そばにいて

 

 

 

 30.そばにいて 4

 

 

 

 

 「二度も……。呼び間違えられたの。ゆうって。最初は誰のことか

 わからなかった。でも。カレの表情を見てたら、ふと優花の顔が

 思い浮かんで……。ゆうって優花のことだよね。違う? 」

 「そ、それは……」

 「やっぱりそうなんだ。真澄君ったら、あたしと会ってる時は、いつ

 だって上の空で、ちっともあたしのことなんて見てなくて。初めは

 それでもいいって思ってた。ゆっくりとこっちを見てくれるように

 なればそれでいいって。でもね、それどころか、日に日にカレが

 思いつめているような顔をするようになって。もちろん、おじいさん

 のことも心配だったんだと思う。でもそれだけじゃないんだ。

 あたしを通して、真澄君は誰か違う人を見てるんだって気が付いた

 の。その……。ゆうって人を見てるんだって、わかって……。一度

 だって、マミ、いや麻美(あさみ)って呼ばれたこと、ないんだ。たまに大園は

 って言ってくれるくらいで、ほとんど会話に主語がなかったの。って

 やだ、優花ったら、なんて顔してるの? 」

  麻美が涙を浮かべたままクスッと笑って、優花を指さす。

  いったいどんな顔をしていたというのだろう。優花は無性に恥ずかしく

 なって、あわてて両手で頬を押さえた。

  それにしても。たとえ麻美とはかりそめの付き合いだったとはいえ

 自分の目の前の人物の名前を呼び間違えるだなんて……。

  それ、最悪だから。

  その時の麻美のショックを思えば、優花であっても胸が痛む。

  でも。もう二度と呼ばれることのないその名前を、もう一度彼の口から

 聞きたいと思った。無理だとわかっていても、真澄ちゃんに、ゆうと呼ん

 でもらいたいと、心からそう思った。

 

 「優花。そろそろバスが来るよ。早く行って。真澄君によろしく伝えてね。

 いろいろありがとうって。そう言ってくれると、うれ……しい」

 「マミ……」

  優花は麻美に無理やり腕を引っ張られて横断歩道を渡って行く。

  そして乗客の列の最後に並ばされた。

 「まだ新幹線の乗車時刻には間があるから、いつもの駅で待ってると

 絶対にカレに会える。絵里がそこで真澄君を引きとめてくれるって。

 さあ、乗って」

  麻美に背中を押されてバスに押し込められた。

 「じゃあ……絵里や真澄君に……よろ……」

  麻美の声が、閉まったばかりのバスのドアに消されて行く。

  優花は一番後ろのシートに座ると、バス停に立ちすくんでいる麻美に

 向かって、手を振る。それに気付いた麻美が懸命に笑顔を作って

 それに応える。胸の前で小さく手を振り返してくれた麻美に、ありがとう

 とそっとつぶやいた。

 

  バスを降りると同時に、ポケットのスマホが着信を告げる。絵里からだ。

 『優花! んもう、何してるの? 急いで。マミに会えたんでしょ? 早く

 早くっ! 』

 「わかった。今、バス降りたところ。もうすぐ駅に着くから」

 『あああ、吉永が行っちゃった! 早く、早く! あいつ、もう新幹線に

 間に合わなくなるから行くって。ちょっと、待ってーーー! 』

  絵里が何やら大声で叫んでいる。麻美の言った通り、絵里が真澄

 ちゃんを引きとめていてくれたのだろう。しかし、間に合わなかった

 ようだ。

  とにかく絵里のところまで行こうと、スマホを耳に当てたままわき目も

 ふらず人ごみをかき分けて、西側の改札口に向かった。

  同じようにスマホを耳に押しあてている絵里が、大きく手を振って

 こっちこっちと叫んでいる。

 「もうーーーーっ! 優花、遅いよ! マミからもちゃんと聞いたでしょ? 」

 「うん。ちょっと渋滞してて、いつもより時間がかかってしまって……」

 「ったく、ついてないね。でも、たまにはあたしのおせっかいも役に立つ

 ってことで」

  絵里が首をすくめておどける。が、しかし。

 「って、こんなこと言ってる場合じゃないんだってば。こんな時に信じられ

 ないんだけど、吉永ったら、スマホの電源切ってるんだよ。一向に捕まら

 なくて。これでも鳴崎と手分けして、随分捜したんだよ。そしたらどう?

 やっと見つけたっていうのに、もう時間がないって言って、たった今

 改札くぐって行っちゃったんだ。はい、これ、入場券」

  絵里にホーム入場用の切符を手渡され、早く行ってと、背中をぐいっと

 押される。本日二回目の背中押しだ。優花は結局、何も抵抗出来ないまま

 ひとの流れに紛れるようにして、改札を通り抜ける。

  振り返り、絵里にありがとう、と言って手をあげた。絵里がそんなこといい

 から早く行けと、大げさな身振り手振りで優花を追い払う。

  大きくうんと頷いて、プラットホームに繋がる階段を、一段抜かしで

 駆け上がった。

 

  

  次回、最終話になります。

  長い間お付き合いいただきありがとうございました。

 

 

 

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