西方見聞録(旧パリレポート)

西方見聞録(旧パリレポート)

2015〜2020年パリ、2020年4月に本帰国しました。帰国後も”これは!”と思うものを探し、レポートしています!!

こんにちは、カズです。

 

今回は、2026年2月19日(木)実施、「渋谷の今昔を歩く」企画で通るポイントの説明、

及び、そのポイントの昔の風景を写真でお伝えしていきます。

 

【渋谷のベースは大山道】

 

まず渋谷は元々はどんな場所だったか。

渋谷のベースになっているのは、「宮益坂」から「道玄坂」に抜けていく道です。

 

この道は「大山道」「矢倉沢往還」「足柄道」と呼ばれ、

実は奈良時代や平安時代といった古代から官道として使われてきた

最も古い東海道とも言われています。

※ただ、800年の富士噴火で歩行困難になり、主要道は箱根路に

 

その古道における、江戸城、現在の皇居から最も近い、

最初の休息地が宮益坂、そして道玄坂だった、ということです。

 

江戸時代の宮益坂

 

特に宮益坂は、江戸時代になる少し前、1570年、

坂の途中に「宮益御嶽神社」が創建され、茶屋もできるなど

最も早く町屋となった場所です。

 

道は渋谷駅に向かって下っていく場合

右側の歩道あたりが古道が通っていた場所で、

道幅は約5.4メートル。現在よりも急な坂道で、

「富士見坂」とも呼ばれ、

1745年の記録では、道の両側に計72軒が連ねていたとのこと。

1828年には170軒となっています。

 

餅屋やご飯屋、水菓子屋、そば屋、すし屋などがあったようです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

坂を降りたところ、

現在の明治通りを渡ったところには

幕府が民衆に法令や罰則などを知らしめるために掲示した

高札も設けられていました。

 

宮益坂下には高札場もあった

 

またそのすぐ先、現在のみずほ銀行の角の部分に、

かつて「宮益橋」が架かっており、

その下には「渋谷川」が流れていました。

宮益橋と渋谷川

 

1901年(明治34年)の宮益橋と渋谷川(東京都建設局所蔵)

 

この橋は今はもちろんありませんが、

渋谷川は今もこの川があった場所に流れており、

現在は暗渠となっています。

 

渋谷川自体は、スクランブルスクエアの先からは

開渠となっているので、見ることができます。

 

また、この古地図を見ると

この宮益橋のところに一本、左から川が流れ込んでますが、

これは「宇田川」です。

 

渋谷川の支流「宇田川」

 

宇田川はセンター街の下を流れている川で、

「宇田川町」の名前にもなっている川です。

センター街を歩くと、少し川臭いのは

下に宇田川が流れているためです。

 

江戸時代を通じて、渋谷地区はこの大山道の両脇は全て田んぼで

台地の上は畑でした。

今の渋谷駅がある場所も、もちろん田んぼでした。

 

渋谷駅周辺は、江戸時代は田んぼだった

 

渋谷はまず、大山街道の「宮益坂」から栄えました

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明治以降、渋谷を変えた大きな出来事

その①【渋谷駅ができる】

 

そんな大山道の休息所的でしかなかった渋谷ですが、

明治時代になっていくつか大きな変化が起こります。

 

その最初が「鉄道の停車場ができた」ということです。

日本鉄道品川線という、現在の山手線にあたる線が

赤羽から品川に向かって敷かれたのですが、

 

その品川線で

現在の山手線区間で最初にできた停車場が、〈新宿〉と〈渋谷〉でした。

1885年、明治18年のことです。

 

この品川線は当初は人を運ぶ目的ではなく、

栃木や群馬の生糸を、横浜に運ぶ物資輸送の目的で敷設され、

 

線路は、当時の江戸の町を避ける形、

江戸の淵を走るラインで敷設されました。

 

渋谷は、江戸の端っこだったので

このライン上にあり、

さらに大山道という街道が走っていたことで

停車場が設けられる形となりました。

 

1885年(明治18年)、渋谷に停車場ができる

 

下のイラストは大正時代初期のものですが

昔の渋谷駅周辺を描いたものです。

 

開設当初、渋谷駅は現在の場所ではなく、

もっと南、昔の埼京線のホームがあった辺りにありました。

※現在の「JR東日本ホテルメッツ渋谷」周辺

 

こちらは大正時代初期の渋谷駅周辺のイラスト。現在の位置に移転したのは1920年(大正9年)。大岡昇平『幼年』(潮出版社)より

 

 

その②【渋谷周辺に軍の施設が移転してくる】

渋谷に駅ができたものの、鉄道の利用者は当時非常に少なく、

駅ができたから渋谷が発展した、というわけにはいきませんでした。

 

そんな中で渋谷が大きく変わった出来事が

多くの軍施設が、大山街道沿いに移転してきたことです。

 

駅ができた2年後の1887年(明治20年)に

日比谷から青山に練兵場が移ってきて、

 

1890年(明治23年)には

現在の渋谷税務署のあたりに軍の監獄が、

 

1891年(明治24年)には

池尻、駒場に陸軍の騎兵隊が移駐。

青山に陸軍大学校ができ、

 

1907年(明治40年)、

現在の代々木公園の地に、練兵場も完成し、

また玉川電気鉄道(現田園都市線)も開通し、

 

渋谷は軍人が集まる街となり

道玄坂一帯が花街へと発展していきました。

 

元々江戸時代から大山街道沿いにある神泉は豊富な湧き水があり、

弘法湯という共同浴場が有名で、

その周辺には料亭などがたくさんあって花街を形成し、

 

軍関係者が渋谷に集まるようになると、

花街は神泉から広がって現在の円山町にまでおよび、

大正時代になると円山町の地は「三業地」という

公認の花街となって、渋谷の中心地となっていきました。

 

また京王井の頭線西口を出たところにある「大和田横丁」も

料亭が立ち並び、多くの芸妓さんが闊歩していました。

 

