映画の世界歴代興行収入ランキング1位が『アバター』で3位がそのパート2である『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』となっていて、

ところが日本だけ様相が違っていて1作目こそ大ヒットしたようだけど2作目は振るわず、そして先月12月にパート3『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』が公開され世界中で大ヒットしてる模様だが、日本ではまたしてもどうも反応が鈍いようで…。

ネットの声だと1作目こそ物珍しさで観に行ったけど とか、キャラがキモい受け付けない!とか、上映時間長過ぎとか(←ちなみに3時間15分だってよ!)、映像はスゴイけどストーリーはつまんないとか、テレビゲームのムービーと変わんねーじゃんとか、悪評はそんなとこだったっけ?

で俺はどうかというと、全然興味ないねぇ。観に行く気ねェな。

あれ? 映画はテレビドラマと違って脚本じゃねェんだ体感だ疑似体験だ映像(と音像)が真髄だと言ってるアンタ的にどうなのよ?というと、散々言ってるだろう、俺デジタル映画大嫌いなんだよ。デジタル映像は映画足り得ないって持論の人なんだから。『アバター』シリーズってまさにそれ。

CGとかデジタル映像は非常に二次元的なものなので、体感・疑似体験が重要な映画というものとはそもそも相容れない。

映画だってスクリーンに映された二次元じゃんというのは話の主旨が違う。

映画は奥行きや質感や空気感などが重要であり、テレビ番組とかネット配信前提製作作品はそもそも映像や場を堪能するものではないのでデジタル映像で作ったって構やしないんだけど、映画とは齟齬を起こす。映画館のデカいスクリーンでの鑑賞に耐えないシロモノなんだよ。そもそもコンピューターで作った映像って時点でまがい物に過ぎず、本物じゃない。

じゃあアニメは?というと、昔の手書きなセルアニメには特有のアドバンテージがあった(コレとかコレとかコレとかコレなんかで話した)。でもデジタルによってアニメは実写に近接。実写に限りなく近づいてくならアニメである意味が最早どこにある? (←これはそのまま反転してデジタルによってアニメみたいになった実写映画は最早実写映画ではない。) 実写に近接したデジタルアニメはセルアニメにあった底知れなさに欠けるし、また人が人の手で創り上げた人による創作物であるという感が薄過ぎるし(実際問題 人の手からかなり離れてしまった=セルアニメ時代の人のセンスや技量が失われた)

今、映画には実写映画と、劇場アニメと、デジタル映画という3種あるのだと思う。そして純然たるアニメはほぼ絶滅したのだろうし、実写映画も大作・話題作の多くは“純然たる実写映画”ではない。

…とかなんとか、要はだからデジタルだらけで作り上げられた『アバター』シリーズというのは、ハッキリ言えば“映画の敵”ですらあるんだよ。

『アバター』シリーズはジェームズ・キャメロン監督・脚本作品なわけだが、同じキャメロンの昔の作品、『ターミネーター』  『ターミネーター2』『エイリアン2』は大好きなんだけど、あと『トゥルーライズ』も結構好き、でも『アバター』シリーズはかなりよろしくねェな。

あとこれも時々言ってきてるけど、俺に言わせりゃ映画の上映時間は1時間20~30分ぐらいがベストだと思ってるから。3時間15分ってなんだよ? SNS・スマホ人種(コレとかコレ)は堪え性がないから映画を映画館で大人しく観てられないらしいが、SNS・スマホ人種でない俺ですら3時間15分も劇場のイスに座り続けてる気はねェよ。

 

『アバター』1作目は2009年製作作品だが、俺ほんの数年前に初めて観たのよ、レンタル落ちの円盤¥150ぐらいで入手する機会あって、世界歴代興行収入ランキング1位の映画とはいかほどのものか? デジタル映画は嫌いだけど体感・疑似体験度が高いらしい(映画館で観るのが最善なのは言うまでもないが、映画足り得てるか否かは自室のモニターで観ても判断は出来る)、あと俺が敬愛してる押井守監督が『アバター』を絶賛してたしな… というワケで遅ればせながら観たのだが、まぁものの見事にデジタル映画だった。つまり映画失格っていうかな。いや映画界の傍流でそういう映画もある分にはまぁいいけどさ、でもデジタル映画が世界興収No.1になっちゃダメでしょっていう。

自室で観てると、逆に映画足り得てるか否かがよくわかるのよ。特にデジタル映画は映像の薄っぺらさを劇場の迫力ある音響でカバー=誤魔化さないと成立しないんで、その環境にない自室鑑賞だと途端にペラくなる。デジタル映画というものがいかに厚みや重量感や質感に欠けるかがよくわかるんだよ。

で、あと俺もあのキャラはハマれなかったし、ランニングタイムも長ェ…と思ったし。

何ヵ月か前にまた引っ張り出して観てみたんだけど、やっぱ退屈した。

日本で2作目コケて(43.1億円だっけ? って興収額からいったらコケてねーじゃんって言う奴いるかしらんけど、約490億円~560億円って莫大な製作費からいったら、日本での興収額はコケてるでしょ。興収額単体じゃなくて、製作費(+宣伝費)に対して興収がいくらか、この2つは連動してんだからさ)、3作目もどうもまた…となってる状況だが、だろうなっていうさ。まぁあれだよ、俺が『マッドマックス:フュリオサ』4D上映を「映画」としてではなく「単に4Dのアトラクションを楽しみに行こうか」と観に行ったみたいな、アトラクションとかイベントとして観に行くならアリかもしれないけど(にしたって3時間15分は長過ぎだよなァ)、「映画鑑賞」としてはナシだね。

