ヒトとそれ以外の獣を二分に大別するとして、その中間および双方の一方的な変身は一見似ているようで実は性質が全く異なる。


 ヒト→ケモノであれば、その中間形態は〝半獣〟、その際の呼称は〝獣人〟と呼ぶことがふさわしいだろう。


 しかし、ケモノ→ヒトであれば、その中間形態は〝半人〟、その際の呼称は〝人獣〟と呼ぶことの方がふさわしい。


 それぞれ起源の異なるモノの中間形態を総称して〝半獣〟と呼ぶことにはいささか問題があるだろう。


 例えばネコの場合、ヒト→ケモノの中間形態である獣人はヒトの言葉を話し、瞳孔が縦にスリットすることは無い。一方、ケモノ→ヒトの中間形態である人獣はケモノの鳴き声しか発せず、瞳孔は縦にスリットする。


 さらには、ヒト→ケモノで完全変身した場合、ケモノ姿では動物の鳴き声しか発せないが、ケモノ→ヒトで完全変身した場合、ヒトになったからといってヒトの言葉が話せるようになるわけではない、つまりはケモノがヒト化した場合は動物の鳴き声に似た言葉しか発せない、二足歩行も非常に困難だろう。


 ヒトがケモノに完全変身した場合はイメージの中で刷り込まれているので変身した動物の行動を振舞うことができるが、ケモノがヒトに完全変身した場合はヒトの行動を振舞うことは不可能、何故ならケモノにとってヒトの姿は非常に特異な形態で、今までにない奇妙な動きを必要とするからだ。


 冷静に変身前後の慣れ親しんだ機能運動学的なことを考慮すればこのことは理解できるだろうが、しかし、古来よりケモノがヒトに化けた時はケモノがヒトの振る舞いを可能とするイメージが植え付けられている。このことから、古来の伝承はやはり何者かによって創作された話だということがわかるだろう。


 しかし、双方の変身は伝承のみならず、現実的に存在するようだ。〝ガイア・ダイジェスト〟が発生した後、全裸で四足歩行するヒトが相次いで目撃されたらしい。彼・彼女らの出生は一切不明。捕獲後、オオカミ少女のように根気よくヒトの振る舞いを教えなければならなかったが、彼・彼女らの寿命は短かったという。食べ物を与えても食べる物には様々な嗜好性があった。肉のみを喰う者、草のみを喰う者、何でも喰う者。ある者は舌で体を舐め、ある者は床を掘る仕種をし……これらからも彼・彼女らはまるで動物がヒトの姿に変身したとしか思えなかったという。

奇々怪々、怪々奇々。
怪奇を超えた奇怪な出来事。


この世界には科学的に説明できない出来事がムゲンにある。
それは現代のアーバンフォークロアに限らず、古来より脈々と人々の日常の影で受け継がれている。ある意味これらはmemeと言えるかもしれない。
例えば日本では、〝鬼〟〝妖怪〟〝幽霊〟などが挙げられる。
これらの噂、怪談を総称して人々はこう呼ぶ――〝奇譚〟と。



Anno Domini 2012.12.23日.
現代より十数世紀前、クリスマスイブ前日に何があったのか。その時の出来事を詳細に知る者はいない。
後の世で〝ガイア・ダイジェスト〟と呼ばれることになった歴史上三大ミステリーにカテゴライズされるこの怪奇は、時の流れと共に最早伝説と化してしまっている。
西暦21世紀当時、地球上の人口は70億人を突破し、ますます人口飽和がこの星の未来を懸念する上で重要な課題となっていた。
しかし、〝ガイア・ダイジェスト〟は何の前触れもなく突然生じ、人類に大きな爪痕を残した。
いや、ダメージを受けたのは地球上に分布するヒト個体群だけでなく、地球上に存在するありとあらゆる生物だった。
かつてこの星に一体どれほどの生物量があったのか、現代の生物量がどれほどあるのかは未だ空想の域を出ないが、ある科学者はこう推察した。

「〝ガイア・ダイジェスト〟は地球上の生命を1/10にまで減少させた」

そう、〝ガイア・ダイジェスト〟が起こったことにより、地球上の生命が絶滅の危機に晒された。人口激減により、人類の文化は数世紀停滞せざるを得なくなった。

2012年はマヤ暦の終わり、アセンション、太陽活動の極大期など1999年の恐怖の大王説のように、様々な分野から人類の滅亡が唱えられていた。選ばれた者と選ばれなかった者、進化した者と進化できなかった者……人類は二つに分かれると。年越し間近のこの時期、誰もが1999年同様、何事もなく次の年へと移るものと確信していた。


しかし、怪奇は起きてしまった。それこそ、ある特定の地域を対象とした現象ではなく、この星全体で。

当時の記録によれば、〝ガイア・ダイジェスト〟発生時、突然目の前の人が消失したという。またある記録によれば、〝ガイア・ダイジェスト〟の後、動物がヒトの言葉を話したり、ヒトと動物が混ざり合った生物が世界各国で目撃されたという……

古今東西、ヒトが動物に変身する話、あるいは動物がヒトに変身する話は伝えられえている。これら〝変身譚〟が何故伝えられるようになったのか?
それはこの星の〝生命の進化〟を巡る壮大なストーリーと密接に関係している。


〝退化〟は〝進化〟の枠に包まれ、〝進化〟は〝変化〟の枠組みに納められる。
〝変化〟はこの世すべての流れを司る。
〝変化〟の兆しは既に萌芽された。
発芽したその種は地球の情報を栄養に急速に成長を始めている――

 読者の皆様、2年半におよぶ物語をご愛読頂き、ありがとうございました^^
 henkaです。お疲れ様です。


 『ケモッ娘変身譚』は遡ると2008年 09月06日 21:23に始め、2011年 04月23日 16:36に完結しました。


 この物語は、当時読んでいた、冬風狐さんのサイトに投稿されている坂本龍馬さんの小説「夜の仕事」(前編・後編) とはちみつレモン(柿丸)さんの小説「自由に動物に変身したい 」の影響を受けて始めました。