渋谷は軍人が集まる街となり、円山町や道玄坂周辺が花街として栄える

 

 

その③【関東大震災  ×〈百軒店〉】

円山町界隈の賑わいで急速に発展した渋谷は、

1923年(大正12年)の関東大震災で

山の手の位置していることもあって大きな被害を受けることがなく、

 

その翌年の1924年(大正13年)に

円山町に隣接する広大な土地を

のちの西武となる「箱根土地株式会社」が入手し

「百軒店」という商店街を開発。

 

関東大震災で被災し、店を失った下町の名店を誘致し、

東横線、井の頭線、地下鉄の開通によって

渋谷がターミナルと化したことも相まって、

東京一と言われるほどに繁盛しました。

 

百軒店は戦争の空襲によって全焼しましたが、

戦後復興し、喫茶店、バー、飲み屋、洋食店、映画館が立ち並び

盛況を取り戻していきました。

 

盛況を極める「百軒店」

 

1964年のオリンピックあたりまで

渋谷といえば「百軒店」というほど

渋谷の中心地として君臨していました。

 

大正時代から昭和に入り、戦後に至るまで、渋谷の中心地は「百軒店」にあった

 

その④【終戦  ×  代々木公園の地は米軍の宿舎に】

1945年の終戦後、渋谷にもたらした大きな変化は

現在の代々木公園の地、かつての代々木練兵場の場所に、

アメリカ軍の宿舎「ワシントンハイツ」が建てられたことです。

 

現在の代々木公園の地に建てられた米軍宿舎「ワシントンハイツ」

 

この「ワシントンハイツ」から渋谷は至近距離で、

渋谷には米兵が本国に戻る際に処分するものが売られる質屋などが

百軒店の坂下に位置する「恋文横丁」にあって、

 

米軍横流しの服やジーンズ、レコード、楽器など

アメリカの文化が若者に伝播し、

アメカジの源流となっていきます。

 

この恋文横丁に「さかえや」という軍物横流しの古着屋があって

それが「麗郷」の坂を上がった左側に「ミウラ&サンズ」というアメカジの服屋を出店。

それが現在の「シップス」になっていきます。

 

11

恋文横丁(道玄坂小路)にあったシップスの原点「さかえや」

 

シップスの原点「さかえや」

 

戦後、現在の代々木公園〜NHKの一帯が米軍の宿舎(ワシントンハイツ)となり、アメリカ文化が渋谷に流入した

 

 

その⑤【64年 東京オリンピック開催】

渋谷にもう一つ、大きな変化を与えたのが

1964年に開催された「東京オリンピック」です。

 

このオリンピックに合わせて、

渋谷区は「渋谷公会堂」を建設。

 

またNHKは、このオリンピックに合わせて、

「放送センター」をアメリカ軍のワシントンハイツの地に移設を進めていきます。

 

国立代々木競技場の建設、国道246の大幅な拡張工事、渋谷川の暗渠化、東横線の駅舎も拡張され

清潔で近代的な、今日の渋谷の基礎がこの時期に出来上がりました。

 

それを全力で推し進めたのは、渋谷の最大ディベロッパーである東急です。

 

渋谷は国鉄の渋谷駅に、東急が東横線、玉電(現在の田園都市線)を接続させ、

駅前に東急や玉電の駅ビルや文化会館などを建設し、積極的に開発していましたが、

 

当時渋谷の中心は、西武が開発した「百軒店」にあったわけで、

東急としては、人の流れを何とか東急に寄せたい、

という思いがあり、そこで打った手が、

百軒店のさらに奥、坂上にある場所に「東急百貨店本店」を開業(1967年)。

 

そして、その東急の仕掛けに呼応して、翌68年、渋谷にもう一つ百貨店をオープンさせたのが

「百軒店」を仕掛けた〈西武〉でした。

 

オリンピック開催に向かって東急は渋谷を近代的な街に整備。今日の渋谷の基礎ができる

 

その⑥【セゾングループが〈今日の渋谷〉の原型を作る】

しかし、この「西武百貨店」は、渋谷の主役だった〈百軒店〉を作った「西武」とは

実は別の「西武」でした。

 

「西武」は創業者の堤康次郎が64年に亡くなった後、

三男の義明が後継者として「西武鉄道」を経営していきますが、

 

西武の流通部門だった「西武百貨店」は

次男の清二が受け継ぎ、

 

兄弟で全く別の会社組織として

二つの西武が経営されることになりました。

 

その清二は父が亡くなり経営に入っていくまでは

詩人として名を馳せていた文化人で、

引き継いだ西武百貨店も独自の文化色を前面に押し出し

展開していきます。

 

そして、それが今日の渋谷を作った、

と言っても過言ではないでしょう。

 

清二は「商品を売る」のではなく「文化を売る」という戦略で

渋谷に進出していきます。

 

その最大の主役となったのは「パルコ」です。

清二は「パルコ」を筆頭に、

〈セゾングループ〉を形成し、

 

「ロフト」「SEED」「WAVE」「クアトロ」「西友」

「パルコ劇場」「無印良品」「ファミリーマート」「J-WAVE」などを展開し、

 

斬新な広告や、新進気鋭のデザイナーを取り上げた

セレクトショップの出店で、

新しいカルチャーを創生。

パルコの広告は斬新なコピー、デザインで、新しい時代を予感させた

 

 

若い世代の圧倒的な支持を受け、

渋谷の人の流れを「パルコ」に向かう道の方に

一気に変えました。

 

パルコ周辺は「公園通り」や「スペイン坂」など

独特の通り名が付くようになり、

現在に繋がる渋谷の若者カルチャーが

〈セゾングループ〉によって生み出されることになりました。

 

70年代から80年代にかけて、渋谷の流れは一気に「パルコ」を中心とした〈セゾングループエリア〉に

 

