そばにいて
23.たとえばの話なんだけど 3
優花はいつになく慌てた様子のその人の元に、瞬時に駆け寄った。
「はやと君! どうしたの? 」
「ゆ、ゆうちゃん。ハアハア……。た、大変なんだ! 」
勇人君のありえないほどの狼狽ぶりに、思わず絵里と顔を見合わせる。
「ねえ、どうしたの? はやと君、おちついて。何があった? 」
とにかく彼を落ち着かせて、話を聞きださなくてはならない。
「それがさあ、あ、どうも」
後ろにいる絵里に気付いた勇人君が、ちょこっと頭を下げる。
「あっ、どうも」
絵里も勇人君に合せるように軽く頭を下げた。絵里と勇人君は、ほとんど
面識がない。といっても隣のクラスなので顔くらいは知っているとは思うが
話すのは今日が初めてなのだろう。お互いによそよそしい。
「優花。あたし、先に帰ろっかな。なんかお邪魔みたいだし……」
絵里がつまらなそうな口ぶりで、優花の耳元でぼそっとつぶやく。
「そんなことないって。ちょっとだけ待ってて」
優花が絵里を引きとめたのとほぼ同時に、勇人君が声を張り上げる。
「あのうっ! 君、本城さんだよね? たしか、大園と仲がいいよね? 」
勇人君のあまりに唐突な問いかけに、絵里は面倒くさそうに、はあ?
と訊き返す。
「あっ、こんなこと突然訊いてゴメン。突然ついでに、頼みたいことがある
んだ。たった今、大園が学校を出たところで。本城さん、お願いします。
彼女と一緒に帰ってくれませんか? 一生のお願いです」
勇人君が顔の前で手を合わせ、懇願体勢になる。
「別にいいけど。何があったの? マミ、具合でも悪いの? 」
勇人の意味不明な依頼に優花も絵里も混乱するばかりだ。
「いや、あの、その。とにかく、彼女を一人にできなくて。今ならまだ間に
合うよ。だから、是非一緒に! 」
「鳴崎君、わかった。ってことは、マミは部活も休んだってことだよね? 」
「うん、そうなんだ。だから、早く、早く追いかけてくれっ! 」
不可解極まりない勇人君の言動に何かを察した絵里は、次の瞬間
脱兎のごとく、教室から飛び出していった。
優花も当然のように絵里と一緒に麻美を追いかけようと一歩踏み
出したのだが、勇人君に待ったをかけられる。
「ゆうちゃん、待ってくれ。実は先輩がぼくとゆうちゃんを部室に呼んで
るんだ。それでここに誘いに来たら、ちょうど本城さんがいて。ああ
助かった。本当にほっとしたよ」
「いったい、マミに何があったの? もう何が何だか、さっぱり」
「ゴメン、ゴメン。それがさ、大園が……。あいつ、何となく変なんだ。
今朝からいつもと違って、顔色も悪いし、授業中もずっと考え事をして
るみたいだったし。もしかしたら、真澄が欠席してることと何か関係が
あるのかもしれないんだけど。とにかく彼女が心配で心配で……」
どこかで聞いたことのあるセリフだと思った。ここにも誰かを心配して
いる人がいた。
「先輩に事情を話して、早めに学校を出してもらおうと思ってる。だから
ゆうちゃん。ぼくの代わりに、先輩の仕事、手伝ってくれないかな。頼む。
それと、本城さんの連絡先教えて」
「わ、わかった」
勇人君のこんな必死な姿を初めて見た優花は、絵里の連絡先を知ら
せた後すぐに、彼女に勇人君の話のあらましを伝えるラインを送った。
「ゆうちゃん、ありがとう。本城さんの連絡先、勝手にゆうちゃんから聞き
出したこと、ちゃんとぼくの方からも彼女に説明しておく。さあ、急ごう。
多分、来週のボランティアの打ち合わせとその準備だと思うんだ」
優花はカバンを肩に担ぎ直すと、勇人君を追うように急ぎ足で部室に
向かった。
結局その日は、優花が部活を終えたのが六時ごろになってしまった。
外はすでに真っ暗で、もちろん勇人君はあの後うまく先輩を説得して
麻美を追って出て行った。まだ絵里からも勇人君からも連絡はない。