 高校生の頃から小説をちょこちょこ書いていたので、自分が好きなジャンルであるTF(獣化)ものが少なく、自分の好きなものは自給自足しようと思って書き始めたのがきっかけだったと思います。R-18ものの小説を書くのは初だったので、いろいろ恥ずかしいものもありましたね^^;


 小説はかなり気ままに書いていたので、数ヶ月更新を放置することも多々ありましたが^^; 何とかエンディングまで書き切ることができてよかったです。


 この小説を通して、様々な方と出会いました。TF業界古株の有名な方から、これからのTF業界を引っ張っていくような新しい方まで。


 TFジャンルはマイナーなので、ジャンルとして確立するために、当時あった小説投稿サイト「ジョルダン みんなの広場」で毎月数作品書いて、他の投稿者のアクセス数と闘ったこともありました。ここで獣化は飽きた、表現が同じでつまらないなどの批判も頂き、いい物語が書けないのかと自分に失望したことも多々ありました。

しかし、今、ネットでTFという単語からその意味がわかるくらい広まり、一つのジャンルとして確立しつつあるところまできていると思います。時代の流れですかね。


 読者には様々な方がいて、私の小説を読んで影響を受け、創作活動を始められた方も少なからずいました。それは嬉しい事です。読者と対立したことも、絶賛されたことも、いろいろありました。その中で感じたのが、TFものと一口に言えど、人の好みは多種多様であるということです。TFして筋肉ムキムキになるのが好きな人もいれば、ホラー系じゃないとダメ、性転換もしないと満足できない人もいたりと様々です。いろんな好きがあっていいと思います。ただ私は人が動物に変身することにこだわりたかったので、この作品では性転換は取り扱いませんでした。


 様々なTF嗜好がある中で、自分は一番何が好きなのかと考えて出た答えは、「カワイイ獣化」でした。TFものはホラー系のイメージがあるので、ドタバタコメディでエロさも混ぜつつ、でもカワイイ感じの明るいTFものを私は書こうと決めました。この方向性の芯が決まったのもある出会いがきっかけでした。


 ブログを初めて一番の衝撃を受けたのが、小説を初めて半年くらい経った時、読者の方から小説を見て絵を書きましたというメッセージを頂いたことです。それは私が思い描いているような本当にカワイイ獣化変身絵(R-18注意) で、一日中その絵を見てニヨニヨするくらいかなりの衝撃を受けました。自分の小説を読んで絵を描いて頂けるのが、私としては最高の宝です。


 私は絵に関しては全く自信がなかったので、自分の世界を表現してくれる方と出会えたのは本当に嬉しい出来事でした。この出会いをきっかけに、キャラクターをデザインしてもらったり、HPの作り方を教えてもらったりと、様々な点で手伝って頂きました。他にも様々な方からイラストを頂くことができ、本当にありがたい限りです。


 こういう出会いをきっかけに、私自身、絵を描き始めたのもこの小説を通しての大きな変化でした。本当に下手くそだったのですが、キャラデザしてもらった絵を自分で描けるようになりたいと思って練習をし、今では、自分で満足できる程度にうまく描けるようになり、何でもやればうまくなるもんだなと実感しました。


 様々な出会いの中で、同人サークルを作ってみたこともありましたが、残念ながら活動するには至りませんでした。物語も未完成だったので、時期尚早だったかなと思っています。


 自分で作曲はまだできないのですが、動画作り に挑戦したこともありました。微妙に違う絵を何枚も描いて、動いているように表現するアニメーションは大変だなと感じました。しかし、アニメ大国日本、これは本当、素晴らしいです。


 これを考えると、パソゲーであるサウンドアクションノベルを作るのは本当すごいなと思っています。でもいつか、この物語をパソゲー化してみたいなぁと思っています。そして、あわよくば、深夜アニメにでもなれば、もう人生大満足です。野望は捨てていませんよー、どこかこの物語を買ってくれないものだろうか(笑)


 変身アニメといえば、執筆期間中に「あにゃまる探偵 キルミンずぅ」が放映されたのも何かしら縁があるような気がしました。TF好きのシークエンス(変身過程の描写)はなかったのですが、動物変身ものでコミカルなアニメは非常に刺激を受けました。


 多くの作品では、その作品を通して何が伝えたいのか、メッセージ性があるかとか、そういうことが言われていますが、私の作品に関しては特に何もありません。この物語は私の妄想をぶちまけたようなものです。こういうと、中身が非常に薄いものに感じられるかもしれませんが、彼女たちから何を感じるのかは、読み手の性格に大きく起因すると思います。同じ作品を読んでいても、そこから何を感じるのかは人によって違うので、固定化されたこういうものを伝えたいというのではなく、自由に感じ取って、妄想して頂けたら嬉しいです。一つ言うなれば、読んで楽しく笑って頂けたらなぁと思います。




 最後に、物語についてですが、はちゃめちゃエロコメディを描きつつも、獣化という現象に対しては、魔法とか曖昧なものではなく、出来る限りリアルで科学的な遺伝子の変化を主因とするSF要素を描いたつもりです。


 裏話をすると、主役三人のコノハ(狐ノ葉)、カリン(化麟)、テンリ(転狸)には最初、変身することを匂わせる漢字を当てようかと思っていたのですが、今では漢字にしなくてよかったなと思っていますw


 この物語は基本的にコノハに焦点を当てた物語になりました。私のイメージでは、変身という行為は体の細胞をすべて変化させて違う生物に変身するので、それなりの代償、リスクが伴うものと思っています。そして、それはある日突然暴走して、振り返ればその予兆は少しずつあったと。これはこの物語に限ったことではなく、私も皆さんの人生の中にもあると思います。例えば、今、これを読んでいる方が、その後偉大なTF作家になったとして、振り返ればこのあとがきに影響されて……ということももしかしたらあるかもしれないのです。人はどこでどう繋がって、影響し合っているのかは全くわからないので。


