そばにいて クリスマス編 11

 

 

 

 5.それは偶然じゃなくて…… 1

 

 

 

 

  クッキーのソロ演奏を聴いたら、すぐにホールを出よう。

  そうだ、そうしよう。

  優花はそう考えたとたん、幾分気持ちが軽くなった。それなら

 ば勇人君も納得してくれるだろう。クッキーとは同じマンションに

 住んでいる以上、今後もばったりと出会う可能性が高い。その

 時のためにも、せめて彼のソロだけでも聴いておかなければ

 気まずいだろうと思ったのだ。

  我ながら良い考えだと悦に入っていたのも束の間、一向に

 彼の演奏が始まらない。すでにプログラムは前半を終了し後半

 に差し掛かっていた。優花はしきりに隣に座る人の腕時計を

 チラッと見てはため息をつく。開始からすでに一時間近く経って

 いるではないか。そして一曲、また一曲と進むうちに、やっとその

 時がやってきた。

  彼がトランペットを構えて誇らしげに立ち上がり、その高校生

 離れした素晴らしい演奏を聴衆に披露した時、すでにプログラムは

 最後から二つ目の曲になっていた。途中で退散しようと思った

 もくろみなど、とっくの昔に打ち砕かれてしまっていたのだ。

  けれど、クリスマスコンサートと言うだけのことはあって、知って

 いる曲も多く、優花一人でも充分に楽しめたのは予想外の収穫

 だった。

  クリスマスメドレーが次々と演奏された時には会場全体がひとつ

 になって、我を忘れて手拍子を刻んでいたほどだ。真澄ちゃんと

 クリスマスを過ごせなかったことは辛いけど、こんなに迫力のある

 プロ顔負けの生演奏を聴けてよかったと、率直にそう思っていた。

  アンコールにはまたもやクッキーのソロが組み込まれ、それはもう

 割れんばかりの拍手で幕が下りた。

  人の波に押し出されるようにして、ロビーにたどり着く。

  するとそこには、今まで演奏していた部員たちがそれぞれに

 楽器を持って、演奏時のユニホーム姿のまま観客を見送るために

 待機していた。

  花道を作るようにして部員たちが両サイドに立ち、聞き終えた

 観客一人ひとりに向かってありがとうございました、とにこやかな

 笑顔を振りまく。

  クリスマスムードたっぷりに、どこかでシャンシャンシャンと鈴の

 音まで鳴りだすものだから、観客たちもなかなかその場から立ち

 去ろうとしない。

  充分にクリスマス気分を味わって最後の最後まで素晴らしい

 コンサートだったと余韻に浸りながらゆっくりと進んでいるとようやく

 人の波が途切れる。やっとのこと開放されるのだ。これでもう

 何事もなく帰れると思ったその時、優花は突然誰かに腕をつかまれ

 その人のそばに無理やり引き寄せられた。

 「ごめん、ゆうちゃん。最後のお客さんが帰るまで、ここにいて」

  クッキーだ。彼が優花にそっと耳打ちして、その場に引きとめる。

  突然の出来事にびっくりしながらも、もう帰ると伝えるため彼の

 背後から話しかけた。

 「あの。クッキー。遅くなると家族が心配するし、わたし帰らなきゃ」

  しかしクッキーは優花に返事をすることなく、ひたすら残りの観客を

 見送っている。これはもう強行手段に出るしかない。

 「クッキー、ごめんね。じゃあ、お先に……」

  優花はクッキーにそう告げてその場から離れようとしたのだが。

 「ゆうちゃん、あと少しだけ待って。頼むよ」

  彼が再び優花の腕をつかみ、哀しそうな目をして懇願するのだ。

  帰るタイミングを逃してしまった優花は途方に暮れる。どうして彼は

 自分を離してくれないのだろうと疑問に思いながらもそこから動けない。

  ほんの少しの力で添えられているだけの彼の手など、振り切って

 逃げ出すのは簡単だ。けれど、あと少しだけ待ってと言う彼のささやか

 な願いすら聞けない理由などどこにもないのだ。

  優花が来たことに対して、ただ礼を言いたいだけだとしたら……。

  それを無視して逃げ帰る自分が卑劣極まりない人間に思える。

  優花は無駄な抵抗はあきらめ、少しだけ待とうと観念した。

 

  ようやく観客が一人、二人と立ち去り、部員たちも列を崩して、思い

 思いにお互いをねぎらい始める。どの顔も満足げだ。楽器が出来る

 人がうらやましいと思える瞬間でもあった。

 「ゆうちゃん、待たせてごめん。今日はわざわざ来てくれてありがとう」

  最後の一人を見送ったクッキーが手を離し、笑顔でそう言った。

  やはり、優花に礼が言いたかっただけのようだ。

 「こっちこそ、コンサートに呼んでくれてありがとう。すっごく楽しかった

 よ。クッキーの演奏もプロみたいだった」

  優花もやっと自然に笑顔になる。

 「あ、ありがとう。そう言ってもらえると、頑張ったかいがあったよ。それ

 に予想外に大勢の人に来てもらえて、とってもやりがいがあった……

 って、おい、なんだよ! 」

  むんずとクッキーの肩を掴んだ大柄な男の人が、片側にチューバを

 携えて、優花に微笑みかける。

 「やあ、こんばんは。えっと、こちらのかわいい人は? なーるほど。

 これはもしかして……。クッキーもなかなかやるじゃないですか。うわ

 さのカノジョですか? 」

 「え? あ、いや、そんなんじゃないんです。先輩、よしてくださいよ」

 「またまた、そんなこと言っちゃって。みんなが言ってましたよ。クッキー

 がカノジョを招待してるってね」

  クッキーにあまりにも丁寧に話しかけるものだからてっきり同級生

 だと思っていたら、先輩だったようだ。それにしても、彼女とかありえ

 ないし。もうこんなところにはいられない。一分でも一秒でもすぐにここ

 から立ち去りたいと思った。

  

 

 

 

 

 

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