そばにいて 30.そばにいて 2
そばにいて 30.そばにいて 2 「絵里! ちょっと待って。いったいどこに行くの? 」 「あとで連絡する。だからここで待ってて! あ、そうだ。これ」 絵里がブレザーのポケットから二つ折になったメモのようなものを 出して優花に差し出した。 「え? あ、もしかして、さっきの」 「そう。吉永が優花にって。何だろうね。長野の住所かな? 」 「あ、ありがとう」 優花は紙を広げて中を見る。電話番号だった。真澄ちゃんの電話 番号のようだ。二度と消すなよ、と最後に付け加えられていた。 危うく涙がこぼれそうになるが、今は泣いている場合ではない。 「じゃあね」 「絵里っ! 待ってよ。わたしも行く。ねえ、絵里! 」 「優花は学校で待ってて。絶対に連絡するから! 」 荷物をまとめている間に、絵里は瞬く間に教室から姿を消した。 猛スピードで追いかければ間に合うかもしれない。しかし優花は さっきのショッキングな出来事のせいか、身体中の力が抜け去り 走れる状況ではなかった。 ここは絵里の言うことを聞いて、おとなしく学校で待っているのが ベストなのだろう。自分の席に座り、彼女の連絡を待つことにした。 もう一度、絵里からもらった紙切れを広げて、そこに書いてある 番号に見入った。しばらくして自分のスマホをカバンから出して 彼の番号を登録した。そして、通話ボタンをタップしようとして すぐに思いなおす。やっぱりダメだと。 学校内でのスマホの所持は認められているが、不必要な使用は 控えるというのが生徒会が学校側と話し合って決めたガイドラインだ。 ところが教室の片隅や、トイレの中など、様々な場所で自由に使って いるというのが現状ではあるが、臆病な優花はこんな一大事が起こって いる今でさえも罪の意識にさいなまれ、一歩を踏み出せないでいた。 でもこれでいいのだと思う。彼は今、麻美と一緒に最後の時間を 過ごしているのだ。そんな時に電話なんかかけてしまうほどの常識 知らずにはなりたくなかった。 スマホを握りしめ、窓の外の景色を眺める。 絵里がここを出て行ってからどれくらい時間が経ったのだろうか。 外はまだ明るい。ラグビー部のストライプのユニホームがグラウンドを ところ狭しと駆け回っていた。その南側の一角で、陸上部がダッシュを 始める。何度も何度も短い距離を走っている。太ももを高く上げてその場 駆け足をしたり、ストレッチを組み込みながら、延々と同じメニューが繰り 返される。 ついこの間まで、そこに真澄ちゃんがいた。 ストップウォッチを持った、麻美もいた。なのに今は。 その二人とも、そこにはいない。 絵里はいったいどこに行ってしまったのだろう。 まさか、麻美と真澄ちゃんのところにでも行ったのだとしたら。 優花は何か取り返しのつかないことを絵里に言ってしまったのでは ないかと不安に襲われる。麻美の転校の話は今このタイミングでする べきではなかったのかもしれない。 絵里からはまだ何も連絡はない。絵里の行動力がいくら優れていると 言っても、連絡の取れない麻美を捕まえるのは至難の業に違いない。 それにしてもいつまでここで待っていればいいのか。こんなことなら 何が何でも絵里を追いかけて行くべきだったと悔やまれてならない。 本当は真澄ちゃんを見送りたかった。彼に気付かれなくてもいい。 ただ彼の最後の姿を目に焼き付けておきたいのだ。 優花はついに待ちきれなくなって、絵里の連絡を待たずに教室を後に する。廊下は薄暗く、外の景色もモノトーンの夕闇に包まれ始めていた。 十一月の日暮れは思いのほか突然に、そして早くやってくる。 校門を出て道路を渡ったところに自宅に向かうためのバス停がある。 一台また一台と見送り、ベンチに腰かけて絵里の連絡を待っていた。 電話もない。ラインも未読のままだ。木枯らしがびゅっと吹き抜けた その時、またバスがやって来て、優花の前で停まった。並んでいた数名 がぽつぽつと乗り込む。そしてバスの前方から降りてきた一人の女子高生 と目が合った。優花はまばたきもせず、その女子高生を食い入るように見て あっと声を漏らした。 「優花……」 優花のそばまで近付いて来たその人が、力なく優花、と呼んだ。 「マミ……」 どうして麻美がここにいるのだろう。真澄ちゃんは? 優花は今のこの 状況がうまく理解できない。 「優花。こんなところに、いたんだ……」 覇気のない目をした麻美が遠慮がちに話す。けれど、さっき真澄ちゃん に詰め寄っていた時の取り乱した麻美ではなかった。 「優花。さっきはごめんね」 麻美はベンチの前に立ち、下を向いたまま絞り出すような声で謝る。 「ごめんなさい。あたし、あたし……」 その時、麻美の全身が大きく揺れた。 「どうしたの? ねえマミ。しっかりして! 」 よろけそうになる麻美を支えながら、優花の横にゆっくりと座らせる。 優花は麻美の細くて冷たい手をそっと握った。 「優花。ありがと。あの……。さっきね、駅で絵里に会ったんだ」 「絵里に? 」 麻美は優花に視線を合わせながらこくんと頷いた。 「絵里や優花から、何度も連絡もらってたのに。電話もずっとかけて くれてて。でもずっと出なかった。あたし、絵里に優花にももひどいこと した。それにね、あたし、優花の本当の気持ち、わかってたの。なのに あたしったら……」 「マミ……」 「あたし、とっくに気付いてたんだ。優花が真澄君のこと、好きだって」 「あ……」 あまりにもストレートな言葉に、優花は驚きを隠せなかった。 「優花、聞いてくれる? 」 「うん。何でも聞くよ。マミにはもう何も隠し事はしないし、マミもわたしに 何でも話してね」 「よかった。あのね、優花。あたしと真澄君のことだけど。ほんとはね あたしたち、付き合ってなんかいなかったの」 クリックでの応援よろしくお願いします ↓↓にほんブログ村目次 Copyright (C) since 2008 Mayuri Ohira, All rights reserved.