その⑦【バブル崩壊、ストリートカルチャーに】

しかし、栄枯盛衰で、そんなセゾングループは、バブル崩壊とともに

急速に勢いを無くしますが、

渋谷で生まれた若い世代が主役のファッション文化は

90年代に入ると、大きく二つに分かれていきます。

 

一つはアメカジの流れを引き継いだ〈渋カジ〉ファッションを身に纏った

「チーマー」と呼ばれる東京の不良少年グループと、

短いスカートなど露出は多め、派手な髪色、メイクを施した「コギャル」グループ、

彼ら彼女らは、センター街、そして「渋谷109」をベースにし、

独特の渋谷ポップカルチャーを作り出していきました。

 

 

もう一つの流れは、セゾングループからの高感度なファッションセンスを継承した

「セレクトショップ」の流れです。

 

この時期、原宿で「ビームス」が人気を博し、

その「ビームス」の名物店長が独立して「ユナイテッドアローズ」を創設。

渋谷の周辺部や明治通り沿いに小さいセレクトショップもたくさん生まれ、

また渋谷で原型が生まれ、銀座で誕生した「シップス」や

自由が丘発祥の「トゥモローランド」なども

渋谷に旗艦店を構え始め、

 

ファッショニスタが集まる街、という側面も

生み出されました。

 

109やセンター街にチーマーやコギャルが、パルコのさらに奥周辺、そして明治通り沿いにファッショニスタが集結

 

 

その⑧現在

【東急の大型開発で駅前の街に】

 

その後、渋谷はしばらく2010年代までは

センター街、109の人気が中心の、若者カルチャーの街でしたが、

2012年に「渋谷ヒカリエ」が誕生したあたりから、

渋谷に大きな変化が出始めます。

 

駅前の百貨店や商業施設が老朽化し、

また売り場も一昔前感が否めず、

 

若者は皆センター街や、北側の奥の渋谷に流れるようになり、

東急の存在感が危ぶまれていましたが、

この時暗い雰囲気だった渋谷の東口に

30代女性をターゲットにした「渋谷ヒカリエ」をオープンさせ

人の流れを一新。

 

さらに東急は開発を進め、

2018年には「渋谷ストリーム」、

2019年には「渋谷スクランブルスクエア」「渋谷フクラス」

2021年に「しぶちか」をリニューアルし、

2024年に「渋谷サクラステージ」をオープン、

 

現在、駅ビルの「東横百貨店」を閉店、

全く新しい2棟の「渋谷スクランブルスクエア」を建設中で、

それらが有機的に繋がり、街の一体感を創出する、ということです。

 

渋谷は東急による大規模開発中。街全体の回遊性が失われて、駅前だけの回遊性という街にならないことを祈るばかり

 

 

Qフロント側のスクランブル交差点から渋谷駅を見た「渋谷開発後の姿」(東急のHPより)

 

 

渋谷東口の開発後のイメージ図(東急のHPより)

 

東急の開発は非常に未来的で、

東西南北で分断されていた渋谷の街が

シームレスに繋がる

ワクワクする街づくりですが、

 

これまで時代によって移り変わってきた

様々な顔を持つ渋谷の地層、多面性

それを結んでいた回遊性が失われることがないよう

開発が進むことを祈るばかりです。

 

 

 

 

こんにちは。


このブログを読んでくださっている皆さんは

どこにお住まいでしょうか?


東京?

大阪?

名古屋?

札幌?


そのような大都会ではなく

小さな街や山間部にお住まいの方も

いらっしゃるかもしれません。


はたまた、日本ではなく

海外にお住まいの方もいらっしゃると思います。


私はパリに住んでいる時に

このブログを始めましたが、

その前は東京に住んでいて、

帰国後も東京に住んでいます。


東京には、

まだ若い頃からずっと住んでるので、

何十年と、いろいろなところに

住んできましたが、


23区と一言で言っても、

かなりエリアによってカラーが異なるので、

「東京に住んでます」

と言っても、

「え?東京のどこ?」となるのですが、


東京に住んでいない方や

これから東京に住む予定、という方にとっては

「東京って、どんな構成になってるの?」と

なるかもしれません。


と、そんな方のために、

東京の東西南北に住んできたわたくしが、

各エリアの雰囲気や

東京の構成です


こんな人はここに住んだほうがいい、

的な話を、

ババーっと15分ぐらいでまとめた

動画を作ったので、


東京のことをもっと知りたい方や、

来年の春から東京に行く予定、

という方は、ぜひ見てみてください!


東京のこと、何となく分かると思います!


この動画です


ぜひ動画を見てくださったら、

その感想など知りたいので、

YouTubeのコメントか

もしくはこのブログのコメント欄に


感想を残してくださると

「あー、なるほど!」と

次からの動画制作のフックになるので

よろしくお願いします!


それでは、寒い日が続きますが、

風邪などひかれないよう

ご自愛くださいませ。


ではまた!

こんにちは。


先日こちらのブログでお伝えした

街歩きの企画、

明日11月25日(火)、実施します!


集合場所は、

東急東横線「中目黒駅」

南改札口

「THE CITY BAKERY(ザ•シティ ベーカリー)の前」


集合時間は、

午前11時


出発時間は

午前11時15分です、


歩くのは、

古代•中世から続く街道

「旧鎌倉街道」です。


中目黒駅から

渋谷、青山、表参道を通って

千駄ヶ谷まで歩きます。


もちろん無料です!


以下が詳細になります。


明日来られる方は、

歩きやすい格好でお越しください!


それでは、皆様とお会いできることを

楽しみにしています!



こんにちは。

カズです。


先日アップしたYouTubeで

(こちらです)



お伝えしているのですが、


チャンネルの登録者が一万人に達した記念で、

皆さんと東京の古道を散歩しましょう!

という企画を立ち上げました!!


