち砕かれてしまっていたのだ。  けれど、クリスマスコンサートと言うだけのことはあって、知って いる曲も多く、優花一人でも充分に楽しめたのは予想外の収穫 だった。  クリスマスメドレーが次々と演奏された時には会場全体がひとつ になって、我を忘れて手拍子を刻んでいたほどだ。真澄ちゃんと クリスマスを過ごせなかったことは辛いけど、こんなに迫力のある プロ顔負けの生演奏を聴けてよかったと、率直にそう思っていた。  アンコールにはまたもやクッキーのソロが組み込まれ、それはもう 割れんばかりの拍手で幕が下りた。  人の波に押し出されるようにして、ロビーにたどり着く。  するとそこには、今まで演奏していた部員たちがそれぞれに 楽器を持って、演奏時のユニホーム姿のまま観客を見送るために 待機していた。  花道を作るようにして部員たちが両サイドに立ち、聞き終えた 観客一人ひとりに向かってありがとうございました、とにこやかな 笑顔を振りまく。  クリスマスムードたっぷりに、どこかでシャンシャンシャンと鈴の 音まで鳴りだすものだから、観客たちもなかなかその場から立ち 去ろうとしない。  充分にクリスマス気分を味わって最後の最後まで素晴らしい コンサートだったと余韻に浸りながらゆっくりと進んでいるとようやく 人の波が途切れる。やっとのこと開放されるのだ。これでもう 何事もなく帰れると思ったその時、優花は突然誰かに腕をつかまれ その人のそばに無理やり引き寄せられた。 「ごめん、ゆうちゃん。最後のお客さんが帰るまで、ここにいて」  クッキーだ。彼が優花にそっと耳打ちして、その場に引きとめる。  突然の出来事にびっくりしながらも、もう帰ると伝えるため彼の 背後から話しかけた。 「あの。クッキー。遅くなると家族が心配するし、わたし帰らなきゃ」  しかしクッキーは優花に返事をすることなく、ひたすら残りの観客を 見送っている。これはもう強行手段に出るしかない。 「クッキー、ごめんね。じゃあ、お先に……」  優花はクッキーにそう告げてその場から離れようとしたのだが。 「ゆうちゃん、あと少しだけ待って。頼むよ」  彼が再び優花の腕をつかみ、哀しそうな目をして懇願するのだ。  帰るタイミングを逃してしまった優花は途方に暮れる。どうして彼は 自分を離してくれないのだろうと疑問に思いながらもそこから動けない。  ほんの少しの力で添えられているだけの彼の手など、振り切って 逃げ出すのは簡単だ。けれど、あと少しだけ待ってと言う彼のささやか な願いすら聞けない理由などどこにもないのだ。  優花が来たことに対して、ただ礼を言いたいだけだとしたら……。  それを無視して逃げ帰る自分が卑劣極まりない人間に思える。  優花は無駄な抵抗はあきらめ、少しだけ待とうと観念した。  ようやく観客が一人、二人と立ち去り、部員たちも列を崩して、思い 思いにお互いをねぎらい始める。どの顔も満足げだ。楽器が出来る 人がうらやましいと思える瞬間でもあった。 「ゆうちゃん、待たせてごめん。今日はわざわざ来てくれてありがとう」  最後の一人を見送ったクッキーが手を離し、笑顔でそう言った。  やはり、優花に礼が言いたかっただけのようだ。 「こっちこそ、コンサートに呼んでくれてありがとう。すっごく楽しかった よ。クッキーの演奏もプロみたいだった」  優花もやっと自然に笑顔になる。 「あ、ありがとう。そう言ってもらえると、頑張ったかいがあったよ。それ に予想外に大勢の人に来てもらえて、とってもやりがいがあった…… って、おい、なんだよ! 」  むんずとクッキーの肩を掴んだ大柄な男の人が、片側にチューバを 携えて、優花に微笑みかける。 「やあ、こんばんは。えっと、こちらのかわいい人は? なーるほど。 これはもしかして……。クッキーもなかなかやるじゃないですか。うわ さのカノジョですか? 」 「え? あ、いや、そんなんじゃないんです。先輩、よしてくださいよ」 「またまた、そんなこと言っちゃって。みんなが言ってましたよ。クッキー がカノジョを招待してるってね」  クッキーにあまりにも丁寧に話しかけるものだからてっきり同級生 だと思っていたら、先輩だったようだ。それにしても、彼女とかありえ ないし。もうこんなところにはいられない。一分でも一秒でもすぐにここ から立ち去りたいと思った。    クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 05Apr
    • そばにいて クリスマス編 10

      そばにいて クリスマス編 10  4.忠告 2 「だから、ゆうちゃんが誘われたってのは、もしかしたら家族に 割り当てられた座席なのかもしれないな。行ってみればわかる よ。多分、立ち見が出るくらい盛況なはずだから」  優花は膝の上に載せたファーのバッグを無意識のうちに両手 でぎゅっと握りしめ、マンション内でクッキーと出会った朝のこと を順を追って一つずつ思い出していた。  コンサートにはちょっとだけ顔を出してすぐに帰ることにすると 言って二人を安心させ、優花はたった今、ケーキ店を出たばかり だ。気分転換になるのなら、少しくらいは聴きに行ってもいいかも しれないね、と次第に柔軟な態度に変わってきた絵里に見送られ たのだが、その隣で勇人君は始終気難しそうな顔をしていて別れ 際に手を振ってくれることもなかった。  勇人君は昔から誰よりも生真面目で、男子には珍しいくらい、細か いところによく気が付くし、世の中の仕組みにも詳しいそんな人だった。  けれど、クッキーのことでそこまで深読みする必要はないのではと 思っている。彼とはたまたま偶然、登校途中でばったり会っただけ なのだし、強引に誘われたわけでもない。  部活のコンサートくらい、誰でも気軽に誘い合ったりするだろうし 到底そこに特別な意味合いがあるとは思えなかった。たとえ真澄 ちゃんに知られたとしても、胸を張って真実を伝える自信がある。  優花はコンサート会場に向かって歩きながら、無性に腹立たしく なってきた。たかだか近所の同級生の部活の応援に行くだけで どうしてここまで指図されなければならないのだろう、と。  徐々に行き場のない怒りが込み上げてくる。  何も間違ったことはしていないのだ。もっと自信を持って堂々と していればいい。  優花は花のモチーフが編みこんであるお気に入りのマフラーを 巻きなおして、冷たい北風が吹くスクランブル交差点を小走りで 駆け抜けた。  二十分くらい歩いただろうか。市民会館のグレーの壁が見えてくる。  つい最近建替えたばかりのこの施設は、市民にとっても自慢の ホールだった。最新の設備を備えていて、音響も国内では三本の 指に入るくらいのクオリティーを誇っている、らしい。  大ホールでは今後開かれる予定の様々なプログラムが目白押しだ。  海外の有名オーケストラによるニューイヤーコンサートを始め、ピアノ リサイタルや、ミュージカルなどの告知が派手な垂れ幕に描かれていた。  クッキーのコンサートは中ホールだ。会場前には手作りの看板が立て かけられていて、その前には学生や親たちの長蛇の列が出来ていた。  最後尾を見つけてそこに並んだとたんすぐ後ろに人が並び、一分も 経たないうちに何十人もの人が優花の後に連なった。  ぞろぞろと列が進み、ようやくたどり着いた受付で、ふと不安になる。  というのも、周囲の人は皆、チケットのようなものを持っていて、受付 でもぎとられ半券をもらっている。優花はそんなものは持っていなかった。 あるのはクッキーにもらったパンフレットだけだ。  おそるおそるそれを出すと、受付の人からあちらへどうぞと隣に待機 している部員らしき生徒のところへと促される。一年生らしき部員の人に どなたの紹介で来られましたかと訊ねられた。 「あの……。久木君の紹介です」  と優花が答えると、そこにいた二人の女子生徒が顔を見合わせ、小声 で何かを言い合った後、優花に意味ありげな笑顔を向ける。そして、 「本日はお越しいただきありがとうございます」  と必要以上に大きな声で言われ、彼女たちの手元にあった名簿らしき 書類にチェックをされた。  新たに詳細なプログラムをもらい、会場内に入って行く。ほとんど人で 埋め尽くされている様子に半ば驚きながらも後方部の端の方に空いて いる席を見つけ、そこに座った。場内アナウンスの指示に従いスマホの 電源を切り、改めてホール内を見渡した。  勇人君の言ったとおりだった。さっきまでちらほら空いていた席もあっと 言う間に人や荷物で埋まり、空席を求めてさまよう人々が通路を行き交う。  とたん背筋に緊張感が走る。もし、勇人君が言ったことが真実である ならクッキーは嘘をつき、半ばだまし討ちのようにしてここに導いたこと になる。優花は胸に手を当てて大きく深呼吸をする。  絶対に大丈夫。クッキーは一人でも多くの人に演奏を聴いてもらいた かっただけなのだと自分に言い聞かせる。  舞台にはまだ誰もいない。指揮台を中心に扇状に並べられた椅子と 譜面台が暗がりの中にぼんやりとシルエットを浮かび上がらせている。  今ならここを出ることも可能だ。やっぱりコンサートに行くのはやめ たよと言って、絵里たちと再び合流すればいい。  しかし。根拠もない憶測で久木との約束を破ってもいいのかと自問 自答を繰り返す。あの日、満面の笑みを浮かべて手を振っていた彼を こんなにも簡単に、勝手な事情で切り捨てることができるだろうか。  優花はとうとう何も決断できないまま、開演を告げるアナウンスを 聞いていた。クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 04Apr
    • そばにいて クリスマス編 9

