宮島未奈さんの『成瀬は天下をとりにいく』『成瀬は信じた道をいく』を読了しました。これは2024年の本屋大賞受賞作とその続編です。
この「成瀬」シリーズはこれまでの小説と違うところがいっぱい。
まず、小説の舞台がとても限定的なのです。
冒頭の短編のタイトルが『ありがとう西武大津店』ですから、関東の方にとっては何それ、どこの話?と思われるかもしれません。
大津とは滋賀県大津市のこと。
私は西武大津店には一度だけ行ったことがあります。
大津は琵琶湖の一番下(阪神間では下とは南のこと)あたりで、京都からとても近い場所にあり、ドライブ途中のトイレ休憩に立ち寄ったのではなかったかしらん。もう何十年も前の話でほとんど記憶がないのですが、当時西武大津店は結構賑わっていたように記憶しています。
滋賀県は近畿であるにもかかわらず、私が知る限り滋賀県出身の同世代人に西武ファンが多いです。
それはおそらく西武大津店の存在と、琵琶湖周辺を走る近江鉄道バスに西武ライオンズのマークがついている影響ではないかと思っています。
話がそれました。「ありがとう西武大津店」は2020年の夏、西武大津店が44年の歴史に幕を閉じるまであと1ヶ月のところからスタートします。地元住民に愛され栄えた商業施設が徐々に廃れ、ついに閉店してしまうことは日本全国よくあることですね。
主人公は成瀬あかり 14歳の中学生。西武大津店の閉店にあたり、夏休みの1ヶ月を西武百貨店に捧げることを幼なじみに宣言します。中学生女子が貴重な夏休みを閉店する百貨店に捧げる?一体どうやって?1行目から はてなマークが頭に浮かんでくるではありませんか。
具体的には「閉店するまでの毎日、西武ライオンズのユニフォームを着て、西武大津店に行く」というのが彼女の夏の捧げ方。地元のローカルテレビが閉店までの1ヶ月間、毎日西武大津店から中継する背景に映り込むのでした。3日連続で映り込むことで、SNSでも話題に上るようになり……
このエピソードひとつからも、成瀬あかりがちょっと変わった女の子だと分かるのではないでしょうか。
そう、成瀬あかりはかなり特別な女の子です。
幼稚園の頃から、走れば他の園児の誰よりも早く、絵や歌も上手い。ひらがなやカタカナもスラスラ読めます。小学生、中学生になっても優秀であり、作文を書けばコンクールで受賞。防犯標語が採用されるなど、とにかく何をさせても優秀なのです。あかりはそれをひけらかすようなことはありません。できて当たり前というのでしょうか、それがあかりにとっての標準仕様なので、常に平然としているのでした。
周囲の友達は、最初こそ「すごーい!」と感心し、もてはやしていましたが、学年が上がるに従って、あかりのあまりの優秀さに引いていきます。今や幼なじみの島崎みゆきくらいしか友達がいないような状況。だけど成瀬あかりはそれも全く気にしていない様子。あくまでもマイペース。これまで読んだ小説では見たことがないタイプの主人公です。
変わっていると言えば話し方も変わっています。
とてもぶっきらぼう。この喋り方どこかで見たことがあると思ったら、池田理代子さんの『ベルサイユのばら』のオスカル・フランソワ・ジャルジェですわ。要するに、男子みたいな喋り方ということです。
成瀬あかりは、いろいろなことにトライしようとします。
まずは200歳まで生きると宣言。
ギネス世界記録が122歳だから200歳なんて絶対に無理、と思うでしょう?
でも成瀬あかりは正気です。
大谷翔平選手が時速161キロを目標にしたからこそ160キロの速球を投げられたように、目標を高く掲げてこそ実現する可能性ができる、ということかもしれません。
寿命のことはさておき、成瀬あかりは他にもたくさんの目標を掲げています。
その一つは、閉店してしまった西武大津店の代わりに、いつか自分が滋賀県にデパートを建てるというもの。
成瀬が言うには、大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら、「あの人すごい」になるという。だから日頃から口に出して種をまいておくことが重要なのだそうだ。
(宮島未奈さん『成瀬は天下を取りにいく』 P9より引用)
、
何か叶えたい夢がある時、誰にも言わずにこっそり努力して、夢が叶ってから周囲に公表する人もいますが、成瀬あかりは公表してそれを叶える「有言実行」タイプの女性と言えます。
また、彼女は将来何になりたいのかと聞かれると、こう答えています。
「先のことはわからないからなんとも言えないが……。何になるかより、何をやるかのほうが大事だと思っている」
(宮島未奈さん『成瀬は信じた道をいく』 P26より引用)
ポジティブで有言実行、未来が無限に広がっているヒロインです。
『成瀬は天下を取りにいく』は中学生の成瀬あかりが主人公。
『成瀬は信じた道をいく』は高校生になった成瀬あかりが主人公です。
成瀬あかりが進学したのは膳所高校。膳所高校といえば滋賀県随一の進学校。関西弁で言うところの「カシコ(賢い人)」の学校で、大学は当初 東京大学を目指しますが、家から近いと言う理由で、実際に受験したのは京都大学。もちろんストレートで合格します。
成瀬シリーズの特徴は、ヒロインの特殊性だけではありません。
冒頭に、閉店する西武大津店が出てきたように、全編滋賀県推しなのです。
全国高等学校かるた選手権大会の会場である近江神宮、琵琶湖を周遊するクルーズ船 ミシガン、JR琵琶湖線に京阪大津線など、ローカル感満載。私は関西に住んでいるので、全てわかるけれど、関東の人がこの小説を読んで面白いんだろうか、と心配になるほどの滋賀県愛に溢れた小説です。
『成瀬は信じた道をいく』の続編ではおそらく、京都大学に通う成瀬あかりが主人公となるのでしょうね。大学生になった成瀬あかりが今度はどんな目標を達成するのか、楽しみにしています。
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