過日9月15日に厚生労働省より労働経済白書の公表がありました。その中から閣議配布用としての「労働経済の分析」要約版について記しておきます。
http://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/
全体版はこちらで読めます。
http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/15/15-1.html
あくまで筆者の独断でのポイント解説です。
第1章 労働経済の推移と特徴
・2014年度平均で完全失業率は低下、有効求人倍率は上昇し、雇用情勢は着実に改善。ただし、非正規雇用の増加がほとんど(直近では正規雇用数も増加しているが、女性が大部分を占めている。)。
・賃上げの動きは、大企業に限らず、中堅・中小企業においても見られる。
・現金給与総額も増加。ただし、所定内給与の寄与度は小さく、ボーナス増加が大きく寄与。
・パートタイム労働者比率は増加し、現金給与総額に負の影響を及ぼしているが、パートタイム労働者の時給も上昇し、それに伴い一般労働者との賃金格差も縮小している。(なお、この時給上昇は、2012年当初からであり、アベノミクス効果ではない。)
第2章 経済再生に向けた我が国の課題
・ユーロ圏及び米国では実質労働生産性が上昇する中で実質賃金も上昇を続けているのに対し、我が国では実質労働生産性が上昇する中で実質賃金に伸び悩みがみられる。
この点が最も重要かと思います。一人当たり実質労働生産性※(実線グラフ)と一人当たり実質雇用者報酬(破線グラフ)の乖離が拡がってきています。ここ数年ユーロ圏も米国においてもこの乖離はみられますが、我が国のかい離幅の上昇は尋常ではありません。経済評論家の島倉原氏の分析にありましたが、米国の雇用回復の中心は、我が国と異なり、フルタイム雇用が中心のようですね。
http://keiseisaimin4096.blog.fc2.com/blog-entry-82.html
※労働生産性とは、従業員一人当たりの付加価値額を言い、付加価値額を従業員数で除したものです。労働の効率性を表すことになりますが、上のグラフからも分かるように、付加価値額、要はGDPが分子となるので、リーマンショック時のように労働効率が低下しなくても、GDPが大きく落ちこめば、必然と大きく低下するわけであり、筆者は必ずしも供給サイドの効率性だけが反映されるものではないと考えます。また、他国との比較では、当然為替レートや購買力平価の影響を多大に受けるので、単純比較は出来ません。
・賃金伸び悩みの要因としては、人件費分配比率の低下があるが、特に2000年から2004年にかけて人件費の比率が大きく低下し、大企業において労働分配率が趨勢的に低下している。(ほぼ、小泉政権時(2001年4月~2006年9月)と重なりますね。構造改革が進められ、米中等への輸出が増加した時期です。)
・また、円安による交易条件の悪化が、労働生産性上昇による賃金上昇圧力を相殺している。
・相対的に賃金の低いパート・アルバイト等の正規雇用以外の労働者の増加は、平均賃金を押し下げる方向に働く。
・過去10年間の正規雇用以外の労働者の増加のほぼ9割が60歳以上の高齢者と60歳未満の女性。
・2010年からの5か年平均でパート比率による賃金押下げ圧力0.39%の内、0.37%(93.3%)が、同階層のパート比率の高まりで説明可能。
・家計最終消費支出はGDPの約6割を占めている。雇用者報酬と高い相関関係があるため、消費を喚起するためには、企業収益が賃金に確実に分配されることが重要。
・消費関数の推計から、消費支出への影響は所定外給与やボーナスよりも、圧倒的に所定内給与が大きい。賃金が1%上昇すれば、マクロの個人消費は0.59%押し上がる。(将来収入への確信が消費行動を左右するのです。)
以降、当分析においては、我が国の労働生産性について、欧米に比して低いとし、生産性水準を上げるために何が必要かを中心に論じられていきます。しかしながら、労働生産性の上昇率については、欧米に比して遜色ないこと、さらには、先に記したように、そもそもGDPの水準や為替レート及び購買力平価の影響を多大に受けることから、筆者はそれほど重要視していませんので割愛いたします。(労働効率を上昇させる必要がないとは全く考えていませんので、誤解なく。なお、第3章においては、長時間労働の解消についての方策等の分析がありますが、これは興味深い内容です。)
また、第4章においては、地域経済の在り方に焦点を当て、人口密度と労働生産性の相関関係を分析し、人口集積が地域の経済成長のためには必要としているのですが、人口が多ければ需要も大きいので、生産効率とはあまり関係ないように思えますし、そもそも地方においては企業が少なく、働く場所の確保が課題なのです。さらに言うと、過疎はいけませんが、災害大国において人口集積を単純に賞賛するなぞ愚の骨頂です。はっきり言って、第4章は読むに値しません。相関関係から因果関係を強引に導き出しているような分析も多々見受けられます。
とにかくも、我が国の労働経済の問題は、労働生産性が上昇しているにも関わらず、人件費への分配率が低下し、交易条件の悪化と相まって、実質賃金の上昇が起こっていないことです。
当分析においては、積極的なIT投資等による労働生産性向上を主な解決策としていますが、行き過ぎたグローバリズムの抑制と企業の利益配分方針が転換されない限り、この問題は解消しないと考えます。
最後に、雇用者数・労働組合員数及び推定組織率の推移グラフもありましたので、貼っておきます。
労働組合の活動を無条件に肯定するわけではありませんし、筆者はどちらかというと嫌悪感を持っていますが、この組織率の低下は困ったものだと考えます。無論、非正規雇用の増加も組織率の低下の一要因ではあるのですが、組織率の回復と共に、労働組合こそ組織改革が必要なのでしょうね。