「コノハー! おはよう!」
「おはよう、めえ」
 めえが転校してきてから数週間。最初は違和感があったコノハも慣れてきた。幸いにも今のところ、めえは校内でしっぽを生やす以上の獣化はしていない。ケモしっぽは最近の流行らしく、テレビで特集が取り上げられているのも見た。めえの部分獣化はうまくその流行にカモフラージュされている。その辺の常識はちゃんとわきまえている感じだった。
「なぁなぁ、見てや、めえ! うちの新しいしっぽ」
 カリンがそう言って、スカートの下から黄色地に黒の斑模様のしっぽを覗かせる。ふりふりと機嫌良くしっぽを振っている。
「おぉ! チー……ター?」
 めえが目を丸くしてカリンのしっぽを見る。
「当たりィ! いやはや、これはなかなか苦労したわぁ」
 カリンはそう言って目を細くする。
「苦労……?」
カリンをよく見ると、ネコに引っ掻かれたような生傷がところどころに……
「ハッ!」
 コノハは今朝のニュースを思い出した。確か、サファリパークの動物が数種忽然と消えてしまったらしい。警察が外に出ていないか近隣に厳戒態勢をとっているとかなんとか……
「それじゃ、また後で」
「カリン、ちょい待たんかい!」
 自分の席に戻ろうとするカリンのしっぽをコノハは握った。
「ふぎゃん!?」
 この反応でカリンの体から生えているしっぽだと確認できた。
「もぉー、コノハぁー、しっぽは敏感なんやから、そんな強く握ったやーよぉ」
 カリンが自分のしっぽをフーフーしている。
 カリンの体質のことを考えるとほぼ120%間違いない。
「コノ休日二サファリパークニ行キマシタカ?」
 コノハは冷めた目でカリンを見据えながら言った。
「え……そ、そんなん行ってへんで……こ、この受験勉強でクソ忙しいのに動物捕獲に何か行けるわけあらへんやん」
「ジャア、ソノシッポハ?」
「え? こ、これ? これはその……ネコ! そうそう、うちの近所に最近チーター模様のネコが現れてなぁ」
「それで吸収したんか?」
「吸収ちゃう! 融合や! もう、何度言ったらわかるんや、コノハは!」
 カリンはやれやれといった風な仕種をする。
「んなもん、どっちでもええわー! その体中の引っ掻き傷は何や! 公共施設の動物を体に取り込んだらあかんて何度も言ってるやろー!」
「な、何言うてるねん、コノハ。う、うちはもうそんなことやって……」
「カリンが体に取り込んだ動物は全部知ってるで。先週までチーターはなかった。今朝のニュースでサファリパークの動物がこの休日で突然消えたらしいやんか。それにそのカリンの傷……一致する……」
「な、なんでうちをそんな疑うんよ……宇宙人に連れて行かれたかもしれへんやんか……ま、まったくわけがわからないよ」
「カリンの言うことはもう何も信じない」
「くっ……最近の流行で返してきたか……」
 カリンが苦い顔をする。図星のようだ。
「今日の放課後返してきい」
「いや……や……」
「ダメ!」
「だ、だって、うち、うち、まだ思う存分TFしてへんし……どうやったら融合解けるのかもわからへんし」
「嘘付きぃ、私とは離れられたやんか」
「そ、そやけど……融合の仕方もわからんし……」
「? じゃあ、なんでチーターのしっぽ生やしてるんや」
「なんつーか、動物と戯れていたら自然といなくなって……うちの体の中に……」
「……」
 カリン自身、どういう風に融合しているのか未だにわかっていないらしい。コノハも何がきっかけで変身してしまうのかは詳しくはわからないが、とにかく動物のことを強く思わなければいいことは最近わかってきた。
「じゃあ、明日の放課後。今日はうちに帰って思う存分もふもふしなさい」
「うぅ……どうやれば動物との融合解けるんやろ……イメージ……」
 カリンはコノハに強く言われて半泣きのような顔になって呟いている。カリンは結局のところ、コノハには弱い。
 ブツブツ言うカリンの首筋に……黄色い毛が……
「カ、カリン! やめやめ! 帰ってから考え! 学校はノ―! はい、しっぽもしまって」
「なんでうちばっかり……めえは耳もケモ化してるのにぃ……」
「へ?」
 すっかりカリンに気を取られていた。拗ねるカリンに言われてめえの席を見ると……
「め、めえ! 耳ー!」
 めえの髪の毛の間からぴょこんと可愛らしいケモ耳が出ていた。めえの髪は長いから、本来ヒトの耳がある場所に耳がないことはバレない。しかし、しっぽならまだしも、耳は目立ちすぎる。
「えへへー、ネコっぽいでしょぉー。調節して小さくしているんだよ」
 めえはニコニコと微笑んでくる。ネコ耳ならフェネックより一般的でいいか。いや、そういう問題ではない! 頭の上に耳があること自体が大問題なのだ。
「めえ、ダメだって! 目立ってるやん!」
「そうかな? 他の子もネコ耳のカチューシャとかしてるけど」
「そんなバカな……あ……」
 確かにめえの言うとおりだった。
 一体どうしたというのだ、うちの学校は。だんだんみんなの身なりが獣化していっている……まさかカリンの空想具現化が発動したとでもいうのだろうか……
 しかし、いくらケモ耳を付けているといえど、所詮は作り物。一方めえは明らかにぴょこぴょこ音を聞き取って動いている。クラスのみんなが興味深々といった目線を向けているのがわかる。

キーンコーンカーンコーン  キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴った。めえに耳を引っ込めるように言おうとすると、めえは頭のてっぺんに生えた耳を両手でごにょごにょし、あたかもケモ耳を外したような仕種でヒト化した。めえがコノハの方を見てニッと笑う。何だか最近、めえに弄ばれているような気がしてきた。やはりめえは狐なのか……