 女の子が変身する日常をだらだらと書いていこうかとも思ったのですが、やはり一つの作品として完成させた方がいいのではないかとも思い、終わらせることにしました。


 しかし、まだ明かしていない設定が数多くあるので、またいつか、大学生編や一発屋で終わっているキャラクター(キャラデザして下さった方、すみません^^;)のサイドストーリーなども加えていきたいと考えています! 用語の統一等、手直しもして完成度も高めたいですね。


 とりあえず、目先の活動としては、小説が完成したということで、キャラデザして下さったものを無駄にしないためにも、漫画化に挑戦してみようと思っています。ネームはホームページ に随時うpしています!(線が細くて見えにくいですが)。またこの物語とは違う別の物語も書てみたいとも思っています。


 やりたいことはたくさんありますが、ここは一つの区切りとして後書きを書きました。今後も創作は続けていくつもりですので、応援して頂けると嬉しいです。

それでは、二年半にわたり、ご愛読ありがとうございました!!


2011年4月24日 henka

ょっき





動物変身(獣化/transfur)小説ブログ




前の記事がいっぱいになったみたいなので、今後はこちらに更新します~


第十一話「それぞれの夏休みの過ごし方」 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21


第十二話「夏だ! 海だ! カイジュウだー!」 1 2 3 4 5 6 7 8


第十三話「めえコタ恋愛ケモケモ大作戦!」 1 2 3 4 5 6 7 8


第十四話「ヒトとケモノとまさかの転校生~重要人物は学校に通うというマンガの大原則~」 1 2 3 4 5


第十五話「体育大会」 1 2 3 4 5


第十六話「Love of the cat transfur girl」 1 2 3 4 5


第十七話「ケモノ大パニック文化祭」 1 2 3 4 5 6 7


第十八話「ケモッ娘変身譚」 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10


第十九話「変身の代償/獣化のリスク」 1 2 3 4 5 6


最終話「変化」 END


後書き NEW2



過去のお話


4月24日 後書き 更新


二年間に渡って気ままに書いてきたこの物語もとうとう完結しました。長い間、ご愛読ありがとうございました。次回作の参考に、感想等を頂けたら幸いです。


HPリニューアルオープンしました。  漫画はHPの方に載せていこうと思います。


地震の被災者の方で、この物語を読んで元気元気を与えることがあったら嬉しいです^^


 春。
「明日から大学生かー」
 カリンがそんなことを呟いた。
「夢のキャンパスライフ! 変身体質も治ったし。わたしは恋に燃えるで!」
 テンリは飢えていた出会いに燃えている。
「結局、みんな一緒か。てか、私、ホンマに大学行ってええんかな……」
 コノハはそんなことを呟いた。
「ええ、ええ、問題あらへん。うちががんばってんから」
 カリンが鼻高々に言う。
 コノハが退院したのはこの前。高校は成績的に卒業しても問題無く、卒業できることになったが、コノハはずっと入院していたので大学受験できなかった。
 ところが、カリンがなんとコノハの代わりに受験していたのである。ちょうどコノハへの治療を始める前、カリンは再びコノハと瓜二つの女の子オトハと町で遭遇。尾行して自宅を特定。受験日に襲撃して融合し、コノハ寄りの姿となって、コノハの代わりに受験したのだ。その結果は見事合格。コノハの代わりに受けたカリンのおかげでコノハは大学に通えることになった。分離後、カリンはオトハには夢か何かと適当に言って誤魔化したらしい。嘘みたいな本当の話。
 母にこの事を相談してみたが、行く気があるんだったら行けばいいと軽い返事だった。今までの受験勉強が無駄になったような、そうでないような。
「まぁ、深く考えんでええんちゃう?」
 テンリも軽く言う。しかし、普通の人なら躊躇ってしまうだろう。
「お、見えて来ためえの家や。おーい!」
 カリンが言って駆け出した。
「ふにゅ? お、みんな来たね! コノハも退院おめでとうー」
 めえがニッコリ微笑む。
「おおきにー」
 めえの後ろからひょこっと顔を出したのは、鹿に変身できるナナミだった。
「コノハちゃん、大変だったみたいだね。治ってよかったね! 今度からうちの大学来るんでしょ?」
「はい、そうです……敬語使った方がいいのかタメでいいのか悩みますねー」
「うふふ、どっちでもいいよ」
「いいないいなー、みんな一緒で。めえも大学受験しようかなー」
「めえはコタローがいるでしょ」
「うん、まぁ、そうだけどぉ……」
 珍しくナナミに言い負かされるめえ。ナナミはまだ、めえに変身のコツを教わっている。話を聞くところによると、大学でも何回か獣化してしまった経験があるのだとか。
「あーん、せっかくTFできる友達ができたと思ったのになぁー」
「ごめんなぁ、私も自分の体のことはよくわかっていなかったから……つか、TFってカリンみたいなこと言わんといてよ、めえ」
「えへへ」
 いろいろ調べさせてもらったけど、と前置きを置かれて、退院前に聞いた店長の話によると、コノハやカリン、テンリの先祖は共通した血縁で、〝アマテラス〟一族の末裔なのだと言う。尾天地方一帯にはアマテラス一族にまつわる変身譚が数多く残されているらしい。この地方の人達を徹底的に調べると、他にも変身することができる体質を持つ人がいるかもしれないとのことだった。第三遺伝子は母から見付かったが、父からは見付からなかった。その点からも尾天地方とこの他の動物に変身することができるこの遺伝子は何か関係があるらしい気がした。
 カリンとテンリのおかげで癌化した第三遺伝子はコノハの体から取り除かれたが、すべてが消えたわけではないとのこと。癌化していない第三遺伝子は再び眠りに着いた可能性があるとのことだ。その辺の詳しい話はよくわからないが、あの一連の出来事で、コノハ、カリン、テンリの変身体質は治った。
 カリンはコノハの癌を治療する前、融合していた動物はそれぞれ元の場所に返したというので、今、カリンの体の中には何もいない。テンリは人に触っても変身させなくなったことで、大喜びだ。
 店長の話によると、自由に変身できなくなったとしても、またビーストトランスの動物変身薬を使えば制限時間内で動物に変身することが可能だろうと言っていた。それを考えると、カリンが開発した変身薬でも変身できるのかもしれない。店長は念のため、第三遺伝子の癌化再発防止の特効薬の開発を進めると言ってくれた。これは安心できる。
「よしよし、玄関で立っているのも何だから、みんな、めえの家に入ってよ! コノハの退院祝い&三人の大学入学祝いだー!」
 めえが楽しそうに言った。