 

俺の個人的見解とは別に、今の日本で一般的にヒットしない要素もまた兼ね備えてる。

・ストーリーがつまんない

もう当ブログでは散々批判してるけど、映画をストーリーで見んなっつってんのにストーリーで見てる奴のまぁ多いこと。もう治んねぇなこりゃ。で、『アバター』シリーズもストーリーで見てる奴多いし、じゃストーリーどうかっつーと実際つまんないし。この時点で観客動員振るわないことは目に見えてた。

・上映時間長過ぎ

それでなくても大人しく映画鑑賞してられないSNS・スマホ人種が3時間15分の映画なんか観るわきゃない。

(じゃあ『国宝』の大ヒットはどうなんだ?というと、俺観てないからなんとも言えない。不思議に思ってんだけどね。といって俺的には作品自体に食指が動かないので、それを確認するためだけにわざわざ金払って観に行く気はないし。)

・キャラが受け付けない

日本人には受けないって声が多いが、同感。特に日本には「マンガ」「アニメ」って独自文化があるし。日本で好まれるキャラデザとはまるで異質だからなー。

・テレビゲームの映像みたい

ゲーム好きも多いしな。見慣れてて新味がないとか、テレビゲームのムービーみたいなのを3時間15分も見せられるのは飽きるみたいな。そりゃ見に行かんでしょ。

・タイトルおかしくない?

“「アバター」とは、仮想空間の中でユーザーを表すデジタル上の分身のことを指します。”

2作目以降は「アバター」じゃねぇだろってツッコミなかったっけ? 俺2作目以降は観てないんだけど、たしかに「アバター」という意味では1作目でもう終わってんだよ。

続編まだ続くみたいだけど、最終的に主人公が人間に帰還するんならブレてなかったことになるけど、元の肉体ってもう死んでる? だったらもう戻るも何もないわけだよね。

これってロボットみたいな物の中に人間の精神をインストールした感じなわけ? であるならそれってアバターというよりもっと別の名称が相応しいと思うんだけど? 逆に言えば、じゃあ『攻殻機動隊』の「義体」もアバターになっちまうじゃん。でも義体をアバターとは言わんでしょ。

1作目はともかく、2作目以降はアバターって言葉の意味がなんかおかしくなってない?

だからアバターってタイトルについてるのに、『サマーウォーズ』みたいな本来の「アバター」的なものとはまったく違うものを見せられるんで、タイトルと内容に乖離がある。

キャメロンは「アバター」の意味を拡大解釈してる? であるなら、それは定着しないと思うな。

 

あと日本人が洋画離れしてるという話がある。『アバター3』が日本でどうも鈍いのには、これも大いに関係あると思われる。これは『アバター3』自体の内容や出来の良し悪しとは別の話になる。

実際日本では洋画のヒット作があまり出なくなっているが、ポイントは映画に留まらず洋楽離れにもなってるらしい事。

さらに欧米の有名人(アーティストとか俳優とか)が日本旅行してても街がパニックにならない話もある。日本人は節度があるという説と、日本人の多くは単に彼らを知らないからという説とがあるけど。

ハリウッドの映画俳優も、21世紀以降の人で日本で有名な人っていなくない? 日本でハリウッドの有名俳優っつったらいまだにトム・クルーズ、ブラッド・ピット、ジョニー・デップ…etc.といったとこだろ。

…これら全部通底してるのではないか? 洋画離れ・洋楽離れ・今の欧米の有名人が日本ではさほど知られてない――これって別々の事象ではなく同一直線上なのではないか?とは実は前々から思ってて。

この現象は『アバター』自体とは別枠で考える必要がありつつ、同時に『アバター』の観客動員の振るわなさに直結している問題でもまた、ある。

…とは言いながら、俺この線について突き詰める気があまりなくて。今の若い連中の話だから。今の若い奴らの嗜好や意識なんて知らないし興味もないし。

でも、これが『アバター3』の振るわなさを招いている主要因の1つなのは間違いない。『アバター3』の日本における状況について本気で分析するなら、この点を絶対考慮に入れないと真相には辿り着けないよ。

でもそれは誰か他の人がやってくれ。俺はいいや。だって今の若い連中なんて俺的にはどうでもいいしっていうか分析する意味すらないと思うけどね。商売とか広告業界とかならともかく、SNS・スマホ人種なんて文化的にも歴史的にも分析に値しないよ。

 

…まぁだからさ、今回パート3の日本公開直前あたりだったっけ? キャメロン本人が来日してキャンペーンみたいなことやってたけどさ、あれ日本で過去芳しくないから本人が自分から来たのか日本の配給会社が呼んだのかは知らないけど、来ても変わんないと思うよ?と思ってたんだけど、やっぱ変わんなかったね(苦笑)。前段の話なんか、キャメロンにはどうしようもねェもん。当の日本人ですらココを指摘してる人はいないのではないか?

まぁ前段の話があろうがあるまいが『アバター』シリーズがどうも「んー…」な作品なのは事実で。むしろ世界興収1位とか3位とか今回も(日本以外では)大ヒットしてるってのがそもそも不思議なんだけど。

 

…現代、ネット配信・コロナ禍・さらにネット系の企業がメジャーの映画会社を買収したり、映画館で映画を観ることが廃れつつあるという、映画の存続にかかわる危機的状況・危険水域にあるわけだけど、そんな中で『アバター』シリーズは観客を映画館に動員しまくってて、その意味ではクリストファー・ノーラントム・クルーズなど数少ない踏ん張ってる映画人といえるのではないか?というと、少なくとも『アバター』シリーズはやっぱね、映画の敵よ。デジタルは映画を貶める。それは映画の衰退に加担してるといえる。キャメロンはもうね、デジタル手放せって。

前回のエントリで大晦日に観るのに合う映画って話をしたけど、コレって正月にもバッチリ合うなって思った。でも話が繰り返しになってもしゃあない。

では年明け1発目エントリは何がよいか?

