「ァァアアァァァァァ――ハァ……あぐぅっ」
 テンリはウサギからヒトに戻るコタローに目が釘付けになる。カリンほど好きというわけではないが、どんなものか見てみたいと思っていた。
 コタローはできるだけ息を整えて、リラックスするように努め、ヒト化した部分を獣化するように試みる。すると、見慣れた茶色い毛が生えてきたのである。コタローはそれを見て少しホッとした。
 しかし、ヒトに戻る力とタヌキに変身する力を同時に使っているので、体が悲鳴を上げている。体中がビキビキ痛いが、全裸を晒すよりはマシだ。コタローのウサギの耳は、頭の上でヒトと同じくらいの大きさになると、形を変えてより丸っこくなった。ウサギのしっぽがドンドン膨らみ、茶色い獣毛がもふっと生える。下半身はクリーム色の獣毛が消え、肌が露出したかと思うと、すぐに茶色い毛が生えた。
「え? えぇ!!?」
 テンリは驚いて目を見開いた。このままウサギからヒトに戻るのかと思いきや、他の何かにさらに変身しようとしている。変身していく様子を見ていると……確かにタヌキに近付いていっているようだった。
「まさか……え? 本当に?」
 テンリは狼狽する。この人は本当にタヌキなのだろうか。
「グアァァァァァ――ハァ……ハァ……」
 ウサギの前歯が縮むと、鼻先が黒ずみ、マズルはさらに少し伸びる。肉球の色と形がウサギからタヌキへと変わった。今ではもう、ウサギと言うよりもタヌキに近い感じだった。しかし、体はヒトの大きさに近付いていっているので、タヌキの獣人といったところだろうか。
「ぐぅぁ……はぁっ……」
 コタローの無理な変身は続く。しかしこの時、妄想に囚われて走り回っているカリンの弟・トモヤが偶然、この場面を目にしていたことをテンリとコタローは気付かなかった。
 テンリが見ていると、コタローはヒトの大きさになったが、すぐにまた体が縮み始めた。どうやら完全なタヌキに変身しようとしているらしい。
 コタローの変身に苦しむ姿を見ていると、ちょっとドキドキ好奇心がくすぐられる自分はやっぱりSっ気があるのだろうなとテンリは感じた。



「ハァ……ハァハァハァ……いつも以上に……疲れたなぁ……」
 完全にタヌキの姿にフルトランスしたコタローはそのまま地面に横になった。タヌキをあんまり間近で見たことがないテンリはコタローに近付いてまじまじと観察する。
「ハァ……ハァ……君は……逃げたりしないんだな……」
 コタローが息絶え絶えで、テンリに言った。
「まぁ……ね」
 ひどく疲れている様子なので、自分の体質の話をするのも憚られた。このまましばらく休ませてあげようと思った。タヌキ……近くで見ると意外にかわいいかもしれない。テンリは触ってみたい衝動に駆られたが、相手は弱っているので我慢した。



 と、その時、何だか物々しい足音が聞こえて来た。
「行け行け、ヒロミ号ぉ~~!」
「こらっ! 勝手に名付けるなぁ~」
「めえちゃん、止めてぇえぇぇ~!」
 ウマが、そう、ウマがやって来た。しかし、ウマに跨っているのは巫女服姿のめえである。何故か女の子らしい服と、小さなネコも抱えていた。
「はいー、ストップ~! お、いたいたコタロー。何かニオイしたもんね。……って、あ、あなたは確かコノハの友達の……」
「え、あ、うん。テンリ。めえ? この前会った子……やよね?」
「覚えててくれたの! わーい、また友達が増えたぞ~嬉しいなぁ~」
 めえは喜んでいる。
「でも、今日は忙しいから、また今度遊ぼうね! あ、コタローはもらっていくよ」
「ぎゃぁ!」
 めえは地面で横になっているタヌキ姿のコタローを腕に抱え、器用にも再び、ウマに跨った。
「それじゃあ、テンリ! ヒロミちゃん、行くよー!」
「ひひっ、いーん!」
 ウマはめえの掛け声で鳴いたが、どうもウマにしては変な泣き声だった。めえはコタローと一緒にネコも抱えて来た道を戻って行く。一体何がどうしたのか……? 騒々しい瞬間であった。
「……あ、ちょ、ちょっと! この、男のヒトの服! どうしたらええのぉぉー!」
 めえが乗ったウマはパッパカパッパカ走り去って行った。
 残されたのはテンリとコタローの着ていた服やメガネ。テンリの騒々しいある夏の一日はこれで幕を閉じる。
「これ……このまま放っておくのもあかんやんな……うぅ、アクセサリー買いに出かけただけやのにぃー><」