そばにいて

 

 

 

 25.あなたの声が聞きたい 2

 

 

 

  何度も何度も、彼の名前を呼んでいた。真澄ちゃん、真澄ちゃん、と

 その名をひたすら呼び続けていた。

  今すぐに会いたい。会いたくてたまらない。

  目の前の路地から。

  あるいは、歩道ギリギリを通り抜けるバスから。

  それとも優花のすぐ後ろから。

  名前を呼べば、今すぐにでも彼が駆けつけて来るような錯覚に陥る。

 「真澄ちゃん。どこにいるの? 返事して。ねえ、真澄ちゃん。真澄……

 ちゃん……」

  どんなに呼んでも彼の返事が聞こえてくるはずもなく。

  優花の声は、そのまま北風に運ばれて、車のエンジン音に次々とかき

 消されて行った。

  どうして返事をしてくれないのだろう。どうして何も連絡がないのだろう。

  そんな理由は、優花だってとっくに気付いている。それは……。

  優花が彼のカノジョではないからだ。

  そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ、と力いっぱい首を横に振る。どうやった 

 って、優花の望みは叶えられない。優花一人ではどうすることも出来ない。

  真澄ちゃんの声が聞きたい。優しく、ゆうと呼ぶ声をもう一度聞きたい

 だけなのに、たったそれだけの願いすら、誰も聞き届けてくれない。

  今、彼はどこにいるのだろう。引越ししたのは本当なの? おじいさん

 の具合は? まさかもう二度と会えないなんてことはないよね? 

  それに、それに……。

  こんなにもいっぱい、いろいろなことが知りたいのに、優花はそれを

 訊くすべが何もない。真澄ちゃんの連絡先もわからない。

  もうどしようもないくらい彼のことが好きで、あきらめることなど出来

 るわけがないとわかっていたのに。

  麻美にいい友だちだと思われたくて、偽善者ぶっていた自分に返って

 来た答えがこれだった。何もかも、もう遅かった。

  真澄ちゃん、ねえ、お願い。わたしに連絡してきて。電話でも何でもいい。

 勇人君やマミに伝言してくれるだけでいいから。そして、さよならの一言で

 いいから。声を聞かせて。あなたの声を、聞かせて下さい。

  優花は灰色の雲が低く垂れこめている空を仰ぎながら、そっとつぶやく。

  手のひらで。指先で。そして制服の袖口で。とめどなく流れる涙を拭い

 ながら、祈るような気持ちでスマホを取り出した。

  ふと顔を上げると、以前見たことがある景色が目前に広がっていることに

 気付き、立ち止まる。なんてことだろう。いつの間にか、こんなところまで

 来ていた。公園だ。涙でにじんで見える公園は、真澄ちゃんが長野に行く日

 の夕方に、二人で一緒に行ったあの公園だった。

  誰もいない公園の片隅に、あの日と同じベンチがある。真澄ちゃんと

 座ったあのベンチに、優花は一人、そっと腰を下ろした。

 

  無言のまま何も語らないスマホを両手でぎゅっと重ね合わせながら、どれ

 くらいそうやってこの公園にいたのだろう。

  着いた時にはあんなに明るかったのに、辺りはすでに真っ暗だ。

  街灯なんて気休め程度にしかならない。電球が切れかけているのか

 ふわんふわんと点滅を繰り返す。

  木の枝がざざっと揺れるたび、何者かがそこにひそんでいるような気がして

 心臓がバクバクと鳴り始める。

  スマホを持った手は氷のように冷えて、皮膚の感覚があまりない。一向に

 鳴らないスマホをじっと見つめる。そして画面を開き、麻美との連絡を試みる。

  最後の手段だ。

  絶対に麻美だけには自分からは訊けないと思っていたけど、もうこの方法

 しか今の優花には思いつかなかった。

  マンション内で吉永君ちが引っ越したってウワサになってるんだけど、と

 遠回しに訊ねてみよう。それなら麻美に詮索されることもない。彼女なら

 きっと真実を知っている。

  優花は頬に伝う涙を冷たい指先で拭い、通話のアイコンを押した。

  何度かコールした後、お決まりのメッセージが流れる。電源を切っている

 のだろうか。それとも塾の講義中なのかもしれない。

  とうとう、最後の望みも絶たれてしまった。

  鼻の奥がツンとして、また涙のスイッチが入りそうになった。

  マミ、お願い、わたしの着信履歴に気付いて……。

  優花の願いもむなしく、時間ばかりが過ぎていく。とうとう麻美からの情報

 をあきらめ、すがるような気持ちで絵里に電話をかけていた。

 

 『はーい、あたし。優花? なんか用? 』

  絵里の明るい声が優花を包みこむ。誰もいない公園に姿の見えない仲間が

 やって来たようだ。

 「絵里、わたし、わたしね……」

  優花は真澄ちゃんのことを伝えようと思うのに、声にならない。

 『ちょっと優花? 聞いてる? どうしたの? ねえ、返事してよ』

  絵里の声がなつかしくて、耳に心地よくて。返事をしようと思えば思うほど

 声にならない。

 『優花、いるんでしょ? 何かあった? ねえ、なんとか言って』

 「え、り……。あのね、わたし、ううっ……」

  

 

 

 

 

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