1年をグイグイ邁進するべく景気の良い作品がよかろう。(その昔“年明けは長州力!”とかってエントリやったけどさ(笑)。コレコレコレ。まぁ発想は似たようなモンよ。)

というワケで、雰囲気はイマイチぱっとしないが内容がグイグイ イキ過ぎてるアレにするか。

この世に「コブラ」と言ったら左腕にサイコガンのコブラとプロレスラーで“謎のスペースアストロノーツ”のザ・コブラ(コレコレ)とシルベスター・スタローンのロス市警トンデモはみ出し刑事なコブラと3人いるわけだが、今回はスタローンのコブラ、のクライマックスのカーチェイスの話だ。

スタローンの『コブラ』が今観ても遜色ないのはなんといってもコブラのキャラクターといえる。ビジュアルといい、一歩間違えたら悪役キャラになりかねないほどの唯我独尊ぶりといい、この人物は突出している。

が、映画全体としてはもっさい。シャレたテイストを志向していながら、空回りしてたり、どうにも暗さやダサさから抜け出しきれてなかったり。

中盤のカーチェイスも、いいとこもあるんだけど、キレが悪くもある。

クライマックスのカーチェイスもそうなんだけど、でもここはいまだに何度も観る。

作品というのは全体的にはダメでも一部分でも突出してたらその作品は生き残る。この点については枚挙にいとまがないが、一例ルチオ・フルチの『地獄の門』がいまだに語り草な映画なのもひとえにドリルの場面あってこそだろう。

コブラという男がいかにとんでもないかは昔取り上げて語った

そしてそのとんでもなさゆえ いかにブレることない力強いヒーローであるかは『ダークナイト』のバットマンとの比較で語った

今でもその見方・考え方は変わってないので、同じこと繰り返し書くのもメンドいのでそこはかつて書いたエントリ読んでもらうとして、今回はクライマックスのチェイス部分のみ取り上げていこう。

 

連続殺人事件の目撃女性イングリッドを囮に頭のおかしいテロ集団をおびき寄せて壊滅して手柄をたて、あわよくば中盤のカーチェイスで大破させられた愛車に替わる新車を署の予算で買ってくんねェかなァと、コブラは相棒のトニーと共にイングリッドを警護しながら、『いつかギラギラする日』はカーチェイスの多い映画なので都内近郊でなく北海道で撮影したように(←たぶん)、『みんな~やってるか!』も都心での撮影に向かないから(たけし有名人だから&路上での車を使った場面の撮影があるから&低予算だから)なんもない所で撮ったように(←たぶん)、『コブラ』もクライマックスはカーチェイスと残った奴のハンティングを交通規制がラクな田舎の道路と鋳物工場で撮影済ますべく&市街戦で一般人に被害を出さないというエクスキュースで作品の倫理性を担保すべく(←たぶん)、都会を離れ田舎町のモーテルに泊まる。

 

そこへイカれた新興宗教テロ集団が大挙してカチコミかけてくる。

待ってましたのコブラ。一般人なら恐れ逃げ惑うが、コブラにとっては犯罪者は獲物。ヨシヨシ来た来た! 飛んで火にいる夏の虫。襲われて返り討ちにするなら捜査令状なんか要らねェぜ。堂々、ひと狩りいこうぜ。悪党はとりあえず死ね。最低でも銃殺。オレには憲法なんかねェぞ? オレがルール。まとめて一気に全滅させてやる!

そんなワケで本作、敵もイカれてるが、主人公の刑事も同等か上回るぐらい容赦ない。そんなどうかしてる奴ら同士の最終全面対決、開始!

 

コブラは通常勤務時は拳銃グリップに毒蛇のイラスト入れたコルトガバメント所持だが、中盤のイングリッド移送場面ではプラス敵の襲撃を警戒してサブマシンガン(JATI9ミリサブマシンガン。通称ヤティマチック。の銃本体のみ。弾倉もショートタイプ)を用意している。そして最終決戦では敵を全滅させる気満々なのでヤティマチックはレーザーサイト装着かつ弾倉も通常より3倍ぐらい長いやつ。さらに手榴弾携帯

モーテルへの敵の銃撃集中砲火。さらに放火。

コブラは屋根から来た奴を銃殺撃墜。

相棒トニーはここで脱落(死んではいない)。コブラ大活躍にトニーは要らんということでご退場願うのは映画的に正しい判断(にしても処理が雑とは思うけど。やられ方がもう雑、雑)

 

敵の1人で女と思しき奴がいるのだが、バイクに2人乗りしてて、最初バイカーの右側から撃って、バイクが右に曲がる中で今度は左側から撃つ動きがいい。

 

外に出るとイングリッドはピックアップトラックっつーの? をまわし、コブラは敵の1人を手榴弾葬。

 

しかしコブラとて全能ではない。気づかぬ遠くから敵の1人にライフルで狙われる。

この場面、コブラのロングショットからカット切り替わってスコープショットではなく、カットを割らずロングショットにスコープ(で覗いたかのような画)がスッと入ってきて、今まさに狙う臨場感がよく出ていて素晴らしい。

加えてコブラがトラックの荷台に転がり込んだので車体に隠れてしまう姿もスコープ内ショットで処理し、そしてスナイパーが一旦諦めるという、展開だけでなく見せ方も相まってここはスリルがある。

 

そしてトラック発進、モーテル離脱。左にハンドル切りながら車道に出て、荷台のコブラが遠心力でゴロンと振られるのが臨場感というか勢いというか、あっていい。

ここで逃げおおせましたホッと一安心――

ではなく攻撃的かつスリリングなスコアがかかり出す中で敵たちが続々と車道に出て追撃開始でコブラに対して追い打ちかけるが展開も映画自体も追い打ちかかって前傾姿勢!

