「あ!」
 走っていためえが急に何かに気付いたような声を出した。
「?」
「あ……はぁ……みゅりぃ~~」
 力の抜けた声を出す。それと同時に完全な動物形態への変身が加速した。
「え? あ、ちょっと、こける――!!」
「むぎゅ~」
 めえは一瞬のうちに体が縮み、髪の毛が引っ込み、完全にフェネックになってしまった。
「おもっお゛も゛ーい゛」
 結局めえを下敷きにしてしまったヒロミ。
「うわー、ビックリした。あはは、でも面白かったよ、ありがと、めえ」
「ヒロミぢゃんはやぐの゛い゛でぇー」
「あー、ごめんごめん」
 ヒロミは急いでめえの上からのいた。
「あふぅー、しっぽがもげるかと思ったぁー」
「あははは、ごめんてー」
 動きが止まるとまた暑さが蒸し返してくる。しかし、今はその暑さでさえも楽しみに感じられるくらい、さっきのめえに乗ったことは楽しかった。
「あ! そういえば、今日、コタローも家に来るんだった」
「え? そうなん? コタローか、アイツと会うのも久々だなぁ」
「それじゃあ、ヒロミちゃん、駆けっこして家まで戻ろっか~?」
「お、いいねぇー。ちょうどあたぃも走りたくて疼いていたところさー」
「それじゃいくよー! よーい、ドンッ!」
 めえの掛け声で一斉に二人は走り出した。


 めえはフルトランスしているので、四つ足で駆ける。小さい割にはかなり俊敏な動きだった。
「くっ……また速くなったのか……? だけど、走りじゃ、あたぃは負けるわけにはいかないねぇ!」
 先方を走っているのはめえだったが、徐々にヒロミが追い上げて来た。
「うわっ! ヒロミちゃん変身始めてるし! ずーるーいー!!」
 めえが文句を言う。
「自分だって、もう変身してるやないかー!」
 電車から見る窓の景色のように、早々と景色が流れて行く。おおよそヒト出すスピードを二人……二匹は出して走っている。まるで木々が緑が川の様だ。
 ヒロミは太ももに力を入れる。ムググと筋肉が発達してくる。バランスを取るために、あらかじめ裂け目をつくっているズボンとパンツからしっぽを伸ばす。普段から早足で歩いていることで、この裂け目は男性にも注目されたことがない。足の先の獣化を促し、蹄をつくる。完全に獣化させてしまうと靴を破壊してしまうのだが、程良い大きさに獣化させると、一般的な動物みたいな爪が無い分、靴を破壊することはない。むしろ、土台がしっかりして、走りやすくなるのだ。
 青々とした景色を二匹は流れる。
 ヒロミは手を地面に着けるべきかちょっと悩んだが、このままでもめえに勝てると踏んだ。鼻先をぐんぐん伸ばして、視野を広げる。
「うわぁっ! ンん――――!! はぁはぁ……やっぱヒロミちゃん、速いよぉぉ~~」
 めえの悔しそうな声が遠ざかって行く。
 半獣化したヒロミは一気に山を駆け抜けた!
「!? あぁっと!」
 勢いを付け過ぎて止まれない! 目前に木が現れた時、ヒロミは咄嗟に手を獣化させ、蹄で衝撃を吸収し、そのままの勢いで木を駆けのぼり、空中で反転して着地した。これぞ、めえと張り合ったじゃじゃ馬娘、馬場ヒロミの軽い身のこなしである。
「っは――、あー、びっくりした」
 ヒロミが着地してぶつかった木に蹄の跡を付けてしまってまずかったかなと思っているところへ、ようやくめえが追い付いた。


「はぁはぁはぁ……しんどーい! やっぱヒロミちゃんに駆けッこでは勝てないなぁあぁあぁ~」
 めえは悔しさを吐きだして、その場でばたりと倒れた。すーはーすーはー、呼吸を整える。
「あっはっは! めえもまだまだだねー!」
「ふにゅ~~」
 しばし、二人はそのまま休憩することにした。

「はぁぁぁ~つっかーれたっ!」
 めえがきゅるんとジャンプして着地した。よく漫画で出てくるキツネが跳ねているような感じだった。
「そろそろ夕方か~」
 カナカナカナ――
 ヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、めえー……そのぉ……ヒロミちゃんに……乗りたいなぁ……」
 フェネック姿のめえがヒロミにつぶらな瞳で訴えかける。
「……」
「乗りたいなぁ……」
「乗るって行っても、走るところが……」
「だいじょーぶ! めえん家の近くは、時々牧場のウマが散歩していることがあるから走っても怒られないって!」
「そうなん? いや、しかし、街中を……」
「あぅぁうあぅ……めえは乗せてあげたのにぃぃー」
 めえはそこらへんに生えている草を銜えて、ぎゅーぎゅー引っ張り、体全体で不満を表現する。
「……しゃーないな、ちょっとだけやで」
「え? ホント!!!」
「家の周りだけやで」
「わあああぁぁぁあああーい!! それじゃあ、ヒロミちゃんはここで変身してて! めえはちょっち、準備があるから」
「?」
 めえはヒロミにそう言い残すとすぐに家の中に入って行った。


「あー、あのまま乗って走るのも問題だからヒトに戻って来るのか」
 ヒロミはそう解釈して納得した。
「しゃーない、変身すっかな」
 ハーフトランスの状態からフルトランスを始める――前に、服は全部脱いでおかないと。
「一応、木陰に……」
 めえの家からは見えない場所でヒロミは服を脱いだ。この状態で恥ずかしい箇所は獣毛が生えているので、見えないことは見えないのだが、気分的に獣人体形はヒトに近いので、やっぱり裸を見られるのは恥ずかしい気がする。
「はぁー……」
 ヒロミは目を閉じて呼吸を整える。
 ざわざわと体が震え、筋肉隆々に変化していく。直立で立ちながらの変身は難しいので、手を地面に付けた。まず、五本に分かれている指を一つの蹄に統合する。黒光りする爪が大きく、指を癒着していく。耳がぴくぴくと動き、ピンと立つ。体が前後に伸び始め、首が著しく太くなる。後ろ髪が首筋とくっつき、きれいなたてがみに変化する。鼻先がさらに前に伸びる。この時はさすがにちょっと変身するのが苦しい。
「ひゅーふぅー……」
 ヒロミはウマにフルトランスした。大きな鼻でフンッと息を吐く。
「久々に変身したなぁー」
 ウマに変身したヒロミは前足、後ろ足を交互に上げ下げして体の動きを確認した。


「おまたせえぇぇぇぇえええ^q^q^q^q^」
 めえがやはり着替えてやってきた。普段着にしたらいいのに、何故か巫女服だった。
「おぉー! かっくいいー><」
 めえはウマになったヒロミを見て目を輝かせる。
「そいじゃ乗るよぉ~」
「はいはい」
 しかし、めえの身長では鞍が無いと乗れないはずである。
「ハァーッハ!!」
 ところがめえは、ヒロミがぶつかった木を利用して二段蹴りでヒロミの背中に乗り上げた。この行動にはさすがにヒロミも驚いた。めえはヒトの姿でもすでに超人の域に達しているのではないだろうか?
「ヒロミちゃん乗ったよーん」
「はいはい。それじゃあ、しっかりたてがみ掴んでて」
「と、その前に、上向いて」
「ん?」
 ヒロミは疑問を持ちつつも顔を上に向けた。