2015-07-14 00:47:06

第247回_ホームレスから上場企業の社長に

テーマ:IT
「どん底の生活に入っても、自分の目標を持っていれば必ず立ち上がれるものだ」伊藤伝三(伊藤ハム創業者)


日本で最大のインターネットQ&A掲示板サイトを運営する、株式会社オウケイウェイヴの創業者、兼元謙任(かねもと・かねとう)は、生まれた頃から体が弱く、小学生の頃は入退院を繰り返した

そして病弱を理由にいじめを受けた。また自身が在日韓国人であることを小学5年生の頃に皆に知れ渡る。そのころからさらにいじめがひどくなる

いじめや病苦、自分の境遇に耐え切れず、死を考えたこともあったという

大学では仲間ができ、就職をして結婚、子供を授かる。やっと幸せを掴んだかに見えたが、大学で知り合った仲間に裏切られ、うまくいきかけた海外での仕事の話も御破算になる

妻には離婚状を突き付けられ、どん底に落ちた挙句の果てがホームレスの生活であった。公園で寝泊りをし、コンビニの裏で捨てられた弁当を食べ、飢えを凌ぐ

しかしそんな生活の中、兼元は人生を諦めなかった。所持品はノートパソコン一台だけであったが、電源は駅のトイレにある清掃用のコンセントからとり、ウェブデザインの仕事を仕上げ依頼された会社に納品する

毎月、稼いだお金は一万円を残して、全て実家に子供と戻ってしまった妻に送った。兼元は家庭をかえりみず、生活費を家庭に入れず、海外での仕事にお金を使っていた。妻は幼児を2人抱え、バイオリン教室を開き、生活費を稼いでいたが、家庭をほったらかしにする夫に愛想をつかせ、離婚状を置いて実家に帰ってしまったのだ

このことを猛省した兼元は妻子ともう一度、一緒に暮らしたい一心で、妻に稼いだお金を送金し続けた

ホームレス生活は2年ほど続いた。そしてホームレス時代に思いついたのが質問をすると回答を得られるウェブサイトである

人と人が助け合うことで、よりよい方向に向かっていくことを目指し、兼元はこのQ&Aサイトを始めた

2000年に株式会社オウケイウェイヴを設立。そして2006年にセントレックスに上場する

Q&Aサイトを立ち上げる頃に妻子も戻ってきて、その後は幸せに暮らしているという


関連サイト
兼元謙任語録http://bit.ly/1tO98Uq


参考文献
「ホームレスからのリベンジ」(著者:兼元謙任)
「働く意味」(著者:兼元謙任)
「一日一枚成功ノート」(著者:兼元謙任)
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2011-12-05 20:40:15

第206回_開拓者魂(スティーブ・ジョブス)

テーマ:IT

この世界には2種類の人がいる。新天地を切り拓く「開拓者」と、開拓された地で学校や病院をつくって暮らす「定住者」である。


もし開拓者がいなくなり定住者だけになれば、限られた場所に人があふれて困ってしまう。勇気を持って未開の地を切り拓く開拓者がいなければ世の中は発展しない。そう考えると開拓者とは実に貴い存在であると思う。そしてこの「開拓者」の塊(かたまり)のような人物が、先日亡くなったアップルの創業者、スティーブ・ジョブズではなかろうか。


ジョブスが生んだMac(マッキントッシュ)は、専門知識を持った人しか扱えなかったコンピュータを「誰でも使えるパソコン」に変えた。iPodは「音楽はCDショップまで出向いて買うもの」という消費者行動を一転させ、自宅で最新の楽曲を買えるようにしただけでなく、音楽業界の秩序を塗り替えた。iPhoneは通信キャリア主導の業界に、大きな風穴を空け、携帯電話の常識を紛糾してくれた。


ジョブズは「他社がやっているこの製品と同じものをつくれ」と現場に命令したことは一度もなかったという。「世の中にないもの、世界が驚くものをつくる」これがジョブズの信念であり、アップルと他社を差別化する最大のポイントであった。