〝ID〟〝セイガイ〟〝ガイアダイジェスト〟〝アマテラス〟〝サイボーグ〟〝AI〟〝天紋〟〝百匹めのサル〟〝イヴ〟〝獣堕ち〟〝生命の樹〟〝純血種〟〝アリスの直系〟〝生体チップ〟〝人獣感染症〟〝百八家〟――
 いくつもの伏線は未だ紐解かれていない。これらのワードはより深くこのセカイに根差している。しかし、これらすべてが彼女たちと直接的に関わる訳ではない。故に、いつかまたどこかの誰かの手によって物語りが紡がれるまでこの物語は幕を閉じる。



「コノハー、早来いやー!」
「う、うん」
 気のせいか、さっきからお尻の付け根がムズムズする……
「あ、あれ……し……っぽ……?」



長い間、ご愛読ありがとうございました。


 コノハの癌細胞を大歳に移す作業は困難を極めた。
 ベッドで点滴が打たれているコノハに加え、テリンも点滴を打ちながらひたすら、イメージを強く保ち続けなければならなかった。心を強く保ち、集中し続けること。睡眠時以外はずっとコノハからの癌細胞除去に徹した。
 しかし、効果はあった。コノハの本来の姿が少しずつ見えるようになってきたのである。
 獣化しようとする細胞を大歳に移し続けることで、コノハの獣化具合が減り始めた。後は完全にヒトに戻るまで同じ行為を続けるのみだった。
 コノハが話せるようになると、テリンもカリンとテンリが交互でおしゃべりした。
 病は気から。負けないという気持ちを保ち続けることが重要だった。
 めえコタや母もテリンを応援し続け、コノハの体は徐々にヒトの姿を取り戻していった。


 そして――
「……もう、獣化し続ける部分はあらへんかなぁ……」
 コノハは二ヶ月の闘病生活の中で、少し痩せた。本来持っていた遺伝子量を減らしたのだから無理もない。
「めえ、頼むで」
「うん。クルルルルルルゥ――――」
 めえが鳴く。獣化を促そうとしている。しかし、この鳴き声にコノハの体は反応しなかった。
「もう一回。クルルルルルルゥ――――」
「……」
 無反応。
「これは……成功と考えていいんかな?」
 テンリが言った。
「うん、成功やで!」
 カリンが力強く言った。
「治った……治ったんや!」
 コノハは感極まって涙を零す。それに釣られてみんなも一緒に泣いた。
 退院まではもう少し体力を回復させる必要があるが、春を迎える前に、コノハの獣化因子は完全に消滅できた。
 動物に変身することができた、不思議な数ヶ月間も幕を閉じ、いつもの日常が戻ってくる――


おしまい

「コノハがまた昏睡状態やって!」
「そんな……せっかく目覚まして大丈夫やと思っていたのに……」
 店長から話を聞き付けたテンリとカリンの二人はビーストトランスの動物変身薬開発研究所兼病院に急いでやって来た。
「店長! コノハは、コノハは……」
 カリンが押し倒す勢いで店長に迫る。
「大丈夫。生きているよ。次にいつ目覚めるのかはわからないけど……」
「あの……コノハの治療薬はできそうなんですか?」
 テンリが思い切って店長に聞いた。
「……。正直言うと、全然進んでいない。癌化を打ち消すのに適した薬が見付からない。それも第三遺伝子だ。すごく時間がかかるかもしれない。何十年も……」
「何十年……」
 コノハが次に目覚めた時はおばあちゃんになっているかもしれない……
「そんな……」
 テンリはコノハの境遇を思って泣いた。
「……店長……うち、コノハを治療する一つアイデアがあるんやけど」
 カリンが店長に真剣な顔で言った。
「え?」

「そんな方法が……可能……なのか?」
「うちにもできるかわからへん。でも、思い付いたのも何かの働きやと思ってるねん」
 カリンは自分の考えを店長に話した。
 店長はあまりにも非常識じみた話に驚きを隠せない。
「うちがこれをやるには、テンリの力も必要や」
「……。わたしは、コノハが助かる可能性があるんやったら、やってみてもええよ。こんな体質でも役に立つのなら」
「よっしゃ」
「危険は承知済みだね? 最悪、君たち二人の命がなくなるかもしれないよ」
 店長は厳しい言葉を放つ。命を危険に晒す覚悟がなければ、二人にやらせてはいけない。
「……はい」
「……わたしも」
 二人とも覚悟を決めた顔だった。
「わかった。それじゃあ、僕も君たちのやることに協力をしよう。癌化した細胞を取り出すのに良いモノがある」
「「?」」

