2009-05-18 01:13:23

第39回_宮崎 輝_その道のエキスパートになれ

テーマ:化学

1934年日本窒素肥料(現旭化成)に旧東京帝大(現東大)の法学部を卒業した男が入社した。この男が最初に配属されたのが旭化成の子会社である旭ベンベルグの庶務課だった。庶務課は大阪商大や早稲田大学商科や商業学校を出た即戦力集団で固められていて、法学部出身はこの男一人だった。仕事はソロバンと手紙書きであったが学生時代法律の本しか読んでおらず、ソロバン等触れたこともなかったこの男はどうしてもうまくいかない「東大出の法学士なのに仕事は何も出来ない」と陰口をたたかれ、それがいやで会社を辞め、もう一度勉強し直して裁判官か弁護士になろうかと本気で悩んだという。



しかしこの屈辱が負けず嫌いのこの男の闘志に火をつけた「得意の法律を勉強して、会社で一番の法律通になって、まわりを見返してやる」と決意し夜の街で酒を飲みにいく同僚を横目にみながら独身寮の図書館で猛勉強をはじめた。会社の手続き業務には民事、刑事、特許の出願手続きまでいろいろあるが、これらに関連する法律から社債を出す時に必要な法律の信託法、工場で大量の水を使っていたので河川法とか、会社の業務の実際に役立つ各論を毎晩図書館から一歩も出ずに勉強した。



3年も勉強を続けていると社内で「若いけれど法律をよく知っている、恐らく会社で1、2の法律通だ」と評価する人が出てきます。そしてこの努力が意外に早く報われる時がきます。同社が開発した「旭ダイヤライザー」というカセイソーダの回収装置をめぐって帝人と特許紛争がおき、責任者として1年間担当させられます。この男の豊富な法律の知識が功をそうし、結果は同社が勝訴。帝人が10万円払うということで和解に至る。この活躍がこの男が引き立てられるきっかけになりました。32歳で総務課長、37歳で取締役に就任、以後社長、会長として31年もの間経営トップとして旭化成の采配をふるいました。この男が旭化成中興の祖といわれる宮崎 輝です。




その道のエキスパートになれば必ず道が開かれます。例えば銀行員であれば為替なら為替のことを誰よりも知識を持っているという人になれば為替のことになれば上役であろうと何であろうとその人に聞きにくるようになります。そうなればその人の地位は安定することはもちろん、昇進の道は当然開かれるでしょう。さらにこれが1つの銀行にとどまらず、ある銀行界を通じて為替のエキスパートだという事になれば、さらにその人の活動範囲は広くなります。そうなればその人の前途は1銀行家にとどまらず、どこでも迎えられるだけの可能性があるのは当然です。さらにそれが日本で第1の人だということになれば、絶対にかけがえのない人物になり周りがほっておかなくなります。




その道のエキスパートになれば、どんな不況がこようが職に困らなくなります。所属している会社が倒産しようが、例えアフリカの奥地にいても他の会社から必ず引っ張られるでしょう。




会社に不満や、仕事の愚痴を言っている暇があればその道のエキスパートになるように努力をして転職活動をしなくても職に困らない、そのような人物になれるように頑張りたいと思います。                         




文責 田宮 卓







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2007-10-20 15:03:03

第14回_原安三郎_先人の逞しい精神力に学ぶ

テーマ:化学

民間企業の多くの人事部の採用担当者と話をする機会がありますが、昨今第2新卒の募集をすると予想以上の多くの応募がありどの企業も絞り込むのが大変な状況だといいます。


2新卒とは大学を卒業し就職をしてから3年に満たないうちに転職活動をしている人達をいうのだが、何故昨今の若者はこうも直ぐに転職をしたがるのか少し気になるところであります。中には前向きな転職もあるでしょうが大抵は今の職場が辛い、思い描いていた仕事と違う等が理由で現実逃避で転職活動をしているようです。



物余り時代に贅沢な生活を送ってきた世代には昔の人達が皆持っていたような根性や忍耐力といった逞しい精神力が身についていないようです。


ここで私は、先人達のエピソードを2つ上げ、将来社会で活躍するにはどのような精神で頑張っていけばよいか考えてみたいと思います。



1912年、原安三郎(はらやすさぶろう)という人がいまして、早稲田大学商学部を首席で卒業した後、日本化薬の前身である日本火薬製造会社に入社します。化学会社に就職したのに、配属された先が飯場の炊事係であったそうです。思ってもなかった職場であるが原という男は腐りませんでした。米の仕入れ一つにしても「どこの米がうまいか」「米の値段にどういう違いがあるのか」「品質のちがいとどう関係があるのか」「どういう流通経路で来るのか」「肥料には何をつかっているのか」等々、調べる気になれば勉強する材料はいっぱいあった。そして、勉強していくと、次から次へと、また勉強の材料が出てくる。そして最初はつまらないと思っていた日々の仕事にもはりが出てきたといいます。


この原安三郎は後に日本化薬の社長にまで登りつめその後、幾多の経営不振の会社を再建し、「会社更生の名医」と賞賛されます。1970年には勲一等瑞宝章まで受賞した人です。

 

昭和初期の就職難の時代のある学校の先生が卒業してこれから社会人になる生徒に向けて話した言葉があります。


「勤務地が思うようにいかんからといってぶつぶついうようではだめだ。役人でも会社員でも何でもそうだ。どこへやられても栄転と思え」「勤務先へ行ったら、上官から命令がなくともまずその県の地理関係をことごとく覚えよ。その次に人情、風俗、経済関係等々、全部勉強して覚えておけ、上官から何方面へ行き、一切のことが、つねにことごとく頭にあれば、いざ事件があり、何があっても立派な仕事が出来るのだ」


「近頃、就職難と青年は不平をいうが、官界でも、実業家でも、自分の片腕となり、真に信頼出来得る人物を探している。任せて安心出来得る人間に就職難も失職もない」いいかそのつもりで頑張りなさい。



今、このようなことを言ってくれる学校の先生がいるでしょうか?

私は先人達の逞しい精神を学んでいきたいと思います。 





文責 田宮 卓









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