そばにいて

 

 

 

 28.時が止まるその瞬間 1

 

 

 

 「吉永は、家庭の事情で転校することになった」

  一瞬ざわついたものの、すでに皆が予想していたとおりだったのだろう。

  誰も先生を問い詰めたりしなかった。神妙な顔つきで聞き入っている。

  それを意外に思ったのか、首を左右にひねりながら、鶴本先生が対面

 する一人一人の顔を見渡した。

 「君たち、知ってたのか? いや、あまりにも反応が薄いから。予想では

 このことを言ったら泣き出す女子がいるんじゃないかと心配してたんだ

 けどな」

  そう言って苦笑いを浮かべる。

  泣きだす女子……。そっと周りを見てみると、目が赤くなっている人が

 何人かいる。見ない方がよかった。急に胸がキリキリしてきて、目頭が

 熱くなってくる。

 「欠席連絡の時に、お母さんからあらましは聞いていたんだが、本人の

 希望もあって、今まで公言するのを控えていた。で……。明日、午後から

 学校に来るそうだ。みんなにあいさつがしたいと言っている。まあ、ここ

 は小学校じゃないからな。お別れ会を開く予定はないが、はなむけの

 言葉くらい用意しておけ。あいつ、部活も勉強も頑張っていたからな。

 寂しくなるな……」

  近くの席の者同士、ひそひそ話を始める。ほらね、やっぱり、という声が

 優花の耳にも届く。鼻をすする音も聞こえて来る。それでも絶対に泣く

 まいと、優花は歯を食いしばった。

  各委員からの連絡事項のあと、ホームルームは呆気なく終了した。

  何人かの男子が鶴本先生の周りに集まって、真澄ちゃんのことを話し

 ていた。途切れ途切れに聞こえて来る話の内容に気を取られながらも

 優花は絵里と一緒に教室を出た。

 「優花、よかったね。思ったより早かったし。明日会えるんだよ、吉永と」

  その言葉とは裏腹に、絵里の表情は冴えない。

 「うん。でも……」

 「なんでそんなに弱気になってんの? そりゃあね、あたしだってさっきは

 泣きそうだったよ。別に吉永が好きとかそんなんじゃなくても、クラスメイト

 との別れは辛いもんだよね。涙がじわーってあふれそうになったもん。

 鶴ちゃんだって、マジで寂しそうだったし。でもさ、今はラインだってあるん

 だし、離れ離れになっても心はつながっていられるんだもん。ね? 」

 「そうだけど……。わたし、ちゃんと言えるかな。真澄ちゃんの顔を見たら

 何も言えなくなるんじゃないかなって、不安なの。それに、こんな突然の

 告白、彼にとって、迷惑じゃないかなって……」

 「またそんなこと言ってる。だめだめ。優花、自信を持って。迷惑なわけ

 ないよ。鳴崎だって、言ってたし。吉永も優花のことが好きだって。あたし

 が吉永だったら、優花の告白、ウエルカム、カモーーンって大歓迎」

 「絵里ったら。フフッ」

  絵里が手のひらを上に向けて、小指から順番にパラパラと指を折り

 曲げて、カモーンと手をこまねいている様子を強調する。

 「明日のために、今夜はお肌の手入れ、頑張るのよ。お母さんの美肌

 パック、借りちゃいなさいよ。さーて、そろそろ行くとするか。マミのことは

 あたしにまかせてね。じゃあね。また明日」

  絵里が元気よく手を振る。優花も負けずに大きく手を伸ばして、バイバイ

 と振り返した。

 

  エレベーターの前にある鏡に全身を映して、制服のリボンの位置を

 確かめる。これでよし! 二学期になって一番の出来栄えだ。両方の

 膨らみがほぼ同じで、歪みもない。完璧かもしれないと思えるほど

 うまく結べている。

  昨晩は思ったよりよく眠れた。しかし、母が美肌パックを持っていなかった

 ため、絵里の提案はすぐさま却下されたのだが。

  とりあえず洗顔後は乳液をいつもより多めにペタペタと叩き込んで

 まつ毛はビューラーでくるりとカールさせておいた。それと……。グロスを

 薄く、本当にちょっとだけ唇にのばしてみた。恥ずかしかったけど、これくらい

 なら、先生にもとがめられないはずだ。

  優花ははやる胸を押さえて、上階から降りてきたエレベーターに、さっそうと

 乗り込んだ。

 「よお! ゆうちゃん。おはよー」

 「うわっ! はやと君。お、おはよ……」

 「なんでそんなに驚くんだよ。なんか僕、犯罪者みたいな気分」

  ついさっきまで、鏡を見ながら夢見心地だっただけに、突然の勇人君との

 鉢合わせに驚いたと同時に心の中まで見透かされたような気がして、ぎこち

 なくなってしまったのだ。

  犯罪者だなんてとんでもない。勇人君は、いつだっていい人だ。

 「ゆうちゃんも昨日聞いたんだろ? 鶴ちゃん、ついに言ったらしいな。真澄

 のこと」

  担任の鶴本先生は音楽の先生だ。クラスは違っても人気者の先生は

 みんなから親しみをこめて鶴ちゃんと呼ばれている。

 「う、うん。聞いたよ」

 「あいつ、今日の朝、車で向こうを経つそうだ。今ごろ親父さんと高速走って

 るよ」

 「そうなんだ」

  だんだん近づいてくる。真澄ちゃんと会えるその時が一歩ずつ優花の前に

 迫ってくる。嬉しさと寂しさの両方が入り混じった気持ちで勇人君の言葉を

 かみしめていた。

 

 

 

 

 

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