      そばにいて クリスマス編 9  4.忠告 1 「はやと君、あのね。その人は……クッキー……なんだ」  優花は勇人君の目つきが険しくなるのを見逃さなかった。 「クッキー? やっぱりね。なんでゆうちゃんが久木のコンサートに 行くの? ゆうちゃんと久木がそんなに親しい仲だったなんて 僕は今日まで知らなかったな。どう考えたっておかしいよ。だって ゆうちゃんは真澄のカノジョなんだろ? なんで違う男とクリスマス を過ごさなきゃならないんだ? 絶対に間違ってる! 」  一刀両断だ。ものの見事にスパッと切られた。そんな風に言わ れるのがわかっていたからこそ、このことを誰にも知られたくなか ったのかもしれない。 「ねえ、はやと君、聞いてくれる? あの、あたし、まだ真澄ちゃん のカノジョだと決まったわけじゃないし。それに、クッキーのコン サートだって、呼ばなきゃいけない十人のうちの一人として、人数 合わせで誘われただけだもん」  優花は必死になって潔白であることを説明して理解を求めるの だが、相手は思った以上に手ごわい。 「ゆうちゃん、いいかい? 真澄はあのとおり無口だし、自分の 気持ちをうまく言葉で伝えられないタイプだと思う。でもさ、ゆうちゃん のこと、とても大事に思っているのは間違いないよ。そりゃあ、今日 こっちに来なかったのはアウトだよ。僕だって久しぶりに会えるのを 楽しみにしていたんだからね。でもだからと言って、クッキーの誘い にホイホイのるなんて、ゆうちゃんらしくないよ」  すると絵里も便乗して口を挟んでくる。 「そうだよ。鳴崎の言う通りだってば。ねえ、優花。そのクッキーって 子。なんか下心みえみえって感じがするんだけど。同級生ってことは 吉永も知ってる人なんだよね? 」 「うん……」  下心がみえみえだなんて。あまりにもショッキングな絵里の発言に 優花はがっくりとうな垂れる。 「だったら余計にダメだよ。吉永がこのことを知ったら、暴れるよ! 」  絵里の言いたいことはわかる。しかし、優花が連絡を取らなくても 気にならない人が、クッキーのコンサートに行ったくらいで取り乱す とは思えない。  優花は、クッキーにも、そしてもちろん自分にも、コンサートを楽しむ 以外の理由は何も存在しないと訴え続ける。 「ねえ、二人ともよく聞いて。さっきも言ったけど、わたしはクッキーに とってはただのお客さんの一人で、他に九人もいるんだってば。真澄 ちゃんにも、そ、その、コンサートのことは、ちゃんと報告するつもり だし……」 「ウソ! 報告するつもりなんてないくせに。だって優花ったら、あたし たちにも内緒でこそこそとコンサートに行こうとしたんだよ。優花だって 心のどこかで、これはマズイって思ってたよね」 「絵里……」  絵里にすべてを見抜かれている優花には、わずかたりとも反論の 余地は残っていない。 「それに」  今度は勇人君が追い打ちをかけてくる。 「さっきからずっと気になってるんだけど。その十人のうちの一人って なに? 」  探求心のかたまりのような勇人君は、納得するまで優花を質問攻め にするつもりらしい。 「それは……。その、言葉通りの意味だけど。つまりね、部員がそれ ぞれに観客を集める手はずになってて、クッキーが十人を勧誘する よう任されているって話で。せっかくのコンサートだもん。会場が満席 になった方がいいし、協力してあげようって……」  優花は何の疑いもなくそう信じて、クッキーの話を受け止めていた。  ところが勇人君はまだ首を縦に振ろうとはしない。 「あのさ、ゆうちゃん。久木の行ってる高校の吹奏楽部はね、コンクール で全国大会に出場。その上、優勝もしちゃうような、そんな強豪校なんだ。 日本中にファンがいるんだよ。動画サイトでもすごい登録者数になってる。 で、定期演奏会も、学園祭も、外部での催しものも。前売りチケットは即 売り切れ。そのクリスマスコンサートだって、久木や他の部員が走り回ら なくても、すでに客は埋まってるはずなんだけど……」 「ええっ? そうなんだ……」  優花は初めて聞くクッキーの吹奏楽部の現状に驚きの声を上げ 大きく目を見開いた。クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 01Apr
    • そばにいて クリスマス編 8

      そばにいて クリスマス編 8  3.同級生 3 「さあーてと、この続きは。今からあたしんちに行って、けーきよく パーッとやろうよ。うひゃーーっ! 今、ケーキ食べながら、景気 よくだって。あたしいつの間にオヤジギャグなんか言うようになった のかな。えへへへ」  どこまでも暗くて陰気な空気を引きずり続けている勇人君と 好きな人にクリスマスの約束をすっぽかされた優花を気遣って わざと明るく振る舞ってオヤジギャグまで飛ばす絵里には心苦しい ことこの上ないのだが。  ここできちんと絵里の家には行けないと伝えなければいけない。   優花は食べている途中のミルフィーユの横にフォークをそっと置き 紅茶を一口飲んだ。そして……。 「絵里、ごめん。今日はその……」  ミルフィーユの断面を見つめながら、恐る恐る話を切り出す。 「どうしたの? 」  絵里と勇人君が声をそろえて優花に訊ねる。 「いや、そ、その……。実は」 「うん、だからナニ? 」  頭上に注がれる絵里の視線が痛い。ミルフィーユを眺めている場合 ではないのだが顔を上げて彼女を見る勇気など、今の優花にはこれ っぽっちも備わっているはずがなく。 「あ、あのね。このあと、ちょっと、用があって、絵里んちには……」 「行けない、って言うの? まさかね、そんなことないよね。って、え? その、まさかなの? 優花、ねえ、どうなのよ! 」  絵里が身を乗り出して責め始める。 「おい、ゆうちゃん。いったいどうしたのさ? まさかとは思うけど 真澄が来ないからって、自暴自棄になるなんて、許さないよ。今日の ゆうちゃん、なんだか僕以上に落ち込んでる気がする。ニコニコしな がらも、映画にちっとも身が入ってなかったし。そうだろ? 」  勇人君も容赦なく攻め込んでくる。  優花は二人の想像を超えた気迫におののき、もうこれ以上あのこと は隠し通せないと降参の白旗を揚げた。 「あの、それが……。今まで言ってなくてごめんなさい」 「え? なに? 何かあたしに言えないことでもあるの? 優花らしく ないよね」 「早く言わなきゃ、って思いながら、なかなか言えなくて。実は今から コンサートに……行くの」  とうとう言ってしまった。 「ふーん。それで? 別に隠すことでも何でもないと思うけど。って ことは。他に何か言いにくいことがあるってことよね? 」 「いや、そういうわけじゃなくて。ただ、せっかくの絵里の誘いを 断るのが心苦しくて……」 「そっか。でもお母さんや愛花ちゃんと一緒に行くのなら、あたしだって 無理は言わないよ。家族のおでかけは大事だよ? 」 「ありがと……でも」 「はいはい、それで? 」 「家族とじゃないんだ……」 「……って、じゃあ、誰と? そりゃあさ、あたしたち以外の友人だって いるだろうし、優花の私生活にとやかく言う筋合いはないよ。けどさ。 なんか、今の優花変だし。ちゃんと理由も言えないようなあたしたちの 関係って、寂しいよ。あたし、そんなに強引だった? 行けないなら 行けないって遠慮しないでちゃんと言ってよ。それを今の今まで何も 言ってくれないなんて、ちょっと心が折れちゃいそう」 「絵里、ごめん。あのね、誰とも一緒じゃないんだ。一人で行くの」  そうだ。嘘じゃない。クッキーに誘われはしたけれど、会場に行く のは一人だ。 「ホントに一人で? なんか怪しい……。優花、ちゃんとこっちを見て。 何のコンサートなの? そんなの初めて聞くし。ねえ、優花。本当の こと、教えて。隠し事はなしだよ。それとも鳴崎がいると話しにくい? 」 「ええ? 僕のせい? そうだよな、女の子同士でしか分かり合えない こともあるだろうし。じゃあ、僕はこの辺で……」 「あ、はやと君。待って。違うの。はやと君がいるからとかじゃないの」 「じゃあ、何なの? 」  絵里の誘導尋問は天下一品だ。優花は瞬く間に丸裸にされてしまう。 「あ、あの……。クリスマスコンサートなんだ。中学の時の同級生が 入ってる部活のコンサートで……」 「部活って、ブラバン? 中学の同級生の? 」  絵里が不思議そうに首を傾げる。 「うん。そうだよ。吹奏楽部の……」  これ以上詳しくは訊かないで、とすがるような視線を絵里に送り ながら優花はぎこちなく、こくりとうなずいた。 「中学の同級生か……って、それって、僕も知ってる人だよね? 誰? 何人か心当たりがあるけど、コンサートまでするってことは……」  勇人君はもうすでにそれが誰であるのか気付いているような目をして 優花を問いただす。  もう逃げられない。  優花は観念して、円卓に座る目の前の二人と、真正面から向き合う ことにした。   クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 31Mar
    • そばにいて クリスマス編 7