「コノハ。うちらが付いてるからな」
「そうや、絶対に助けてあげるで!!」
 二人は優しくコノハに語り掛け、手を合わせた――

 トクン
 温かい。温かい何かに繋がった。すごい引き寄せられてしまいそう。
 トクン
 繋がった何かから温かいモノが流れ込んでくる。一つになっている――
「っはぁ、はぁっ、はぁ……」
 暗闇の世界から一気に光が指した。コノハは意識を取り戻したのだ。
「「! 意識が戻った……? よかった! まずは成功かな」」
 女の子の声が聞こえた。コノハは声のした方に目をやる。そこには、知らない女の子がコノハの方に片手を伸ばしていた。
「!?」
 片手を伸ばしているだけじゃない、コノハの腹部と融合している。
「にゃぎゃぱぉなに?」
 話そうとすると、いろんな動物の鳴き声が出た。
 コノハは驚いてもう一度、女の子の方を見る。その女の子はコノハがよく見知った姿に似ていた。
「カリン……? テンリ……?」
 気のせいか、体が少し動くようになっている。
「「へへ、さすがやん。よくわかったなぁ。うちとテンリが融合してるんや。そうやなぁ、テリンとでも呼んでもらおうかな」」
「え……」
 確かに、カリンとテンリを足して割ったような容姿をしていた。
「「うちがみんなを繋げて、テンリがコノハから癌化した細胞をソレに集めているんや」」
「!?」
 テリンがソレと呼んだ先には、黄色いゴム状の肉塊にも見える丸い奇妙な物体があった。表面には謎の白い液体が湧いている。テリンは余っている方の手をソレに突っ込んでいる。
「「うちもよくわからんけど、これは〝大歳(タイサイ)〟っていう不老不死の生物らしい。自己治癒能力が高いから、これにコノハの癌化した細胞を移せばいいって店長に言われたんや。店長は何か、うちらの知らない、UMAって言うんか、まだ世に発表されていない生き物たちもぎょーさん知っとったなぁ」」
 コノハの腹部と癒合したテリンの腕、体を介し、大歳と呼ぶ謎の生命体にコノハの癌化した細胞を移動させる。そんなことが可能なのだろうか?
「「なんかわからんけど、コノハのことを考えていたら、この方法を思い付いてんや! これは、もしかしたら、うちらの命にかかわるかもしれへん。癌化した細胞を経由させる過程で、うちらにも移るかもしれへんからな。いつかテンリに言われたこと『獣化とコノハどっちがいい?』って話、今なら答えられる。うちはコノハが大好きや! TFもコノハがおらへんかったらうちは知らなかったかもしれへん。だから、獣化体質じゃなくなってもコノハが助かるならうちはそれでええ!!」」
「カリン……」
 一粒の大きな涙が頬を伝った。その時、一瞬だけ、コノハ本来のヒトの姿の顔が覗いた。
「「!」」
 テリンはそれを見逃さなかった。今までキメラ化したコノハは常に動物の姿に変化し続け、ヒトの顔が覗いたことはなかった。この方法は効果があると確信した。
「うぅ……!」
 融合しているカリンの腕がイルカの肌のように変化した。コノハの癌化細胞がカリンにも移っている。
「「コノハ……絶対に助けたる……はぁはぁ……だから、もう少し休んでてええよ」」
 テリンが優しく微笑みながら言った。
 今までいろいろあったけど、やっぱりカリンは一番の友達かもしれない……もちろん、テンリも。二人はコノハの大親友だ!
「うぐはぁっ!」
 コノハが喘ぐ。テリンの融合を拒絶するかのように、体がざわめく。痛さや苦しさがあった。不覚にもその痛さや苦しさで今生きていることをコノハは自認できた。
「「イメージや。コノハ。絶対にヒトに戻るっていうイメージ。みんなでまた元の生活に戻るっていうイメージ。イメージは心の意思。強く描いたらその通りになるんや!」」
 テリンの顔が獣化する。フェネックのような顔に変化した。テリンもコノハの痛さや苦しさを共有しているのかもしれない。コノハが痛みを感じれば、テリンも顔が歪んだ。
 これは戦いだ。自分自身との戦い。体の変化に負けずに、自分の意思を保たなければならない。
「「もう二度と無理かもしれへんけど、また一緒に獣化して遊びたいなぁ」」
 テリンが遠い目で言った――
 長い、戦いが始まった。

「コノハ、今日願書出してきたよ」


「私立の試験受けてみたで」


 声が聞こえる。みんなの声が聞こえる。しかし、その声に応えることができない。自分ではどうにもできない。でも応えたい――


「うぅっ」
「「!!」」
 体がただ獣化を繰り返すだけのコノハが呻き声を出した。
「はぁ……はぁ……」
 苦しそうな声。しかし、ゆっくりと、コノハの瞳が……開いた!
「コノハ!」
「コノハ! うちや、カリン! わかるか!」
 コノハが目を覚ますと、今にも泣き出しそうなテンリの顔と既に涙を零しまくっているカリンの顔があった。
「テン……リ……カリ……ン……」
 コノハが重い瞼を開くと、二人の覗きこむ顔があり、その奥に白い天井が見えた。
「おはよう、コノハ。一ヶ月も寝るなんて、随分長かったなぁ」
 テンリが涙を一粒零して微笑んだ。
「……」
「ふわあぁぁぁん! コノハ! よ゛がっだぁぁぁー!」
 カリンはポロポロ涙を零しまくる。笑っているのか、泣いているのか。
 コノハは横に目をやった。繋がれている機械の壁面に自分の姿が薄く反射する。
「……」
 映っている顔が常に変わり続ける。カモシカ、ハリネズミ、パンダ……顔だけじゃない、体のあちこちがモザイク状に様々な動物に獣化し続けている。不思議と痛くはなかった。しかし、熱い。この体の熱さがすべての苦しみや痛み、不快感を打ち消しているのかもしれない。
「コノハ……ビックリしたよ、急に倒れるんやから。コノハが倒れた時、体中がいろんな動物に獣化し始めて、カリンが普通の病院やダメだと言うから、ビーストトランスに運んだんや。そしたら店長が専門の病院を紹介してくれて。今、コノハの病気を治すために店長達が研究しているから……」
 そうだ、コノハは合格祈願のお参りに行こうとして倒れてしまったのだった。
「コノハぁ~うち、うち、コノハ目ぇ覚めなかったらどないしょうかとずっとずっと」
 カリンは子供のように泣きじゃくる。
「……」
 一ヶ月も寝ていたらしい。そのせいか、うまく思考が回らない。
 しかし、自分の体がトンデモナイことになっているというのはすぐにわかった。変化し続ける体。しかし、思い通りに動かせない。