さらに煽るのがこのカット。走行するトラックのバンパー~前輪が画面右から左へぐーっと追い上げるようにインしてくる映像が心理的にくる。迫力と勢いと逃走感があるというかな。地味だが観客の心理に作用する、いいカット。

 

続々やって来る敵のバイク。追い迫って来る感がいい。

 

トラックの荷台に仁王立ちでサブマシンガン乱射! 迎撃するコブラ。

田舎町のひと気のない道路であることの必然。映画製作的には撮影がしやすいからであり、劇中的にはひと気が無い道路は配慮無用の狩場。(とか言ってるけど本音は都会の大通りでやってほしかったな!)

 

敵のやられ方・敵の脱落カット、またコブラの銃撃カットも、画一的で雑仕事にしか見えない凡庸アクション演出だが…

以下の2カットの時のコブラの銃撃カットは特にスタローンのパワフルさが漲っていて激燃え! カッコいい!

まずこの右側の敵を撃つカット、スタローンが腕と銃を右下へ押し下げるような撃ち方が下へねじ込むようにパワフルで、観てて力こぶる!

 

その次の左側の敵を撃つカット、左にのけぞってエビ反りそうな撃ち方がやり過ぎでこれまた観てて頭がヒートしそう!

 

でも敵のやられカット、改めて観ると

・バイクは前にぶつかりつつスタントマンは後ろに吹っ飛ぶ

・ウィリーしてバイカーが車道に落ち、後転したバイクが路上に倒れてるバイクにぶつかって前転に転じる

・転がってるバイクにぶつかってバイカーが前方に投げ出される(しかも2カット繋げてるのがまた良い)

と一応工夫はしてるんだよね…。

 

女の敵が射殺され後ろに倒れて路上に落下して脱落。

残念… いい味出してたんでもうちょっと活躍させてほしかったもんだね。

 

右だ左だと振り返って撃つのもパワフルかつ切迫感あっていいが、こっちのカットは前述した傑作2カットのような迫力までは感じられないのが残念でもあるけど。

 

と、バイカーの1人がトラックの荷台に乗り移ってくる。コブラ危うし!

しかしコブラはあっさりそいつをとっ捕まえると(ホントあっさり・苦笑)ルーフ越しにフロントへブン投げてしまう。

敵はボンネットに転がり落ち、さらに止まらず――

走行する車体の前に落っこちて轢かれる!

このカットは人形だけど、これをデジタルでやったら興醒めなんだよ。人形でやる方が興醒め? 逆、逆。人形は実在する物なんで、人形であっても轢かれる様には物理的な質感があって迫力と臨場感がある。対してデジタル映像は所詮コンピュータ上の二次元に過ぎないんで軽いのよ、だからデジタルの方が興醒めなわけ。

ここからまた生身の人間に戻って、スタントマンが転げて後方に過ぎ去ってくのをカメラは捉える。

ボンネットに落ちる→走る車の前に落ちて轢かれて車の下を通過→そして後ろへ転げてく、この一連のカットの流れはスムーズでナイスよ。

ちなみにこの転がってったスタントマン、後ろから来たバイクにマジで轢かれそうになってるのが観ててヒヤッとする(汗)。

今はもうデジタル合成とかCGとかで安全に済ますんだろうね。安全なのはそりゃいい事ではあるのだけど、それと引き換えに今の映画は凄みや本当の迫力を失った。だから80年代以前の本物のアクションを見てきた人間からすると、今のアクションはニセモノなんで手に汗握るわけなどなく、したがってどうもねぇ、鑑賞するに値しないのよ。

 

スタローンは動きや銃器だけでなく、表情も迫力がある。スタローン特有、唇ひん曲げたフゥ――ン(`д´)フェイス!

アクションしてる時のツラがいい俳優も今やいなくなったよな…。

 

と、前方が敵の仕業? 炎上してる車で塞がれている。

イングリッド「どうする!?」

コブラ「ゴーフォーイッ! キープゴーイン!」

止まるな止まるな!  っつーかオレ(と映画自体)を止めてくれるな! 強行突破だ!

ドガァン!

衝突してトラックのフロントが大破!

次の瞬間 (炎上してる方の車のだろう)宙に舞うボンネットのカットもナイス!

どっちのカットもダイナミック! 音もいい! ド迫力!

しかもそれでトラックがぷすん…と止まるのではなく、

キキキーッ!

左にハンドル切って右に盛大にケツ振ってスリップしながら停車! コブラにぐーっと遠心力がかかる!

そしてここ最高! 遠心力で振り落とされたコブラが旋回式ダイブから回転して着地!

昔からこの落ち方ホント好き(笑)。スタントマン、グッジョブ! ただ跳ぶのではなく、画になる いい跳び方した!

