「ほにゃ~」
「……コノハさーん、おーい!」
「ハッ! な、なんなん?」
「コノハ、今、違う世界行ってたで」
「え? そ、そう? あ、あかんな、しっかりせな、あはは」
「……」
 テンリが訝しい顔をしている。危ない危ない。男性のことを想って呆けていた。危険危険。
 昼休みの食事の時間。いつものようにテンリとカリンの三人で食べていたが、コノハは話し半分でテンリの話を聞いていた。
「コノハ、疲れているん?」
「え、い、いや、そんなことはあらへんで。大丈夫! 元気元気! あはは」
 テンリは疑っている顔をしている。これはマズイ。バレないように振舞わないと。
 実際、ネコに変身して男性と遊ぶなんてどうかしていると思う。これは援助交際?とか?そういうのになるんだろうか? しかし、最近はそれが楽しくて仕方がない。ずっとネコに獣化していたいくらいだ。ネコに生まれたらよかったなぁとか思ってしまう。
「!」
 ネコのことを思っていたら、体がピクっと反応したヤバイ。これ以上意識していたら変身してしまう……
「あっ」
 その時、コノハはうっかり、自動販売機で買ってきた牛乳パックに肘が当たって、床に落としてしまった。口が開いていたので、地面に中身が零れてしまった。
「ふにゃぁ……」
 コノハは床にこぼれたミルクを見て、体を屈めて、顔を近付けた。
「!!? コノハ……? え? え?」
 テンリの動揺する声が聞こえる。
「ハッ!」
 テンリの声でコノハは間一髪のところで我に戻った。舌を出して、思わず、床に零れたミルクを舐めてしまうところだった……
「あ……あはは、これはその……そう、練習、文化祭の練習。何事も形から入らなな!」
「……」
 テンリはコノハを見て神妙な顔をしていた。
 ネコに変身し過ぎているせいか、最近、ふとした瞬間にネコっぽい反応をしてしまうことがある。やばいやばい……
「コノハ、なんか動物化してへん?」
「ギクッ! そそそそそそそんなことあらへんで、な、なぁ、カリン」
「●REC」
「阿呆! 何ケータイで撮ってんねん! やめい!」
 カリンが好機を逃すまいとコノハにケータイのカメラを向ける。
 カリンに対して抗議することで、この場は何とか誤魔化せた。本当に気を付けないと……



「コノハ、わたし、新しいCD借りにいくねんけど、行く?」
 帰り道。テンリがコノハにそんなことを聞いてきた。
「え、うーん……今日はやめとくわ、早く帰る」
「……。そっか、了解」
 テンリが残念そうな顔をする。少し心が痛いが、許せ、テンリ。
 コノハそう心の中で思って、テンリと駅前で分かれた。チラチラとテンリがちゃんとCD屋に入って行く様子を確認して、コノハは駅に向かおうとする歩みを反転させて、男性の家の方に向かった。

