会議や話し合いでいつも同じ光景というのは少なくないことかもしれません。
同じ人が毎回同じような内容の発言をし、参加者に意見を求めますが意見は特になく流れる沈黙。
組織では議論し合議で決定することが求められますが、それが機能しないことがしばしば起こります。
声の大きい人がいて、異なる意見を言うと面倒なことになりかねないから黙る。
発言することで新たな責任が生じる可能性があるから黙る。
よくわからないから発言しない。
いろいろな要因があるでしょうが、要は責任回避の力学が働いていると言えるでしょう。
組織が慣性の法則に支配され、同じような発想で同じように事を進めていると発生しやすい現象です。
また、この現象は卵が先か鶏が先かと同じで原因と結果が循環するので余計に厄介です。
元気のない会社ではしばしば起きている現象のようにも思います。
ではいったいどうしたらこの現象を避けられるのでしょうか。
勇気をもって発言する、それにつきるわけですが、事はそんなに単純ではありません。
組織では、それまでのやり方や考え方を変えることに抵抗を示す人が必ずいるからです。
当事者はおそらく高い確率で抵抗を示しますから議論が紛糾し面倒くさいことになる。
抵抗するのであればまさにそのことを議論すればいいじゃないか、と言われる方も多いでしょう。
しかし、議論できればいいのですが、議論できずに一蹴されることが多いのが現実だったりします。
根回しをしてから議論の俎上にのせるのがいいのではないか。
そういった対応は日本企業では多く、否定するものではありません。
しかし、その案件に限ってはそうした対応でもいいでしょうが、冒頭挙げたような会議で黙ってしまうことの根本解決、つまり責任回避の力学解消にはつながりません。
会議体で黙ってしまうことを避けるには、まず、会議体の目的を明確にして、その目的がどれだけ達成されているか、半期に一回は皆で確認するプロセスを会議体に取り込みます。
定期的に自分たちを客観視することを奨励することで意見を言いやすい土壌を育むのです。
但し、注意しなければならないのは、上位層にあたる人は「最後に発言すること」を徹底するということです。
また、参加者には事前にアンケ―トなどで現状評価をしてもらうことも効果があります。
会議体で発言する前に自分の意見を明らかにすることは、他者の影響を受けない段階での表明になりますから、会議体で意見を言いやすくための準備運動になります。
こうしたことは急がば回れで、しつこく行わないと、特に定例の会議体などは固定化してしまう危険性を常にはらんでいます。