しかし、テンリは気付いてくれる様子がない……
(う~どないしょー……!?)
 ここで、コノハの体に電撃が走った。
(にょ、尿意が……)
 いくらイヌの姿になっていると言えど、みんなの前でそれはできない。それだけは避けなければならない。
 コノハは一目散にテンリの元に走った。前足で膝をトントン触る。
「わわっ、ど、どないしたんコノ……じゃなかった、わんちゃん」
「わおぉっ! わおぉっ!」
 コノハはもう恥を捨てて、他の人には見えないように、テンリに前足で何度も股間を足指した。
「! もしかして」
 テンリはコノハの耳に顔を近付けて「トイレ?」と聞いてきた。
 コノハは激しく首を上下させる。
「あー、そっか、服……」
 ここでテンリが気付いてくれた。しかし、今からじゃ遅い。
「わおぉっ! わおぉっ!」
 コノハは必死にテンリに助けを求める。
「おぉ! やばいんか? そらあかんわ。ちょっと待って、抱くで……ほいしょっと」
 テンリはコノハを抱き抱えると、急いで教室を出た。カリンのイヌなのに、テンリに馴れている不思議な光景をクラスメイト達はきょとんと見ていた。



「はい、おしまい」
「わんわんっ!(さんきゅっ!)」
 何とか間に合って、ギリギリセーフ。いろいろ恥ずかしい事があったのだが、もう遠慮なんかしていたれず、テンリに申し訳ないと思いながらも、なんとかセーフだった。
「コノハ、制服カリンから奪って来るから、ここで元に戻ってええで。昼からは招き犬もええと思うわ」
 テンリが一緒に入った女子トイレの個室で言う。
「……」
 そう、それはコノハも考えた。しかし、何故か元に戻ろうと思っても戻れない……
「くぅぅーん……」
「……ん? コノハ?」
 戻れないのはどうしたらいいのか?
「もしかして戻れへんの?」
「くぅぅーん、くぅぅーん」
 テンリはよく気付いてくれる。コノハは首を縦に振った。
「うーん、それはどないしょーもないなぁ……それじゃ、とりあえずそのまま教室戻ろうか。わたしはカリンから制服奪っておくから」
 もう泣きたいくらい、テンリさまさまだった。


 キーンコーンカーンコーン


 昼休み終了のチャイムが鳴った。
 コノハは再び、招き犬として教室まで接客をすることになった。
「コノハ、コノハ。制服はカリンから取り返しておいたから、戻れるようになったら、いつでもわたしのところに来ぃや」
「わんわんっ!(おおきに!)」
 コノハは喜んでしっぽを大きく振った。
 テンリはそれを見て、イヌのコノハも悪くないなと思ったが、口に出すのはやめておいた。
(ふぅ……最近調子悪いなぁ……)
 廊下で一匹になってそう思う。このままヒトに戻れなかったらどうしよう。そんなことを思った。動物には動物の暮らしがあるが、やはり、ヒトとして生まれた以上はヒトとして生きたいような気がする。
「きゃぅ!?(なんや!?)」
 ヒトのことを考えていたら、突然、ムネが膨らみ始めた。これはもしかして、元に戻ってる?
「ぎゃわわん! ぎゃわわん!(うわ! どないしょ!)」
 コノハはかなり焦る。ヒトには戻りたい。しかし、ここで戻るのは困るからイヌに戻っておきたい……
(イヌに戻れイヌに戻れイヌに戻れ……)
 しかし、どんな強くイメージしても、ムネは膨らみを増していく……と、そこに、さっきとは違う子供集団がやってきた。
「お、ここ、犬おるで」
「わー! ほんまや!」
「お手できるか、お手ーー」
(もうっ、今はそれどころやあらへんて!)
 と、心の中では思いつつもコノハは子供たちにお手をする。なんかもう、反射的になってきている……
「あぁ……ええなぁ……うちも犬飼いたいわぁ……」
 少年の一人がコノハの頭を撫でる。あれ? 思ったより気持ちが良い。
「確か、わんこはお腹を擦っても気持ちえ……え?」
 ぽよん
 少年が他の子供たちにそう説明しながら、お腹の方を触った時だった。ぷにっとしてて、重量感があって、柔らかい……
「きゃぅん//////」
 率直に言うと、揉まれている。なんとか獣毛がなくならない範囲で止まったが、ムネの膨らみはどうしようもなかった。
「あーれー? 何これ、ぷよぷよしてぜ、おい、お前も触ってみ」
「え? あれっ……ほんまや……何これ?」
「まさか……あれ? 何これ……」
 三人が触って導き出した答えはもちろん一つ。
「「「おっぱいや!」」」
(うわぁぁぁん、大きな声でわざわざ言うなぁぁ~~~)
 コノハは心の中で泣いた。
「なにこれ、おっぱい犬」
「おっぱい犬や」
「おっぱい犬。これ、うちのかーちゃんみたいな感触や」
 三人で触り心地がいいのか、もみもみしてくる。
「……」
 コノハは目を瞑って耐える。激しく揉まれて体がブルブル震えるが、じっと耐えていれば少年達はそのうち飽きてどこかに行くはず……
「へぇー、世の中には不思議なもんがいっぱいおるんやなー」
「この前もこういうのいたよね、逃げちゃったけど」
「そうそう、あのおっぱいネコ
 キュピーン、コノハは目をカッと見開いた。
「wヘ√レv-(゚∀゚)-wwヘ√レv-!!!(またお前らかー!!!)」
 コノハはくるっと回って、しっぽで少年達を叩いた。
「う、うわぁ何をするー」
「ガルルルワワンッ!! ワワワンッ!」
(子供の頃からそんなエロくてはロクなオトナならへんで!)
「わー、なんだよぉ、急に怒るなよぉ……」
 突然のことで、一人が腰をぬかす。コノハはワンワン鳴いて、子供達を追っ払った。