日時は、

11月25日(火)。


東京で最も古い道の一つ、

[鎌倉街道]を歩きます。


ルートは、

東急東横線の〈中目黒駅〉から

国立競技場がある

JR〈千駄ヶ谷駅〉まで。


〈平安時代から続く都心の古道

[鎌倉街道]を歩く〉

東京都心部で最も古い道の一つです!


集合は

11月25日(火)の

午前11時。


集合場所は、

東急東横線 中目黒駅 南改札口

「THE CITY BAKERY」の前

(ザ•シティ•ベーカリーの前)

(店内ではありません)


午前11時15分に出発します。

(遅れて到着してしまった方は、申し訳ないですが待たずに出発するのでご了承ください)



雨天は中止です。

その場合は、こちらのブログで前日にお知らせします。


本当にパラパラしか降っていない

小雨の中の小雨であったら決行します。


参加費は無料です。


歩く距離は、約5.3kmです。


所要時間は約2時間を考えていますが、

カフェに立ち寄る場合はもっとかかると思います。

距離計測アプリでは、303kcalのカロリー消費が期待されます!


参加希望の方は、

必ず歩きやすい格好に

歩き慣れた靴でお越しください。


また、途中、

代官山駅や渋谷駅、表参道駅、

外苑前駅の近くを通るので、

疲れて帰りたくなった方は

簡単に離脱可能です。



途中、喉が渇くかもしれないので

できれば水はご持参ください。


途中、中間地点の表参道あたりのカフェで

お茶をしたいと思っています。

(参加者の方々と適当に決めます)


参加については、

特に事前に申し込みなどの手続きは不要なので

集合時間に来ていただければ大丈夫です。


ただし、出発時間が来たら

すぐに出発します。

遅れて来られる方を待つことはしないので

そちらはご了承ください。


何人ぐらいの方が参加されるか

全く分かりませんが、


もし誰も来なくても、

私1人ででも出発しますので、

〈1人だったらどうしよう、、、〉

とお思いになっている方は

気兼ねなくご参加ください😆


当日、待ち合わせ場所では

私が下の地図を持って立っているので、

この地図を持っている人を見たら

声をかけてください!

この地図をプリントアウトして持って立っています!


また、街歩きの企画ですので

私も十分安全に配慮して実施いたしますが、

万が一の事故などについては

当方では一切責任は負いませんので、

ご自身の責任でお願いします。


それだけはご了承ください。


もし、事前に企画日時の変更などがありましたら

こちらのブログでお知らせしますので、

参加ご希望の方は、

前日に再度こちらのブログを

ご確認くださいませ!


(何も変更がなくても、

前日に決行のお知らせブログを更新します)


それでは当日、

皆さんと散歩できることを

楽しみにしています!


〈今回のルートメモ〉

東京の都心部を走る最も古い道は、

古代東海道(YouTubeで以前詳細をお話ししています!)と

こちらの鎌倉街道の中道になります。


鎌倉街道、と聞くと、

鎌倉時代の道、と思いがちですが、

この道は鎌倉時代のずっと前から使われてきた道で

平安時代には使われていた道になります。


つまり、約1000年も前からある道になります。


なぜ1000年も前から

ここに道が通っていたのか、

なぜこのルートだったのか、


など、皆さんと話しながら、

そして実際に現場を歩きながら

見ていければと思います。


そして、その理由を知ることで、

東京の街を形成する上で

とても重要な事実が見えてくる!

というのが、また面白いところです😆


では、当日、またお話ししましょう!


YouTube「パリちゃんねる」と

「apricot tt」の管理人をしております

〈カズ〉と申します。


この度は、

小ブログ「西方見聞録パリレポート」に

たどり着いて頂き、ありがとうございます。


これも何かの縁でございますので

今後もどうぞよろしくお願いします🙇‍♀。


さて、

当ブログは1031記事がございまして

「どの記事から読めばいいの」か

分かりにくい部分もあると思うので


下に【当ブログの人気記事】を

まとめてみました。


ぜひ、ここから読んで頂けますと

ブログに入っていきやすいかと思いますので

よろしくお願いします。


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皆さんは地上波テレビ、見てますか?


私の家は、テレビを捨てたので

地上波テレビはもう10年以上、

見ていないのですが、


父母を病院に連れて行った時など、

病院や処方箋薬局でテレビが流れてて

それでたまに見るのですが、

そこで永遠に流れていたのが

〈テレビショッピング〉。



日本テレビの朝10時からの番組だったのですが、

1時間ほど、ずっと

[腰に巻くだけで痩せるスーパーベルト]とか

[特別価格で提供する宝石]とか

[爆売れファンデーションを特別価格で]とか

めちゃめちゃ高額なものを


芸能人のゲストやアナウンサーが

「すごーい! すごーい!」言いながら

ずっと商品の宣伝をしてる。


こう言うのは、

別にYouTubeとか、雑誌とか

そう言うメディアで売ろうとするのは

全く問題ないですが、


地上波テレビって、公共の電波ですよね?

免許制で、独占なメディアなわけです。


チャンネルって、

NHKと

日本テレビと

TBSと

フジテレビと

テレビ朝日と

テレビ東京、


基本この6局しかないわけです。


その中で、民間はたったの5局。


総務省から電波を割り当てられた

免許制で、

他からの参入は許されない。


そんな日本国民にとって

大事なインフラであり、

公共性が極めて高いメディアが、


自社の売り上げのために

1時間も時間を割いて、

商品を売っている。


そんなこと許されるのか?


と、怒りを覚えたわけですが、

さらに怒りを助長させたのが、

販売している商品が酷いこと。



まず、

[つけるだけで、お腹が凹むベルト]

こんなやつです。


「これをつければ、お腹が凹んで、理想の体型に!」

と言った趣旨で、

ゲストの芸能人、アナウンサーが

「わー、ほんとだー!」

「私、絶対買います!」

「今買わないとダメなんだー」

とか、言ってるわけです。


もう、何個も酷いポイントがありますが、

まず、

ベルト着けるだけで、お腹は絶対に凹みません!