どこにいるのか訊ねようと、スマホを取り出した時だった。
「石水……さん」
校門を出たところで誰かに呼び止められた。辺りにはすでに暗闇が
迫っていた。誰だろうと目を凝らしてみたがわからない。次第に近づい
てくるその人がサリだと認識できるまで、しばらく時間がかかった。
「んもうっ! 何、ビクついてんのよ。疫病神見るみたいに怯えた顔
しないでよ」
街灯の下で、サリの厚めに塗られたファンデーションが異様に白く
光って見えた。今日は勇人君はいない。なのに何だろう。また何か
言われるのだろうか。
恐怖のあまり、膝が微かに震える。
「ご、ごめんなさい。別に、そう言うわけじゃ……」
鼓動を露わにする心臓を隠すように胸に手を当て、謝りながらゆっくり
と後ろに下がった。サリとはあれから学校の廊下で幾度となくすれ違った
が彼女は何も言ってこなかった。だからもう無関係だと思っていたのに。
「あたしさ、あんたに謝ろうと思ってさ」
下の方で緩めに結んだリボンの上に広く開いた胸元には、金の細い
チェーンのネックレスが見え隠れしている。優花は大きく息を吸い込み
心を落ち着かせるとサリの真意を探るため、ゆっくりと目を合わせた。
「あんたの相手、吉永だったんだ。ヒロに聞いたよ。それって、マミと
三角関係ってことだよね? 」
「そ、それは……」
なんてことだろう。ヒロはあの時、誰にも公言しないと言っていたのに。
優花は焦った。このままだと自分が言う前に麻美に知られてしまうかも
しれないと。
「あっはははは。安心して。あたし、あんまりそういうのに首突っ込む趣味
はないから。三角でも四角でも、あたしには関係ないし。吉永のことも
よく知らないしね。あ、ヒロはね、中学の時陸上やってて、どこかの大会で
吉永を見たことがあったって、後で思い出したみたい。あいつには敵わない
って、結構落ち込んでた。だってヒロ、短距離はまあまあだけど、長距離は
大の苦手でさ。高校ではもうやらないって言ってた」
ヒロも陸上をやっていたんだ。これは驚きだった。あの時、彼に捕まって
いてもおかしくなかったわけだ。けれど信号運も土地勘もすべてが優花に
味方をしてくれた上に、吉永君の俊足にも救われて、彼から逃げきれた。
それにしても、サリの言葉にほっとする。麻美の耳に入る危険性は回避
できそうだ。
とりあえず曖昧な笑みを浮かべて、サリが早くここから立ち去ってくれる
ことを祈った。
「でもさ。ヒロがね。あんたのこと、いい子だって言ってた。もういじめるな
って、あたしに説教するんだよ。ねえねえ、あたし、あんたをいじめたっけ?
そんなつもりなかったんだけどな」
サリは上目遣いに優花を見ながら、肩に掛けた何も入ってなさそうな
カバンを前後に揺らす。ぶら下げているスワロフスキーのハート型のキー
ホルダーが街灯の光を反射しながらキラキラと揺れた。
「とにかく、ごめんね。それとさ、あたし。鳴崎君のこと、なんだかこのごろ
もうどうでもよくなっちゃって。あたしの心変わりの速さは今に始まったこと
じゃないんだけど。あのさ、ヒロは……。あたしの元カレなんだ。お互いに
似た者同士でさ、けんかばっかりで……」
……じゃあね、石水さん。
サリはそう言って、ふふっと笑うと、いつの間にかもうどこにもいなくなって
いた。
もしかしてサリは、優花を今まで待っていたのだろうか。彼女は部活には
入っていないはずだ。こんなに暗くなるまで、謝るために待っていてくれた
のだとしたら……。
高校生活もまだあと二年以上ある。
もしもこの先、サリと同じクラスになることがあったなら、案外仲良くなれる
のかもしれない、などと、風の音を聞きながら、ふとそんな風に思った。
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