着地カットでスタローン本人に戻るが、この着地カットが1カットでなく2カット連打で見せるのも結構ナイス編集。

また加えて素晴らしいのが着地してホッと一息ではなく、スタローンは立ち上がるとすぐさまダッシュかけてる。勢いが止まらない!

 

次の敵がもう迫って来ている。

ヤティマチック発射!

転倒して脱落する敵。

 

…クライマックスは路上チェイス及び鋳物工場でのコブラによるホラー映画並みのハンティング(笑)の2段階で、チェイスはここで終了だが、

ぜひ言及しておきたいのは、衝突から強行突破しボンネット吹っ飛ぶカットからスリップしながらのトラック停止の所の音楽は気持ちいいリズミカルなアレンジ、さらに旋回式ダイブからトラックを捨てて走って逃走するコブラ&イングリッドの所はスリリングさに加え重く暗いドラマティックさが炸裂するメロディと切迫感あるアレンジが素晴らしい曲。

極めて残念なことにサントラに入ってねェんだよな…。

本作が製作されたあたりの時代は映画でもPVみたいな編集が流行ってて、とにかく歌がよくかかるっていう。本作もそう。だから『コブラ』のサントラは歌が多く その分スコアが犠牲にされてるという、いわゆるスコア盤ではなくコンピ盤サントラになっているのが残念というか許せないというか…。

 

まぁともかく、俺的には燃えるチェイスですよ。これを新年1発目エントリとしよう。

 

 

 

さて、ちょっとオマケで、このチェイス場面のミスを挙げてこう。

コブラたちのトラックがモーテル敷地から路上に出た直後の、追ってくるバイカーたちのカット。

手前3人のうち向かって左側の奴、おそらくスリップしたんだろうけど1人だけ車体が横向いちゃう(→おそらくこの後 停車か転倒したんじゃないか?)。でもパッとカットが切り替わるんで普通に観てるとあまり気づかない。

 

「ゴーフォーイッ! キープゴーイン!」の次のカット、衝突に備えてコブラは荷台に身を隠すのだが、この時 前方へ向かってなぜかヤティマチックを発射しちゃってる。マズルフラッシュは一瞬だし、銃撃音も入れてないので(←入れてないということはやはり発射したのはミスということになる)、これも非常に気づきにくい。

 

衝突から旋回式ダイブの間のカット。トラックがブレーキ&左に急ハンドルでスリップ時のカットをよく見てほしい。一連の編集は一見きれいに繋がってるのだが、あれ? 衝突で車体のフロント メチャメチャになったはずなのに直後に一転フロントがキレイなんだよな。衝突カットで車ブッ壊れて使い物にならなくなるかもしれないからスリップカットの方を先に撮ったんでしょーね多分(苦笑)。

 

…まぁこういうのはよくありますがね。

なんか都民で帰省する人が減ってるみたいなネット記事を先日見たんだけど。去年くらいからもうそうなってるみたいな話で。あと年末年始の都内は人が減るっていう話もある。俺は実感なかったですがね。年末年始に都心に行かないんで。特に行く用事もないというか、年末年始はゆっくりしたいというか。

でも明け方にコミケに行こうか?とも思ったんだけど、入場無料じゃなくなったし、人多いしお台場の方まで行くのも億劫だしイマイチ気が乗らずやめた。

今日水曜だから(=水曜サービスデーの劇場が多いので)映画観に行くか?とも思ったけど積極的に観たいのもなく、これもやめた。

ワタクシ大晦日というと毎年近所のショッピングセンターやスーパーやドラッグストアをまわって2日分の飲食物を買うのが恒例で。

特にパン。パンの賞味期限って基本2日とかその程度なんで(→元旦と2日は店が休みなんで)、大晦日はパンが軒並み割引投げ売り状態になる。それで10個も20個も買ってくんだけどさ(→正月食べきれない分は冷凍庫へ)、

みんな19時で閉まるようだから、さっき18時台に買い物行ったのよ。したらなんか人がやけに多い。

そしてどこの店もパンの棚が空! ガラッガラ! 何コレ!? 今夜台風でも来んのか? なんか災害起こった? ってぐらいの売り切れっぷり。

結局しょーがねーから百均で売れ残ってた定価のパンを2個だけ購入。毎年恒例大晦日はパンがお得!という恩恵に与かれないまま失意の帰宅。

それで冒頭の話よ。ホントみんな帰省しねーんだなァ…と実感。

 

前回エントリで「この年末には『タフ』シリーズで久しぶりにビデオパーティでもすっかな、とか思ってる」とか言ってたが、結局観たのは『トラブルシューター』(1995)と『バッドランズ』(2023)だった。シリーズ一気見は気が進まなく『タフ』シリーズはやめて、『KAMIKAZE TAXI』も俺持ってるのは最初に出た『KAMIKAZE TAXI 復讐の天使』PART1とPART2 つまりこれまたシリーズであり、なので単発作品の『トラブルシューター』にしたのだった。

いやーやっぱ何度観てもいいわ『トラブルシューター』。前回観たのは何年前だったか… まぁしばらくぶりに観たけど、一言で言えば“大人の作品”。映像も演出も落ち着きがあり、役者たちも素晴らしく、脚本も大人の話であり、音楽もそこはかとなく良く、最後も白黒どっちかでなくグレーに終わるし、総じて骨太、ガキには理解・堪能出来ない大人な内容。

したら今度は近年の原田作品を観てかつてとの比較を味わいたくて、結果的に遺作となった『バッドランズ』を観た。編集がガチャガチャしてるのが玉にキズだけど、こちらも裏の社会や人種が描かれててハードで骨太な内容。

