そばにいて
26.なみだ 2
絵里に身体を半分預けるようにして、家に向かってゆっくりと歩き
始める。その間、絵里はスマホを片手に、麻美に連絡を取ろうと
さまざまなツールでコンタクトを試みたがいつまでたっても繋がる
気配はなかった。
「ねえ、優花。マミはきっと、吉永のこと知ってるんじゃないかな。
今日は着信拒否っぽいけど、明日、学校に行けば彼が引っ越した
理由がわかるよ」
「うん……」
「それにさ、いくら荷物を運びだしたからって、引っ越ししたとは限ら
ないし」
優花は半信半疑で絵里の話に耳を傾ける。荷物を運びだした事は
すなわち別の住居に引っ越したと結びつけていたけれど、違うのだ
ろうか。
「どういうこと? 引っ越しじゃないとすれば……」
「だって、学校の誰もそんなこと言ってなかったでしょ? それにもし
どこかに引っ越したのなら、一応カノジョであるマミが何か知ってる
はずじゃない? なのにマミったら、今までそんなそぶり、ちっとも
見せたことなかったし。そうだ! 」
何かひらめいたのだろうか。絵里がポンと軽快に手を打った。
「もしかしたら……。おじさんとおばさんだけ、どこかに引っ越したの
かもしれないよ。で、吉永は家から学校に通うって話。どう? あり
そうだよね。だってうちのクラスの図書委員の紀野田さん」
「あ、きのちゃん? 」
「そう。きのちゃん、おばあちゃんちから通ってるって言ってたよ。
高校決まってからお父さんが転勤になったからって」
「そうなんだ。でも、真澄ちゃん、一人暮らしなんてするかな? まだ
高校生だよ? 」
「だからさ、きのちゃんみたいに、おばあちゃんちとか、どこか親戚の
家から高校に通うんだよ。ね? 」
そんな都合のいい話があるとは思えない。絵里の突飛で前向き
な発想のおかげで、涙はすっかり止まっていたけれど、世の中、そん
なにうまい話がそこかしこに転がっているはずがない。
それでも絵里は話を続ける。
「きっとそうだよ。トラックが荷物を運んだからって、吉永まで一緒に
どこかに行ってしまうなんて誰が決めた? その証拠に、学校でも
誰も引っ越しの話はしないし、優花にも連絡してこないわけだし」
絵里が優花を見てにっこり笑う。
そう言われればそんな気もする。不思議なものだ。たとえ気休め
であったとしても、絵里の思いやりあふれる言葉にじんとする。
さっきまであんなに大声を出して泣いていた自分が急に恥ずかしく
なってきた。連絡がないことが何も心配いらないという証拠。そう
思えばいいのだ。
絵里がこの場にいてくれてよかった。優花は絵里への感謝の気持ち
で胸がいっぱいになった。
マンションのロビー前に着いた頃には少しだけ希望の光が見えた
ような気がしていた。それもこれもすべて絵里のおかげだ。ここまで
親身になってくれた絵里を黙ってこのまま帰すわけにはいかない。
せめて夕飯だけでも一緒にどうかと誘ってみた。そして母に頼んで
絵里の家まで車で送ってもらえばいい。
ところが絵里はぶんぶんと首を横に振り、帰る、と言ってきかない。
「優花、ありがと。でも今夜はやめとく。だって、アネキがカレシを家に
連れて来るって言ってたからさ。あたしも顔出ししなきゃね。だから
優花は今夜、ゆっくり休んで」
「絵里……」
「明日、マミに訊いてみようよ。何も心配いらないからね。吉永はきっと
ここに戻ってくるって」
じゃあね、ばいばいと手を振り、制服のチェックのスカートを揺らし
ながら、くるりと反転して走り出す。
「え、絵里! 待って! ここからバスで帰るの? 」
「うん、大丈夫だって。高校まで戻れば、その先は定期もあるし」
「じゃあ、バス停まで送ってく」
「いいって、すぐそこだし。優花は疲れてるんだから、さっさと家に
帰って……って、あれ? あそこにお出ましなのは、もしかして」
絵里の視線の先を見ると。そこには。
「はやと君! 」
カバンを肩にかつぐようにして持った勇人君が、ちょうどマンション
から出てきたところだった。
「も、もしかして。ゆうちゃん? それに、ほ、ほ、本城さんっ! 」
「悪かったわね、あたしで」
腕を組んだ絵里が勇人君を挑発的に睨み付ける。
「そんなことないです。とんでもないです……」
勇人君が絵里に圧倒されて、たじたじになっていた。この二人は
いつの間にこのような力関係になっていたのだろう。彼は心の底から
絵里を怖がっているようにも見える。麻美のあの事件以来、絵里には
頭が上がらないのかもしれない。
勇人君が引きつりながらも絵里に愛想笑いを浮かべた後、突如
優花に向き直る。
「それよりゆうちゃん。ホント、びっくりしたよなあ。僕も今日、あいつ
から連絡があって、知ったんだけど……。って、あれ? もしかして
知らない? 真澄のこと」
勇人君は何かを知っている。真澄ちゃんのことって……。
優花は唇を噛み、目の前の彼の顔をじっと見つめた。
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