そんなこと、テレビの人間なら知ってるだろうに、

よくもそんな宣伝文句で

高額な商品をテレビで売れるな!!!ムキームキームキー

(6万円ぐらいしてた)


お腹を凹ますには、

食事管理と運動で体脂肪を落とす、

それしか方法はありません!!!


そんなこと、

医学的にも当たり前なのに、

よくもまあ、公共のテレビで

しかも番組のショッピングで言えるな!


テレビは自分の利益のためなら

そんな事をすると言う事です。


本当に信用できません。


そして、

[特別価格で提供する宝石]。

これ、10万円越えのものを販売してましたが、

公共の電波で、

きれーーーいにキラキラした映像で

ゲストの芸能人が

「ほしーーーい!!!」

「今買わなきゃ無くなっちゃう」

とか言いながら売ってる。


こんな利益率の高いものを、

テレビという信用性を使って

売ってる。


そう言うと、

「そんなの買う人が悪い」という人も

いるかもしれません。


それは、

〈ちゃんと自分で判断できる人〉に売るなら

まー、百歩譲ってしょうがない、

と言えるかもですが

(言えませんが)


実際に買ってるのは誰か、

ということです。


これ、買ってるのは、

ほとんどが高齢者。


しかも、若干認知機能が弱くなっている方々が

とても多いのです。


そのような方々は、

もちろんYouTubeなどのメディアは

使えません。


テレビを見るしかないのですが、

その高齢者が見るのが、この

地上波テレビの〈テレビショッピング〉なのです。


そして、認知機能が弱まっているため、

導かれるようにこれを買ってしまう人が

とても多いのです。


まさに私の親がこれでした。

気がついたら、大量の化粧品を

〈テレビショッピング〉で購入して、

高額な請求が届く、というわけです。


テレビは

「そんなの、買う人が買いたいから

買ってるんだから問題ないじゃない」

と言うでしょう。


痩せないものを「痩せる」と言って

公共の電波で買わせる。


値段設定がおかしい宝石や化粧品を

平気で売る。


果たして、これらを

自分で調べて情報を取れる若い人たちが

買うでしょうか。


買いません。


本気でお腹を凹ませたい人は、

ちょっとYouTubeやチャットGPTで調べれば

食事管理と運動が不可欠なことに

すぐに気がつきます。


つまり、

超高齢化社会になった今、

大量に出現した

高齢者という新しい情弱者たちをターゲットに

ぼったくりビジネスを、


免許をたてに電波を独占する

公共機関でもあるテレビが

行っているのです。


百歩譲って、

もう全く信用がないフジテレビが

やってるなら(やってる)、

「まー、しゃうもないフジテレビだからな」

で済みますが、


日テレなど他の局もやってるわけです。


もう、本当に日本のテレビは

終わってるとしか言いようがありません。


皆さんも、将来必ず年は取るわけですから

テレビが言うことは鵜呑みにせず

変なぼったくり番組には十分お気をつけくださいませ。

大変ご無沙汰してます。


ところで皆さん「お金」って

興味ありますか?


おそらく皆さん

毎日使っているであろう「お金」。


あんまり深く考えたことない、

と言う方がほとんどだと思いますが、


おそらく多くの人が、

この「お金」をもっと欲しい、

と思っているであろうし、


そのために日々仕事をしたりなど

していると思います。


でも、そんなに簡単に稼ぐことは難しいのも

この「お金」。


というか、この「お金」って

そもそも何だ? と皆さんは思いますか?


と言いますか、どこからやって来ていると

思いますか?


[そりゃ、国の機関が発行してるんでしょ]

[いやいや、日本銀行が発行してるんだよ]



と言うわけで、わたくし、

日本の中央銀行たる「日本銀行」に

見学で行って参りました。


そこで知った、

お金の衝撃的な正体とは!?


と言うのを、動画にまとめてみました。



これはYouTubeにアップしたものですが、

そもそも自分は

パリに住んでいる頃から

「パリちゃんねる」というYouTubeチャンネルを

運営してきたのですが、


わたくし、元来、東京の地形マニアで


運営している「パリちゃんねる」を作らなければ、

と思いながら、

どうしても、大好きな

東京の地形のチャンネルを作りたく、


「パリちゃんねる」とは別に、

新しく、東京の地形を巡るチャンネルを

作ってしまいました。


元々、使っていなかった

大学時代のサークルのチャンネルに

適当に動画をアップしているので、

チャンネル名はサークル名のままですが😅。

(apricot ttと言います)


3ヶ月前から本格的に始めて、

7本の動画をアップしており、

(パリ時代にアップしたもの一本含む)


現在9820人の方々にすでにご登録頂いております!

※もうすぐ1万人の大台に到達!!


このチャンネルは

•縄文時代からの東京の成り立ち

•奈良時代から続く、東京で一番古い道を辿る


といった、東京マニア向けのものですが、

ぜひ東京の街に興味がある方は

一度覗いてみてください!


(できれば、チャンネル登録もお願いします😅)


今回の「日銀で知ったお金の話」は

その「東京で最も古い道を辿る」途中に

日本銀行があって、その撮影で日銀の中に入って

知ったお金の正体の話、になります。


作った自分が言うのもなんですが、

かなり面白いので、

ぜひご覧くださいませ!


ちなみに、この新しいチャンネルのリンクを

下に貼っておくので、

ぜひこちらからチャンネルを見てみてくださいませ!

apricot tt



今回は、思いっきり顔出ししてます!!