違い? やっぱ近年の作品はクリア感があるね。ビデオテープと円盤の画質の違いもあるけど、1990年代中盤あたりと2020年代の景観や空気感の違いもあって。

でも趣きがあって見入るのは間違いなく前者だけどね。90年代の原田のハード系・裏社会系作品は内容もさることながら雰囲気・空気感もいいのよ。古臭いとは思わない。むしろ今の方がなんかつまんない雰囲気・時代になったよなァ。

 

でさぁ、クリスマス終わったあたりから大晦日に観るのにいい映画って企画をやろうかと一瞬思ったんだけど、意外にこれが思いつかないんだよな… クリスマスに観たい映画だったら割とあるんだけど、大晦日に合う映画って意外に思いつかない。その昔『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』を挙げたことあったけど。あれもちょっと無理くりというかウルトラCなチョイスではある(苦笑)。いい思いつきではあるとは今でも思うけどね。

で、またちょっと、大晦日が舞台の映画というのではなく大晦日の気分に合う映画という方向性からいくとだね、80年代にワクワクした大作映画が結構意外に合うのではないかと思うんだよね…。

『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』『インディジョーンズ 魔宮の伝説』 『(1977年の)スターウォーズ』『スターウォーズ 帝国の逆襲』『スターウォーズ ジェダイの復讐』 …こういったあたり。“ワクワク”“大作”と大晦日という“特別な日”“ヒマ”という両要素が意外に絶妙に合いそうというか。

我が邦画からは『犬神家の一族』とか かなり合いそう。『犬神家』はハリウッド大作とは異なる大作感、というか賑やかし映画というか。日本的なオカルトミステリー。なんやかんやいろいろ起きて面白い。群像劇というかいろんな出演俳優陣(=豪華感)。奇妙に大作感がある。そして最後は穏やかなハッピーエンド感で終わって鑑賞後感もよろしい。(他の金田一映画は大晦日とは別に合わないと思う。ちなみに金田一映画についてはコレコレで取り上げてる。)

 

…まぁそんなとこかな。

いやさ、前回エントリで年内最後のアップかな…と思ってたんだけど、訃報話で締めってさすがに寂しくないか?みたいに思ってねぇ。もう1エントリ、大晦日ネタで締めることにしようと今、急に書いてみた。

…あ、パンっつーかさ、大晦日っつったら年越しそばだよな! そば作ろうそば。というわけで俺はこれからネギをたっぷり入れ、肉も入れた(っつっても業務スーパー1kgで¥300いくらのミートボール数個だが)年越しそばを作って食べるので、ごきげんよう。

映画監督・原田眞人が亡くなった。享年76歳。

今月13日に訃報記事が出始めたが、8日にすでに死去していたとある。

『HARADA FREAKS』という原田公認のサイトがあって、「DIARY」というコーナーは原田自身が近況のようなことを綴っているのだが、最後の記述は8月。さらに何ヵ月か遡って見てみたが、2月には仕事というかプライベートというかアメリカに行ったりもしていたようだが、結構前から体調はよろしくはなかったようで、今年の夏以降は特にしんどかったらしきことがうかがえる。また8月の記述では治療?延命?を意識的にやめたことが綴られている。ただ新作を手がける意欲はあったこともわかる。

俺が観たことある原田監督作品は以下だけなんだけど、内容や感想については過去取り上げた時のエントリのリンク貼っとくんで改めては書き綴らないけど。

『ガンヘッド』(1989)

『タフ 誕生篇』(1990) コレコレ

『タフ PARTⅢ ビジネス殺戮篇』(1991)

『タフ PARTⅣ 血の収穫篇』(1991)

『タフ カリフォルニア 殺しのアンソロジー』(1992)

『ペインテッド・デザート』(1994)

『KAMIKAZE TAXI』(1995)

『トラブルシューター』(1995)

『バウンス ko GALS』(1997)

『金融腐蝕列島〔呪縛〕』(1999)

『伝染歌』(2007)

『クライマーズ・ハイ』(2008)

『RETURN ハードバージョン』(2013)

『ヘルドッグス』(2022)

『BAD LANDS バッド・ランズ』(2023)

 

…まぁ俺的には観たやつほぼ全部アタリですな。もちろんそそるとこがあったから観た作品群であって、これら以外のそそられないから未見の作品についてはどうかわからない(実際『突入せよ! あさま山荘事件』は全編見れる機会があったんだけど、ちょっと見てて“これは俺的にハズレかな…”と観るのやめて、その後も観ていない)

まぁヒット率の高い監督だと思いますよ? この「ヒット」ってのは成績のことじゃなくて作品の質のことよ? 観応えのある作品ばかり。

特にハード系・裏社会系の作品は特筆に値する。ただの“ヤクザもの” “犯罪もの” “チンピラ、Vシネ系”で収まってない。裏社会系なのに社会派な側面があったり、といって社会派が全面に出てるでもなく、かつ凄みや品格も有し、一筋縄でいかない作品の数々。

原田の素晴らしさ、凄さが最もよく炸裂してたのは大作撮れるようになってからではなく、アンダードッグ感あった90年代に発表したハード系・裏社会系作品であることは間違いない。

 

原田作品で1本選べと言われたら、いや別に選ぶ必要もないんだけどさ、それでも亡くなったということで思い出というか、追悼というか、振り返ってどれが一番印象的だったかなと思い返すと、んー… 『タフ 誕生篇』か『タフ PARTⅢ ビジネス殺戮篇』どちらか。

