

英デッカ、ステレオ初期特有の立体感のある録音。柔らかくも黄金色の輝きをもつ音像が夢のように美しい。ここでもグランドスラムのテープ復刻の効果が出ています。
このレコードについては、ピアノのカーゾンとクナッパーツブッシュの相性が悪いとか、カーゾンは当時不調な時期にあった、などと芳しくない評判が昔からあったそうですが、私にはカーゾンが特別不調だとも、指揮との間に致命的な齟齬があるとも感じられない。むしろ聴き進むにしたがい、方向性を異にする二人が相手の音楽を尊重し、互いに寄り添い合っている風に聞こえて来ます。
カーゾンと言えば、時に抑制が利きすぎて欲求不満を感じることもあるピアニストですが、根本には音楽をぞんざいに扱わない慎ましさがある。当盤でも細かな音符にまで手抜かりなく気を配っているのが分かります。『皇帝』の王道たるバックハウスやケンプの凹凸のある巨匠的風格には及ばないまでも、この人なりの器量の範囲でベートーヴェンの大曲にふさわしい骨格を打ち出しています。
一方、音楽ファンの間では奇人的イメージで捉えられているクナッパーツブッシュですが、私はフルトヴェングラーと同様、本質的には感性の柔らかい叙情味豊かな指揮者だと思っています。この録音ではカーゾンのピアノに合わせて室内楽的な落ち着いた響きを出しているのが特徴の一つ。古き良き時代のウィーン・フィル、ましてデッカ録音となれば、誰が指揮しても音は綺麗だろうと思う人があるかも知れませんが、実際には指揮者次第で感触がシャープになったりクールになったり、かなり性格に隔たりが生ずる。ステレオ初期のデッカ録音に限って言えば、カラヤン、モントゥー、クナッパーツブッシュが振った時の絃楽器の麗しい響きは、私の最も好むところです。
名曲名演の優秀録音。聴いて損はない一枚だと思います。