      そばにいて クリスマス編 7  3.同級生 2  そして、優花が何も連絡を取らなかったこの数日間のことも別段 何も咎められることはなかった。  それは言い換えれば、優花のことなど何も気に留めていないと 言われているようなものだ。理由を訊いても不明瞭な返事しか 返って来ないし、優花の連絡を待っている様子もない。  真澄ちゃんを駅まで追いかけて行ったあの日。確かに二人の心が つながったように感じたのは優花の思い過ごしだったのだろうか。  こんなこと、考えたくもないけれど。まさか、そんなことがあるはず ないと、思いたいけれど。転校した高校に好きな人が出来たのだと したら……。あるいは、彼を一目見て恋に落ちた誰かが彼に告白 して、彼の気持ちがその見知らぬ誰かに動いてしまったのだと したら……。  優花は短い会話の後、じゃあまたね、と言って電話を切り、制服の スカートのままベッドにもぐり込んだ。とめどなくあふれてくる涙と共に 過ごしたクリスマスイブは、とてつもなく長くて、辛い夜になった。  今日から冬休みだ。絵里と駅前のショッピングモールに行って 映画を観る約束をしている。絵里が好きなアイドルグループの一人 が主演をしているその映画は、ベストセラーを続けている青春小説 を映像化したもので、優花もずっと気になっていた作品だ。昨夜の涙 も今日はひとまず返上して、楽しんで来ようと気持ちを入れ替える。  せっかくのクリスマスに仲良しの女子同士でデートだなんて、ホント 笑っちゃうよね、と言いながらも、優花は心の底から前向きな気分に なったわけではなかった。  絵里は映画が終わったら家に来ない、と誘ってくれているのだ。  お姉さんの彼氏も来るので、一緒にパーティーをしようと、優花の 返事も待たないうちからすっかりその気になっている。  今日は十二月二十五日。本当なら真澄ちゃんと会って、プレゼントを 渡して、そして、もしかしたらデートらしきことも出来たかもしれない クリスマスだ。  絵里にはまだ知らせていないが、映画の後、クッキーの吹奏楽部の コンサートに行くつもりにしている。別にこそこそと内緒にしている つもりはないのに、なぜか言い出しにくくて、何も言えないまま、ずるずる と今日を迎えてしまったのだ。  急用が出来たから先に帰るね、と言ってさりげなく午後のパーティーを 断ればいいなどと安易に考えていた優花は、映画館での待ち合わせ 場所で絵里に会ったとたん、それがとんでもない間違いだったと気付か される。  ロビーにひょっこりと姿を現したその人に、優花は腰を抜かすほど びっくりさせられることになった。 「よおっ……」  力なく右手を上げるその人に慌てて駆け寄った。 「な、な、な、なんで? どうして、はやと君がここにいるの? 」  優花はその人に詰め寄った。 「ま、まあな。いろいろと。その……」  勇人君が優花から目を逸らし、照れくさそうに首の後ろをぽりぽりと 掻いている。 「へへへへ。びっくりしたでしょ? 実はね、昨日から鳴崎も誘っていたん だけど、優花には内緒にしてたんだ。だって、優花の驚く顔が見たかった んだもん! 」  絵里のいたずらっぽい目がキラリと光る。それにしても内緒にするなんて 絵里も相当ヒトが悪い。勇人君が来るとわかっていれば、こんなところに のこのことやって来なかったのにと悔やまれる。  これは、もしかして、もしかするのではないかと、優花は目の前の二人を 見て、あれこれ妄想してしまうのだ。  クリスマスに誘い合って約束している男女と言えば、やっぱりあれしか 思い浮かばない。そう。この二人は付き合い始めたのではないかと。  優花は願ったり叶ったりの急展開に頬の筋肉が緩み、ニタニタしてしまう 自分を止められなくなった。が、しかし。優花のそんなよこしまな推測は あっという間に砕け散ってしまう。勇人君がここにいるのにはちゃんとした わけがあった。つまり優花と同じ状況に陥った不幸仲間、ということらしい。  クリスマスイブだった昨日、勇人君は彼の想い人である麻美にプレゼント を渡すため、絵里の力を借りていたのだが……。  麻美は終業式が終わってすぐに、隣町にある大手予備校の大学受験 集中講座を受ける予定になっていて、勇人君と絵里がしくんだ、壮大にして 命がけのクリスマスプロジェクトが瞬く間に未完のまま結末を迎えてしまった というわけだ。それで告白はもちろんのこと、プレゼントすら渡せず、激しく 落ち込んでいる勇人君を救済するため、今日の映画に誘ったのだと 絵里が二ヒヒと笑いながら説明する。  確かに今日の勇人君は、映画を観ている間もずっと無口でムスッとして いた。麻美の件だけでなく、泊りに来る予定だった真澄ちゃんにも約束を 取り消されているので、不機嫌さも倍増しているのだ。なんと真澄ちゃんは 勇人君にも、キャンセルの理由を説明していないらしく、もうあいつは友だち じゃない、とまで断言している。  今年のクリスマスは踏んだり蹴ったりだったと、映画の後に行ったケーキ ショップで、ショートケーキをフォークでハチの巣状に突きながら、勇人君が しきりにぼやいていた。  クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 29Mar
    • そばにいて クリスマス編 6

      そばにいて クリスマス編 6  3.同級生 1 「何よ、それ! なんであいつ、こっちに来ないの? そんなのおかしい。 ありえないって! 」  絵里は頭のてっぺんから湯気を出してるんじゃないかと思えるくらい 顔を真っ赤にして、怒り狂っている。真澄ちゃんからの寂しいラインに ついて相談したとたん、このありさまだ。 「吉永が自分からクリスマスにこっちに来るって言ったんでしょ?  なのにどうして急に来ないってなるわけ? 絶対に変だよ。ちゃんと 理由を訊いた方がいいと思うっ! 」  教室にはすでに何人か登校してきている人がいるので、あくまでも 基本はひそひそ声で。でも感情のおもむくままに突然ボリュームアップ する絵里の声に優花はさっきからハラハラさせられっぱなしだ。 「それはそうなんだけど。多分、家の手伝いがあるから来れなくなった んだと思うんだ。ぶどう園の仕事、すっごく大変そうなんだもん」 「ええっ? なんで大変なのかさっぱりわかんない。だってぶどうなんて 夏の終わりに、プチって実をもぎ取ればいいだけでしょ? 今は12月 だよ。もうどこにもぶどうはぶら下がってないいてば。ねえねえ 吉永ってさあ、本当にぶどう畑の手伝いが理由で来ないの? 」 「う、うん。本当だと……思う。おじいさんが収穫後の手入れをしない うちに倒れちゃったから、真澄ちゃんとおじさんとおばさんが広大な ぶどう畑で木にわらを巻いたり、肥料を……」 「わら? 肥料? なんだかよくわかんないけどさ。じゃあさ、忙しいって 最初からわかってるなら、クリスマスに来るなんて優花を期待させる ようなこと、言わないでほしい。優花がどれだけ楽しみにしていたか あいつは何もわかっちゃいないのよ。ちょっとスマホ貸して。あたしが 変わりに理由を聞いてあげるからさ」  絵里の強引さに拍車がかかる。 「だ、大丈夫だって。いいの。もうちょっとしたら、何か連絡くれるかも しれないし。それまで待ってみる」  優花はスマホを奪われないようにカバンを膝の上で抱え込む。 「んもう、優花ったらホントのん気なんだから。来年のクリスマスまで 待ち続けるってことにならないようにね。まあ、生真面目なあいつの ことだから、浮気はないと思うけど……」 「う、浮気? 」  優花の全身から、さーっと血の気が引いていく。  うわき……。そのことも何度か頭の中をよぎったのは事実だが、極力 考えないようにしていた。  だが、絵里の口から浮気という言葉が出たとたん、優花は喉がから からになるほど、ダメージを受けてしまったのだ。 「やだー。優花ったら、マジになってる。だから、浮気の心配はないって 言ってるんだけど? 」 「あっ、うん。でも、わたしたち、その。付き合ってるわけじゃないし、別に 誰と仲良くなったとしても、浮気とかにならないと……」  そう思うことで、ショックを和らげようとしたのだが、ますます優花の 心は不安でいっぱいなる。 「優花あ。どうして、そんなに弱気になってるの? だからいつも言ってる でしょ? あんたたちは誰がなんと言っても、正真正銘、恋人同士なんだ からさ。そこは自信を持って。だからこそ、初めてのクリスマスに約束を 破るってのが許せないの! 家の手伝いだかなんだか知らないけど 優花との約束以上に大切なものがあるってのが信じられないんだって」  絵里の言う通り、浮気でないとすると……。理由はやはり家のこと なのだろう。おじいさんの病状も関係しているのかもしれない。  なかなか真澄ちゃんに連絡を取ろうとしない優花に、絵里は学校に いる間中、不満そうだった。けれど優花は、そんな絵里の心配をよそに 彼を信じて連絡が来るのをもうしばらく待ってみようと決めたのだ。  ところが……。  待てど暮らせど彼からは何も連絡がなかった。せっかくのラインも 機能しないまま、画面の下の方に沈んで行く。時ばかりがむなしく 過ぎて行き、優花の心にはぽっかりと穴があいたままだ。あの日の メッセージを最後に、結局何も連絡を取り合わないまま、クリスマス イブを迎えることになってしまった。  寂しさと不安の限界を超えてしまった優花は、イブの夜、彼に電話を かけた。  久しぶりに聞くその声はいつもと変わりなく低く落ち着いていて、心地 よい響きを届けてくれる。  ところが返って来た返事は、以前のメッセージと一字一句違わなくて ごめん、明日は行けない、と繰り返すばかりだった。  理由を訊いても、ちょっと……と言葉を濁して、そのまま黙り込んで しまう。何も解決しないばかりか、胸騒ぎが増すだけだった。 クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 27Mar
    • そばにいて クリスマス編 5

