【創業者、名経営者、政治家の秘話大公開】           -2ページ目
2017-08-28 22:43:54

第249回_羽田孜元首相について思うこと

テーマ:ブログ

羽田孜(第80代内閣総理大臣)が、本日(2017年8月28日)、老衰のため82歳で死去した

 

 

羽田元首相とは長男の羽田雄一郎参議院の選挙の手伝いをした時に、お会いしたのが唯一の機会であったが、羽田元首相の秘書を務めた人とは何度か飲んだことがある

 

 

彼は、羽田元首相の話をする時に「政治のことは何もかもオヤジ(羽田元首相)に教わった」と毎回、目頭を熱くして語るのが印象的である

 

 

また、政権交代前、羽田元首相(当時は民主党)の顔色が明らかに悪く、疲れも溜まっているので、「夜の会合はキャンセルして休んでください」と進言したことがあったそうだ。

 

 

その時の羽田元首相の言葉が「政権交代が出来るかどうかの瀬戸際なのに、休んでなんかいられるか」だったそうです。これを聞いて、この人は本気だと改めて思ったという

 

 

彼(元秘書)の話を聞いていると、羽田元首相のことを尊敬し、心の底から感謝していることが、いつも伝わってくる

 

 

田中角栄元首相の秘書を務めた早坂茂三が、総理になるには、「自分のために命をかけてくれる人が5人はいないと駄目」と、本の中に書いてあるのを読んだことがある

 

 

私は、命をかけるかどうかは別として、大成する政治家には必ず、この議員に一生付いて行くという秘書がいると思う。例えば、小泉純一郎元首相の飯島秘書官のような存在である

 

 

野田佳彦元首相にも、野田さんに惚れ込み、ずっと一緒に行動を共にしている秘書官がいます

 

 

私は大学在学中に国会議員の宿舎で守衛(警備員)のアルバイトをしていたが、大学卒業後、縁あって、その宿舎で寝泊まりしていた国会議員の秘書になった。その国会議員が、松下幸之助が設立した松下政経塾2期生であった関係で、松下政経塾1期生であった野田元総理の事務所に私は何度も出入りすることになった。それで野田元総理の秘書のことを知っているのである

 

 

最近、ある女性の国会議員が、車の中で秘書を罵倒し暴力を振っている音生が表ざたになり、問題になっている

 

 

私は他にも秘書に暴力を振るう議員を知っているが、そういう議員は大抵、次の選挙で落選している。この女性議員は、たまたま、自民党が連続で圧勝したので2年生になれただけである

 

 

そもそも、秘書は一番身近な存在である。その一番身近な秘書から尊敬も支持もされない議員が国民から長く支持されることはあり得ないだろう

 

 

私は、その政治家が大成するかどうかの基準の一つに、その政治家を心酔している秘書がいるかどうかを見ることにしている

 

 

秘書が次々に辞めていく議員には将来があまりないと見ていいだろう

 

 

このことは経営者にも言えると思う

 

 

昔、ソニーの創業者の一人、盛田昭夫の秘書をしたことのある人に、「盛田さんはどういう人でしたか?」と聞いたことがある

 

 

彼女の答えはこうでした

「盛田さんはね、自分が世界でどんなに有名になっても、井深さん(ソニーのもう一人の創業者)のことを悪く言う人がいたら、身内だろうが、なんだろうが絶対に許さなかった」

 

 

マスコミは、井深、盛田の不仲論を度々書きたてたようだが、この一言で、2人が心の底から信頼しあっていたことが分かる

 

 

大成する人には必ず、良き師がいるし、また絶対的に信頼できる片腕となる人がいるはずです。どんなに学歴優秀で、頭が良くても、秘書や従業員がボロボロ辞めてしまうような人に未来はないといえよう

 

 

話は変わるが、先日、ジェームス・スキナー(世界的なベストセラー「7つの習慣」を日本に紹介した人物)が、フェイスブックのライブ配信で、「自分の師匠は中村天風(思想家)の弟子だったから、自分は中村天風の孫弟子だ」と語っていた

 

 

ていうことは、私は松下幸之助の孫弟子?ということに・・・いや、これは、ど厚かましいので孫弟子とは言わないが、知り得た有益な情報は、今後もアウトプットしていきたいと思う

2016-10-12 23:09:04

第248回_昭和天皇の雑草観から適材適所を学ぶ

テーマ:ブログ

「雑草という草はないんですよ。どの草にも名前はあるんです。どの植物にも名前があって、それぞれ自分の好きな場所を選んで生を営んでいるんです」昭和天皇

 

 