先日カフェで友人とお茶をしていたら、

隣の席の男子高校生が

自分のペーパーナプキンを何かの拍子に落としてしまい、


それを私が拾ってあげて

その高校生が「すいません、ありがとうございます」

と、お礼を言う、

そんなやりとりがあったのですが、

チャットGPTが作成した男子高校生のイラスト


ふとその高校生のバッグを見ると、

そこに書いてあったのは

「KAISEI」という学校の名前。


〈KAISEI〉とは、泣く子も黙る

日本で最も頭のいい高校の一つ、とされている

【開成高校】のこと。


東京大学への進学者数は

43年間、日本一。


もちろん、私と一緒にお茶をしていた友人も

そのバッグの〈開成〉という文字に気付いて

〈うわー、開成じゃん!〉

と、声には出さずに


お互い顔を見合わせて

驚いたわけです。


開成高校、

その校内順位上位約30%が

東大に行く超エリート校。


この子も東大に行くのかなー、

と思いながら、その友人と会話をしていたのですが、


ふと私がトイレに行きたくなって席を立ち、

トイレから帰ってきたら、

何と私の友人が、

その開成の子と話をしてるではないですか!


どうやら私がトイレに行っている間、

私の友人がその開成高校の子に

話しかけて、会話が始まったらしい、、、

(私の友人は超社交的😅)


そこから、3人での会話が始まり、

もちろん話題は〈開成高校〉について。


今は高校3年生で受験前、とのこと。

(この話は昨年の秋ごろの話です)


やはりみんな東大を意識してるんですか?

という質問に、

「東大か医学部志望が多いです」

とのこと。


あー、なるほど、医学部ね。

それで、あなたは?


「私は医学部志望です」


おー、凄いですね!

なぜ医学部を目指すのですか?

というか、なぜ医者になりたいのですか?


「収入が良くて、

国家資格なので安定しているからです」


あ、なるほど、、、😅

周りの医学部を目指す方々も

医学部を目指す理由は同じような感じですか?


「そうですね。あと、基本的に

医学部が難しい、という価値観があるから

そこを目指す、というのがあると思います」


あ、なるほど、、、😅


とまあ、軽く会話をしたのですが、

驚いたのは、彼らほどの頭脳を持つ者が、

「収入。安定」

「難しいから、そこを目指す」

という理由で、医学部を目指すということ。


もちろん、医学は人間にとって

最も重要な学問の一つなので

彼らのような最高頭脳がそこに集まるのは

人類にとって大きなメリットではあるのですが、


「収入。安定」

「難しいから目指す」

という価値観で、日本のトップたちが

そこを目指すというのは、

何か違うような、、、


そんなに頭いいのに、

何か思考停止しているような、、、


そこまで頭がいいなら

医学の道に進むなら、ぜひその理由は

「医学で人を救いたいから」とか


他にも「こういうことがやりたいから」

とか、

そこは偏差値主義の延長で考えるのではなく、

〈大志〉があって欲しかった、、、

「少年よ、大志を抱け」のクラーク博士


いや、普通の人たちは

そう言う〈収入〉や〈安定〉〈難易度〉で

進路を考えても、全く問題ないと思うのですが、


最高峰の学生は、ぜひ

〈大志〉を抱いて欲しかった、、、


とまあ、大学受験前の

まだ高校生ですから、

しょうがない話なんですが、、、

皆さん、コーヒー、毎日飲みますか?


コーヒーは最新の医学によって

「健康に良い」「推奨される飲み物」

とされています。


自分の小さい頃は、

コーヒーって体に悪い飲み物と思っていたので

「体に良い」と言われると

ちょっと違和感がありますが、、、


コーヒーが体に良い理由は

それにカフェインやポリフェノール

などが含まれているため。


それらの効能は

・疲労回復

・コレステロール値を下げる

・善玉コレステロールの増加

・ぜんそくの抑制

・脂肪を分解

・消化を促進

・精神のリラックス

・心臓病、脳卒中の死亡リスク低下


などがあげられます。

(上にあげた効能は、コーヒー業界発信の情報ではなく、国立がん研究センターなどの記事からです)


体を元気にしてくれます!


もちろん砂糖の入れすぎや

飲み過ぎは良くないですが、

牛乳などを入れて

適量を毎日飲むと健康にいいのは

間違いなさそうです。


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そんなコーヒーですが、

元々は実を乾燥させ

砕いたものを水で溶いて薬として

飲んでいたようですが、

(6〜9世紀頃、エチオピア周辺)

コーヒーの実。これを乾燥させて砕いて水に溶いて飲んでいた


13世紀頃に、

実ではなく豆を煎って味わうようになり

(イエメン)

15世紀には砕いて煮出して飲むように。

→今のトルココーヒーの原型

(ペルシャ、トルコ)

トルココーヒーのジェズヴェ。ただいま流行中です


16世紀にはトルコで

最古となるカフェがオープンし、


《コーヒーが世界に広まったルート》

コーヒーは、エチオピアからイエメン→トルコ→イタリア→イギリス→フランスと伝わっていきました

※visual.ly参照


その後、イタリア(ベネツィア)に渡って

ヨーロッパに広まり、

17世紀にはイギリスでカフェがオープン。

→ベネツィア最古のカフェに行った時の記事はこちら 


フランスでカフェオレが生み出され、

その後世界に広まっていきました。


(ドリップコーヒーはフランス発祥で1800年ごろから)

(エスプレッソの原型はフランス人の考案で1819年。エスプレッソマシンはイタリア発で1901年から)

(インスタントコーヒーは日本発祥で1899年から)

※UCCのHPより


(過去記事でこの辺りの事を詳しく書いたので、興味ある方は→こちらへ )


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過去記事のリンクが多くてすいません、、

7年もブログ書いてると、

「あ、あの時詳しく書いたな」とか

繋がってくるので、、、汗


うざかったらスルーお願いします!🙇

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長くなって申し訳ないですが、

それで何が言いたいかというと、


そんな世界に広まったコーヒーですが

その後どうなっていったか、というと

現在世界を席巻しているのは

ご存知「スターバックス」。

美しい歌声で船乗りを誘惑し、心を奪ったとされる人魚「サイレン」がロゴマーク。後ろの建物は東京・目黒のスターバックスジャパン本社


1971年に

米シアトルで創業したスターバックスは

今や世界86か国38,038店で展開。

(2023年10月1日のデータ)