      そばにいて クリスマス編 5  2.クリスマスなのに 2  次の朝、絵里に話をきいてもらうために早めに家を出た優花は マンションのエレベーターを降りたところで珍しい人に会った。 「よお、ゆうちゃん! 」  と、突然後ろから声をかけられ、あわてて振り返ると。  昔とちっとも変っていない、少しとぼけたような懐かしい顔がそこ にあった。横に並ぶと優花よりほんの少しだけ背の高い彼は、中三 の時に同じクラスだったクッキーこと、久木悠斗(くきゆうと)だったのだ。 「あっ、クッキー。久しぶりだね」  久木は真澄ちゃんや勇人君と同じで、優花とは小学校時代からの 付き合いだ。トランペットを演奏するのが得意な彼は、将来はアメリカ  のブラスバンドパフォーマンスのメンバーに入ると言って、隣の市に ある吹奏楽に力を入れている私立の高校に通っている。 「ゆうちゃんも元気そうだね。俺はいつも朝練行ってるから、マンション 内の同級生にはほとんど誰にも会わないよ。今日はちょっと寝坊して こんな時間になってしまったけど。ゆうちゃんも部活があるの? 」 「ううん。違うよ。今日はちょっと友だちに話があって……」 「ふーん、そうなんだ」  クッキーって、こんなキャラだったっけ? 優花は彼の変貌ぶりに 目を見張る。昔は自分から話しかけてくることなどほとんどなかった 気がする。高校生活が充実しているのだろうか。自信に満ち溢れて いるようにも感じる。 「真澄、いなくなっちまったよな」  突然、久木の口から飛び出た名前に、優花は当然のごとくビクッと 肩を震わせた。真澄ちゃんのことに過剰反応する体質は、彼が転校 した後も少しも改善されていない。 「俺、真澄のこと、ずっと知らなくて。ついこの間、はやとに教えてもら って、びっくりしたんだ。確か、ゆうちゃんも真澄と同じ高校だよな? 」 「う、うん。クラスも同じだったから、わたしも真澄ちゃんの突然の転校に 驚いた一人なんだ」  出来るだけ心を落ち着かせて普通に話したつもりだった。彼と最近 また親しくなったことを、目の間の久木に知られたくなかった。  クリスマスに会う約束が叶わなくなった今、まるで付き合っているかの ように誤解されるのはどうしても避けたかったのだ。  久木が開きかけた口を閉ざして、なぜかそのまま黙り込んでしまった。  お互いを探り合うような気まずい空気が周囲を漂う。  もしかしたら、勇人君が優花と真澄ちゃんの関係を誇張して久木に 吹きこんでいたとしたら……。優花は久木の表情を探りながら、次の 言葉を待った。 「そうだ! ちょうどよかった。あのさあ……」  突如明るい声を上げた久木が上体をかがめ、ボストンバッグの中から カラフルに印刷されたパンフレットのようなものを取り出した。 「俺、今度の吹奏楽部のクリスマスコンサートで、ソロのパートもらえたんだ。 市民会館の中ホール。よかったら見に来てよ」  一年生では俺だけがソロに選ばれたんだ……と言って、はにかむ。  はい、これ、と手渡されたパンフレットは、コンサートのプログラムだった。 「これが入場の引き換え券代わりになるから。部員一人あたり、十人は 客を呼ばなきゃならなくてさ。他にもいろいろな人を誘う予定だから、気に せず来てよ」  上質な紙に印刷されたプログラムにさっと目を通す。12月25日、午後 5時開演。  二十五日……。そう、その日は真澄ちゃんと約束をしていた日だった。  でも、白紙に戻ってしまった、悲しい日。 「あれ? もしかして、都合悪かった? 」  黙ったままプログラムをじっと見入る優花に、久木が慌てたように、裏返った 声を出す。 「そっか、そうだよな。その日は、なんたってクリスマスだしね。カレシがいたら やっぱ無理だよな。それなら別に断ってくれてもいいんだけど」  久木は頭をポリポリかきながら照れ笑いを浮かべる。  優花は少し時間を置いた後、首を横に振った。カレシがいるだなんて、そんな ことあるわけないよ、と言って。 「ええ? ホントに? なら、クリスマスコンサートに来てくれる? 」  優花はこくりと頷いた。  もちろん、彼のソロ演奏も気になるが、それ以上に真澄ちゃんと会えない クリスマスが辛すぎて、コンサートに行けば寂しさを紛らわすことが出来る のではないかと思ったのだ。 「行く行く。だってクッキーは中学の時から、めっちゃトランペットうまかたもん。 なんだか、すっごく楽しみになってきちゃった。あっ、ねえねえ。わたしの友だち も誘ってもいいかな? 」  絵里や勇人君も誘ってみようと思いつく。十人も観客を呼ばなければいけない 彼のことを思えば、これくらいの協力は惜しまないつもりだ。ところが。 「あっ、それはダメだよ。そのプログラム一枚につき、その……。一人しか入場 できないんだ」 「そっか。じゃあ、あと何枚かプログラムもらえると、クッキーに協力できるよ」  優花は久木を助ける気持ちでそう言ったのだけど、彼の反応は鈍かった。 「ゆうちゃん、せっかく言ってくれたのに、ごめんな。今手持ちのプログラム それしかなくて。それに、他のももう招待する人が決まりかけてるっていうか その……。ほんと、ごめん」 「ごめんだなんて。そんなことで謝らないで。わかった。じゃあ、わたし一人で 行くね。市民会館なら駅の近くだし、場所もよく知っているから」 一度行くと言ってしまった以上、友だちを誘えないからという理由だけで やっぱり行けないとは、今さら言えない。 「ゆうちゃん、ありがとな。二十五日、待ってる。俺、ソロのところ、絶対に成功 させるから。じゃあ、また! 」  久木が満面の笑みを浮かべ、手を振りながら走り去る。 「あ……。ま、またね」  優花とは反対方向のバス停に走って行く久木を目で追いながら、優花は 胸の前で小さく手を振った。  真澄ちゃんと会えないクリスマスに突然誘われたコンサート。  昔なじみの同級生にタイミングよく誘ってもらった、クリスマスコンサート なのに。  心から待ち望んでその日を迎えられるはずもなく。胸の中にもやもやした ものを抱えながら、バス停に向かってとぼとぼと歩き始めた。  クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 26Mar
    • そばにいて クリスマス編 4

