●宮古島市の事件
018年、宮古島市で断水事故が発生しました。
4月27日から5月1日の5日間、伊良部島南部が断水しました。
原因は、ボールタップの故障による配水池の枯渇です。
伊良部島で断水被害を受けたホテルは、宮古島市に対して損害賠償請求の訴訟を提起しました。
この裁判、ホテル側が勝訴し、宮古島市は200万円を支払うことになりました。
概要については、以下の新聞記事をご覧ください。
伊良部断水問題 市が敗訴、損害賠償へ/福岡高裁 – 宮古毎日新聞社ホームページ -宮古島の最新ニュースが満載!- (miyakomainichi.com)
この件を踏まえ、断水による損害賠償について、僕の見解を示します。
●裁判の経過
裁判の経過がすが、まず、ホテル側が、地方裁判所に対して損害賠償請求の訴訟を提起しました。
請求額は350万円で、キャンセルになったホテル宿泊代、レストランの営業停止による収入減の賠償を求めたものです。
この裁判は棄却判決でした。
棄却は、原告と被告による弁論に基づく審理をするまでもなく、原告の敗訴が決定するものです。
つまり、第一審判決では、ホテル側が敗訴し、宮古島市が勝訴したわけです。
これを不服としたホテル側は、高等裁判所に上告をします。
この第二審判決も、棄却判決になりました。
ホテル側が敗訴します。
ホテル側は、これを不服とし、最高裁判所に上告をします。
そして、最高裁判所は、差戻判決を言い渡しました。
差戻は、高等裁判所による棄却判決を不適切とし、審理を行うことを命じるものです。
最高裁判所は、差戻判決の際に、宮古島市の違法性に言及しています。
この内容を踏まえて高等裁判所で審理を行いました。
その結果、ホテル側が勝訴し、宮古島市が敗訴しました。
宮古島市が最高裁判所に上告しなかったため、ホテル側の勝訴で裁判が確定しました。
賠償額は200万円です。
ホテル側の請求額は350万円でしたが、実質的な損害額は200万円と判断されたものです。
●裁判の論点
地方裁判所、高等裁判所が棄却判決をした理由は、宮古島市の条例に、免責規定が定められていたからです。
この免責規定は、断水により損害が発生したとしても、水道局は補償しないという内容を定めたものです。
こうした免責規定の条例が存在するため、地方裁判所と高等裁判所は、断水は不法行為ではないと判断しました。
民法上の損害賠償請求は、①被告の不法行為、②被告の故意又は過失、③原告の損害が揃っていた場合、成立します。
地方裁判所と高等裁判所は、宮古島市の不法行為はなかったと判断して、ホテル側の損害賠償請求を棄却したわけです。
ところが、最高裁判所は、不法行為が存在したと判断しています。
その不法行為とは、水道法違反です。
水道法には、給水義務の規定が存在します。
第15条の第2項で、以下の通りです。
水道事業者は、当該水道により給水を受ける者に対し、常時水を供給しなければならない。
ただし、第四十条第一項の規定による水の供給命令を受けた場合又は災害その他正当な理由があつてやむを得ない場合には、給水区域の全部又は一部につきその間給水を停止することができる。
この場合には、やむを得ない事情がある場合を除き、給水を停止しようとする区域及び期間をあらかじめ関係者に周知させる措置をとらなければならない。
一段落目で、常時給水する義務を課しています。
二段落目で、災害その他正当な理由がある場合、給水を停止できることとしています。
三段落目で、給水を停止する際、事前に周知する義務を課しています。
災害その他正当な理由があれば、常時給水の義務は免れ、断水したとしても不法行為にはなりません。
正当な理由がどんなものかについては、水道法逐条解説に内容が示されています。
災害以外では、停電と水道管破裂が例示されています。
ただし、水道事業者に原因が無い場合という条件が付されています。
配水池のボールタップの故障は、予見できるもので、宮古島市の維持管理不足に起因するのです。
つまり、災害その他正当な理由は存在しないため、第15条の第2項に関する不法行為があったと判断したわけです。
●ボールタップの故障
ボールタップは、水位による流入・停止をフロートを使って制御する装置です。
一般に、トイレの貯水タンクに設置されています。
水道では、配水池に水位調整弁を設置した際、その作動・停止を制御するため、配水池内にボールタップを設置するケースがあります。
