最低賃金の引上げで考えること
厚労省の中央最低賃金審議会は最低賃金を全国平均で28円引き上げ、時給930円にすると決定しました。これをもとに各都道府県が10月より新たな最低賃金を決定することになります。現在の最低賃金は東京が最も高く時給1,013円です。神奈川が東京に続いて1,012円、大阪は964円、全国で最も低いのは秋田、鳥取、島根、佐賀、大分、沖縄の792円です。ちなみに欧米の水準をみると、内閣府によれば、英仏が1,302円、独は1,206円、米は全州平均で1,060円です。あらためて思いますが、先進諸国とはずいぶんと差があるのに驚きます。最低賃金とは、憲法で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保証するために国が定めた賃金の最低額と考えることができます。一方、国が生活を維持させるために行っていることに生活保護制度があります。この制度による支給金額は地域と家族構成によるので一律ではありませんが、例えば単身ですと月額11~13万程度、母子家庭で子供2人ですと19万円程度になります。すなわち、ほとんどのケースにおいて生活保護のほうが最低賃金より多くもらえるのです。仕事をしている人よりも仕事をしていない人のほうが金銭的には恵まれてしまう言わば逆転現象が起きています。最低賃金額の引き上げには、企業、特に中小企業から反対の意見が少なくありません。GDPは1990年代よりほとんど増えず、労働生産性は上昇せず、正社員の賃金も上がっていない現状で、最低賃金だけ上げるのは、特に中小企業では難しいであろうことは容易に想像できます。そうしたこともあり、国は改善のための様々な支援を主に中小企業対象に行っていますが、それらはあくまで一時的で部分的な支援であり、ゾンビ企業を延命させているだけだとの厳しい意見もあります。国はもっと経済活動の活性化に資する政策を重点的に打たなければいけませんが、新自由主義の発想が未だに根強いのか、規制緩和を錦の御旗に政策的な関与には積極的ではないように見えます。一方、企業も経営が苦しいから賃金を上げられないと言うだけで工夫をしないことは許されません。そうした工夫こそが経済活動や社会の進歩の活力であり原動力だからです。20世紀初頭にフォードが日給を2ドルから5ドルに上げたことがあります。車を作っている者が車を買えないなんてありえないとの判断があったからです。そんなことはフォードだからできたのであり参考にならないという人もいるでしょうが、本当にそうでしょうか。進歩や変革の実現には、現実を超える夢を感じるような発想が根底にあることが少なくありません。閉塞感を感じる今だからこそ、思い切った発想が国にも企業にも必要なのではないでしょうか。