      そばにいて クリスマス編 4  2.クリスマスなのに 1  ごめん。クリスマスに  そっちに行けなくなった。  年が明けたら必ず行く。  本当にごめん。  優花は何度も何度も同じメッセージを見ていた。  昨日、真澄ちゃんから届いたラインは一気に優花を地の底に突き 落とすような、衝撃的な内容だったのだ。  プレゼントも買ったし、あとはクリスマス当日を待つだけだというのに。  真澄ちゃんが通い始めた新しい高校は二十五日まで登校することに なっている。前期後期の二学期制なので、当日は終業式という形式 ばった行事はなく、大掃除とホームルームがあるだけだと言っていた。  学校が終わり次第、午後からこちらに向かう予定だった。イブに 会えないのは授業があるから仕方ないとあきらめていたけれど、まさか クリスマス当日まで会えないとは……。  その日を指折り数えて待っていた優花は、ショックのあまり、しばらくは 声すらも出せなかった。  真澄ちゃん家族が、急きょぶどう園を継ぐことになってから、いろいろ 大変だというのは聞いていたが、まさかここまで忙しいとは全く想像すら していなかった。  彼のお父さんは、仕事を続けながらぶどう園の世話も両立するらしい。 そのため、彼のお母さんと真澄ちゃん自身も多忙なお父さんを支えて 家族総出で農業に勤しむというのは理解しているつもりだった。  今まで農作業はすべておじいさんに任せっきりだったらしい。誰もが 未経験なので、真澄ちゃんは部活にも入らず真っ直ぐに帰宅して、農園に 入り浸る毎日だという。冬の日暮れは早いので、登校前に作業をすることも 多く、毎日眠くてたまらないと先週電話で聞いたばかりだ。  これから訪れる雪の季節に備えて、ぶどうの木にわらを巻きつけたり 枝の剪定をしたり、肥料を施したり……。  朝顔しか育てたことのない優花には、どれもこれもが未知の世界の 出来事でしかないのだが、とにかく目が回るほど忙しいというのは、彼の 話しぶりで充分に伝わってきた。  でも、だからって。クリスマス当日まで働くだなんて、優花には到底 理解できなかった。が、しかし、彼が来ることが出来なくなった理由が 農作業だと聞いたわけではない。ラインに何も理由は書かれていない。  つまり、別の事情がそこに隠れているのではないかと、新たな不安が 優花の脳裏をよぎる。  旧友に会うよりも優先したい理由があると考えるだけで、胸が苦しく なった。彼に告白したわけでも、されたわけでもない。恋人同士では ないのだから、会えなくなったからといって、優花には彼をとがめる資格が あるはずもなく。所詮、ラインとたまの電話だけの付き合いなんて、この 程度のものだ。優花が真澄ちゃんにとって、少しも特別な存在ではないと 証明されたにすぎない。  毎日やり取りしていたラインも、昨日と今日は全くやる気にならない。  スマホの画面を眺めていても、一文字だって埋まらない。  学校で今日一日あったことも何一つ思い出せないくらい、昨日の彼の 爆弾宣言は優花を打ちのめしていた。  期末テストの結果が返って来たことだけは机の上に広げている印刷物で わかる。高校入学以来、やっとまともな点数を取れたにもかかわらず、心は ずーんと沈みこんだままだ。  絵里にどのように報告すればいいのだろう。何も言わなくても勘のいい この親友は、二人の間に何かあったことくらい、すぐに気付くに違いない。  絵里と一緒に買いに行ったプレゼントは、郵送すればそれで済む。けれど その行為すらも迷惑かもしれないと思うと、いたたまれなくなる。  優花はベッドの上にポンと放り投げた彼へのプレゼントの包みを、恨めし げに眺めて思わず泣きそうになるのをこらえる。  その中身は、オフホワイトの手編み風マフラーだ。自分で編んでみようと ネット検索して動画サイトを見たりもしたのだが……。絵里の猛烈な反対に あい、いとも簡単に却下された。よく練習してから贈った方がいいよと アドバイスを受ける。というのも、絵里のお姉さんが彼氏にセーターを プレゼントすると言って編み始めたのはいいが、ほどいてばかりで、とうとう 期日になっても完成しなかった、という悲惨な事件が、つい最近起こった らしい。くさり編みしかやったことがない優花の場合も絵里のお姉さんと 同様、編み目の揃わない無残な物に仕上がるのは目に見えていた。  だから今回は作るのはあきらめ、店をあちこち回って、彼に似合いそうな マフラーを一生懸命選んだというのに……。  彼の目の前で、それを渡すことが叶わないだなんて、こんなに悔しいことは ない。  優花はグスンと鼻をすすり、枕カバーを涙で濡らしながら、そのまま眠って  しまった。 クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 25Mar
    • そばにいて クリスマス編 3

      そばにいて クリスマス編 3  1.友だち以上、恋人未満 3  その話を聞いた時、えっ? なんで? と優花の心の中が 疑問符で埋め尽くされた。  まさか、真澄ちゃんが妹の愛花のことが好き……とか?   優花はとんでもない妄想で一気にどん底に落とされた気分に なり、身体中が重力で押しつぶされそうな感覚に陥った。  ところが彼の表情や話し方を見ていたら、そんな不安もすぐに 吹き飛ぶ。含み笑いをして優花に目配せをする真澄ちゃんは あきらかに愛花の予測不可能なユニークな行動を楽しみにして いると言わんばかりだった。  これくらいのことで嫉妬してしまった自分が恥ずかしくなる。  真澄ちゃんと愛花が特別な関係になることなんて、あるわけが ないのに。  愛花は昔から真澄ちゃんのことを親分のように慕いなついていた。  野球やサッカーの仲間にも入れてもらっていたので、優花より、 一緒に遊んでいる時間が長かったのかもしれない。いきなり突拍子も ないことをする愛花は、おもしろネタには事欠かない。石水家の ムードメーカーでもある。  もう少し落ち着いて早とちり名人の汚名を返上すれば、姉より数段 整った容姿をしている彼女のことだ。きっともてるに違いないと思って いた。  愛花の将来の夢は、宇宙飛行士になることだ。宇宙ステーションで 様々な国の人たちと協力して、エネルギーの開発研究をしたいと 常日頃から口ぐせのように言っている。  どこでそんな知識を得るのか、優花にとっては未知との遭遇と同等 レベルの理解不能な世界感だが、彼女の夢は夢で終わらずに現実に なるような気がしている。愛花はそんな不思議なパワーを持った子だ。  昨日も無重力に耐える訓練だと言って、パソコンの前に置いてある 事務用の回転いすに座り、勢いをつけて高速回転を何度もやっていた。  危ないからやめてと言ってもきかない。彼女はいたって真剣なのだ。  もちろん、回りすぎてふらふらになった愛花の様子を事細かに真澄 ちゃんに報告したのは言うまでもない。  たった今、絵里に話を聞いていないと言われたばかりなのに、また 真澄ちゃんのことを考えていた自分に気付き、優花はふうっとため息 をつく。 「どうしたの? 今度はため息? せっかくの幸せが逃げちゃうよ」  狭い椅子に二人で腰かけたまま、絵里が覗き込むようにして言った。 「あ……。幸せが逃げちゃうの? そんなの嫌だよ」 「なら、もっと楽しそうにしなきゃ。彼に会えないのは辛いだろうけど。 そうだ、ねえ、優花。吉永は、クリスマスにはこっちに来るんでしょ? だったら、プレゼントは直接渡した方がよくない? 」  絵里は優花と真澄ちゃんの関係がもどかしくて仕方ないのか、しきりに クリスマスの過ごし方をあれこれ指図するのだ。  ……だから。わたしたちはまだ、絵里が思っているような、恋人同士 なんかじゃ、ないんだってば……。 「ええっ? なに? 今、なんか言った? 」  優花の心の中を読み取ったかのように、絵里が目をくりくりさせて そんなことを聞く。 「あっ、いや、なんでもないよ。ねえねえ、絵里。多分、真澄ちゃんは クリスマスに、はやと君の家に泊まりに来るはずだから、その時に プレゼント渡そうかな」 「うん。うん。それがいいよ。やっと前向きになってくれたね。その場で 喜んでくれる姿を見るのが一番いいもの。そうと決まったら、プレゼント  は何がいいかな? そうだ、あたしのアネキに訊いてみようか? 」 「それいい! お姉さんって頼りになるよね」 「まかしといて。いいアイデアをゲットしたら、ライン送るよ。ところで 吉永は……。優花に何をプレゼントするつもりなのかな? 気になる。 そうだ、やっぱ、指輪かな? 」 「やめてよーー。またそんなこと言ってる。指輪なんて、ありえないって」  絵里のとんでもなくぶっ飛んだ発想にあきれながらも、優花は次第に 頬がカッと熱くなっていくのを感じていた。たとえ指輪でなくても、彼からの プレゼントなら何でも嬉しいと思う。でも……。  真澄ちゃんからプレゼントをもらえる保障なんて、あるわけもなく。  恋人同士でもなければ、まだ告白も出来ていないままだ。  あれほど告白するんだと息巻いていたにもかかわらず、駅のホームで 気付いた時には、すでに抱きしめられていたし、あの日も、次の日も。  彼が帰ってしまうその瞬間まで、ずっと手をつないだままだったので あまりにも近くに寄り添い過ぎたためか、告白のタイミングが見つから なかったというのが、一番の理由だ。  でも何も言わなくても、すでに優花の気持ちは彼に伝わっていると 思っている。そのことも絵里にちゃんと話したのだが、もう付き合って いるも同然だと言って譲らない。  優花に会うために戻って来て、抱きしめられて、手をつないでいた 事実は、彼が優花を彼女として捉えている証拠だと力説する。  お互いに好きだとも、付き合おうとも言っていないのに?  絵里の強引な見解はやはり優花には納得できるものではなかった。  彼との関係はどのように説明すれば絵里に納得してもらえるのだろう。  授業開始のチャイムが鳴る。じゃあ、またあとでね、と言って絵里が 自分の席に戻って行く。 「友だち以上、恋人未満、かな……」  優花は絵里の背中に向かって、吐息混じりに、ボソッとつぶやいた。    クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 23Mar
    • そばにいて クリスマス編 2