「目が覚めたって本当か!」
 カリンがずっとこちらを見つめ、テンリがナースコールをしていた。いつもと違って白衣を纏った店長と看護服のサラがやって来た。
「コノハちゃん……ごめんね、私が……私が……」
 サラはコノハに謝る。その理由を夢の中で聞いたような気がしたが、思い出せない。
「サラ、後回しにしろ。コノハちゃん、とりあえず、目覚めて良かった。今わかっている段階で君の体の異常を手っ取り早く説明する。君には通常の人類が持っていない特殊な遺伝子を持っていることがわかった。恐らく、それが要因となって君は獣化できる体質になった。これは君だけじゃなくて、カリンちゃんやテンリちゃんにも言えることだけどね。君がいろんな動物に変身できるようになったのは僕の研究所が開発していたc.a.tという特殊な動物変身薬が刺さってしまったかららしい。この変身薬はいろんな哺乳類に変身できるというコンセプトで開発が進んでいたのだけど、癌化して変身が止まらなくなるという恐ろしい副作用が起こることがわかって僕が開発の中止を申し出たんだ。君は運悪く、最初に来店した時、サラが見せた倉庫でこの変身薬が入った注射器が体に刺さってしまった。まさかこんなことになるとは僕も思っていなかった。心からお詫びを申し上げたい。許してほしい。君の体が元に戻るよう、今、全力で治療法開発のための研究を行っている。もう少し時間がほしい」
 店長は切羽詰まった顔で言った。聞き取ることはできる。だいたいの内容はわかった気がした。
「店長、お願いやでぇ、ほんとお願いします」
 カリンが懇願するように言った。店長はコクンと頷き、すぐにサラと共に部屋を出て行った。


 ドタドタドタ
 廊下から騒がしい声がする。
「コノハああぁぁぁぁー!!」
 バーンと扉を開けて入って来たのはめえだった。コタローも一緒にいる。
「コノハ、コノハ! めえだよ? わかる?」
 コノハは変化し続ける頭をゆっくりと下げて頷いた。
「よ゛がっだ、よ゛がっだよぉぉぉぉー」
 めえがカリンと似たような反応をする。
 コタローがそれを見守る。カリンがめえに感化されてまた泣き始める。めえとカリンが二人で子供のように大いに泣きじゃくった。


「コノハ! 話はカリンちゃん達から全部聞いたわ」
「お母……さん……」
 変身体質になったことは打ち明けていなかった。
「どんな姿でもいい。あなたは私の一人娘なのだから、絶対に諦めないで!」
「!」
 カリンが呼んだのか、母がやってきて、話を聞いた。コノハがあまりしゃべれない代わりに、母がいろいろ想い出話をしてくれた。そんな時やあんな時もあったなぁって……
「絶対に諦めちゃダメ。がんばりなさい」
 母の力強い言葉にコノハが胸を打たれ、コクンと頷いた。
 テンリとカリンがまた泣きそうになっていた。



「店長、コノハちゃんの見込みはどうなんですか? 治療法は見付かりそうなのですか?」
「ハッキリ言うと、芳しくないね。初めての事態だし、わからないことだらけだよ。治療法がわかったとして、それを試せる段階になるのは何十年先か……」
「そんな……」
 サラは店長の告白に愕然とした。年頃の女の子がベッド上で寝かされ、ケモノに変化し続ける体のまま何十年も治療法を待たなければならないなんて……
「僕達は安全性の確認された動物変身薬を使っているが、開発段階の薬を使うとコノハちゃんと似たような状態になる。彼女の場合、救いがあるのは癌化しているのは第三遺伝子のみだ。核やミトコンドリアの遺伝子は欠損していない。第三遺伝子だけ除去あるいは消去することができれば、救うことができるかもしれない。しかし、元々第三遺伝子が眠っていた彼女の体からそれがなくなったとして、彼女が僕らと同じように生きられるかはわからない」
「……」
「薬はその過程で多くの犠牲の元で成り立っているんだよ……変身という行為はとてつもなくエネルギーを使う。何せ、体中の遺伝子をすべて動かすわけだからね。何事にも裏と表がある。便利なものは裏を返せばとてつもなくヒトに牙をむく。変身の代償があってもおかしくはない……僕らは変身薬で限られた時間、自由に獣化することができる。何故、時間に制限が設けられているか考えたことはあるかい?」
「守秘を外部に出さないため……」
「それも一つ。しかし、最もな理由は今のコノハちゃんの状態と一緒だよ。長時間変身を繰り返していると細胞が癌化する恐れがあるからだよ。癌化しない範囲で変身を楽しむために制限時間が設けられたんだ。僕らが獣化で細胞が癌化してしまったらどうなるか……マウスの実験では変化を続けるただの肉塊に成り果ててしまった……僕らも普段は忘れがちだけど、獣化のリスクがあることをしっかり認識していないといけない」
「そうですね……」
「全く僕らが困った性癖を持ってしまったものだよ。変身は寿命を縮ませるっていうのに、それでも変身を楽しみたいだなんて……第三遺伝子がコノハちゃんの体にどういう影響を与えているのかはわからないけど、僕は彼女を救うことに全力を上げるよ」
「はい」
 