 キーンコーンカーンコーン


 文化祭終了のチャイムが鳴った。結局コノハはイヌの姿のままどこへもいけず、何も食べれずに終わってしまった。高校最後の想い出になるはずの文化祭がイヌ役……
「くぅぅぅーん……」
 かなり鳴ける……いや、泣ける。
 廊下からだんだん人が減って行く。これもまた寂し感じがする。
「コノハー、戻れるようになった? とりあえず、トイレ行こ」
 テンリが真っ先にコノハを迎えに来てくれた。
「わんわんおー!」
 人が少なくなった廊下を、テンリと一緒に女子トイレに向かって歩いて行く。いろんな人に見られるが、三組の前に犬がいることはもう今日一日で慣れた感じだった。


「あーあーあー、ちゃんと声でとるー?」
「お、元に戻れた? よかったよかった」
 コノハがトイレから着替えて出ると、テンリが鏡を見ているところだった。
「もー、今日、何もみれへんかったわ~」
「あー、わたしもやわー、ずっとお菓子作りやってたし」
 ぐちぐち文句を言いながら、二人で教室に戻る。
 すると、教室の中はケモノで溢れていた。
「!!?」
 クラスメイトが全員、タヌキかウサギかチーターに半獣化している。
「おー、どこ行ってたんや二人ともー」
 そういうカリンだけはなぜかホワイトライガーになっていた。
「カリン、これはどういうことなんや?」
「いやな、片付けようと思っていたら、みんな獣化したいっていうもんやから、全員になってもらったんや」
「……」
 とうとうクラス全員獣化とまできたか……
「あー、心配せんでも、みんな催眠術にかかってるってことやから」
 それで騙せるのもすごいが騙されるのもすごい。
「いやっ俺、メイド服とか着ないし!!」
 ウサギに半獣化した女の子っぽい男子が他の男子に集られ、メイド服を無理矢理着せられようとしている。いわゆる男の娘というやつか。ケモノ男の娘……
 コノハとテンリは変身しない(本当はしたくてもできない)とクラスの子に断って、部屋の装飾の後片付けをした。
 後日、話を聞くと、ケモノ喫茶は学内で人気No.1だったらしい。売り上げも最高位で、集まったお金は卒業の記念品に反映されるらしい。
 学内イベントはほぼ全部終わった。後は受験に向けてがんばるだけだ。



<おしまい>