「世のため人のため」、「三方よし」など日本人は世の中で生きていくための価値観としていわゆる「利他」の精神を大切にしてきていると思います。

しかしながら、そうした古来からの価値観の継続に疑問を感じるような出来事が多くなっていると思うのは私だけでしょうか。

 

少し前の話になりますが、経産省の元お役人が投資ファンドを立ち上げ、それだけなら健全だったのですが、いわゆるインサイダー情報をもとに自分に有利な取引を行った事件があります。

その時に元お役人は、「お金儲けがそんなに悪いことですか」と妄言を吐き、さらにバッシングされました。言うまでなく、お金を稼ぐことが問題なのではなく、そのプロセスが抜け駆けであり、倫理的な問題があることに元お役人は気が付いていません。

 

最近では、心理学の知見を利用した対人対応の解説で有名になった若者が、ホームレスの命など自分にとっては重要ではなく猫の命のほうが重要で、多額の税金を払っている自分がホームレスに使うお金を決められないことに不満がある旨の発言を行い、幅広い層から非難されました。

彼の思考にはお金を稼ぐ人は偉く、稼げない人は劣等であることが伺われます。

 

他にも「利他」ではなく「利己」、しかも金銭的観点の「利己」中心発想による行動や時々世間を騒がせています。

それらを知るにつけ、私は暗澹たる気持ちになるとともに、そうした精神構造を生んでしまった環境を考えてしまい、資本主義の堕落を感じるのです。

 

元お役人の言う通り、「お金を稼ぐこと」に問題はなく、むしろそれがインセンティブになり、世の中が便利になったり、進歩したりしてきたことは疑いのない事実でしょう。資本主義の「明」の側面です。

しかしながら、「拝金主義」とも考えられる金銭や利益至上主義の行動が散見されるのも事実で、それが過度に作用すると組織や集団を壊す力をもっているので要注意です。

 

一般的にはあまり知られていませんが、カール・ポランニー(1886~1964)という経済学者がいます。

彼は著書「大転換」のなかで、「自己調整的市場という考えは全くのユートピアであった」として、自由主義的資本主義は「社会の人間的・自然的な実体を無にしてしまう」と激烈に批判しました。

そこには、人間の生き方を考えたうえで経済活動を行うことが必要であり、利益や効率、合理性を中心に経済を考えるのはある種の堕落であるという信念が感じられます。

 

ポランニーの考え方を前にすると、昨今の経営管理の考え方、手法は皮相的に見える部分が少なくありません。

哲学的なテーマでもありますが、時には深く考える必要がある重要なテーマです。