『タフ 誕生篇』を初めて観た時の妙な感じ。Vシネなのに明らかにVシネレベルではない。といって傑作かというとそこまでではないような。でも漏れまくりのタダ者じゃない感。良し悪し二元論では収まることない存在。強く際立つ生と死の感もだが、出演者のヤバさに対して そのよろしくない印象を凌駕する内容のレベルの高さ。そうした諸々… 「凄み」と言うとそれ一語では言い得てないような… それをかつて「諦観のようなもの」とか言い表したわけだが、今でも本作の真髄を突けずにいるが、実際問題本作自体もそこが確定してるわけではないのかもしれない。故に底知れなさがあるのかも。どこにも型にはまらない、はめようのない、屹立した作品となっている。

『タフ PARTⅢ ビジネス殺戮篇』、これはもう素晴らしすぎて(喜)、Vシネ&殺し屋の話なのに哲学的! かつ品と暴力性という本来なら相反する要素が見事に並立! カッコ良過ぎだろ! この「カッコいい」は巷の中身ない浅いカッコよさじゃなくて世界中の作品見渡しても滅多にお目にかかれないレベルのカッコよさ。ホレボレする。本作は傑作と言っても差し支えない説得力がある。

前にも言ったけど『タフ』シリーズを観るとホント襟元を正される感がある。その中でも特に1作目と3作目は出色!

 

邦画は80年代後半からはっきり斜陽を迎え(もっと前から斜陽を迎えてたが、80年代中盤までは角川映画がブイブイいわせてたからね)、90年代の終わりからテレビ局によるテレビドラマみたいな映画とかマンガ原作の劇場アニメなどばかりがヒットして質やオリジナリティがガタ落ちして現在に至る。そんな邦画界で原田はハードで骨太だったり内容に厚みのある映画を発表し続けてた貴重な監督だった。

 

そんな原田の新作はもう無いのだという、喪失感。人は誰しもいつか亡くなるという事はわかっちゃいても、実際亡くなってこそズッシリくる実感。個人的にはもうオッサンで、この年になると知ってる芸能人だったりアーティストだったりの訃報を聞く機会も多く、自分自身もいつ死んでもおかしくないし(人生100年とかナメたこと思ってねーからさ)、だから訃報を聞くと“この日が来たか…”という感で一応心の準備はできてはいるのだけど実際亡くなったって聞くと実感がしみじみとね…。

 

で、ふと“あ、遺作はなんだ!?”と思ったが、『バッドランズ』かぁ… 意外というか… いや『バッドランズ』も良かったけど、まだ撮りそうに思ってたんで、“あ、そうなんだ?”という感じというか。

ただ一時期“社会派監督”みたいになってて、それはそれで悪くはないんだけど、俺はハード系・裏社会系の原田作品の方が好きだったんで、晩年『ヘルドッグス』 『バッドランズ』とそっち系の作品をまたやるようになってくれてたんで、…キャリアを重ねてくうちにまるで変わっていっちゃう人が多い中、原田はそっち系作品にも帰還してて、それで最後はそっち系がラストとなって、そういう意味では良かったのかなぁ?

 

にしても、訃報記事の中で挙がるタイトルが『クライマーズ・ハイ』『わが母の記』『日本のいちばん長い日』『関ヶ原』といったあたりばかりで、ハード系・裏社会系を挙げてないのがまったく納得いかないけどね。せいぜい『KAMIKAZE TAXI』を挙げてた記事が若干あったぐらい。『タフ』シリーズや『トラブルシューター』なんてまず挙がんないもんな。せめて『KAMIKAZE TAXI』『日本のいちばん長い日』『関ヶ原』みたいに3本くらいをバラけたバランスで挙げなさいよ。ハード系・裏社会系をせめて1本は入れろって。

 

で、亡くなってしまったとはいえど、原田監督作品は残り続ける。俺もこの世を発つ日まで、時々原田作品引っ張り出して観続けることでしょう。何ヵ月か前にも『ヘルドッグス』と『バッドランズ』観てたし。

この年末には『タフ』シリーズで久しぶりにビデオパーティでもすっかな、とか思ってる。(俺が持ってる原田作品のうち『ガンヘッド』~『トラブルシューター』まではVHSなんである)

昨日『落下の王国』という映画をアップリンク吉祥寺で観てきた。

なんか凄いだか素晴らしい映画とか聞いたんで。

新作でなく2006年製作の映画で、この度4Kデジタルリマスターされ現在公開されていると。

この映画の存在を今まで知らんかった。

予告編を見ると確かに良さそうなので観に行ったのだった。

というワケで予備知識ゼロだ。

 

(※以下ネタバレあり)

 

オープニングクレジットの映像からすでにキテる。いや別に何か革新的なことやってる新次元映像というわけじゃない。スローモーションで映し出され続ける鉄道橋での人物や光景のカット群なのだが、映像センスが素晴らしい。観入って(魅入って)しまう。

ここに在るのは、映像そのものの魅力。

物語がどうとかストーリー云々でなく、映像で描くとか映像自体の価値といったものをまざまざと感じる。

それから病院に舞台は移り、小さい女の子の患者と成人男性の患者が知り合うことで展開してくのだが、

 

1915年。映画の撮影中に橋から落ちて大怪我を負い、病室のベッドに横たわる半身不随となったスタントマンのロイは、自暴自棄になっていた。そこに木から落ちて腕を骨折し入院中の5才の少女・アレクサンドリアが現れる。

ロイは動けない自分に代わって、自殺するための薬を薬剤室から盗んで来させようと、思いつきの物語を聞かせ始める…

やがて作り話は現実にも波及し始め――

 

ストーリー的には説明は1行か2行で済む。要は薬が欲しい男が子供にちょろまかしてきてほしくて、子供の興味を惹こうと語り始めた作り話が展開。ただそれだけ。

しかしコレがただそれだけでは済まないんである!

