ロジカル・シンキング、ロジカル・プレゼンテーションなど、ロジカルに考え話すことはビジネス上のコミュニケーションでは推奨されているところです。

ビジネスではロジカルに考えることで様々な恩恵があり、けして否定するわけではありませんが、一方では、心を打つ、感動する、心が魅かれるのはロジカルではない場合が多いのではないでしょうか。

 

何かを伝える時に、比喩を使ったり、物語で語ったりするとロジカルとは違う質感があります。

ある心理学者は、人間はもともとロジカルに考えるようにはできていないと言います。

科学的にその根拠はまだはっきりとはわかっていませんが、直感的にはわかる気がします。

 

近代社会はビジネスにより発展したと言ってもよく、特にビジネスの根幹をなす資本主義は欧米から発展してきました。

欧米におけるコミュケーションは言語を通してであり、言語を通さないコミュニケーションを認めません。所謂、行間を読むことは通常は必要としないのです。

現代の社会、とりわけ経済社会は欧米がリードしていますから、言語を通じてわかりやすく伝えるための方策としてロジカル表現が発達したことは必然だと思います。

 

しかし、ロジカルではない表現、伝達には余韻や行間があり、それらを想像することで、情動が沸き起こり、言葉で伝えられた以上の何かを感じたりすることが多いものです。

いわゆる“語り”によって何かを感じるということです。

この時反応しているのは意識下にあるところだと考えられています。

つまり、意識下で情念のようなものが生起され、それがまた新しい何かを生んでいるのです。

音楽や絵画、文学など芸術を楽しむのが心地よいのは、意識下にある何かを刺激しているからで、その心地よさを我々はよく知っています。

 

英語をはじめとする欧米語は動詞が主語に続きます。

何かを伝える時に、どうしたこうしたという結論が先になるのです。そして結論を補う形で理由、条件、状況などの説明が続きます。

日本語は逆の構造が特徴です。

理由、条件、状況が先に表現され、動詞は最後です。最後まで聞かないと結論がわからないことも少なくありません。結論よりも展開を重視している、いわば物語的な話法です。

 

どちらがいいかは状況次第であり、うまく使い分けるのが現代人にとっては必要なことでしょう。

言語を考えると日本人は恵まれているのではないか、英語に苦労している私の負け惜しみです。