先日、『宮中侍従物語』(入江相政編)という本を読んだ。この本は侍従から見た昭和天皇のエピソードが満載である

 

その中の一つに昭和天皇のお人柄やお心の広さが垣間見れる、強烈に印象に残るエピソードがあった

 

 

9月中旬、両陛下が那須の御用邸に行かれている間に、田中直(なおる)という侍従が、両陛下が普段、住んでおられる皇居内の吹上御所の庭をきれいにするため雑草を刈った

 

 

両陛下が戻られ、田中侍従は庭をきれいにしたのだから褒められると思ったが、昭和天皇は珍しく語気を強めてこのような内容で叱責したという

 

「どんな植物でも、みな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。人間の一方的な考え方でこれを雑草としてきめつけてしまうのはいけない。注意するように」

 

 

アメリカの19世紀最大の思想家、エマーソンは

 

「雑草とは何か?それはその美点がまだ発見されていない植物である」

 

 

と言ったが、昭和天皇もこれと同じようなお考えであったのであろう

 

 

このエピソードで昭和天皇のお人柄が垣間見れると思ったのは、このことは人間の世界にもあてはまると思ったからである

 

 

この世に生まれてきた人は、どんな人であれ、何かしらの役割があり無駄な人は一人もいない。昭和天皇はこのような広いお心を持っていたのではなかろうか

 

 

このエピソードを知って、思い出されるのが、経営の神様、松下幸之助(パナソニック創業者)である

 

 

松下幸之助は

 

「この世に存在するものは一切不要なものはない。どのような悪人でも、毒物でも、使い方によっては全部役に立つ」

 

 

と語り、無口で物凄く暗い社員を葬儀担当に抜擢したという話を聞いたことがある

 

 

松下幸之助は人事の天才でもあった

 

関連サイト

昭和天皇語録http://meigennooukoku.net/blog-entry-347.html

松下幸之助語録http://meigennooukoku.net/blog-entry-59.html

名言の王国(収録人数3776人 収録語録数19612

http://meigennooukoku.net/

2015-07-14 00:47:06

第247回_ホームレスから上場企業の社長に

テーマ:IT
「どん底の生活に入っても、自分の目標を持っていれば必ず立ち上がれるものだ」伊藤伝三(伊藤ハム創業者)


日本で最大のインターネットQ&A掲示板サイトを運営する、株式会社オウケイウェイヴの創業者、兼元謙任(かねもと・かねとう)は、生まれた頃から体が弱く、小学生の頃は入退院を繰り返した

そして病弱を理由にいじめを受けた。また自身が在日韓国人であることを小学5年生の頃に皆に知れ渡る。そのころからさらにいじめがひどくなる

いじめや病苦、自分の境遇に耐え切れず、死を考えたこともあったという

大学では仲間ができ、就職をして結婚、子供を授かる。やっと幸せを掴んだかに見えたが、大学で知り合った仲間に裏切られ、うまくいきかけた海外での仕事の話も御破算になる

妻には離婚状を突き付けられ、どん底に落ちた挙句の果てがホームレスの生活であった。公園で寝泊りをし、コンビニの裏で捨てられた弁当を食べ、飢えを凌ぐ

しかしそんな生活の中、兼元は人生を諦めなかった。所持品はノートパソコン一台だけであったが、電源は駅のトイレにある清掃用のコンセントからとり、ウェブデザインの仕事を仕上げ依頼された会社に納品する

毎月、稼いだお金は一万円を残して、全て実家に子供と戻ってしまった妻に送った。兼元は家庭をかえりみず、生活費を家庭に入れず、海外での仕事にお金を使っていた。妻は幼児を2人抱え、バイオリン教室を開き、生活費を稼いでいたが、家庭をほったらかしにする夫に愛想をつかせ、離婚状を置いて実家に帰ってしまったのだ

このことを猛省した兼元は妻子ともう一度、一緒に暮らしたい一心で、妻に稼いだお金を送金し続けた

ホームレス生活は2年ほど続いた。そしてホームレス時代に思いついたのが質問をすると回答を得られるウェブサイトである

人と人が助け合うことで、よりよい方向に向かっていくことを目指し、兼元はこのQ&Aサイトを始めた

2000年に株式会社オウケイウェイヴを設立。そして2006年にセントレックスに上場する

Q&Aサイトを立ち上げる頃に妻子も戻ってきて、その後は幸せに暮らしているという


関連サイト
兼元謙任語録http://bit.ly/1tO98Uq


参考文献
「ホームレスからのリベンジ」(著者:兼元謙任)
「働く意味」(著者:兼元謙任)
「一日一枚成功ノート」(著者:兼元謙任)

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