配水池の水位が下がると、ボールタップのフロートが下がり、水が流入して、水位が上昇すると、フロートが上がり、水の流入が停止します。
このフロートを支える軸は鉄製である場合が多いです。
鉄は腐食するため、40年も経過すれば折損します。
折損すると、配水池の水位が降下したとしても、ボールタップは開かないです。
このため、配水池が空になるわけです。
こうした事故が発生した理由ですが、配水池内のボールタップを取り替えるためには、一旦、配水池を空にする必要があります。
配水池が1池構造の場合、配水池を空にするのは容易ではありません。
このため、配水池内のボールタップは、取り替えが行われないまま放置されていたと推測されます。
事故を復旧するため、ボールタップの取替を行った後、配水池の清掃と充水、配水管の充水と洗浄排水を行う必要があります。
これら作業に5日間の断水を余儀なくされたと思われます。
●管路漏水事故による断水の損害賠償責任
民法上の損害賠償請求は、①被告の不法行為、②被告の故意又は過失、③原告の損害が揃っていた場合、成立します。
今回の宮古島市の案件では、
①水道法第15条の第2項の給水義務違反により、被告の不法行為があったものとされました。
②ボールタップの故障、被告の過失にあったものとされました。
③ホテルの営業停止により減収は、原告の損害があったものとされました。
最大の論点は、水道法第15条の第2項に示された「災害その他正当な理由」です。
ボールタップは比較的安価な設備です。
老朽化したボールタップを取り替えずに使用して、突然故障が発生すると、配水池が空になることは予見できます。
宮古島市のケースでは、ボールタップの点検は実施されていたようですが、老朽化したボールタップの取替を行わなかったことは過失です。
こうした過失が存在する以上、給水義務が免除される正当な理由にはにはならないと判断されたわけです。
もしも、ボールタップが新品だったのであれば、不良品であることを意味します。この場合、給水義務が免除される正当な理由に該当しそうです。
つまり、断水したとしても損害賠償責任を負わないはずです。
一方、埋設管路については悩ましいです。
管路は、法定耐用年数40年を経過したものであっても、一般に使用されています。
巡視点検や漏水調査を行っても、漏水事故は発生します。
管路の漏水事故により断水した場合、無条件で損害賠償責任を負うのでしょうか。
法定耐用年数40年を経過したら、管路は高い確率で漏水するという因果関係があるかどうかです。
40年を経過しても正常に使用できるという根拠があって、埋設管路の自然漏水は不可抗力によるものだと言えます。
さらに、適切に巡視点検と漏水調査を行っているのであれば、過失は存在しないことになります。
つまり、給水義務を免れる「災害その他正当な理由」が存在することになります。
また、40年を経過した管路を全て更新しなければ違法であるとした場合、全国的な水道料金の値上げは必至です。
このため、管路漏水による断水で損害賠償請求を行う訴訟があった場合、慎重な判決になると思われます。
また、水道法第15条の第3項は、給水停止の際、事前に周知する義務を課したものです。
これは、断水を周知できる時間的な余裕のある給水停止が存在することを意味します。
例えば、管路の補修や更新のために断水する場合です。
「水道法逐条解説」も、水道施設の拡張、改良、補修等を「災害その他正当な理由」に位置付けています。
そうなると、管路の漏水事故が発生した際、補修するするために周辺のバルブを閉止しますが、事前に断水することを広報すれば、給水義務を免れることができる可能性があるわけです。
それから、漏水の復旧を短時間で行い、給水車による応急給水を行っていれば、断水をしたとしても、原告において実質的な損害が発生していないと判断される可能性もあります。
宮古島市の案件は、突然5日間に渡って断水したこと、比較的安価なボールタップの取り替えを行わなかったとが、問題になっていると思われます。
このため、ケースバイケースであり、水道の断水=損害賠償責任 と判断するのは早計だと考えます。
だからといって、老朽化した管路を放置することは不適切であり、水道事業体は、計画的に管路の更新を行う義務があることに変わりはありませんね。
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