そばにいて

 

 

 

 26.なみだ 1

 

 

 

 『優花? 泣いてる? ねえ、どうしたの、また変なヤツに絡まれてる? 』

 「えり、ごめん……。そうじゃないの、ちがうの。あの、あのね。真澄ちゃんが」

 『ますみ? あ、吉永ね。吉永がどうしたって? 』

  優花はハッとした。今までは吉永君と呼ぶことにあこがれを抱いていたはず

 なのに、最近は心の中でもずっと真澄ちゃんと言っている自分がいる。

  絵里にまでそう言ってしまったことに恥ずかしさを覚えながらも、ありのまま

 の自分でいようと、訂正するのはもう辞めた。

 「真澄ちゃんがね、いなくなったの。どこかに行ってしまった。荷物を全部

 運び出して、家に誰もいなくて。車もなくて。それに、それに、真澄ちゃんの

 自転車もない……」

  何もかもなくなっていた。あったのは、あのなつかしい表札だけだった。

 『今、どこ? そこ、家じゃないでしょ? 何か外っぽいよ。場所はどこなの?

 あたし、今ね、アネキとそのカレシも一緒なの。カレシの車だから、言って

 くれればすぐにそこに行けるから』

  絵里に問われるがまま、公園前の小学校名を伝え、その向かいのベンチ

 にいると答えた。

 『わかった。今から行く。そこを動いちゃだめだよ! いい、絶対だよっ! 』

  絵里の叫び声にも似た言葉を最後にブツっと電話が切れた。

  スマホを顔から離した途端、大変なことになってしまったとようやく理解する。

  絵里がここに来てしまうよ、と。

  せっかくお姉さんとそのカレシさんと楽しく過ごしているところなのに、何と

 いうわがままを言ってしまったのだろうと後悔の念に襲われる。

  こんな風に泣きながら電話などすれば、真っ先にすっ飛んでくる絵里だって

 ことはわかっていたはずなのに、優花は自分の浅はかな行動に嫌悪感しか

 なかった。もう一度電話をかける。

 『何っ、優花』

 「絵里、ごめんね。もう大丈夫だから。わたし、一人で帰れる。だから」

 『ん、もう、何言ってるの。そこまで来てるから。待ってて! 』

  結局優花の言葉は全く聞き入れられず、すぐに絵里がここに来てしまう。

  ポケットからハンカチを出し、涙を拭った。かわいそうな自分をこれ以上演出

 するわけにはいかない。絵里の優しさに甘えるのもいい加減にしろ、と自分を

 律する。そして、今だけは真澄ちゃんのことを忘れよう、楽しいことだけを考え

 て絵里を出迎えようと、作り笑いを浮かべて、気持ちを奮い立たせた。

  涙が何度も伝った後がごわごわして、頬のあちこちが突っ張る。瞼だって

 重い。この薄暗がりだけが救いだ。きっと絵里にはよく見えないはずだから。

  優花は大急ぎで髪を手櫛(てぐし)で整え、ベンチから立ち上がり、道路の方に歩いて

 行った。

  車のライトが近付いてくる。次第にスピードを落とし、黒っぽいセダンが優花

 の前で停まった。後ろのシートから絵里がするりと降りて、優花に駆け寄る。

 「優花、どうしたのよお、もうっ」

  絵里がいつもの甘いコロンの香りをまといながら、人目もはばからず抱き付い

 てきた。車が軽くクラクションを鳴らし、二人のいる場所から遠ざかって行く。

  優花はせっかくもう泣かないと決めたのに、絵里の姿を見たとたん、もろくも

 決心が崩れ去ったのを知る。

  気が付いた時には絵里の腕の中で声を出して泣いていたのだ。

  とても日本語とは思えないような、途切れ途切れで意味不明な優花の説明を

 絵里はうんうんと頷きながら優しく受け止めてくれた。

  人間の涙って、こんなにも蓄えているのだろうかと思えるくらい泣いた。

  泣いても泣いても次々に溢れてきて、全く枯れることはなかった。

 

 

 

  

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