店舗数は米国が多く、次いで中国、日本、韓国、カナダとなっている


スターバックスはなぜこんなに

世界で成功したのか。


その理由はもちろんいくつかありますが、

よく言われるのは、

「スターバックスは

コーヒーを売ってるのではない。

サードプレイスを作ったからだ」

というもの。


サードプレイスとは〈3つ目の場所〉。

人生のうちで、最も多くの時間を過ごす

①「家」(1つ目の場所)

②「職場」(2つ目の場所)

そして、人が最もパーソナルな時間を過ごせる

3つ目の場所(サードプレイス)

それが「スターバックス」という話です。


そのためスターバックスは


【ロマンチックな味わい】

コーヒーの味と匂いによって、人々を日常から解放し、遠いロマンチックな世界へ誘う


【手の届く贅沢】

誰もがベンツには乗れないけど、スターバックスでは金持ちもお金のない学生も平等に最高級のコーヒーを楽しめる


【オアシス空間作り】

スターバックスに来れば、日常の喧騒を離れ、一人の空間でささやかな逃避行を楽しむことができる


【中立的な社交場】

普段着で過ごせる、肩肘張らない社交場を提供


をキーワードに、コーヒーをフックにした

空間を提供してきました。

これが、スターバックス成功の秘訣、

というものです。


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もちろん、サードプレイス提供の理念も

成功した理由の一つかもですが、

しかし、実際には他にも理由はたくさんあります。


中でもスターバックスの凄いところは、

時代に合わせて柔軟にサービスを提供してきたこと。


元々スターバックスは、

「アメリカのコーヒーはインスタントばかりでまずい」

と不満を持っていたシアトル在住の雑誌編集者が、

(他に英語教師、歴史教師の3人で創業。3人は大学時代からの友人)


別のエリア(カリフォルニア)で

高品質なコーヒー豆を販売している様を見て

「あ、これ、シアトルでもやりたい」と

その店に弟子入りして技術を学び、

シアトルに戻って創業したのが始まり。


なので、最初は豆売り店でしたが、

中途採用の社員が

イタリア•ミラノのカフェ文化(エスプレッソ•カフェ)

に感銘を受け

「うちでもやりましょうよ!」

と提案するも、創業者たちに却下され、


それじゃー、とスタバを辞め、

自らカフェをオープン。


そして、その後、何と

そのカフェがスタバを買収し、

スタバはカフェ事業をスタート。


イタリア•ミラノのカフェ文化を参考に、

〈リラックスできる空間〉を創造し、

(居場所を販売)


最高品質のアラビカ豆を使って

プレミアムなコーヒーを提供。


シンプルで洗練されたロゴとデザインを用い、

おしゃれなカップやマグの販売も強化。

(スタバに行くことがおしゃれ、そこにいる自分が好き、という“自己肯定感”を提供)


限定メニューや季節ごとのドリンクを開発。

(スタバに行くことを飽きさせない戦略)


この戦略で、シアトルを中心とした都市部で

経済的に余裕のあり、文化的にレベルの高い層に

支持を獲得していきました。


—————————————————-

そして、スタバが躍進した次のきっかけは

アメリカのナスダック市場に上場し、

巨額の資金をてにしたことです。

(1992年)


この資金を元手に、

それまでの都市部での展開から

地方都市へ進出。


そして、上記のコンセプトで展開する競争相手が

少ない国にも進出。

(日本や中国などアジア)


—————————————————-

そして、次にスターバックス躍進の

大きな契機となったのが、

〈甘い飲み物〉の展開です。


具体的はフラペチーノ。


これは、1992年に

アメリカのボストンにある

とあるカフェで誕生した飲み物。


フラッペ(ミルクシェーク)と

カプチーノを合わせて〈フラペチーノ〉

というネーミング。


このフラペチーノが大いに売れて

そのカフェは大繁盛。


それに目をつけたスターバックスが

そのカフェごとフラペチーノの商標を買収。

(1994年)


1995年からスターバックスは

このフラペチーノを販売し、

これが目論見通り大当たり。


その後のフラペチーノの爆発的な人気は

説明の必要は無いと思いますが、


以降スタバは甘い飲み物の開発に舵を切り、

フラペチーノの他に、

•キャラメルマキアート(1996年)

•ホワイトモカ

•チャイティーラテ

•グリーンティーラテ

など甘い系のドリンクを多数開発。


その後〈甘い飲み物〉は

スタバの主力商品となり、

現在では何と総売り上げの約75%が

エスプレッソ(コーヒー)ではなく

〈甘い飲み物〉とまでなっています。


つまり、スターバックスは今や

カフェではなく、スイーツ店というのが

本当の姿です。


この〈甘い飲み物〉戦略により

コーヒー愛好家ではなく、

若い層や女性から多くの支持を獲得。


それが、本格的なコーヒーを楽しみたい欧州ではなく

甘い飲み物の人気が高い

アメリカ、そしてアジアで特に大バズり。


さらにSNSの到来と相まって、

承認欲求を満たしたい

その若い層•女性層心理にまたまたハマり、


インスタなどで拡散。

アメリカ•アジアでのスタバ人気が

決定的なものとなりました。


—————————————————

またスタバの大きな特徴のひとつとも言えるのが、

店員の質。


具体的には、

〈清潔感とコミュニケーション能力〉

〈ホスピタリティ精神〉

〈スタバの価値観を共有し、同じ方向を目指せるか〉

を重視しています。


確かにスタバの店員さんで

髪がボサボサで暗くて

何言ってるか分からない、

上から目線、


の店員は見たことありません。

それは、上記の店員を育成する

徹底的な教育にあるためです。

(採用の段階で合わない人は不採用になる)


