そばにいて
24.お姉ちゃん! 大変だよ 1
今日も吉永君は学校に来なかった。彼が長野に行ってもう一週間になる。
鶴本先生はもうしばらく欠席するとしか言わない。いつ戻ってくるのか
あるいは彼のおじいさんの病状がどうなのか、知りたいことはいっぱいある
にもかかわらず、まだ何も優花の耳に届いていない。
今日こそ彼に会えるかも、と希望を胸に教室のドアを開けるが、そこに
吉永君はいない。彼のいない学校がこんなにも味気ないものだとは、思いも
しなかった。
先日、勇人君に頼まれて絵里が麻美を追って行った日の夜、絵里から怒り
心頭の電話が優花のもとにかかってきた。
麻美は普段より幾分元気がなかったものの、他に変わったところは何もなく
絵里が血相を変えて追いかけてきたのを見て、いったい何事なのと、逆に
心配させてしまったらしい。少し風邪気味だから部活も休んだという麻美の
言葉に嘘はなかった。勇人の自分勝手な早合点に振り回された絵里の怒りは
一向に収まらないままだ。
「鳴崎って、マミのなんなのよ! わけわかんない。おまけに後からあいつが
あたしたちと合流した時、マミがなんて言ったと思う? 鳴崎は絵里の新しい
カレシなの? だって。冗談じゃないし。新しいも何も、あたしにはカレシなんて
この年になるまで一人だっていたためしがないのに。その上、よく知りもしない
鳴崎が相手だなんて言うんだよ。そんなの絶対にありえないし。鳴崎も困った
ような顔をするだけで、へらへらしてさ。あいつって、あんなキャラだった?
もうちょっと、こう……。二枚目にふさわしく、冷静な判断ができる人だと
ばかり思ってたんだけどね」
絵里はあの日から毎日、この話ばかりだ。彼女の怒りはもっともだと思う。
勇人の願い通りに麻美を追いかけた挙句、彼と付き合っているとまで誤解
されて、とんだとばっちりだ。
優花は、大変だったね、と慰めの言葉をかけることしかできない。
その後絵里は勇人君からすぐにお詫びのメッセージをもらったけど、それ
だけでは彼女の怒りが収まるはずもなく。憤りを露わにした彼女に、気遣い
王子らしくケーキをご馳走すると約束してくれたらしい。
多分、勇人君は絵里がどれだけケーキ好きなのかを知らないのだろう。
絵里が何個食べてもいいように安くておいしいところをあらかじめ探して
おくようにアドバイスしておく必要がありそうだ。
勇人君にとっては不本意かもしれないが、彼が麻美を好きなことは絵里
に知られてしまった。勇人君の不可解な行動を説明する上で、このこと抜き
では語れない。深く理由も聞かず、彼の言いなりで麻美を追いかけた絵里
には知る権利があると、優花が勝手に判断した結果だった。
それを聞いた絵里は、かなり驚いていたが、麻美も片隅におけないね
と言って、友のモテっぷりに満足そうにうなずく。
これで鳴崎をからかうネタもできたし、などと言いながら意味ありげな笑み
を浮かべる絵里を見た時、勇人君の身に今後振りかかるであろう数々の
危険な仕打ちを思い、深く同情したのは言うまでもない。
絵里は今日、お姉さんと駅で待ち合わせをしているらしい。お姉さん
おススメの激安ドラッグストアで、これまたお姉さんおススメのコスメを
揃えに行くんだと今朝からはりきっていた。
優花も一緒に行こうと誘ってくれたのだが、丁重にお断りした。以前
絵里と同じグロスを買ったことがある。しかしそれですらまだ数えるほど
の出番しかない。他の物を買ったとしても、宝の持ち腐れになるのは
目に見えていた。フリマアプリのお世話になるのも時間の問題だ。
それに母のマスカラをこっそり付けた時も左側が変になってしまったし
アイシャドウを塗った日には、愛花にお腹を抱えて笑われた。タヌキに
失礼だよとまで言われて、すっかり自信を無くしてしまったのだ。メイクは
大学生になってからデビューすることにしようと心に決めた。
そんな優花の気持ちを理解してくれる絵里は決して無理強いはしない。
じゃあ、また今度一緒に行こうね、と言って校門前で陽気に手を振る。
絵里は駅に向かうために。優花は家に帰るために。それぞれの目的地
に向かうバスに乗り、その日は早めに学校を後にした。
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