安部政権時代の経済政策のなかで「トリクルダウン」による経済活性化策があったことを覚えている方は多いでしょう。
富んだ者から富はしたたり落ち、結果として社会全体が富むという考え方で、安部政権は金融資産の価値上昇を図り、そこからの「トリクルダウン」を目指しました。
しかし、現実はうまくいかず、金融資産をもつ者だけがますます富み、もたない者は特に変化がなく、ましてや社会全体が富む状況には程遠い様相です。
「トリクルダウン」の考え方は、サイモン・スミス・クズネッツというベラルーシ出身のアメリアの経済学者が主張した、“豊かになれば所得分配もうまくいく”として国が富むに従い経済格差や不平等が低減することを表した「クズネッツ曲線」に由来します。
クズネッツ自身は、この考え方を示した際に、実証的根拠はないと説明しているのですが、すなわち願望を表したに過ぎないのですが、その説明はいつのまにか忘れられ、「トリクルダウン」なる現象があたかも実証的根拠のある確かな理論であるかのように知られていったのです。
「トリクルダウン」なるものは、マルクスが言った「資本家による搾取」に対して正反対の考え方で、経済を勉強した人ならば、初めに懐疑的な印象をもつはずです。
私は経済学を専門として学んではいませんが、「トリクルダウン」を聞いた時に、そんなうまい話があるかと思ったことを覚えています。
クズネッツは19世紀後半からの経済成長について、国際比較をもとに『諸国民の経済成長』を著しノーベル経済学賞を受賞しています。
そんな背景があるために、専門家である経済学者さえも「トリクルダウン」仮説はあり得ると誤って認識してしまったのかもしれません。
そうだとしたら専門家もずいぶんといい加減なものです。
90年代より行われた非正規職員の増加により人件費削減を図り経営を安定させ、その結果として職員の給与を上げるという考え方があるように思いますが、残念ながら業績は悪くないのにも関わらず、正規・非正規問わず給与は上がっていません。
この考え方の基本的な構図は「トリクルダウン」に似ているように思います。
すなわちある種の願望であり理想を我々は考えてしまいがちなのですが、人間は思いのほか利己的で、それが企業という集団になってもなかなか直せないのが現実なのでしょう。
ましてや社会全体の動きとしてはあり得ません。
マルクスが100年以上も前に「搾取」という強い言葉で警鐘を鳴らしてくれていることを忘れてはいけないのです。