そばにいて クリスマス編 13

 

 

 

 6.クリスマスの夜に 1

 

 

 

 

 「真澄……」

  クッキーが力の抜けたような声を出す。

 「やあ、悠斗。そういえばおまえに言ってなかったよな。俺、長野に

 引っ越したんだ」

 「あ、ああ」

 「急に向こうに行くことが決まったから、勇人以外には誰にも言えず

 じまいだった。昔からの仲間に挨拶も出来ずに行ってしまったこと

 は、悪かったと思っている」

 「だいたいのことは勇人に聞いた。おじいさんが大変だったらしい

 な。で、その……。長野にいるはずのおまえが、なんでここに? 」

  クッキーの問いには何も答えず、まるで優花に会うためにここに

 来たんだとでも言いたげな目をして、じっと優花を見つめる。

  目の前に突如姿を現したその人が本当に真澄ちゃんなのか

 まだそれすらも信じられないまま、呆然と彼を見つめ返すこと

 しかできない。

  彼が微笑んだように見えたのは気のせいだろうか、と思える

 くらい次の瞬間には別人のように挑発的な目をしてクッキーを

 睨みつけていた。

 「あっ、いや。別に深い意味はなくて。どうしてここに来たのかな

 と思っただけで……」

  クッキーが真澄ちゃんの威圧的な視線に耐えかねたのか、じり

 じりと後ずさって行く。

 「俺がこっちに来たら、何か都合でも悪いのか? おい悠斗。どう

 なんだ」

  真澄ちゃんの目がクッキーを真正面から捉え、冷たく光った。

  その時同時に優花の身体にピッと電流が走った。指先を通じて

 何かが彼女の全身を駆け抜けたのだ。

  おずおずとその手を見てみると、彼の手に優花の指先がしっかり

 と包み込まれているではないか。

  ところが真澄ちゃんは優花のことなどほんのわずかも見ている

 様子はなく、その厳しいまなざしはクッキーに向けられたままだった。

 「真澄。だから、俺はただ……」

 「なんだ? 」

  尻込みするクッキーに尚も執拗に迫る真澄ちゃんを見て、優花は

 あることに気付く。ついさっき、自分がクッキーに何を言われかけて

 いたのかを思い出していたのだ。

  この前の朝、クッキーに会ったのは偶然でも何でもないと。ならば。

  クッキーが今日のことをすべてあらかじめ仕組んでいたのだと

 したらコンサートはデートの誘いだったと考えられる。真澄ちゃんが

 その状況を敏感に察知して、今ここでクッキーと対峙しているのだ。

  優花はドキドキと鳴る胸元にかかるマフラーをぎゅっとつかみ、つな

 いでいる手に力を込めた。

 「ただ、ゆうちゃんにコンサートに来てもらって、今から家まで送って

 行こうと、そう思っていただけで、他には何も……って、ええっ? 

 えええっ? おまえたち、もしかして……」

  クッキーがある一点に視線を釘付けにしたまま、口をパクパクさせて

 いる。彼が見ていたのは。

  つながっている優花と真澄ちゃんの手、だった。

  そして、二人の顔を交互に見て、目を丸くして。

 「つ、付き合っているのか? 」

  と驚きの声を上げた。

  優花は恥ずかしさのあまり、身体を硬くして、その場でうつむく。

 「そっか、やっぱり付き合ってるんだ……」

  クッキーが苦々しい面持ちで、誰に訊くでもなく、独り言のように

 言った。

 「ああ、そうだ」

  真澄ちゃんがはっきりと言い切った。

 「そうなんだ……。あれはいつだったかな。多分、夏頃だったと思う

 けど。エレベーター横の階段で、おまえたちが何か話しているのを

 見たことがあったんだ。階段を使おうと思ったら、二人の姿が見えて

 何か入っていけない空気感で、引き返したんだけど」

 「あ……」

  あの場面をクッキーに見られていたなんて、優花は今の今まで知らな

 かった。でも仕方がない。住民なら誰でも使う権利のある共用のスペース 

 なのだから、そういうこともあると覚悟しておくべきだったのだ。

 「だから、二人はもしかして、と思ったのも事実だけど。でも、ゆうちゃん

 がクリスマスに誰とも約束がなかったみたいだし、真澄は長野だし。

 ならいいかなと思って誘ったんだ……」

 「真澄ちゃん。クッキーの言ってること、本当なの。ちょうど真澄ちゃんとの

 約束が無くなったのもあって、観客集めに苦労してるクッキーに少しでも

 力になれたらってそう思って。それ以上でもそれ以下でもないの」

  クリスマスに過ごす人なんていないと言ったのは他の誰でもない、優花

 自身だったのだから、そこにクッキーに非はない。けれど。

 「真澄、ゆうちゃん。ごめん。俺、いろいろとずるかったんだ。本当のところ

 観客集めに苦労なんてしてないし、ゆうちゃんがそう思ってくれてるのを

 いいことに、コンサートに何が何でも来てもらいたくて本当のことを言え

 なかった。今日のチケットも部員に頼んで、なんとか捻出してもらった

 分だったんだ……」

  勇人君の言った通りの展開に言葉を失う。正々堂々と誘わなかった

 クッキーにもどかしさを覚えながらも、ほいほいと誘いに乗ってしまった

 自分の甘さにもげんなりする。

 「わかった。どっちにしろ、コンサートは終わったんだし、もういいだろ。

 今日の約束を守れなかった俺にも責任がある。なあ悠斗。このあとの

 彼女との時間は俺にくれないか? 悪いが、そうさせてもらう。じゃあ」

  クッキーに強引に別れを告げた後、手をつないだままぐんぐん歩き

 出した。あまりのスピードに足がもつれてよろけそうになる。

  ふと振り返った市民会館はさっきまでの賑わいが嘘のように静けさを

 まとい、すでにクッキーの姿はそこにはなかった。

  ロビーに飾られているツリーの灯りだけがさも忙しそうに点滅を繰り

 返していて、小さなガラス窓が組み合わさった一角に乱反射した光が

 星のようにキラキラとまたたいていた。

 

 

 

 

 

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