 体が思うように動かせないと、想い出ばかりがフラッシュバックする。やったこととやりたかったことが頭の中で交錯する。
「今日、私立の合格発表があったんだけど……とりあえず合格できていたよ!」
 テンリがコノハにそう報告しに来た。コノハは自分のことばかりを心配をして、勉強があまりできていないのじゃないかと気になっていたが、先は一応安定したみたいで一安心した。うまく話せないので、頷きで返す。
 自分の場合は留年になるのだろうか? そんなことをふと思った。しかし、いつ体が元にも戻るかの保証はない。
「カリンも私立は合格したみたいやから、安心して」
 そうか、カリンも。二人とも、良かった。安心すると眠気が……
「あれ、コノハ、寝ちゃうの? それじゃあ、おやすみ……」
 最期にテンリの声が聞こえて、コノハは深い眠りに着いた。

……――――

――ねぇねぇ、『ケモッ娘』って知ってる?
 あの日、カリンが持ち掛けた話がきっかけで〝ケモッ娘〟の存在を初めて知った。


――さー、今日もたっぷり出してくれよ。
 いろんな動物に変身できることがわかった日、絞られたのは恥ずかしかった。


――ポン吉、おいでおいで。
 実はあのタヌキはコタロー君だったっけ。


――コノハ、舐・め・て。
 自分の勘違いでカリンの前で変身したのは間違いだった。
 

――漢字を当てて、狐鈴ってどうや?
 カリンと融合してしまったのは驚いた。


――めえと一緒。
 初めてめえに逢った日、自分達以外にケモノに変身する娘がいたことにビックリした。


――『魔女っ子変身なりかちゃん』、めっちゃおもろいねんで。
 子供の頃の記憶、カリンがTF好きに目覚めたきっかけ。


――そ、そうなんですか……もしかして、園内に、他の動物に変身している人とか。
 ビーストトランスが全国にあるのを初めて知った。


――要するに、変な体になったのはわたしだけやなかったということか。
 まさかテンリも動物変身にまつわる体質になっていたなんて。


――自分が変身するならともかく……わたしは……わたしは……人を変身させてしまう。
 私らは〝ホルダー〟という体質で、治療法が無いと言われてテンリは泣きそうになっていた。


――すげぇー! このネコ、おっぱいがあるぜ!
 あの男の子達は……将来が不安だ、思えばあの時から変身が変になっていた。


――オオゥ、ノー……
 まさかイルカが外人の男の子になるなんて。


――めえはコタロー君好き?
 テンリの問い掛けにめえは直球で好きと返した、熱い。


――謝らないで……めえに謝らないで……ヤメテ、やめてよぉ……
 いつかの夢、どこかの世界であったかもしれない出来事。


――これは何が何でも優勝するでー!
 もしかしたら、ここでのカリンの活躍が、カリンがクラスのみんなに受け入れてもらえるきっかけになったのかも。


――ゴロゴロゴロゴロ。
 カズタカさんにもふられるのは気持ち良かった……


――いらっしゃいませー、ご主人タマぁー!
 まさかカリンがテンリの汗から動物変身薬を開発してクラスの子に飲ませるとは……


――萌え萌え萌えええぇぇぇぇー!
 初めて動物以外のケモノの姿になった、カリンがうるさかった。


遡る記憶。巡る想い出。
 コノハの人生が駆けてゆく……これは今際の際に視るという走馬灯なのか。
 意識があるのかないのか自分でもわからない。
 景色は見えない。暗闇の中に一人。ただただ体が熱い。


〝コノハ、コノハ。なぁ、起きてや……いつまで寝てるんや、なぁ〟
〝カリン、今日もダメや……もう帰ろう〟


 テンリとカリンのそんな声が聞こえた気がした。


〝クルルルルルルゥ―――― クルルルルルルゥ――――……ケホケホ……めえの声が効かないなんて……コノハ……〟
〝めえ、今日のところは帰ろう。コノハちゃんは……〟


 めえとコタロー君?


〝サラ、ちょっと来てくれ〟
〝はい、店長〟
〝大変なことがわかった。コノハちゃんの遺伝子を調べたところ、僕らと違う遺伝子を内抱していることがわかった〟
〝どういうことですか?〟
〝僕にもよくわからない。コノハちゃんは『核』と『ミトコンドリア』以外にどうももう一つ、そう植物で言う『葉緑体』みたいな第三の遺伝子を持っていたんだ。こんな遺伝子、今まで報告例がない。人類初だよ〟
〝それじゃあ、私達と姿形は似ているけど別の生物ということですか?〟
〝いや、そうとも言い切れない。核やミトコンドリアは僕らの所有している遺伝子と同じなんだ。ただ、もう一つ多く遺伝子を持っているんだよ……もしかしたら、カリンちゃんやテンリちゃんも……彼女らに連絡を取ってほしい。検査してみたい〟
〝わ、わかりました〟


 店長とサラの声が聞こえる。専門的な話であまりよくわからない。


〝店長、うちらが変てどういうことなん?〟
〝カリンちゃん、テンリちゃん。とりあえず、簡単な検査の協力ありがとう。もしやと思って調べてみたら、見事当たったよ。君らもコノハちゃんも通常のヒトが持っていない『第三遺伝子』を持っている。僕は読み違えていた。『ホルダー』と思っていたんだが、そんなもんじゃない。君らは一体何者なんだ?〟
〝あの……よくわからないんですが……〟
〝テンリちゃん。高校の生物で多くの動物は『核』と『ミトコンドリア』の二つの別々の遺伝子を細胞内に持っていることは習ったわよね。植物はさらに三つ目の『葉緑体』を持っている。テンリちゃんたちはね、植物で言う『葉緑体』みたいなものを細胞内に持っているってことよ。それが何なのかは全くわからない。けど、変身体質と何か関係ある可能性は高いわ〟
〝……〟
〝うちで動物変身薬を打つまで今まで変身したりさせたりしたことはなかったんだろ? それなら、動物変身薬との相互作用で今まで眠っていた第三遺伝子が活発化するスイッチが入った可能性が考えられる。今は二人とも大丈夫みたいだけど、これから先、コノハちゃんのような昏睡状態で……ヒトでないモノになってしまう可能性も十分にある〟
〝……コノハ……〟