「みゃぁぁ~ん♪」
 コノハはネコにTFして、男性の家に入っていた。
「はいはい、今日も来てくれたんだね。ありがとう。すぐにミルク持って来るよー」
「みゃんみゃん♪」
 コノハは甘い猫撫で声で鳴く。
 あれからさらに鷲田牧場の牛乳を探してみたが、やはり見付からない。男性は一体どこで手に入れているのか。このミルクは本当に美味しい。
「はい、どうぞ、シロちゃん」
「みゃぁん~♪」
 コノハはシロと名付けられた。白ネコだからシロという安直な名前だが、コノハは気に入っている。
 ペロペロ ペロペロペロ
 コノハは差し出されたミルクを夢中になって舐める。このミルクをココアに入れたら美味しいのではないかと思ったり。
「うふふ」
 男性はコノハがミルクを飲む様子を微笑みながら見つめる。
 ほんわかした幸せな時間。
「んみゃっ!」
 コノハはミルクを飲み終え、男性に声を掛ける。
「うん、今日も全部飲み終えてくれたね。ありがとう」
 男性はすぐに皿を洗いに行く。コノハはネコっぽい仕種で前足を舐めてみる。
「よしよし。それじゃ、首輪付けようか」
「にゃん♪」
 コノハはお座りして首輪待機。
 男性はニコニコしてコノハの首周りに首輪を付ける。首を少し擦られるのがくすぐったい。
「はい、今日も可愛いよ、シロ」
「ふにゃん~////」
 コノハは思わず、方前足で恥ずかしそうに顔を隠した。
「あはは。本当、君は人間ぽい仕種をするね」
(……だって、人間やもん。でもネコ扱いかぁ……)
 複雑な心境。しかし、コノハにはもうヒトとして男性と出会う勇気はなくなっていた。
「よぉーし、それじゃあ、こちょこちょしてあげようか!」
「にゃはっ!」
「それそれ、こちょこちょこちょこちょこちょこちょ」
 コノハは男性に仰向けにされて全身を優しく撫でられる。くすぐったい。ゴロゴロみゃんみゃん、声が出てしまう。もふもふされるのがすごく、すごく気持ちいい……
「みゃああぁぁ~~ん♪」
 もういっそのこと、ここの飼い猫としてずっと飼われ続けたい……
 そんなことを思っていた矢先だった。
 ガタッ
 玄関の方からそんな音が聞こえた。玄関から物音が聞こえるはずはない。男性は一人暮らしをしているのだから。
「お、帰って来たか」
 男性はコノハのモフモフを突然中止して玄関の方に向かっていった。
「???」
 コノハはわけがわからない。
 玄関の方で話し声がする。女の人の声がする……
 コノハは恐る恐る玄関の方に歩いて行った。
 すると……
「にゃにゃっ!?」
 コノハは見上げていると、男性の横には旅行カバンを持った綺麗な女性がいた。
「あら、カズ。このネコは?」
「嗚呼、最近、家に遊びに来てくれるようになったネコなんだ。ノラだったんけど、可愛いくてね。そろそろうちで飼おうかと思っているんだけど、ミサキはどうだい?」
「ネコかぁ……そうね……」
 二人でコノハを飼うかどうか話している。それより、この女性は何者なのか?
「みゃーみゃー!」
 コノハは男性に話を求めるように鳴いた。
「嗚呼、シロ。この人は僕の妻のミサキ。仕事の都合でえーっと、三ヶ月ほど海外に主張していたんだよ」
 僕の妻……ボクノツマ……BOKUNOTSUMA……
 コノハは頭が真っ白になった。
 女性の気配がしないからてっきり独身なのかと思い込んでいた。思い込んでいただけだった。コノハは強いショックを受けた。
「みゃ……みゃあああぁぁぁぁぁーん!(う、うそやあああぁぁぁー!)」
「あ、あぁ、シロー!」
 コノハは鳴きながら、男性の家を飛び出した。男性はコノハに声を掛けたものの追ってくる気配はなかった。

「みゃあああー、みゃあああー」
 男性の家を飛び出したコノハは悲しい鳴き声を上げながら服を脱いだところまで戻った。
「!」
「あ、コノハ……?」
 驚いたことに、コノハが制服を脱いだところにはテンリがしゃがんでいた。
「最近、行動が変だったからさ、ちょっと、後を付けちゃったんだよねー」
 テンリがそう気まずそうに視線を逸らしながら言う。
「みゃ……みゃああぁぁぁぁーん!!(テ……テンリィィィー!!)」
 コノハは大きく鳴いてテンリの胸に飛び込んだ。
「わ、わわっ、な、何々どうしたん、コノハ?」
 テンリは驚きながらもコノハを優しく抱きしめ、背中をそっと撫でてくれる。
「みゃぅ、みゃぅ(グスッ、グスッ)」
 コノハはしばらくテンリの柔らかいぬくもりの中で泣いた。
 コノハは涙を一つ重ね、また一つ大人に近付いた。

<おしまい>