そばにいて

 

 

 

 30.そばにいて 5

 

 

 

 

  あと数段でホームに着くのに、無情にも停まっていた電車の扉が

 アナウンスと同時に閉まった。

  まさかこの電車に真澄ちゃんがすでに乗ってしまったのだろうか。

  ところがホームにぎりぎりに着いた人が駈け込み乗車をしたのか

 閉まりかけたドアが再び開き、最後に乗った何人かの安全を再確認

 した後、今度こそきっちりと扉が閉まった。

  優花は大急ぎで後部から前の車両に向かって、電車待ちをしている

 人を避けながら縫うようにホームをたどる。見落とさないよう電車の

 中の人物を窓越しにしっかりと確認する。反対側を向いている人の

 後ろ姿にも注意を払った。

  車両内に立っている見知らぬ乗客が優花の慌てた様子に気付き

 怪訝そうな顔をして窓ガラス越しにこちらを見ている。

  真澄ちゃんはまだ見つからない。いったいどこにいるのだろう。この

 電車ではなく、もう一台前のに乗っていたのだとしたら、今の行動は

 無意味になる……。

  電車がゆっくりと動き出した。それに合わせて、優花も歩くスピードを

 上げる。ここにもいない。どこにもいない。カラフルな吊り広告ばかりが

 視界に飛び込み、真澄ちゃんらしき人物には出会わなかった。

  ホームの真ん中あたりにに来た時、一旦通り過ぎた車両の窓が

 優花の目の前を次第にスピードを上げながら横切って行く。

  それはまるでスローモーションのように、ひとつひとつの景色がくっきり

 と視界に捉えられ、時が止まっている魔法のような瞬間だった。

  すると、その中に、優花の方に向けられた視線があることに気付く。

  まさか……。

  いた。真澄ちゃんがいた。

  見間違うはずがない。確かにこちらを見ている人物は彼だった。

  制服姿の真澄ちゃんが、プラットホーム側に視線を向けながら進行方向

 とは逆に車内を進み、ドアのところに顔を寄せ、何か言った。

  聞こえない。

  聞こえるわけがない。

  真澄ちゃんを乗せた車両は瞬く間に駅から遠ざかって、優花の前から

 どんどん離れていった。

  おもいっきり背伸びをして、大きく手を振る優花の姿など、きっと電車内

 の彼からは見えないだろう。

  それでも手を振るのを辞めることが出来なかった。

  

  行ってしまった。真澄ちゃんが長野に行ってしまった。

  高く上げて振っていた手を胸のあたりに降ろし、呼吸を整えながら電車の

 後部車両が遠くのカーブを曲がって見えなくなるまで目で追っていた。

  電車が見えなくなっても、そこから目を離すことができない。もうどうする

 こともできないのに、その場から一歩たりとも動けなかった。

  これから先、いつでも一緒だと思っていた。将来の進路は違っても同じ

 マンションから通学、通勤して大人になっていくと思っていた。家に帰れば

 いつでも彼に会えるのだと、そう信じていた。

  なのに。本当にもう行ってしまったのだ。

  最後に一言でもいいから彼の声が聞きたかった。

  また会えるよね、と言いたかった。

  ああ、会えるよ、と言って欲しかった。

  そして、そして。本当は……。

  ずっと、ずっと、そばにいて欲しかった。

 

  優花はスマホを手にして、ホームを歩きだす。

  交差点を東に曲がって五分。絶賛会員募集中! と軽快な文字が踊る

 フィットネスクラブの大きな看板を背に立ち止まり、スマホをじっと眺めた。

  そうだ、今なら彼に電話をしてもいいかもしれない、と思い立つ。もう麻美

 もいない。そして、このメモを渡してくれたということは、彼が優花からの

 電話を待っているとも受け取れる。

  が、しかし。彼は電車の中だ。会話は無理だと悟る。彼にマナー違反を

 させるわけにはいかない。

  それならば。ショートメールなら大丈夫かもしれないとひらめいた。

  普段はラインばかりで、ショートメールなどほとんど使ったことがないが

 これなら連絡が取れるのではないかと思いついたのだ。

  優花は意を決して、彼にメールを送ってみた。

 

  見送りに間に合わなくてごめんなさい。

  新しい学校でも頑張って下さい。お元気で、と。

 

  さあ、これでもう思い残すことは何もない、と気持ちを入れ替えてホーム

 から改札口に降りようと階段に差し掛かった時だった。

  スマホが何かの着信を告げるのがわかった。

  さっきの返信かもしれない。心臓がドクドクと騒がしく鳴り始めた。

  優花はそのメールを何度も何度も繰り返し読んだ。信じられないという

 ようなまなざしで、食い入るように画面を見る。そして同じホームの反対側に

 やって来る下り線の電車を待った。

  通過する特急電車を見送ったあと、下りの普通電車がゆっくりとホームに

 入ってくる。メールに示されていたとおりに、最後部の車両に目を凝らす。

  サラリーマン風の人、学生、塾通いの小学生も。次々と人が降りてくる。

  一番後ろの扉から姿を見せたよく見知った制服姿の人と目が合った。

 

  うそ……。

  優花は無意識に、そうつぶやいていた。

  本当に戻って来てくれたのだ。次第にその人が優花との距離を縮めて

 そして……。

 

 「俺、今夜、長野に帰れなくなってしまった……」

  そう言って、彼は優花の頭を片手で抱きかかえるようにして引き寄せる。

 「ますみ……ちゃん、ます……み……ちゃん……」

  優花は彼の腕の中で一生懸命、名前を呼ぶのだけど、声にならなくて。

 「ゆうがここに来なくても、俺、きっと引き返してた。ゆうの顔を見ずに向こうに

 帰るなんて、やっぱり、できるわけないんだ……」

  頭上で彼の声が低く響いた。彼の腕を伝って、くぐもったような声が

 優花の耳に心地よく届く。

  本物の真澄ちゃんがここにいる。夢でもまぼろしでもない。

  彼が戻って来る前から泣いていたのか、それとも今、泣き始めたばかり

 なのか。それすらもわからないほど、いつの間に顔じゅうをぐしゃぐしゃに

 して、泣いていた。

  真澄ちゃん、真澄ちゃんと、何度も彼の名前を呼びながら。

 「ゆう。もう泣くなよ。今は……。今だけは、ゆうのそばにいるから……」

  カバンを足元に置いた真澄ちゃんが、今度は両腕で優花の頭を包み

 込んだ。

 

  泣き顔のままそっと彼を見上げた時、優花の一番大好きな真澄ちゃんの

 笑顔が、いつまでもいつまでも。

 

  そこに。

 

  あった。

  

 

 

 

 

 

 

 

                 了

 

 

 

 

 

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