トモヤがいなくなった頃、カリンは『Chuuuitter』を見ていて、萌王が大人しくなっていくのをいい気味だと眺めていた。




萌王:悪かったね、そうさ、僕に友達なんて一人もいないさ。そんなに非難しなくしなくっていじゃないか……僕にはもうネットにさえも居場所が残されていないのか……




「ふんっ、そんなん知らんわ! ん? あ、体が熱いと思ってたら、いつの間にか獣化しとったんか……あらら……」
 カリンは熱くなって喉が渇いたので、何か飲もうと部屋の中を振り返った。
「ん?」
 すると、扉は全開に開かれ、持ってきた覚えの無い蠅叩きが転がっているのが目に付いた。
「?」
 カリンはどうしてこんなものがここにあるのだろうと少し悩んだ。




「はぁっ……はぁっ……」
 トモヤは必死で逃げていた。恐れつつ振り返ってみたが、今のところ、アイツが追ってきている気配はなかった。
 トモヤは走るスピードを落とし、人通りの無さそうな狭い民家の間で、腰を下ろした。
「はぁ……はぁ……僕は……僕は逃げ切ったよ……ケモレッド……」
 トモヤは地面に座って空を見た。夏の青空が自分の汗と相まって眩しく見えた。
 しかし、急速は束の間だった。
 トモヤが息を整えていたその時、ガサゴソと民家の木が音を立て、何かがピョンと道路の方に飛び出してきた。
「!!!」
 飛び出してきたのは、ネコのような姿だけど、おっぱいとか、手足とかがヒトの女の特徴を備えた何かだった。
 トモヤに一気に緊張が走った。これはきっとアイツが放った魔獣に違いない。
 トモヤが焦りを見せていると、その何かと目が合った。
「!!?」
 その顔はお姉ちゃんの友達としてよく遊びに来たコノハ姉ちゃんのように見えた。
 その瞬間、トモヤの脳裏に一つの可能性が浮上した。
 そう、コノハ姉ちゃんはアイツに捕まって……改造されたんだ……
 トモヤはそう思うと胸が締め付けられるような思いが込み上げて来て泣きそうになった。コノハ姉ちゃんとは戦いたくない。そう思ったトモヤは一目散に逃げた。
「あっれぇ~? どこに逃げた、おっぱいネコ……あれ捕まえたら、絶対テレビ出られるぜ! って、お、トモヤじゃん! あ、おいっ」
 トモヤが逃げる途中、そんなクラスメイトの声が聞こえた気がした。




「はぁ……はぁ……」
 ずっと走り続けてトモヤは逃げ疲れて来た。
 もう逃げるのもどうでもよくなってきた。
 そして、人気の無い道路の角を曲がったところで……見てしまった。
「ぐぅぁ……はぁっ……」
 ヒトともタヌキとも似つかぬ姿の男性が、女性と襲うとしているところを。
 しかし、今のトモヤには女性を助け出すことはできない。トモヤは生き延びるために逃げることしかできない。アイツが放った魔獣が人々を襲っていることになっていたとしても、トモヤは逃げることしかできなかった。
「ごめん……なさい……」
 どうしてこんなことになってしまったのか、それが自分のせいなのか、最早トモヤにはわからなかった。





 方向を変えて再び走っていると、正面から何かものすごい速いものが迫って来た。
「はいよぉ~~~しるばぁぁぁ~~ヒロミちゃん、ゴーゴー!」
「ぬぁ!?」
 思わず変な声が出てしまった。
 前方からやって来たのは、なんと、ウマに跨った白髪で巫女服を着た少女だった。
 これもアイツの刺客なのだろうか? しかし、これまで見た二例と明らかに異なり、目の前から来るウマに跨った少女はちゃんとした人の姿だった。
 もしかしたら、魔獣に対抗する救世主が現れたのかもしれない。トモヤは何だか嬉しくなった。
「おーい! 君に助けてほしいんだ! 僕は星谷トモヤ。今、二匹の魔獣がこの町に放たれ、人々を襲って……って――」
 トモヤは大声で少女に話しかけた。しかし、少女にトモヤの声は聞こえていないようだった。少女はあははは、あはははとものすごく楽しそうにウマに乗っている。
 トモヤは嫌な予感がして来た。このまま直進してくると、確実にウマに撥ねられるんじゃないかと。
 トモヤは踵を返して三度走り出した。もう何がなんだかわからない状態だった。ただ走って走って走って、メロスのように……





 心身共に疲弊しきったトモヤは、もう走れないと思ったところで、駐在所を見付けた。最後の希望として、トモヤは中に入る。中にはお巡りさんが書類を整理していた。
「おや? どうしたんだい」
「お巡りさん……ウマに乗った女の人が……」
「あー、鷲田牧場のオーナーの人? あそこのウマは特別に道路出てもいいように特別な許可が下りているんだよ」
「そうじゃなくて……」
「あ、おい、君!」
 伝えなければならないことがたくさんあったのに、疲れ切ったトモヤはその場で倒れてしまった……




「わざわざ、送って頂きありがとうございます。すみません、うちの子がご迷惑をおかけして」
「いえいえ、急に駐在所で倒れるもんですから、驚きましたよ」
 どれくらい時間が経ったのかはわからないが、気が付けばトモヤはパトカーで家に送られていた。
 パトカーが行った後、トモヤはパートから帰って来ていたお母さんにこっぴどく叱られた。
「全く、どこまで遊びに行ってるの! もう、夏休みの宿題が終わるまで外出禁止!」
 トモヤはしょんぼりした顔で台所に向かった。すると、蠅叩きは元の場所に戻され、アイツはまたヒトの姿になっていた。
「……」


 今日一日の出来事は夢だったのか……もう僕にはわからない。誰か、そうこれを読んでいるあなた。どうかこの真相を僕に教えてください。それだけが僕の願いです……