      そばにいて クリスマス編 2  1.友だち以上、恋人未満 2  これ以上絵里に何を言っても無駄だと悟った優花は、取りあえず 彼女に逆らうのを辞めたのだが……。まんざらでもなかった、と 言うのが優花の本心だったりする。この状況を嬉しく思ってしまう 自分がいるのも事実だ。   あの日、優花と真澄ちゃんが再会し、ホームを降りて改札口から 出て行くと、まるで温泉旅館のスタッフの出迎えのように、絵里と 勇人君が手をこまねいてそこで待っていた。  ほーらね、やっぱり二人そろって戻ってきた、と言って、絵里は 得意げに胸を張る。  その時の優花と真澄ちゃんが、まるで恋人同士のようにべったりと 寄り添っていて、どこをどう見てもラブラブだったとのたまう。  でも優花には正当な言い訳があった。あの時は、ああするしか方法 がなかったからだと。  駅のホームで再会できたのが奇跡のように思えて、嬉しさのあまり その場から動くことも出来ず、ずっと泣いていたのだ。そんな優花を そのままにしておくわけにもいかず、真澄ちゃんが実力行使に出て 優花の手を引いてそこから連れ出した、という理論だ。  それしか選択肢がなかったのだから、断じてラブラブでくっついて いたわけではない、と説明するのだが、絵里は全く受け付けてくれ ない。  そして、その時勘違いした出迎えの二人が、邪魔しちゃ悪いよね と言って、にやにやしながら姿をくらましたものだから、残された 優花が真澄ちゃんと二人だけになって、どれだけ気まずい思いを したことか……。  絵里はその事実すら、またまたそんなこと言っちゃって、と笑う ばかりで、まじめに取り合ってくれないまま今日にいたる。  結局その日、真澄ちゃんは予定していた電車に間に合わなくなった ため、急きょ、勇人君の家に泊まることになった。真澄ちゃんの住んで いた部屋は、ガスも電気も水道も止まっているのでどうしようもない。  そして次の日。これまた勇人君の陰謀で優花が一人で真澄ちゃんを 見送ることになった。本当は長野まで一緒についていきたかったけど もちろん、最寄りの駅までの見送りだ。  次の日からはもう会えないのに。学校でもマンションでも、もう絶対に 会えないのに……。  無情にも、別れの時はあっという間に優花の前に訪れた。  じゃあな、と言って、信じられないくらいあっさりと、改札口に吸い込ま れていく。夕べと違って時間にゆとりがあるので、旅費の節約のため 新幹線は使わないと言っていた。そんな彼が優花の前からぐんぐん 遠ざかって行く。大きくて頼りがいのある後ろ姿が、瞬く間に人の波に のまれて行った。  右に左に移動してみても、背伸びをしてみても。優花の視界に真澄 ちゃんが再び捉えられることはなかった。  締め付けられるような胸の痛みを感じながら、歯を食いしばって涙を こらえた。何度もまばたきをして涙を押しとどめ、絶対に泣かないぞと 自分に言い聞かせる。笑顔を保ったまま、見えない彼に向かって手を 振り続けた。そんな優花の思いなど、何も知りもしないのだ。彼は結局 振り返ることもなく、引き返して来ることもなく。黙って行ってしまったのだ。  それでよかったのかもしれない。もし彼が振り返ったならば、きっと 別れるのが辛くなって、前日と同じように泣いてしまっただろう。そして 泣いている優花を見た真澄ちゃんは。そんな優花を一人にしておけ なくて引き返し、永久に長野に戻れなくなってしまう。  これでよかったのだ。  そう思うことで、気持ちに区切りがついたのだから。  ただし、ちょっぴり嬉しいこともあった。毎日でなくてもいいから、ライン  で近況報告をしてほしいと言われたのだ。もう絶対に消さないからと 彼に約束もした。  遠く離ればなれになっても、こうやってつながっていられるのだ。優花は この宝物を、二度と手放さないと心に誓った。  今までは、あんなに近くに住んでいても遠くから見つめていることしか 出来なかった真澄ちゃんが、今ではこんなにも身近に感じられるように なるなんて、いったい誰が想像しただろう。  あの日も、彼を見送って五分も経たないうちに、すぐにメッセージを 送っていた。昨日は戻って来てくれてありがとう、会えて嬉しかった、気を つけて長野に帰ってね、と。たったそれだけのことだけど、幸せ過ぎて 天にも昇る気持ちだった。  返事もすぐに返って来た。短い文章ばかりで、スタンプもないけれど。  彼らしい返信に心が浮き立ち、笑顔になる。  真澄ちゃんは、ラインやメールは苦手だが、読むのは好きなので学校 のことやマンションで起こったことを知らせてくれると嬉しいと言っていた。  それともうひとつ。首を傾げるような摩訶不思議なリクエストがある。  彼には兄弟がいない。だからかどうかはわからないが、妹の愛花の ことも知らせて欲しいと言うのだ。すると突然もやもやした感情が湧き おこり次の言葉が出なくなってしまった。それは、一つ違いの妹に対して 初めて抱いた嫉妬心だったのかもしれない。クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.   

  • 22Mar
    • そばにいて クリスマス編 1

      そばにいて クリスマス編 1  1.友だち以上、恋人未満 1 「……ってなわけ。だ、か、ら。あれれれ、優花ちゃーーん! どうしましたかぁ? こらっ、ゆうかっ! 」  絵里が優花の鼻のてっぺんを、だ、か、ら、と三回人差し指で トントンした後、大きな声で叫んだ。  教室の後ろの席に集まっていた男子がぎょっとした顔をして 一斉にこちらを向く。それでようやく、優花はどこかにさまよって いた意識を現実の世界に呼び戻すのだ。 「あっ、絵里……」 「んもうっ! あ、絵里、じゃないし。優花ったら、もしかして……。 あたしが言ったこと、なんにも聞いてなかった? 」  絵里がすねたように口を尖らせる。 「ごめん。ちょっと考え事してたから。えっと、なんだっけ? 」  絵里の不機嫌さがますます増長するのは覚悟して、もう一度 訊ねた。 「はあ? 全く何も聞いてなかったの? 優花。ねえ、そうなの? 」 「うん、まあ……」  優花はしょんぼりとうな垂れる。絵里には申し訳ないが、本当に 何も聞いてなかったのだ。  絵里がオーバーアクションぎみに首を振り、ああーーっとうなる ような声を出す。あきれてやってられない、とでも言うような、それは それは、心の底から残念そうなため息だった。 「……んっとにしょうがないな。じゃあ、もう一度言うよ。今度こそ ちゃんと聞いてね。クリスマスプレゼント。あさっての土曜日に一緒に 買いに行こうっては、な、し! まさか忘れたなんて言わないよね? 」 「あ、う、うん。そうだったね。うんうん、思い出した。忘れるはずないよ。 あは、は、ははは……」 「あははじゃ、ないし。しっかりしてよね。大事なことなんだから」 「うん。わかってる。絵里、ごめんね」  優花はこれ以上絵里の機嫌を損ねないようにと、あくまでも低姿勢を 貫く。ちゃんとプレゼントを用意して、クリスマスまでに長野に着くように 送るんだよと、絵里に何度も釘を刺されていたのだ。 「ホント、あの時以来、優花はいつもこんな調子だもんね」  絵里の意味ありげな視線が今日もまた優花にチクリと突き刺さる。 「絵里ってば。またそんなこと言ってるし。考えすぎだって。わたしは ずっと前から、こんな感じだよ」 「何言ってるんだか。絶対にあの日から、優花は変わったんだってば。 それはもう、まるで蝶がさなぎから脱皮するかのごとく……って、誰の こと考えてるのか、あたしは知らないけどさ」  知らないと言いながらも、すべてお見通しですよ、と絵里の目が はっきりと語っている。 「ちがうって。そ、その人のことなんか、考えてないって」  優花は頭をぶんぶん振って、誤解を解こうとがんばってみるのだが。  所詮、ぬかに釘、のれんに腕押し。否定すればするほど化けの皮が はがれるかのように、気持ちが露わになって行く。肯定へ一直線だ。 「このおーーーっ。幸せものが! 」  絵里が力任せに優花の頬を両手で挟み込んだので、くちびるが まるで鳥のくちばしのように、前にぷにょっと突き出た。 「絵里ったら、こんにゃの、恥じゅかしゅいよー。ほ、ほら、みゅんにゃが 見ゅてるから。おにょがい、やみょて(お願い、やめて)」  優花は自由にならない口を駆使して、絵里に涙目で抗議する。 「だって、優花の目がハートマークになってるんだもん。誰だってこう したくなるって」 「そんにゃぁぁ、ハートミャークなんかじゃないってびゃ」  ますます力が入る絵里の手に負けないように、ほっぺの筋肉に力を 入れて話すけれど、日本語の発音にはほど遠くて。 「それにしても、まだ信じられないよね。あたしたちの中で、一番そんな ことに興味ありません、って顔してた優花が、真っ先にカレシ作っちゃう んだもん。あたしなんて、先輩にフラれてから、ちっともいいことないし。 あと二週間で相手を探せって言う方が無理」  ようやく優花から手を離した絵里が、机に肘をついて手のひらに顔を 載せ、さも不服そうに口をへの字に曲げた。 「絵里、ちょっと待って」  優花はやっと自由になった口で、絵里の暴走発言を止める。 「ねえ絵里、いつも言ってるでしょ? 真澄ちゃんは、そ、その……。 カレシじゃないって……」  優花はクラスのみんなに聞かれないように声をひそめ、できるだけ 絵里の耳元に近付いて弁明する。絵里はあの日以来、ことあるごとに 優花と真澄ちゃんのことをネタにしてからかうのだ。 「はいはい。優花の大切な真澄ちゃんとやらは、付き合ってもいない 女の子と、幼なじみっていう理由だけで、嬉しそうに手をつなぐんだよ ねーー。こうやって、べったりくっついてね」  絵里が急に立ち上がり、ぐるりと回って優花のところにやって来たと 思ったら。同じ椅子に無理やり半分座って、べとっとくっついた。  優花が真澄ちゃんを追いかけて駅に行った日のことを、いつもそう やって冷やかして、おもしろがるのだ。 クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 20Mar
    • 春ですね

