そばにいて

 

 

 

 28.時が止まるその瞬間 2

 

 

 

 「ねえ、はやと君。なんか、真澄ちゃんに会うの、すっごく久しぶりな

 感じがする。何週間も会わなかったような、そんな感じ」

 「ゆうちゃんも? 僕だって同じだよ。ものごころついた頃から、あいつ

 とはずっと一緒だったからね。いるとうっとおしいけど、いないと、何か

 物足りない。身体の横にひゅーっとすき間風が吹くみたいな……」

  勇人君が自分の顎に手をやり、エレベーターの天井を見上げながら

 言った。

 「なあ、ゆうちゃん。冬休みに長野に押し掛けないか? いや、ちょっと

 待てよ。ゆうちゃんと二人っきりってのはまずいかな。世間体ってのも

 あるしね。そうだ、本城も誘えばどうかな? 」

 「絵里も? やだ、はやと君。本当はマミの方がいいんじゃないの? 」

 「もちろん、そうできればいいけど……」

  あっという間に一階に着く。エレベーターから降りた後も、その場で

 話し続ける。

 「でも、それはないな。だって、なんで大園をあいつのところに連れて

 行かなきゃならないんだよ。そんな余計なお膳立ては絶対にしたく

 ないから。引っ越しを機会に、真澄のことはきれいさっぱり忘れて

 もらわないと。僕にもやっとチャンスが巡ってきたんだから」

 勇人君の言い分はもっともだ。いつも明るく元気そうにしているから

 忘れそうになるけど、勇人君にとって真澄ちゃんは、許し難き恋敵

 なのだから。けれどどんなに憎まれ口をたたこうとも、勇人君は

 真澄ちゃんを(おとし)めたりはしない。優花も麻美や絵里とそんな友情を

 築けるのだろうかと、ふと考え込んでしまった。

 「それと、真澄んちの三階の家、売らないってさ。賃貸にするらしい。

 将来こっちに戻ってくることがあったら、またここに住むって」

  勇人君の思いがけない話に、急激に意識が引き戻される。

 「おい、ゆうちゃん? 大丈夫? 話、聞いてる? 」

 「あ、うん。大丈夫。聞いてる。そっか、そうなんだ」

  引っ越しと同時にここを売り払うとばかり思っていた優花は、意外な

 展開に胸の高鳴りを押さえられない。ということは、つまり。将来また

 真澄ちゃんがここに戻ってくる可能性があるということ。

  もうこの先、一生彼と離ればなれになるのだと信じて疑わなかった

 優花の心に、希望の光が射し込んでくる。

  勇人君の情報が、優花にささやかな幸せと勇気を与えてくれる。

  今日、学校で彼に会えたなら……。

  何があっても、彼に好きだと言おう。ずっと好きだったと伝えるのだ。

 長野でもがんばってねと堂々と言える。

  自信を失くしかけていた優花の背中を押してくれたのは、まぎれもなく

 きょとんとした目をしてこっちを見ている勇人君だ。

  ん、もうっ。はやと君っていい人。本当に大好きだよ……なんてことは

 声に出しては言えない。以前彼に、誤解を招くようなことは軽々しく口に

 出すもんじゃないと言われたのを思い出したのだ。

  これでも少しは大人になったかな、と優花は満足げに微笑む。

 「おっと、いけない。こんなところで立ち話してたら、学校に遅れてしまう。

 じゃあ、ゆうちゃん。また学校で! 」

  勇人君は慌てて駆け出し、クラスの友人と合流してバスに乗り込む。

  優花は一人、列の最後に並び、空いている後ろのシートに座った。

  カバンから小さな鏡を取り出す。

  グロスが取れていないか、そっと確かめるために。

 

  こんなに緊張する授業は生まれて初めてだと思うくらい、身体がガチガチ

 に固まっている。

  五時間目もドキドキしたけれど、六時間目の今は、もっとひどい。まるで

 身体中が心臓になったみたいに、バクバクと脈打っているのだ。

  斜め後ろの席には。真澄ちゃんがいる。

  教科書をめくる音。ノートにペンを走らせる音。どれが真澄ちゃんから

 聞こえて来る音なのか、優花にははっきりとわかった。

  久しぶりに見る制服姿で、真澄ちゃんがいつもの席に座って、皆と一緒に

 授業を受けているのだ。

  それはちょうど、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った時だった。

  教室の後ろの戸がガラガラと開き、みんなのどよめきと共に、真澄ちゃんが

 普段あまり見せないような照れた笑顔を浮かべながら、中に入って来たのだ。

  でも、その笑顔。前に見たことがあると思った。

  隙を見て、ヒロから逃げ出し、助けてもらったあの日。バスターミナルで見た

 あの笑顔だ。そして次の瞬間、彼と目が合った。

  笑顔が止まる。

  空気も止まる。

  周りの声も、風も、時間も……。

  優花を取り巻くすべての動きが、ピタッと止まった。

 

  

 

 

 

 

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