————————————————-

と、ツラツラとスタバの事を書いてきましたが、

要は、スタバは創業者が自分で

一からコンセプトを使って立ち上げたのでは無く、


「(創業者)あ、このコーヒー豆屋いいじゃん」

「おれもやりたい」

スタバ誕生

「(中途社員)豆売りじゃなくて、カフェにした方がいいんじゃない?」

「(創業者)嫌だよ」

「(中途社員)嫌なら、僕辞めて自分でカフェ作ります」

「(辞めた中途社員)スタバ買収しちゃお」

(辞めた中途社員が外からスタバを買収)

「あそこのカフェでバズってるフラペチーノっての、あれいいな」

「よし、買収してうちの商品にしよう」

カフェというより、スイーツ店として躍進

「ヨーロッパは似たカフェあるし、無理だわ」

「アジアはまだこのコンセプトのカフェ無いな」

「よし、上場して資金調達して、アジアに行くべ」

アメリカとアジアを中心に大成功


と、時代や状況下に合わせて

変化してきていまに至るわけです。


——————————————————

ところが、そのスタバが今苦境に立たされています。


アメリカや中国でスタバ離れが加速していて、

閉店が相次いでいる状況。


その要因は、中国では、

中国資本のカフェが台頭してきて

シェアを奪われ始めていること。


そして、モバイルオーダーの導入で

現場が混乱していることも関係していると

伝えられています。


しかし、本質は、

そろそろみんなスタバに飽き始めているから

かもしれません。


日本はアメリカの後を追う傾向が強いので、

そろそろ人気が落ちてきても不思議ではありません。


実際、SNSの普及によって

甘いものがいかに不健康か、という情報が

かなり浸透し、


甘い飲み物離れが

そろそろ始まっているのではないかと

感じます。


—————————————————-

一方で、コーヒーの健康効果も

同時にSNSで広まりつつあり、


純粋に美味しいコーヒーを求めて

カフェに行く層も、今後増えてくるのでは?

と個人的には思っています。


そんな中で、私個人的に超オススメなのが、

コスタコーヒーの

「〈フラットホワイト〉“オーツミルク変更”」

というもの。


〈フラットホワイト〉とは

エスプレッソの風味を強くし、

きめ細かいスチームミルクで合わせたもの。


このミルクを“オーツミルク”に変化することで、

コーヒー独特のあの苦味がまろやかになり、


コクの深さとマイルドな味わいという

相対する二つが絶妙に混ざり合い

何とも言えない美味しさを生み出しているのです。


わざわざ交通機関を使って飲みにいきたくなる

美味しさで、


私は1日一杯、これを飲まないと

「今日は飲めなかったなー」という気持ちになります。


これは、コーヒーが苦手、という方にも

飲みやすい、

ぜひ試して頂きたいメニューです。

コスタコーヒーの〈フラットホワイト オーツミルク変更〉。これはめちゃ美味しい!


また、コスタコーヒーのフードは

人気レストランチェーンの「ロイヤルホスト」が

手掛けているので、どれもハイクオリティー。


ぜひ一度足を運んでみてください!

コスタコーヒー。渋谷、銀座、青山一丁目、大手町、日比谷、日本橋、学芸大学、阿佐ヶ谷、吉祥寺、博多にあります

いま話題になっている

女子アナ問題。


以前フランスに住んでて、

フランスのテレビを見ていて

日本のテレビと大きく違うと思った点の一つに、


日本の女子アナウンサーと

フランスの女子アナウンサーでは

扱いが全く違うということ。


——————————————————-

日本では、特に80年代後半ぐらいから

フジテレビがバラエティー番組に

女子アナを多用し始め、


決定的に女子アナの

アイドル、タレント化が始まったのが、

1988年に入社した3人、

有賀さつき、河野景子、八木亜希子の登場から。

(以下、敬略)


以降、大学のミスは女子アナの登竜門となり、

フジテレビ以外も同じ路線を進む形に。


永井美奈子、水卜麻美(日テレ)

雨宮塔子、小林麻耶(TBS)

高島彩、中野美奈子、加藤綾子(フジ)

竹内由恵(テレ朝)、大橋未歩(テレ東)


など大人気のアナウンサーが生まれ、

中にはCDデビューや

女優デビューするアナも出てくるほど。


このように日本の女子アナは

完全にタレント化し、

ミニスカートやパステルカラーの服を着て

男性から熱い視線を集め、

チャットGPTが作った日本の女子アナ


“性”の要素で視聴率を取っていく戦略で

大成功してきました。


—————————————————

一方のフランスにおける女子アナウンサーの

立ち位置はどんなものか。


私がいた2020年までの状況でしか

わかりませんが、


フランスの女子アナウンサーは

「強い」感じでした。


「強くて知的」「そして美しさを兼ね備える」

というイメージです。

チャットGPTが作成したフランスの女子アナウンサー


フランスの女子アナウンサーは、

「アナウンサー」というより

「アンカーウーマン」という感じでしょうか。


一切男性に媚びる感じではありません。


そもそもフランスは

男性、女性の別が仕事においては

ほとんどが無い社会なので、


日本のように

女性社員をおじさんの取引先に

充てがうような、気持ち悪い慣習はありません。

チャットGPTが作ったいやらしい日本の男性


前のブログでも書きましたが、

日本は特に

女性の“性”を商売の道具として使う悪しき慣習が

欧米に比べると著しく残っていて

(日本だけでなく、アジア全般に)


それが女性を未だに苦しみ続けている、

遅れた社会であることは否定できません。


そして、その最たる業界がテレビ業界。


正義を振りかざすテレビ業界が

一番ひどいと言うのは

笑い事では済まされません。


まずは現在進行中の

第三者委員会なるものに

現状を徹底究明して頂き、


日本社会の膿を

これきっかけに綺麗に出してほしい、

そう願うばかりです。