また、デザインは単なる表面的な見た目ではなく、「人類の創造物に宿る根源的精神」つまりデザインは機能そのもので、デザイン=機能という新しい概念を持ち込んだのも画期的なことであった。


しかしこの開拓者魂あふれる経営者は、何もジョブズだけではい。日本ではかつてのソニーやホンダに代表されるが、他にも開拓に信念を燃やした経営者が沢山いた。


キヤノンの初代社長の御手洗毅(みたらい・たけし)は西ドイツ(当時)のライカがカメラの世界マーケットで圧倒的な強さを持っており、キヤノンはその足元にも及ばなかったが、


「キヤノンはライカに追い付き、ライカを追い越す。世界一が念願だ。よそが真似できない、世界一のものをつくれ」と檄を飛ばして、ライカにもない独自の機構のカメラを創りあげた。「キヤノンはあくまでも、高品質で世界一を目指す」これが御手洗の揺るぎない信念であった。


また、明治時代には小平浪平(おだいら・なみへい)という青年が、茨城県の人里離れた鉱山の草深い谷間に粗末な丸太小屋をつくり、そこで発電機を国産技術で製作すると息巻いた。当時の日本で発電機を独自で創るのは荒唐無稽(こうとうむけい)な話しであったが、小平の外国に頼らない国産技術の確立に対する情熱は並々ならぬものがあった。何度も試行錯誤を続け、ついに日本初の発電機に成功する。これが現代の日立の始まりである。アップルの始まりは小さな家のガレッジからであったが、日立の始まりも人里離れた丸太小屋からであった。


そして今問題になっているオリンパスも創業者の山下長(やました・たけし)の「何とか国産の顕微鏡を作りたい」という強烈な思い、夢から始まった。日本の顕微鏡は、明治以来、西洋医学とくに細菌学の発達に伴い、その儒要は急増していたが、全て外国製品に依存する状態であった。そこで奮起したのがこの山下であった。今も世界の消化器内視鏡のシェアの70%がオリンパスである。


財テクの失敗による社長3代に渡っての損失隠しとは何とも情けない話である。当時、財テクに走ったのは何もオリンパスだけではなかったが、やはり偉大なメーカー企業であるための存在意義は開拓者であり続けることにあるのではないか。このことをジョブズが教えてくれたが気がする。


ジョブズが1997年にアップル再建のため暫定CEOに復帰した時の年俸はたったの一ドルであった。ジョブズにとってお金は問題ではない。そして2011年夏、アップルは巨大石油企業のエクソン・モービルを追い抜いて株式時価総額で世界一にとなり、業績は創業以来最高となった。ジョブズには自身の年俸もそうであるが、財テクで再建しようとかそんな発想は微塵も持たなかったであろう。ジョブズは全世界に開拓者であることの貴さ、存在意義、結果的に世界一の企業になれることを示してくれた。恐らくエジソンに続く偉人としてその名を世界の歴史に残すであろう。


そして、日本の開拓者でもう一人忘れてはいけない人物がいる。それは発明王といわれたトヨタグループの創業者、豊田佐吉(とよだ・さきち)である。最後に彼の残した言葉を紹介したい。発明・発見は何も一部の特別な人だけが持っている能力ではない。(私には無理ですが、私は万年定住者です()


未開の秘庫は、扉を開けてくれと呼びかけている

「発明発見とか、創意工夫の世界は、あくまでも広大無辺で、今まで人間の踏み込んだ地域は九牛(きゅうぎゅう)の一毛(いちもう)にも達していない。その大きな未開の秘庫は『早く扉を開けてくれ』と、中からいつもわれわれに呼びかけている。しかもその扉を開く鍵は、いつも、どこにも、誰の足下にも転がっておるのである」豊田佐吉


関連サイト

スティーブ・ジョブズ語録 http://p.tl/d7Gj

御手洗毅(キヤノン初代社長)語録 http://p.tl/x1SJ

小平浪平(日立創業者)語録  http://p.tl/wc8a

山下長(オリンパス創業者)語録  http://p.tl/QMRK

豊田佐吉語録 http://bit.ly/oZ31S3


文責 田宮 卓

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