 自分が生きているのか死んでいるのか最早わからない。知る人の声が聞こえては消えてゆく。


〝顔はシロクマ、右手はネズミ、左手はウシ、右足はゾウ、左手はウマ、背部からしっぽはフェネック……まるでキメラ。今日もまだ体の変化が続いている……遺伝子が暴走しているみたい……〟
〝サラ……少しずつわかってきた。コノハちゃんの身に起きている現象は……癌だ〟
〝癌……〟
〝それも通常のものじゃない、第三遺伝子の方だ。第三遺伝子が体の変身に影響を及ぼしていることは明らか。癌化した第三遺伝子が所持している他の生物の遺伝子へと休むことなく変化を続けて止まらない、そんな感じだ。そして、これと似たような症状を僕は知っている。c.a.t.だよ〟
〝え……〟
〝どんな動物にでも変身できるchanging animal transformという名の試作品があっただろ? あれを打ったマウスで似たような症状が出て、僕は使えないって上に申請したんだよ。つまり、第三遺伝子がそのc.a.t.の獣化ウィルスを取り込んでしまったことで、こういう症状になってしまったんだと思う。いつかサラは言っていたよね。コノハちゃんはしっぽに〟c.a.t.の変身薬が刺さったって……
〝そんな……私が……私が倉庫に案内なんてしていなければ……〟
〝……君だけのせいじゃない。僕のせいだ。管理が甘かった〟
〝店長……〟
 
 熱い。ただひたすら体が熱い。常に全力疾走しているみたいな感じ。しかし、体は動かない。目は開かない。植物状態のまま。これからずっとこの状態なのだろうか。ただ闇を見つめているだけならば、いっそのこと、楽になりたいとさえ思う……
 コノハの体は変身のしたことある動物にずっと変化し続けている。不安定な体は部位によって獣化している動物が異なる。サラが言ったように、まるでキメラのようだ。コノハは自分がどうなってしまったのかはわからない。しかし、体の熱で変身し続けていることは理解できている。



「うー、さぶいさぶい」
 冬休み。年を越えて三日目。大学受験の合格祈願のお参りに、テンリとカリンと少し遠出しようということになった。めえの神社でもよかったが、今回は念のため、昔から合格する人が多いと言う願掛けの強い神社に行くことになった。集合場所はとりあえず、三人の中間地点であるいつもの駅。まさか、高校に通う駅に新年早々訪れることになるとは思ってもいなかった。
 今日は生憎の天気。雪がちらほら降っている。雪は嬉しいような気もするが、外に出る時は寒いので降ってはほしくなかった。
 こういう時は部分獣化して体を温めたいところだが、獣化は一切禁止している。クリスマスで獣化が暴走して以来、どうも体の調子がおかしい。不定期に、体が変身しようする衝動があり、促すと、またヒトと動物の間の姿を行き来することがあった。今はできるだけ、衝動がくれば抑えようとしている。このことはまだ誰にも話していない。
「お、おけましておめでとー!」
 コノハは駅に降りると、テンリを見付け、新年の挨拶をした。
「お、コノハ! あけましておめでとう! 今年もよろしく」
 テンリが白い吐息を吐きながらコノハに返した。
「カリンは?」
「まだやわー」
 この駅からバスで移動する。雪なので、遅れが出ていそうだ。
「どう、最近の調子は?」
 テンリにそう言われて、コノハは体の調子のことを聞かれたのかと思った。体の調子が悪いなら出てくるなと怒られそうなので、「ぼちぼちやわ」と有耶無耶に返す。
「あー、もうあと一ヶ月もしたら受験やで。どうするどうするー」
 テンリが聞いたのは受験勉強に関することだったらしい。
「うん。そうだねー」
 大学受験。ここが大きな人生の分かれ道かもしれない。
「いやー、遅くなったなった、すまん! あ、あけましておめでとうー」
 後ろからカリンの声が聞こえた。
 テンリとコノハは声の方を振り返り――
「!!?」
 まさかの姿に驚いた。
「どや? もふもふやろー」
 カリンは嬉しそうに言う。
 カリンは顔以外の露出している部分を衣服を着ているかのように見せ掛けて部分獣化していた。パッと見はわからないかもしれないが、手なんかまさにケモノだし、見る人が見ればすぐにわかる。
「……やれやれ」
 最早慣れてきたテンリは軽いリアクション。咎めようとさえしない。
 コノハも新年早々から注意するのもどうかと思ったのでスルーすることにし――


「あ……れ……?」


 ドックン


 一瞬、視界が大きく揺らいだ。
「気のせい……――」


 ドックン


 やはり視界が揺れる。おかしい。
「え……ちょっと……何?」


 ドックン ドックン


 自分の鼓動が聞こえる。視界が歪む。
「コノハ?」
 カリンがコノハの異常に気付いた。コノハは手から傘を落としていた。
「なんか、おかしい――」
 コノハの視界が徐々にホワイトアウトする……
「! コノハ? コノハ! どないしてん、おーい! コノハ! 聞こえてとるか!」
 カリンの慌てた声が聞こえる。
「……何……これ……コノハ……体が……」
 テンリの上ずった声が聞こえる。
 しかし、体が思うように動かない。目の前に積もった雪がある。どうも自分は前のめりに倒れたらしい。しかし、冷たさは感じない。むしろ、体が熱い……
「TFしとる……けど、なんやこれは……ウシの角、ウサギの耳、ネズミのしっぽ?」
 カリンがコノハの体を見て、驚きながら言った。
「カリン、コノハを、コノハを病院に連れて行かな!」
 テンリが冷静になって言った。
 体がざわつく。力が入らない。体が変化するままに委ねるしかない。何だか、すごく……眠たい……
「コノハ……目ぇ、瞑ったらあかん! あかんて!」
「やばい、これは何かヤバイで……これは普通の病院じゃあかん――」
 テンリとカリンの動揺する声の中、冷たく静かに雪が舞う中、コノハはゆっくりと意識を落とした――……