      冬の眠りから目覚めたように緑が輝き始める季節になりましたね。このたびは「そばにいて」をお読みいただきありがとうございました。なんとか三月中に移動することができてホッとしていますこの後、「そばにいて」の続編もありますのでお時間があります時にでもお立ち寄りいただければと思います。この「そばにいて」は自作小説の中でも短い方で今後こちらで投稿予定の作品はもっともっと長いものになりますああ、最後まで続けることができるのかどうか……いろいろ不安ではありますががんばりたいと思っています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。ゆきんこ(大平麻由理)

    • そばにいて 30.そばにいて 5

      そばにいて  30.そばにいて 5  あと数段でホームに着くのに、無情にも停まっていた電車の扉が アナウンスと同時に閉まった。  まさかこの電車に真澄ちゃんがすでに乗ってしまったのだろうか。  ところがホームにぎりぎりに着いた人が駈け込み乗車をしたのか 閉まりかけたドアが再び開き、最後に乗った何人かの安全を再確認 した後、今度こそきっちりと扉が閉まった。  優花は大急ぎで後部から前の車両に向かって、電車待ちをしている 人を避けながら縫うようにホームをたどる。見落とさないよう電車の 中の人物を窓越しにしっかりと確認する。反対側を向いている人の 後ろ姿にも注意を払った。  車両内に立っている見知らぬ乗客が優花の慌てた様子に気付き 怪訝そうな顔をして窓ガラス越しにこちらを見ている。  真澄ちゃんはまだ見つからない。いったいどこにいるのだろう。この 電車ではなく、もう一台前のに乗っていたのだとしたら、今の行動は 無意味になる……。  電車がゆっくりと動き出した。それに合わせて、優花も歩くスピードを 上げる。ここにもいない。どこにもいない。カラフルな吊り広告ばかりが 視界に飛び込み、真澄ちゃんらしき人物には出会わなかった。  ホームの真ん中あたりにに来た時、一旦通り過ぎた車両の窓が 優花の目の前を次第にスピードを上げながら横切って行く。  それはまるでスローモーションのように、ひとつひとつの景色がくっきり と視界に捉えられ、時が止まっている魔法のような瞬間だった。  すると、その中に、優花の方に向けられた視線があることに気付く。  まさか……。  いた。真澄ちゃんがいた。  見間違うはずがない。確かにこちらを見ている人物は彼だった。  制服姿の真澄ちゃんが、プラットホーム側に視線を向けながら進行方向 とは逆に車内を進み、ドアのところに顔を寄せ、何か言った。  聞こえない。  聞こえるわけがない。  真澄ちゃんを乗せた車両は瞬く間に駅から遠ざかって、優花の前から どんどん離れていった。  おもいっきり背伸びをして、大きく手を振る優花の姿など、きっと電車内 の彼からは見えないだろう。  それでも手を振るのを辞めることが出来なかった。    行ってしまった。真澄ちゃんが長野に行ってしまった。  高く上げて振っていた手を胸のあたりに降ろし、呼吸を整えながら電車の 後部車両が遠くのカーブを曲がって見えなくなるまで目で追っていた。  電車が見えなくなっても、そこから目を離すことができない。もうどうする こともできないのに、その場から一歩たりとも動けなかった。  これから先、いつでも一緒だと思っていた。将来の進路は違っても同じ マンションから通学、通勤して大人になっていくと思っていた。家に帰れば いつでも彼に会えるのだと、そう信じていた。  なのに。本当にもう行ってしまったのだ。  最後に一言でもいいから彼の声が聞きたかった。  また会えるよね、と言いたかった。  ああ、会えるよ、と言って欲しかった。  そして、そして。本当は……。  ずっと、ずっと、そばにいて欲しかった。  優花はスマホを手にして、ホームを歩きだす。  交差点を東に曲がって五分。絶賛会員募集中! と軽快な文字が踊る フィットネスクラブの大きな看板を背に立ち止まり、スマホをじっと眺めた。  そうだ、今なら彼に電話をしてもいいかもしれない、と思い立つ。もう麻美 もいない。そして、このメモを渡してくれたということは、彼が優花からの 電話を待っているとも受け取れる。  が、しかし。彼は電車の中だ。会話は無理だと悟る。彼にマナー違反を させるわけにはいかない。  それならば。ショートメールなら大丈夫かもしれないとひらめいた。  普段はラインばかりで、ショートメールなどほとんど使ったことがないが これなら連絡が取れるのではないかと思いついたのだ。  優花は意を決して、彼にメールを送ってみた。  見送りに間に合わなくてごめんなさい。  新しい学校でも頑張って下さい。お元気で、と。  さあ、これでもう思い残すことは何もない、と気持ちを入れ替えてホーム から改札口に降りようと階段に差し掛かった時だった。  スマホが何かの着信を告げるのがわかった。  さっきの返信かもしれない。心臓がドクドクと騒がしく鳴り始めた。  優花はそのメールを何度も何度も繰り返し読んだ。信じられないという ようなまなざしで、食い入るように画面を見る。そして同じホームの反対側に やって来る下り線の電車を待った。  通過する特急電車を見送ったあと、下りの普通電車がゆっくりとホームに 入ってくる。メールに示されていたとおりに、最後部の車両に目を凝らす。  サラリーマン風の人、学生、塾通いの小学生も。次々と人が降りてくる。  一番後ろの扉から姿を見せたよく見知った制服姿の人と目が合った。  うそ……。  優花は無意識に、そうつぶやいていた。  本当に戻って来てくれたのだ。次第にその人が優花との距離を縮めて そして……。 「俺、今夜、長野に帰れなくなってしまった……」  そう言って、彼は優花の頭を片手で抱きかかえるようにして引き寄せる。 「ますみ……ちゃん、ます……み……ちゃん……」  優花は彼の腕の中で一生懸命、名前を呼ぶのだけど、声にならなくて。 「ゆうがここに来なくても、俺、きっと引き返してた。ゆうの顔を見ずに向こうに 帰るなんて、やっぱり、できるわけないんだ……」  頭上で彼の声が低く響いた。彼の腕を伝って、くぐもったような声が 優花の耳に心地よく届く。  本物の真澄ちゃんがここにいる。夢でもまぼろしでもない。  彼が戻って来る前から泣いていたのか、それとも今、泣き始めたばかり なのか。それすらもわからないほど、いつの間に顔じゅうをぐしゃぐしゃに して、泣いていた。  真澄ちゃん、真澄ちゃんと、何度も彼の名前を呼びながら。 「ゆう。もう泣くなよ。今は……。今だけは、ゆうのそばにいるから……」  カバンを足元に置いた真澄ちゃんが、今度は両腕で優花の頭を包み 込んだ。   泣き顔のままそっと彼を見上げた時、優花の一番大好きな真澄ちゃんの 笑顔が、いつまでもいつまでも。  そこに。  あった。                   了 クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 18Mar
    • そばにいて 30.そばにいて 4

