そばにいて
30.そばにいて 1
「優花、ほんとに、あれでよかったの? 」
ドアを背にして崩れ落ちるようにうずくまった優花は、絵里に抱えられて
椅子に座り、力なくうな垂れていた。
「なんで、あんな心にもないことを言ったの? どうして吉永を引きとめ
なかったのよ。あいつの首根っこ、とっ捕まえておくべきだったんじゃ
ないの? なんで、ああなるかな……」
絵里は優花と向かい合って座り、落ち着きなく指先で、コンコンと机の
上を叩く。そして、同じ事ばかりを繰り返して優花を責めるのだ。
絵里が親身になって取り計らってくれた計画も、すべて水の泡になって
しまった。優花は自分のふがいなさにあきれて、顔を上げることすらでき
ない。
「でもさ、なんで吉永も、優花の言ったことを鵜呑みにしちゃうんだろ。
優花が呼びだした張本人なことも、そのあと、何が起こるかも、絶対に
あいつ、わかってたのに。なのに、どうしてマミのわがままを聞く? 」
絵里の憤りが再び勢いを増す。
「だって……。マミ、これで最後だって言ってたし、身体の具合も、悪そう
だったし……」
優花はおそるおそる絵里を見ながら、口ごもる。
「それにしても、納得できない。優花も優花だけど、吉永も吉永だよ!
吉永って、マミに何か弱みでも握られてるのかな。あんなの絶対に
おかしいよ。なんかさ、マミが許せなくなってきた。昨日だって、マミんち
で、門前払いだよ。おばちゃんの方がおろおろしちゃってさ。きっと、マミが
あたしと会いたくないって言ったんだろうな。せっかくお見舞いに行った
のに、ひどいと思わない? もう、マミにはついていけないかも」
「絵里。いくらなんでも、マミのことそんな風に言ったらかわいそうだよ。
マミだって、いろいろ悩んでいたみたいだし」
優花は絵里の怒りを鎮めようと、ありったけの思いを並べてみるが
一向に収まりそうにない。
というのも、麻美の転校が決まったことを、絵里はまだ知らないのだ。
麻美の口からまだ誰にも告げられていないのだろう。優花も、真澄ちゃん
から聞かなければ、知り得ないことだった。
麻美が行く予定の私立高校は、ここからだと長野とは正反対の方向に
ある。そんな麻美の置かれた状況を考えれば、さっきのあの場で、優花が
何が何でも自分の思いを押し通すなんてことは出来なかった。
「優花。このままじゃ、だめだよ。マミの態度は誰が何と言おうと、許せない
し。そうだ、鳴崎に、吉永がいつここを経つのか訊いてみるってのはどう?
あいつなら、吉永のこと、いろいろ知ってそうだし。マミがいたって、別に
いいじゃん。優花、そうしようよ。ね? 」
「絵里、もういいって。せっかく絵里がいろいろ考えてくれたのに、無駄に
なってしまって、悪かったって思ってる。でも、でも今日は、今日だけは
マミの願いを、叶えてあげて欲しいの」
「優花っ! いい加減にして! いつだって、マミのことばかり。もう吉永
と会えなくなるんだよ。優花が見送っちゃだめっていう法律はないし! 」
「そんなのダメだよ。だって、だって。マミは……」
転校してしまうのだ。優花や絵里よりも、もっと彼と遠くに離れてしまう。
「マミがなんだって言うのよ。吉永との間がダメになっても、後には、あの
鳴崎が控えているんだよ。マミは幸せ者なんだから。何でも持ってる
超絶な幸せ者なんだから」
「違うの。マミは、マミはね。その、転校が決まったって。来年から私学の
全寮制の高校に行くことが決まったって……」
「何よ、それっ! あたし聞いてないし。マミが言ったの? 成績がダメ
だったらって、話だったよね? マミはいつだって優等生だよ。こないだの
テストだって、前より良かったくらいだし」
「それはそうなんだけど……」
「誰に聞いたの? マミが言った? あたしは何も聞いてないよ」
「それは……。真澄、ちゃんが……」
「真澄ちゃん? 吉永が? 」
「うん……」
絵里が目を見開いて絶句する。
「だからね、絵里。本当に今日が最後だと思うの。どうしてもマミの願いを
叶えてあげたくて」
絵里と麻美は中学の時からの親友同士だ。優花が真澄ちゃんと離れ
ばなれになるのが辛いのと同じくらい、絵里だって麻美との別れが辛い
はずだ。そして、その親友から転校が決まったことも知らされず、隠し事を
されたのは、もっとショックなはずだ。
「ちょっと待って! ならさっきのマミは、自分の転校を利用して、今日の
吉永を独占しようと迫ったってこと? かわいそうなワタシに、最後の
チャンスを、ってことだよね? 」
絵里は教室の後方に貼ってある、募金のポスターをじっと見つめた後
すくっと立ち上がり、優花に言った。
「あたし、行かなきゃ! 」 と。
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