そばにいて

 

 

 

 24.お姉ちゃん! 大変だよ 2

 

 

 

  マンションのロビーにある郵便受けのダイヤルを合わせて扉を開け

 中に入っている夕刊とダイレクトメールを取り出した。そこにはいつもと

 同じように不動産屋のチラシも何枚か折れ曲がって混ざっていた。

  至急求む! 売り物件! 当マンションを希望されるお客さまが……

  赤文字や青文字の大きなポップが優花の目に飛び込む。

  ここのマンションを売って一戸建てに替わって行った同級生も何人か

 いる。でも石水家はその心配はない。というか、娘二人分の教育費用

 捻出のために、もう家は買えない、と父にはっきりと言い渡されている

 のだ。優花はもちろん父の意見に賛成だ。ここのマンションから出たいと

 思ったことは一度もない。その理由はただひとつ。吉永君がここに住んで

 いるからに他ならない。

  優花が心もちにやにやしながら郵便受けの扉を閉めていると、隣に

 住んでいるおばさんがやって来て、優花ちゃん、と呼んだ。

 「あ、こんにちは」

  横に並んだおばさんに向かってあわてて挨拶をした。

 「今日は早いんだね、優花ちゃん」

  おばさんは時々、優花と妹の愛花を言い間違える。今日はちゃんと

 見分けることができたようだ。おばさんの目には双子に見えるくらい

 二人はよく似ているらしい。優花は妹と似ているなんて思ったこともない

 が、親戚にもよく間違われるので、おばさんを責める気は全くない。

 「あ、はい。今日は部活がなかったので」

 「ふーん、そうなの。で、優花ちゃんは何部? 」

 「ボランティア部です」

  確か、前にも同じことを訊かれたはずだ。

 「へえーー。えらいね。今どきの子はしっかりしてるね」

  これも前に聞いた。

 「ううっ、さぶ。ここは冷えるね。さあ、早く帰ろうか」

  優花に負けないくらいの郵便物を抱えたおばさんが、ぶるっと震える。

  一日ごとに寒くなっているのは優花も感じていた。首元がすーすー冷える。

 明日からマフラーを使おうかな。優花はおばさんの後について一緒にエレ

 ベーターに乗り込んだ。

 「そうそう、優花ちゃん。あんた、三階の吉永さんちの息子と同級生だよね」

  おばさんが何気なくそんなことを訊く。返事をするより早く、心臓がどくっと

 鳴るのを感じながらも、優花は気のない素振りを装い、そっけなく、はい

 とだけ答えた。

 「今日ね、引っ越しセンターの大きなトラックがマンション内に入って来て

 吉永さんちの荷物を運びだしていたのよ。冷蔵庫や、ソファなんかもね。

 あれは旦那さんの単身赴任なんかじゃなくて、一家総出の引っ越しだわ。

 ついさっき、トラックが出て行ってね。優花ちゃん、知ってた? どこに

 引っ越ししたんだろうね。うちはあそことはあんまり深い付き合いはなかった

 からね」

  子どもの学年もうちの方がずっと上だし、詳しいことがわからなくて……

 とおばさんの話が続いている。エレベーターが六階に停止して、おばさんに

 続いて優花も降りた。

  十年近くも住んでいると、やっぱり家具は増えるよね……とおばさんはまだ

 話し続けている。おばさんは何も悪気はないのだと頭ではわかっている。

  ただ、今日あったことを世間話のひとつとして優花に伝えているだけなの

 だから。優花が吉永君と同級生だから、気軽に話しているだけなのだ……。

  でも。

  優花はおばさんにさようならの挨拶をするのも忘れ、そのままマンションの

 廊下を駆け出し、家の玄関ドアを力任せに開けた。

  すると同時に愛花が部屋から飛び出してきた。

 「お姉ちゃん! 大変だよ。真澄ちゃんち、引っ越ししちゃった! さっきトラック

 が荷物いっぱい積んで、出ていった」

  中学校のテスト週間は高校よりずっと早い。そういえば来週から期末テスト

 だと言っていたのを思い出す。優花は隣のおばさんの情報を聞くなり我を

 忘れて玄関に駆けこんだ、ということすらも記憶から消えてしまっていた。

  その場に呆然として立ちすくみ、愛花の口元だけを見ている。

  ──真澄ちゃんち、引っ越ししちゃった!

  愛花の叫ぶような声が何度も脳内で繰り返される。

   ますみちゃんが、ひっこし……。

  優花は足元にカバンをゴトンと置くと、くるりと踵を返し、もう一度廊下に出る。

  そしてそのままエレベーター横にある階段にたどり着くと、猛スピードで

 タッタッタッ、と駆け下りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

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