      そばにいて  30.そばにいて 4 「二度も……。呼び間違えられたの。ゆうって。最初は誰のことか わからなかった。でも。カレの表情を見てたら、ふと優花の顔が 思い浮かんで……。ゆうって優花のことだよね。違う? 」 「そ、それは……」 「やっぱりそうなんだ。真澄君ったら、あたしと会ってる時は、いつ だって上の空で、ちっともあたしのことなんて見てなくて。初めは それでもいいって思ってた。ゆっくりとこっちを見てくれるように なればそれでいいって。でもね、それどころか、日に日にカレが 思いつめているような顔をするようになって。もちろん、おじいさん のことも心配だったんだと思う。でもそれだけじゃないんだ。 あたしを通して、真澄君は誰か違う人を見てるんだって気が付いた の。その……。ゆうって人を見てるんだって、わかって……。一度 だって、マミ、いや麻美(あさみ)って呼ばれたこと、ないんだ。たまに大園は って言ってくれるくらいで、ほとんど会話に主語がなかったの。って やだ、優花ったら、なんて顔してるの? 」  麻美が涙を浮かべたままクスッと笑って、優花を指さす。  いったいどんな顔をしていたというのだろう。優花は無性に恥ずかしく なって、あわてて両手で頬を押さえた。  それにしても。たとえ麻美とはかりそめの付き合いだったとはいえ 自分の目の前の人物の名前を呼び間違えるだなんて……。  それ、最悪だから。  その時の麻美のショックを思えば、優花であっても胸が痛む。  でも。もう二度と呼ばれることのないその名前を、もう一度彼の口から 聞きたいと思った。無理だとわかっていても、真澄ちゃんに、ゆうと呼ん でもらいたいと、心からそう思った。 「優花。そろそろバスが来るよ。早く行って。真澄君によろしく伝えてね。 いろいろありがとうって。そう言ってくれると、うれ……しい」 「マミ……」  優花は麻美に無理やり腕を引っ張られて横断歩道を渡って行く。  そして乗客の列の最後に並ばされた。 「まだ新幹線の乗車時刻には間があるから、いつもの駅で待ってると 絶対にカレに会える。絵里がそこで真澄君を引きとめてくれるって。 さあ、乗って」  麻美に背中を押されてバスに押し込められた。 「じゃあ……絵里や真澄君に……よろ……」  麻美の声が、閉まったばかりのバスのドアに消されて行く。  優花は一番後ろのシートに座ると、バス停に立ちすくんでいる麻美に 向かって、手を振る。それに気付いた麻美が懸命に笑顔を作って それに応える。胸の前で小さく手を振り返してくれた麻美に、ありがとう とそっとつぶやいた。   バスを降りると同時に、ポケットのスマホが着信を告げる。絵里からだ。 『優花! んもう、何してるの? 急いで。マミに会えたんでしょ? 早く 早くっ! 』 「わかった。今、バス降りたところ。もうすぐ駅に着くから」 『あああ、吉永が行っちゃった! 早く、早く! あいつ、もう新幹線に 間に合わなくなるから行くって。ちょっと、待ってーーー! 』  絵里が何やら大声で叫んでいる。麻美の言った通り、絵里が真澄 ちゃんを引きとめていてくれたのだろう。しかし、間に合わなかった ようだ。  とにかく絵里のところまで行こうと、スマホを耳に当てたままわき目も ふらず人ごみをかき分けて、西側の改札口に向かった。  同じようにスマホを耳に押しあてている絵里が、大きく手を振って こっちこっちと叫んでいる。 「もうーーーーっ! 優花、遅いよ! マミからもちゃんと聞いたでしょ? 」 「うん。ちょっと渋滞してて、いつもより時間がかかってしまって……」 「ったく、ついてないね。でも、たまにはあたしのおせっかいも役に立つ ってことで」  絵里が首をすくめておどける。が、しかし。 「って、こんなこと言ってる場合じゃないんだってば。こんな時に信じられ ないんだけど、吉永ったら、スマホの電源切ってるんだよ。一向に捕まら なくて。これでも鳴崎と手分けして、随分捜したんだよ。そしたらどう? やっと見つけたっていうのに、もう時間がないって言って、たった今 改札くぐって行っちゃったんだ。はい、これ、入場券」  絵里にホーム入場用の切符を手渡され、早く行ってと、背中をぐいっと 押される。本日二回目の背中押しだ。優花は結局、何も抵抗出来ないまま ひとの流れに紛れるようにして、改札を通り抜ける。  振り返り、絵里にありがとう、と言って手をあげた。絵里がそんなこといい から早く行けと、大げさな身振り手振りで優花を追い払う。  大きくうんと頷いて、プラットホームに繋がる階段を、一段抜かしで 駆け上がった。    次回、最終話になります。  長い間お付き合いいただきありがとうございました。クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.

  • 17Mar
    • そばにいて 30.そばにいて 3

      そばにいて  30.そばにいて 3  優花はおもわず息を呑み、麻美の顔をじっと見つめた。 「形だけの付き合い……。ただそこにいるだけの関係。それだけのこと」 「えっ? 」  思いがけない麻美の告白に耳を疑う。 「会う約束だって、いつもあたしから。それとね。キスした、っていうのも ウソ。あたしね、一度だけカレにキスをねだったの。ふふっ、おかしいで しょ? 自分でも、なんでこんなに大胆になれるんだろう、って、不思議 だったけどね。でもはっきりと言われた。無理だって……」  今にも消えてしまいそうな麻美の声を、ただ黙って聞いていた。 「さっき、絵里に聞いたんだ。優花があたしのために、自分の気持ちを 隠して、真澄君とのことを応援してくれてたって。あたしも本当はね 優花がカレのことを好きなんじゃないかって、薄々はわかっていたのに 優花の優しさに甘えて、カレを独占しようといていた。あたしの転校の ことも、卑怯なやり方だってわかっていたけど、カレんい言わずには いられなくて。あたしってかわいそうでしょ? だからこっちを見てって。 なんてひどい人間なんだろう。いつの間に、優花や絵里にこんなに 冷たい態度を取れる人間になっちゃったんだろう、って、自己嫌悪に 押しつぶされそうだった……」  麻美の頬に涙が一筋伝う。 「ねえ、マミ。わたしはマミが思うほど、優しいとか、そんなんじゃない。 いつもマミに嫉妬してた。何でも出来て、かわいくて、わたしが持って ないものを全部持ってるマミがうらやましくて。わたしだって、そんな 自分がいやで、後悔ばかりの毎日だった。今日だって、もしあの時 マミが来なかったら、マミに内緒で抜け駆けしようとしていたんだよ。 真澄ちゃんを引きとめて……あ、ご、ごめん……」 「真澄ちゃん? ふふっ。いいよ。いつもそう呼んでるんでしょ?  あたしに気遣って吉永君って言ってくれてたんだよね」 「結果はそういうことなんだけど。わたしは吉永君って呼ぶことに あこがれてて……。変でしょ? その方が大人っぽいし、なんか いいなって。でもね、やっぱり不自然だって、ようやく気付いて。 もう、自分自身を偽るのは辞めようって。ありのままの自分でいよう って、そう決めたんだ。マミは受け入れられないかもしれないけど 真澄ちゃんって呼ぶこと、許してほしい。子どもの時からずっとそう だったし、真澄ちゃんも吉永君って言うのをあまりよく思ってない みたいだったから……」 「優花。いろいろあたしを気遣ってくれてありがとね。こうやって 優花と本音で話すことが出来て、本当によかった。なんかね、胸の 奥に重くのしかかっていたもやもやが、すーっと晴れていく感じが する。あのね、優花……」 「何? 何でも言って。わたしも全部言う。マミにはもう何も隠さない から」 「いま、真澄君。塾の大会手続きや、おばさんに頼まれた用事を いろいろ済ませてる最中なの。それが終わったら、新幹線と在来線 で長野に帰るって」 「そ、そうなんだ」  優花の心臓がドキッとする。一番知りたかった真澄ちゃんの今の 状況を知らされて嬉しかったと同時に、ホッとする。が、しかし。 「でも、どうして新幹線なの? おじさんの車でここまで来たって聞いた から、帰りもてっきり車で帰るのかと思ってた」  意外な彼の行動に驚く。 「それはね、おじさんが仕事の引継ぎとかいろいろあるみたいで。 今夜は遅くなるから、真澄君だけ先に帰るんだって」 「そうなんだ」 「でね、優花。あともう少ししたら、真澄君、電車に乗って新幹線の駅 まで向かうの。だから、早く。さあ、早く、駅に行って。まだ間に合うから」  麻美が立ち上がり、優花をベンチから引っ張り上げる。 「え? 何? どうして? 」 「いいから。あともう少しで次のバスが来るから。向こうのバス停に行って」 「わたしじゃなくて、マミが行かなきゃ」 「最後にカレに泣きついて、電車の乗車時刻を教えてもらったの。行くのは あたしじゃない。優花だよ。優花が行くべきなの」 「何言ってるの? 真澄ちゃんだって、マミに見送って欲しいから、教えて くれたんだと思う。なのに、私が行ったら……。そんなのおかしいよ。 真澄ちゃん、わたしにドン引きするって」 「んもう、優花ったら。その心配はないよ。あのね、あたしが真澄君と一緒 にいて、一番ショックだったこと、何だか知ってる? 」  麻美の唇がかすかに震えている。彼に何か言われたのだろうか。  そんなに辛いことなら、言わなくてもいいのに。すべてを包み隠さず 言い合える親友同士であっても、ますます哀しみの傷を深くするのなら そこまで言う必要はないと思った。 「マミ、もうそれ以上は言わなくてもいいって。マミの気持ちはよくわかった から。ね? 」 「いいの。これだけは絶対に言わなきゃ……」  でも麻美はそれでも口を閉ざすことはなく、幾筋もの涙を流しながら 話し続けた。クリックでの応援よろしくお願いします     ↓↓にほんブログ村目次             Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.