そばにいて クリスマス編 5
2.クリスマスなのに 2
次の朝、絵里に話をきいてもらうために早めに家を出た優花は
マンションのエレベーターを降りたところで珍しい人に会った。
「よお、ゆうちゃん! 」
と、突然後ろから声をかけられ、あわてて振り返ると。
昔とちっとも変っていない、少しとぼけたような懐かしい顔がそこ
にあった。横に並ぶと優花よりほんの少しだけ背の高い彼は、中三
の時に同じクラスだったクッキーこと、
「あっ、クッキー。久しぶりだね」
久木は真澄ちゃんや勇人君と同じで、優花とは小学校時代からの
付き合いだ。トランペットを演奏するのが得意な彼は、将来はアメリカ
のブラスバンドパフォーマンスのメンバーに入ると言って、隣の市に
ある吹奏楽に力を入れている私立の高校に通っている。
「ゆうちゃんも元気そうだね。俺はいつも朝練行ってるから、マンション
内の同級生にはほとんど誰にも会わないよ。今日はちょっと寝坊して
こんな時間になってしまったけど。ゆうちゃんも部活があるの? 」
「ううん。違うよ。今日はちょっと友だちに話があって……」
「ふーん、そうなんだ」
クッキーって、こんなキャラだったっけ? 優花は彼の変貌ぶりに
目を見張る。昔は自分から話しかけてくることなどほとんどなかった
気がする。高校生活が充実しているのだろうか。自信に満ち溢れて
いるようにも感じる。
「真澄、いなくなっちまったよな」
突然、久木の口から飛び出た名前に、優花は当然のごとくビクッと
肩を震わせた。真澄ちゃんのことに過剰反応する体質は、彼が転校
した後も少しも改善されていない。
「俺、真澄のこと、ずっと知らなくて。ついこの間、はやとに教えてもら
って、びっくりしたんだ。確か、ゆうちゃんも真澄と同じ高校だよな? 」
「う、うん。クラスも同じだったから、わたしも真澄ちゃんの突然の転校に
驚いた一人なんだ」
出来るだけ心を落ち着かせて普通に話したつもりだった。彼と最近
また親しくなったことを、目の間の久木に知られたくなかった。
クリスマスに会う約束が叶わなくなった今、まるで付き合っているかの
ように誤解されるのはどうしても避けたかったのだ。
久木が開きかけた口を閉ざして、なぜかそのまま黙り込んでしまった。
お互いを探り合うような気まずい空気が周囲を漂う。
もしかしたら、勇人君が優花と真澄ちゃんの関係を誇張して久木に
吹きこんでいたとしたら……。優花は久木の表情を探りながら、次の
言葉を待った。
「そうだ! ちょうどよかった。あのさあ……」
突如明るい声を上げた久木が上体をかがめ、ボストンバッグの中から
カラフルに印刷されたパンフレットのようなものを取り出した。
「俺、今度の吹奏楽部のクリスマスコンサートで、ソロのパートもらえたんだ。
市民会館の中ホール。よかったら見に来てよ」
一年生では俺だけがソロに選ばれたんだ……と言って、はにかむ。
はい、これ、と手渡されたパンフレットは、コンサートのプログラムだった。
「これが入場の引き換え券代わりになるから。部員一人あたり、十人は
客を呼ばなきゃならなくてさ。他にもいろいろな人を誘う予定だから、気に
せず来てよ」
上質な紙に印刷されたプログラムにさっと目を通す。12月25日、午後
5時開演。
二十五日……。そう、その日は真澄ちゃんと約束をしていた日だった。
でも、白紙に戻ってしまった、悲しい日。
「あれ? もしかして、都合悪かった? 」
黙ったままプログラムをじっと見入る優花に、久木が慌てたように、裏返った
声を出す。
「そっか、そうだよな。その日は、なんたってクリスマスだしね。カレシがいたら
やっぱ無理だよな。それなら別に断ってくれてもいいんだけど」
久木は頭をポリポリかきながら照れ笑いを浮かべる。
優花は少し時間を置いた後、首を横に振った。カレシがいるだなんて、そんな
ことあるわけないよ、と言って。
「ええ? ホントに? なら、クリスマスコンサートに来てくれる? 」
優花はこくりと頷いた。
もちろん、彼のソロ演奏も気になるが、それ以上に真澄ちゃんと会えない
クリスマスが辛すぎて、コンサートに行けば寂しさを紛らわすことが出来る
のではないかと思ったのだ。
「行く行く。だってクッキーは中学の時から、めっちゃトランペットうまかたもん。
なんだか、すっごく楽しみになってきちゃった。あっ、ねえねえ。わたしの友だち
も誘ってもいいかな? 」
絵里や勇人君も誘ってみようと思いつく。十人も観客を呼ばなければいけない
彼のことを思えば、これくらいの協力は惜しまないつもりだ。ところが。
「あっ、それはダメだよ。そのプログラム一枚につき、その……。一人しか入場
できないんだ」
「そっか。じゃあ、あと何枚かプログラムもらえると、クッキーに協力できるよ」
優花は久木を助ける気持ちでそう言ったのだけど、彼の反応は鈍かった。
「ゆうちゃん、せっかく言ってくれたのに、ごめんな。今手持ちのプログラム
それしかなくて。それに、他のももう招待する人が決まりかけてるっていうか
その……。ほんと、ごめん」
「ごめんだなんて。そんなことで謝らないで。わかった。じゃあ、わたし一人で
行くね。市民会館なら駅の近くだし、場所もよく知っているから」
一度行くと言ってしまった以上、友だちを誘えないからという理由だけで
やっぱり行けないとは、今さら言えない。
「ゆうちゃん、ありがとな。二十五日、待ってる。俺、ソロのところ、絶対に成功
させるから。じゃあ、また! 」
久木が満面の笑みを浮かべ、手を振りながら走り去る。
「あ……。ま、またね」
優花とは反対方向のバス停に走って行く久木を目で追いながら、優花は
胸の前で小さく手を振った。
真澄ちゃんと会えないクリスマスに突然誘われたコンサート。
昔なじみの同級生にタイミングよく誘ってもらった、クリスマスコンサート
なのに。
心から待ち望んでその日を迎えられるはずもなく。胸の中にもやもやした
ものを抱えながら、バス停に向かってとぼとぼと歩き始めた。
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