2010-12-11 22:05:48

第146回_浜口雄幸_命がけで約束を守った政治家

テーマ:浜口雄幸

伝記作家の第一人者、故・小島直記(こじまなおき)と財界きっての読者家といわれた故・平岩外四(ひらいわがいし)(東京電力会長、経団連会長)が雑談のなかで読書論となり、フランスの文豪メリメの作品の話になった。「カルメン」「タマンゴ」「エトルリアの壺」「マテオ・ファルコーネ」「それらの作品の中で一番お好きなのはどれですか?」と小島が聞くと「マテオ・ファルコーネです」と平岩が答えた。これには小島も思わず唸ってしまったという。何故なら小島の評価と期せずして一致したからだそうだ。


一般的にメリメの不朽の名作といえば「カルメン」であろう。私もカルメンは面白かったがそれ以外の作品は特に印象がない。「マテオ・ファルコーネ」はそんなに面白いのかと2度程読み直してみたがやっぱり良く分からなかった。コルシカ島が舞台で父親が教えを守らなかった10歳の一人息子を「裏切り者」といい銃殺してしまう話であるのだが、何でもあれだけの短編の中で「約束を守る大切さ」を教えているところがいいというのである。


あらゆる自伝、他伝を熟読している小島と財界総理といわれる経団連会長にまで登りつめた平岩の洞察だけに興味深い。人としても会社の経営をするにあたっても一番大切なことは「約束を守ることである」ということを深く感じていたからであろう。




かつて日本の政治家にも約束を守ることに命をかけた立派な人がいた。それは浜口雄幸(はまぐちおさち)元首相である。




浜口は「政治は国民道徳の最高水準たるべし」と主張していたが生き様もまさにそのとおりであった。


1930年(昭和5年)11月、浜口首相は金解禁に踏み切る前段階の財政緊縮政策として、徹底的な軍事費削減と官吏の減俸を行う。高級官僚が一割、総理自身は二割カット。しかも総理機密費はゼロ。総理警備費もゼロにした。しかしこれが仇(あだ)となり浜口はSPがつかなかったため東京駅で暴漢に襲われても彼を守るものはいなかった。この時に呟いたのが「男子の本懐だ」という有名な言葉であった。

 

真正面から暴漢に3発撃たれた浜口は3回も大手術をし、一命を取りとめたが体は衰弱していた。しかし秋からの国会がずっと続いているので野党からは厳しい追及を受ける。「総理が撃たれたのは気毒だけれども、総理が国会に出られないようでは困る。総理が国会に来れない以上、政権を野党に渡せ」と要求される。これは当然の要求であったが、病状が少しよくなっていたので「今国会の会期中には必ず浜口は登壇する」と政権与党の民政党は答えた。ところが浜口の容態はまた悪化してしまい会期末まで絶対安静で起きられる状態ではなくなった。


しかし浜口は娘を枕元に呼び「おまえに最後の頼みがある。自分は国会に出る。会期中に国会に出るという総理の約束は、国民に対する約束である。出るといって出ないのでは、国民を欺く。国民との約束を総理たる者が破ったら、国民は一体何を信用して生きていけばいいのか。だから自分は言い訳などしないで、死んでもいいから国会に出て、国民に対する約束を果たす。だからおまえ、お母さんやお医者さんを口説いてくれ」と目に涙を浮べながら懇願した。


娘は母親と医者を口説いて国会に送ることにしたが、医者は「命は保障できません」という。それに対し浜口は「命にかかわるなら、約束を破ってもいいというのか。自分は責任を全うしたいのだ。それで安心立命を得ようとしているのだ。邪魔をしないでくれ」と言い、靴を履くと重くて倒れてしまうほど衰弱していたが靴なしで国会に行くわけにはいかない。そこで布を靴の形に切って墨を塗り、それを足に巻きつけ靴を履いているように見せかけて国会に立ち、およそ日本の国会史上ない悲壮さで、総理としての国民に対する約束を守り通した。そして浜口はまもなく亡くなった。実に立派な政治家であったといえよう。



 

 

文責 田宮 卓




参考文献


小島直記 「回り道を選んだ男たち」 新潮社文庫

メリメ 「カルメン」新潮文庫

城山三郎 「逆境を生きる」新潮社

城山三郎 「男子の本懐」 新潮文庫

城山三郎 「対談集『気骨』について」新潮文庫

城山三郎 「嬉しうて、そして・・・」文春文庫












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