作り話が映像で描かれる場面――架空シークエンスというか――は撮影期間4年・13の世界遺産・24ヵ国以上のロケーションという圧倒的スケールであったり壮麗であったり、独創的なイマジネーションだったり、凝ったプロダクションデザイン… 映像がいちいちスゴイ。(CGをほとんど使ってないというのも素晴らしい(※)。←俺はデジタル映画が大嫌いなんでね。デジタルは映画を駄目にしたから。映画から“本物”が激減した。

 

構造も面白く、最初歴史ものなのかと思うのだが、男の作り話なのでその男の現実が混入しており、さらにそのうち女の子も物語の中に参戦(笑)し、

…なんつーかなぁ、一例、押井守の『トーキングヘッド』は監督が失踪した劇場アニメ制作現場にゴーストライターならぬ始末屋のような裏演出家が送り込まれてきて映画完成に漕ぎ着けるまでが描かれるが、アニメスタジオなのに時々病院のアナウンスが聞こえてくる。それはこの監督が実は病院に入れられてるからで、アニメスタジオと病院あるいは妄想と現実みたいな、世界観が二重構造になっていて面白い。

『落下の王国』も病院での現実と架空シークエンスの二重構造になっているのだが、現実の侵食ぶりは『落下の王国』の方が圧倒的に強い。

この相当な現実と虚構の混在ぶりは通常の物語やドラマの範疇を遥かに また軽やかに越境・凌駕していて、現実と虚構をキッチリ分けてない表現の自由度の高さが面白いというか良い意味でクラクラするというか。

(ちなみに『トーキングヘッド』と『落下の王国』は内容は全然違う。)

 

そして、その行き着く先が『トーキングヘッド』は不気味さのような感じなのに対し、『落下の王国』は感動に向かってく。

男は真実をゲロするのだが、女の子は話の続きを求めてやまない。仕方なく無理くり話を作り展開し続けるのだが、男は精神的にかなり参っており乱暴かつ陰惨に話を締めくくりに入るが、女の子はその物語展開に反対する。

2人とも現実の病室に居つつ架空シークエンス内部にも居るので、現実でも虚構の物語の中でも齟齬と哀しみが炸裂し、2人はせめぎ合う。作り話に現実が侵食してゆく一方、女の子の存在が作り話の中だけでなく現実にも波及して――その様が感動的、という地点に映画は至ってエンディングを迎え、ドラマティックな余韻を残す。

 

この女の子が子供である点だけでなく、ちょっと小太りなとこも相まってさらに可愛いんだよ。アイドル的な意味での可愛いではなく小動物とかに対して抱く可愛さ。この子の可愛さも本作の大きな魅力♪

あと子供と大人の接し合いのドラマの魅力というのもある。年齢差があって、かつ異性。一例『グロリア』(ジーナ・ローランズの方ね)なんかだと荒んだ中年女と男の子の呉越同舟の魅力、あぁいうのに若干近い萌えがあるというかね。

(ちなみに入場者プレゼント 第3弾【『落下の王国 4K デジタルリマスター』メモリアルカード】2種ランダムで配布中で、俺が貰ったのは女の子の方のやつ。観る前はもう1つのなんかデカい四角形のが屹立してるやつの方がいいかなと思ってたんだけど、観終わった後は女の子の方ので大満足っすよ。そのぐらいこの子は良かった!)

 

本作の上映時間は120分(オリジナルの劇場公開版でカットされたシーンが新たに追加)なのだが、つまり2時間何が展開しているかというと、ストーリー的には極端に言えばもう男が自殺するかしないかに過ぎないのだが、その過程を脚本ではなく映像で描いている。

『M:I‐2』はストーリーというものが単なるアウトラインに過ぎず、124分間「物語」ではなく「エモーション」を描いているという内容が高評価であり映画足り得てるところなのだが、

『落下の王国』もストーリーで推進してくしかないから脚本に拠る他ないテレビドラマの作りではなく、デカいスクリーンと効きのいい音響で鑑賞する映画というものに相応しい美しい映像や溢れるイマジネーションが盛大に展開し、映画としてもう大合格!

脚本や物語というのは、映画を阻害する。映画が展開してる時 物語は停止し、物語が展開してる時 映画は停止を余儀なくされるからだ。

 

観終わってパッと連想したのは(あくまでパッと想起しただけ) 『ザ・セル』+『ポネット』+『ネバーエンディングストーリー』。

したら本作、『ザ・セル』と同じ監督かぁ。なるほどね。

『ザ・セル』は観た当初取り上げたいと思ったんだけどいまだ取り上げておらず。あれもとてもいいと思ったんだよな。

やっぱ映画は監督で追うべき。役者で追う人が多いけどそれは間違い。映画は基本的に監督で決まる。だから役者で追ってくと当たり外れ多いだろう? それは映画というものが監督に左右されることの何よりの証左であって。

 

 

※CGをほとんど使ってないというのも素晴らしい

ターセム監督「この映画では、物語の舞台が1915年で、アレクサンドリアが昔のことを思い出しているという設定なので、電柱を消すためにのみ使いました。」(映画.com『落下の王国 4Kデジタルリマスター インタビュー: 美の結晶、究極の映像がスクリーンに蘇る! ターセム監督が語る制作秘話&親友ニコと石岡瑛子さんの恋』より)